古来、人は月から農を、土を生かす術を教わった

月と共に生きてきた日本人

 

 

現代農業がどんどん自然から離れていっている。太陽も土もない、無菌状態の工場の中で生産される野菜たち。それらは、季節や天候に影響されることなく、一年中安定して供給することができる。しかし、このようなテクノロジーがいくら発達しても、いずれ、人は太陽と土と水から離れては、生きていけない存在であることに気付くだろう。

 

人も自然の一部であり、あらゆる生き物、生命の中で、ともに活かされ、共存していることを知ったなら、決して自然を征服するなどと、思いあがった心は起きないだろう。本気でそのような考えを持つとすれば、同時に人間自身の存在意義までも否定することになる。

 

人は、もっと自然を知る(観る)べきである。人間の叡智の根本は自然観察から始まる。自然が全てを教えてくれる。自然=真理と言ってもいいだろう。人間とは何か? という究極の問題を問う以前に、朝、太陽が顔を出し、夜、月が現れる。「朝の来ない夜はない」という言葉に、どれだけ勇気づけられ、安堵させられたか……。

 

臨済宗中興の祖と仰がれる白隠禅師は、母の背中におぶわれ、夕焼けを見て無情を感じ、コオロギが鳴いて悟ったといわれる。現代人はあまりにも忙しく、ゆっくりと月を眺め、思いを馳せることもない。それは時間がないからではなく、見ようとしないだけなのだ。

 

私はよく、子どもたちに月の話をする。まず、月の大きさを尋ねる。月は地球の約四分の一の大きさ(直径)と聞いて、親も驚く。母星に対して、このように大きな衛星は、他にない。それだけに、月が地球に及ぼす影響は想像以上に大きい。あの大きな海を動かしているのが月であり、そこに生命が誕生した。水を司る月と、火を司る太陽を、古代人は農耕(=生命)の神として崇拝した。

 

日本人も、つい最近まで旧暦(太陽と月の動きを基に考えられた暦)を使用し、月と共に生きてきた民族なのだ。旧暦の何月何日とか、今でも言葉はよく耳にするが、日本の農耕とは切っても切れない存在だった。しかし、近代化が押し進み、日本も世界標準の太陽暦を使用することになり、それとともに日本の農業も大きく姿を変えてしまうことになった。

 

自然農の田んぼの稀に見る生物多様性

 

 

 

月の満ち欠けは、太陽と月と地球の位置関係で変化する。つまり、自然界がもたらすエネルギーの変化を、農家は月の形で知ることができたのだ。

 

満月に近づくとき、土中の微生物も含め、全ての生態エネルギーは活性化し、水分は天に向かって吸い上げられる。この時期に種を蒔くと、すこぶる発芽率が高まり、発芽の時期も早い。逆に、月が欠け、新月に近づくときは、生態エネルギーは鈍化し、水分は土中に留まる。木や竹の伐採は、この時期に行った。

 

また、月齢により、収穫物の水分量も大きく変わってくる。いつまでも瑞々しさを保ったり、腐らずに保存するといった術を、農家は月から教わっていたのだ。

 

このように、月は水を支配している。当然人間も地球上の生き物であるから、月の影響を受けている。人間の身体、臓器にまつわる漢字に、月辺が使われているのは、とても興味深い。

 

自然農は、自然のシステムに極力手を加えず、自然力(太陽と土と水の力)を活かす農法であり、そこには肥料を施すという考えはない。そこが有機農法と大きく違うところだ。

 

最近、「よい土とは、何か? 土の豊かさとは…」を探る研究所が、微生物多様性・活性値という新たな指標で、私の田んぼの土の検査を行った。結果は、有機農法も含めた全国6000か所に及ぶ検査土壌の平均値を大きく上回る数値を記録した。講評には「貴農法が、土壌の微生物を著しく豊かにしていることが確認された」とあり、時代は、単なる無農薬で安心安全というレベルから、豊かな土、健康な土はどのようにしてもたらされ、そして、微生物も人間も含めた、生物多様性の環境が、どのような幸福な社会をもたらすのか? という次の段階に入ってきたといえる。

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