第9回・飯田の実績を元に東京が全国に種をまく

 

おひさまファンドの募集・広報担当の永田光美さん。外資系金融会社での経験を生かし、ファンドの組成などに携わった

今年9月、日本で初となる小水力発電事業に対するファンドの出資申し込みが始まった。富山県の立山アルプスを水源とする小早月川に定格1000kWの小水力発電設備を建設する「立山アルプス小水力発電事業」。その事業資金を直接市民に募ろうという試みだ。
1口50万円のA号(目標年間配分利回り3%、契約期間7年)と、B号(目標年間配分利回り7%、契約期間1.5年)の2種類の募集枠があり、B号は募集開始から1カ月を待たずに募集口数を満たした。子どもに豊かな未来を残すことを願って親や祖父母が子どもの名前で出資をするケースも目立つ。「ちいさなでんきがもっとふえていってほしい。ぼくもでんきをたいせつにするよ!」という4歳の投資家のメッセージが印象的だ。
立山アルプス小水力発電事業の募集と広報を担当している永田光美さんは、「ホームページやメールマガジンで出資者の声を紹介しています。自然エネルギーに託す出資者のメッセージは宝物。これを広げていきたい」と話す。

 

飯田哲也さんとともにおひさまファンドの共同代表を務める原亮弘さん。「私はあくまでも南信州ローカルに根ざして実践していく。地域から国全体を変えていきたい」

ファンドの募集を取り扱うのは、おひさまエネルギーファンド株式会社。長野県飯田市を中心とした南信州一帯で、太陽光発電の普及事業に市民出資を募り、これまでに南信州エリアで162件の設置実績のある「おひさまファンド」として知られ、自然エネルギー普及の成功事例として全国的な注目を集めている。
この市民出資による自然エネルギー事業は、南信州のみでなく全国に発信すべきである――。そこで、飯田市の「おひさま進歩エネルギー株式会社」の原亮弘氏と、ファンドの設立に関わってきたNPO法人環境エネルギー政策研究所の飯田哲也氏が共同代表を務める形で「おひさまエネルギーファンド」が2007年にスタートした。
原さんはあくまでも南信州に根を下ろし、地域でコツコツと自然エネルギーの普及に邁進する。自然エネルギー政策の第一人者でもある飯田さんは、国内外のネットワークを生かしながら自然エネルギーの全国展開に乗り出す。「Think Globally」を飯田さんが担当し、原さんが「Act Locally」を担うといったところだろうか。

 

2004年10月、おひさま進歩エネルギーが最初に設置した太陽光発電が燦然ときらめく。園児、保護者の環境教育に一役買っている

原さんが南信州でおひさまファンドの事業を立ち上げたのは、2004年のこと。同年、環境省の「環境と経済の好循環のまちモデル事業(通称:まほろば事業)」の助成を受けて始まった飯田市の事業を請け負う民間企業として、NPO法人南信州おひさま進歩を母体としておひさま進歩エネルギー有限会社を同12月に設立した。翌年5月、「南信州おひさまファンド」を募集し、460名から満額の2億150万円の出資を得、飯田市内38カ所の幼稚園や保育園などの公立施設に太陽光発電設備を設置した。
南信州おひさまファンドのスキームはこうだ。おひさま進歩エネルギーが市民や法人に出資を募り、環境省の補助金と合わせて市内の教育施設や公民館などに太陽光発電システムを設置。設置施設は太陽光発電システムから電力の供給を受け、おひさま進歩エネルギーに電気料金を支払う。おひさま進歩エネルギーは利益を出資者に分配していくという流れだ。

 

遊戯室内にある「さんぽちゃん」のエネルギーモニター。発電電力量によってモニターが点灯する。園児たちはこれを見て、太陽の力と発電の相関関係を知る

わずか1年足らずで会社設立、ファンドの組成、募集、そして設置を成し遂げ、2007年6月には計画通り第1回現金分配を実施した。その後も、「温暖化防止おひさまファンド」(2007年〜)、「おひさまファンド2009」(2009年〜)と次々にファンドを募集、出資者も全国に広がり、これまで南信州一帯で設置した太陽光発電設備は162カ所。坂の上から街を見下ろすと、あちこちの屋根に太陽光発電パネルが載っているのがわかる。
「私たちが設置した太陽光発電設備の発電電力量は、年間150万kWh程度。一般家庭の400軒分が賄えるくらいです。飯田市の世帯数約3万8000軒からするとたった1%に過ぎません。言い方を変えれば、可能性だらけの事業といえます」
そもそも飯田市は1996年に環境文化都市を政策として掲げ、2007年には環境文化都市宣言で「環境に配慮する日常の活動を、環境を優先する段階へと発展させる」と明言している。環境モデル都市の採択も受け、総じて環境意識の高い土壌だと言える。原さんは「メニューを提案すれば、それを受け入れてくれる市民がいる。民度が高いのかな」と誇る。

 

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原さんに次の目標を問うと、「飯田のすべての屋根に太陽光発電を設置すること」。
そこで2010年に1月に募集を行ったのが、「おひさま0円システム」だ。これは、初期投資ゼロで自宅に太陽光発電パネルを設置、月々19800円の電気代を9年間おひさま進歩エネルギーに支払い、余剰電力は電力会社に売電し、1Kwhあたり48円の売電収入を得ることができるというもの。これまでおひさまファンド事業で培ってきたノウハウと、2009年11月より太陽光発電余剰電力固定価格買取制度がスタートしたことを利用し、広く一般家庭に太陽光発電を普及していこうというものだ。わずか1カ月の募集期間で64件の応募があり、飯田市内で南向き等日照条件のよい30軒の住宅に太陽光パネルが設置された。
原さんは今後の展望を次のように語る。「太陽光発電事業はもちろん、南信州の豊富な森林資源からバイオマス熱利用や、小水力発電などの事業に取り組んでいきたい。地域が生んでいるきれいな空気と水をエネルギーに変え、環境、経済、文化を育んでいきたい」。

 

明星保育園の主任保育士の山内ひろみ先生(右)、遠山友紀先生(左)は飯田市の地球温暖化防止活動推進員として様々な地域活動に参加している。宮下明子園長を囲んで

おひさま進歩エネルギーがNPO時代の2004年5月、市民から寄付を募り最初に設置した太陽光発電設備がある飯田市の明星保育園。「今、晴れているからさんぽちゃんがいっぱい電気をつくっているよ!」と、子どもたちの元気な声が聞こえる。
「さんぽちゃん」とは、おひさま進歩エネルギーのキャラクターのこと。明星保育園では遊戯室にさんぽちゃんのモニターをつくり、発電電力量に応じてランプを点灯さている。
各クラスには「さんぽちゃんのちかい」が掲示されており、園児は毎日、「いらないでんきはつかいません」「あかるいでんきはたいようからのおくりもの」などのキャッチフレーズにふれている。明星保育園主任保育士の山内ひろみ先生は、「3歳児ならばおひさまの力が大きいからランプが5つ点いているねと理解し、5歳児ならばモニターで発電電力量の数字までチェックします」と言う。
太陽光発電によって子どもたちは太陽の力と発電の相関関係を学び、環境意識が根づく。これが家庭に影響し、アンケート調査では96%の保護者が「環境に対する意識が変わった」と答えている。

 

「毎日のお便りから、さんぽちゃんを通して親子の絆が深まったといううれしいニュースを知る」とは、宮下明子園長。園児が保護者に「寒い日はお布団をもう一枚かけよう」「登園時にゴミ拾いをしよう」などと提案し、そこから発展して保護者が園周辺のゴミ拾い運動や、ペットボトルのキャップを回収する活動を自主的に行うようになったと喜ぶ。
保育士たちも積極的に環境教育に関わっている。遠山友紀先生はペットボトルのあんどんを開発し、子どもたちとろうそくの幻想的な光を楽しんでいる。山下先生は自作の太陽炉で「おひさまクッキング」を行い、ホットケーキを焼いたり、お米を炊く実験を園児と行った。この研究成果はソニー教育財団の幼児教育支援プログラム「科学する心を育てる」論文で2009年努力園として表彰された。
宮下園長は「太陽光発電から環境教育のチャンスをいただいたが、子どもたちや先生にそれを生かす能力があった」と言う。
おひさまファンドは、自然エネルギーの普及や新しい市民出資の仕組みを確立したことに留まらず、子どもを通して広く市民へ環境意識を啓発したという意義も大きい。

 

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さて、立山アルプス小水力発電事業に話を戻そう。最大1160口のA号契約では、最終的にお金の分配が終わるのは10年後だ。つまり、出資者は10年という長い期間小早月川の小水力発電事業に注視していくことになる。永田さんは出資者への対応をする際、「これから長いおつきあいをよろしくお願いします」との思いを込めるという。
金融商品にはリスクはつきものだ。だからこそ、デューデリジェンス(投資対象の価値を正確に把握するために行う詳細な調査)の徹底と、金融商品としての魅力を高め、ファンドの組成に心血を注いだという永田さん。「この事業が成功するか否かは、一つの会社が波に乗るかどうかの話ではなく、市民出資のあり方や今後の自然エネルギーの普及に大きな影響を及ぼす。だから、絶対に失敗させるわけにはいかない」
私たちが出すお金が、何に、どのように使われ、その結果どのような社会をつくることになるのか。それがダイレクトに見えるこの取り組みは、日本の自然エネルギーの普及、そして金融商品のあり方に一石を投じ、大きな波紋となって広がっていくに違いない。

 

##写真1(永田さん)
おひさまファンドの募集・広報担当の永田光美さん。外資系金融会社での経験を生かし、ファンドの組成などに携わった

##写真2(原さん)
飯田哲也さんとともにおひさまファンドの共同代表を務める原亮弘さん。「私はあくまでも南信州ローカルに根ざして実践していく。地域から国全体を変えていきたい」

##写真3(明星保育園)
2004年10月、おひさま進歩エネルギーが最初に設置した太陽光発電が燦然ときらめく。園児、保護者の環境教育に一役買っている

##写真4(さんぽちゃん)
遊戯室内にある「さんぽちゃん」のエネルギーモニター。発電電力量によってモニターが点灯する。園児たちはこれを見て、太陽の力と発電の相関関係を知る

##写真5(明星先生)
明星保育園の主任保育士の山内ひろみ先生(右)、遠山友紀先生(左)は飯田市の地球温暖化防止活動推進員として様々な地域活動に参加している。宮下明子園長を囲んで

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