第20回:祝島が踏み出した一歩。オーガニックなエネルギー
「祝島千年の島づくり基金」「祝島自然エネルギー100%プロジェクト」に向け動き出した、瀬戸内海の小さな島
(環境ビジュアルウェブマガジン「ジアス・ニュース」での連載より)

 

島の公民館で講演をするゾーレン・ハーマンセン氏。飯田氏は同時通訳に解説にマルチタスクぶりを発揮した(photo/有福英幸)

 

ジアスニュースで「顔の見えるエネルギー ロコ・エネの種をまこう」の連載を始めてから早20回となる。「祝島」はいつも、ターニングポイントとなるキーワードだ。未来のエネルギーを語る時に、周囲わずかに4kmの小さな島が果たしてきた役割は意外と大きい。人口500人足らずの島での約30年に及ぶ上関原発建設反対運動は、全国の注目を集めながら新しい希望の実現へと舵を切りつつある。

 

「反原発の島から、持続可能なエネルギーの未来がある希望の島へ」。島にUターンしてきた青年・山戸孝さんを軸に展開しているドキュメンタリー映画「ミツバチの羽音と地球の回転」は、勢いを増して自主上映の輪が広がっている。

 

我々が祝島との接点を持ったのは、ミツバチの映画のお披露目、ちょうど1年前の東京・広尾の聖心女子大学での封切り上映の時だ。

 

インタビューで「我々が時間稼ぎをしている間に、世の中の流れが変われば」と語った山戸貞男さんの言葉通り、3.11以降日本中に広がった原発不信の影響は、上関原発建設予定地周辺自治体にも広がっている。下松市、光市、周防大島町、田布施町などの議会で原発建設凍結の方向性が打ち出され、岩国市長も建設白紙化を表明、山口県の二井知事も埋め立て工事の延長許可を取り消すなど、ここにきて情勢変化は激しい。

 

「これまで反原発を打ち出して闘ってきたが、島のもう一つの方向性として、自然エネルギー100%で地域活性を行っていきたい」と、山戸孝さんを中心に今年1月「祝島千年の島づくり基金」を設立、「祝島自然エネルギー100%プロジェクト」を打ち出した。。記者発表直後の2月に中国電力が田ノ浦で埋め立て工事を強行しようとした。住民や全国の応援団の体を張った阻止行動で何とか食い止めたものの、3月には東日本大震災と東電福島原発事故が起こり、島の自然エネルギー100%構想はこれまで具体的には進んでいない状態だった。

 

[3.11]は、自然エネルギーの普及を目指す人、あるいは原子力エネルギー政策を推し進めようとする力、持続可能な循環型社会を模索する人……あらゆる人にとってパラダイムシフトになってしまった。祝島には、福島県や首都圏から移住する家族があった。島の人々は彼らを温かく受け入れ、ひじき漁、びわの収穫を手ほどきし、豚の世話などの仕事を与えた。妻子を連れて東京から移り住んだ佐野高太郎さんは、「島に永住する決意を固めた。これからはびわの葉茶、干しダコの生産など、祝島では一年中何らかの仕事がある。早く一人前にならねば」と、下水道もない、歓楽街もない静かで穏やかな島での生活に順応しようと懸命だ。

 

 

段々畑の耕作放棄地で豚を放し飼いし、循環型農業を行っている氏本農園の畑(写真は山戸孝さん)。電気柵の電力は太陽光発電で賄う(photo/有福英幸)

 

[3.11]を経て3か月後、祝島にとあるゲストが訪れた。祝島自然エネルギー100%計画のブレインでもある、ISEP(環境エネルギー政策研究所)の飯田哲也氏と、デンマークで自然エネルギー100%を実現したサムソ島の運動をリードしてきたゾーレン・ハーマンセン氏だ。

 

6月18日、島で集会が開かれた。サムソ島がいかに自然エネルギー100%を実現していったのか、ゾーレン氏の話に祝島の人々は熱心に耳を傾けた。

 

デンマークでは1970年代に原発の是非について国を二分する議論が行われ、85年に脱原発を国として決定した。しかし、原発がもたらす問題と無縁なわけではない。コペンハーゲンの有名な人魚の像の対岸15kmのところに、スウェーデンのバルセベック原発が建設された(現在は閉鎖)。「その意味では、コペンハーゲンが経験したことと、今祝島が直面していることはそっくりだ」とゾーレン氏は言う。

 

サムソ島はデンマークの中心部に位置し、人口約4300人、面積は約114km2と、規模にして祝島の10倍ほどの島だ。サムソ島は国の自然エネルギーのモデル事業に採択され、1997年に「今後10年で島では化石燃料を使うことをやめ、自然エネルギー100%を実現する」と宣言。陸上に1MWの風車を20基、洋上に2.3MWの風車を10基設置した。それらの全ては島民や、島の企業が出資し、出資者は国の自然エネルギー固定価格買取制度のスキームを利用して売電収入を得、すでに投資分を回収している。

 

それ以前は各家庭の暖房に灯油ストーブを使っていたが、それらをやめ、太陽熱温水器、あるいは藁や木屑などのバイオマスボイラーで温めた温水を各戸に配備する地域冷暖房を採用し、自然エネルギーで島全体の暖房エネルギーの75%を賄っている。島では陸上風車により電力の100%を、洋上風力分で運輸部門を含めた全てのエネルギーを自給自足し、CO2換算でマイナス140%を実現した。島内で生み出した投資額は、10年間で6億ユーロにも上る。これによって地域に雇用が生まれ、地域経済の活性化に結びついた。

 

ゾーレン氏は成功要因を、次のように話す。

「大きなビジョンはわかりやすく、各エネルギーをどう設置し運用していくかのプランは専門的に打ち立て、皆で議論して皆が合意する。プロジェクトごとにリーダーを配備し、オープンな会議で意見を集約していく。地域の資源を使い、地域の人材を育て、地域のノウハウを積み上げていくことが何より大切」と。

 

 

船大工がつくった伝統的な木船を出す島の“若手”男衆(photo/有福英幸)

 

山戸孝さんは、「今後の祝島自然エネルギー100%計画は、島の人たちが中心となり自分たちの力で進めていく。古くからの知恵と、新しい考えを持つ世代とのバランスの取り方は慎重にすべきだ思う。未来を志向するにしても、これまでの反対運動とは切っても切り離せない。足下をおろそかにしてはいけない」と気を引き締める。その表情には、島の新しいリーダーとしての貫禄がすっかり身に付いたようである。

 

祝島自然エネルギー100%計画を実行していくには、現時点では人材も資金も足りない。島の運動に共感をする個人やアーティストらが、印税や売り上げの1%を寄付する「1%for祝島」に対しすでに支援を申し出ている。孝さんは「ビジョンを打ち出して、これからようやく現実を動かしていく段階に入った。まずは島で小型風車を動かし、太陽光発電の設置を始めていく」と計画を示した。

 

ゾーレン氏と飯田氏は、自然エネルギーでの自給自足を目指すヨーロッパの諸島連合「アイルネット」への加入を祝島の島民たちに提案、飯田氏は「祝島では、島で自分のできることを実践しながら、その経験を世界と共有していき、日本のコンタクトの中心になっていこう」と励ました。

 

 

祝島は町並みの美しさも特筆すべき要素である。練塀と呼ばれる、石と土を積み漆喰で固めた塀が路地の両側に続き、瓦屋根とともに独自の景観を生み出している(photo/有福英幸)

 

祝島の人々は言うまでもなく、漁業と農業で生計を立てている、第一次産業の地域である。一次産業と自然エネルギーはそもそもかみ合うものである。

 

「祝島はほかの離島と何が違うのだろうか?」。ある記者の問いに、島の耕作放棄地に豚を放牧しそこで有機農業を行う氏本長一さんは、「祝島は本土との間に橋を架けようとしなかった。橋が架かったら、入ってくるよりも出ていくもののほうが大きいから」と答えた。コミュニティは一つの有機体であり、精神的にも肉体的にも豊かであるためには、大きすぎない規模の方がいい、と氏本さん。

 

オーガニックの前提は、「そこにある」資源を使い、還してゆくことである。祝島の人々は、自然を敬い、足るを知り、地域のなかで持続的な暮らしを営んでいる。有機的な循環が成り立つ地域社会が、そこにはある。食を大量に増産して多くの食品廃棄物を生み出す、エネルギーを大量につくりムダに使う、現代社会が生み出した負の構造とはほぼ無関係な人が多い。「島の自然エネルギーで賄える分だけしか使わない、これが必然じゃないのか?」と氏本さんは言う。

 

正本笑子さんは、収穫したばかりのびわを梱包しながらこう話した。

「私たちは、中電から突如振り込まれた保証金に30年間手をつけずに反対運動を続けてきた。福島で原発事故が起きてから、日本中から人々が祝島を訪れた。今までがんばってきてくれてありがとう、これからもこの地を守って、と言ってくれた」

 

多くの人々が祝島に注目をするのは、祝島が反原発の島だからではなく、お金よりも大切なことを守るために命をかけて闘い続けてきたから。私たちが忘れ、意識の外に追いやってきたものから、目をそらさずに、声を上げ続けてきたからではないだろうか。私たちに代わって大切なものをつなぎとめてきた島は、今新たな希望とビジョンをもって歩み始めている。エネルギーの自立から、島の経済の活性化を掲げ、これまで以上に赤ちゃんからお年寄りまで互いに思いやりを持ち敬い合い、いたわり合うやさしさにあふれた島へ。

 

「自然エネルギー100%の島」の実現は、私たちの夢そのものでもある。祝島の歩みにならい、全国でも競うように実践が始まっていくだろう。反原発に揺れる島から、希望の種をまく島へ……。サムソ島が今世界を引っ張っているように、橋をもたない祝島が日本の新しい希望の架け橋になっていくに違いない。

 

北原 まどか
この記事を書いた人
北原まどか理事長/編集長/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
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