第25回:映画のチカラとは—-日常を取り戻すために必要な「非日常」
山形国際ドキュメンタリー映画祭2011「ともにある Cinema with Us」(環境ビジュアルウェブマガジン「ジアス・ニュース」での連載より)

今年で12回目を迎える山形国際ドキュメンタリー映画祭(YIDFF)が10月13日に閉幕した。国内外の優れたドキュメンタリー映像作品がヤマガタに集結し、世界的に著名な映画監督や俳優、若手作家と一般市民が入り交じり、映画を、そして世界を語り合う場として知られる。3.11東日本大震災と東電福島原発事故で開催が危ぶまれたYIDFFだが、今回、東日本大震災復興支援上映プロジェクト「ともにある Cinema with Us」を企画し、29本のドキュメンタリー映像の上映と映画監督や活動家によるシンポジウムを開催した。

 

山形市の中心部の11会場で上映が行われ、世界各国から2万3000人が集った

 

■現在進行形のドキュメンタリー

 

山形国際ドキュメンタリー映画祭(YIDFF)は、世界101カ国・地域からの総計1,078作品の中から選ばれた15作品で競われるインターナショナル・コンペティション部門、アジアの新進ドキュメンタリー作家による705本の応募作品の中から優れた作品を紹介する「アジア千波万波」を中心に、日本の若手監督による「ニュー・ドックス・ジャパン」など多様なプログラム構成が魅力だ。東北の一地方都市である山形市が「世界のヤマガタ」として賑わう秋の一週間。今年も世界各国からのべ2万3000人が集い、ドキュメンタリーの世界に浸った。

 

なかでも注目されたのは、東日本大震災の被災地の隣県に位置するヤマガタがどのような発信をしていくのかということ。YIDFFが緊急企画した震災復興支援プログラム「ともにある Cinema with Us」は、連日立ち見客で会場があふれるほどの盛況だった。

 

 

YIDFF事務局長の高橋卓也さん

 

29本の映像作品と、映画監督や活動家によるシンポジウム「震災と向き合って」で構成された「ともにある Cinema with Us」。コーディネーターの宮沢啓さんは「震災復興支援プログラムでは選考を行わず、応募作品はすべて上映した。いち早く被災地に入り映像を撮り状況を伝えようとした人たちのことを知ってほしかった」と話す。映像や音声のクオリティ、映画の長さ、作風や、監督のキャリアもさまざま。宮沢さん曰く「現在進行形のドキュメンタリー」が集まった形だ。

 

テレビ報道やYouTubeなどで繰り返し流れる津波、瓦礫の山、爆発する福島第一原発の映像……。メディア慣れした観客がドキュメンタリー映画に求める水準はとても厳しい。著名なベテラン監督の作品が上映された際は、「テレビメディアと何が違うのか。対象に深く入り込めていない」と観客から容赦ない批判の声が浴びせられたという。「未曾有の震災のなかで、どれだけ土地や人に深く接触してきたのかが作品に現れる。東日本大震災を撮るドキュメンタリーは今後が問われる」と宮沢さん。

 

■人間同士の相互作用でつくられてゆく映画

 

上映された29作品のうち、御木茂則監督の「フレーフレー山田 忘れないための映像記録」は、大きな津波被害を受けた岩手県山田町に縁のある法政大学応援団が、今年4月29日に現地の避難所を訪れ、文字通り「フレーフレー山田」とエールを贈る様子を映像に収めている。最初はこわばっていた避難所の方々の表情が徐々にゆるみ、最後は涙と笑顔に変わる。「涙をさんざん流したから笑いたい。この映画は、苦しみをユーモアに変える山田町の人に一目惚れした、私からのラブレターです」と語った。

 

このほかにも、福島第一原発の半径20キロ圏内にある南相馬市原町区江井部落で家を追われた家族の物語「相馬看花 第一部 江井部落」、民俗学者・柳田國男が旅した陸中の小さな漁村・小子内の盆踊りを丹念に紡ぎ、映画の完成目前に津波に襲われた撮影地を震災後改めて映した「なにゃどやら 陸中・小子内の盆唄」など、被写体に深く関わりその土地の文化習俗、人間の魅力を映し出した作品群や、3.11を題材に自分なりの映像表現を模索した若手ドキュメンタリストの作品も一挙に上映した。

 

YIDFF事務局長の高橋卓也さんは、「ドキュメンタリー作家にとって、自分がどのような視点を持って生きていくのか未整理の状態で、復興のビジョンすら描けないのが現在の状況だ」と言う。撮る、撮られる。伝える。共有する―–。映像、紙、ウェブ、テレビ、映画……その境界を越え、いまや誰もがメディアになれる時代の「映画とは何か?」。この問いに高橋さんはこう答えた。

 

「映像作家も、被写体も、”素”の人間同士、お互いに影響を受け合うなかでのサシの勝負が現れるのがドキュメンタリー映画だ。作家がある現象に向き合った時に自らを問い返してゆくなかでつくられた作品。それを観る人がいて初めて成立するもの」

 

■カメラ慣れしている子どもたちの傷

 

映画祭では震災復興支援プログラムのほかにも被災地の子どもを支援するための特別企画が開催された。10月10日の「子どもと映画」プログラムでは、宮城県南三陸町伊里前小学校の6年生が映画祭期間中の10月8日から10日にかけて庄内映画村で撮影した短編映像を上映した。時代劇の扮装をした子どもが監督・カメラマンと役者に分かれてつくった劇映画2作品と、庄内映画村を訪れている観光客に「絆とは何か?」をインタビューして歩くドキュメンタリー映像2作品に、会場に集まった保護者たちが時に笑い、また涙を浮かべながら、映像に見入っていた。

 

同日夕方には、宮城県仙台市や石巻市、気仙沼市などで子どもの支援をしている活動家によるシンポジウム「ミライノカタチ」が開催され、被災地の子どもたちを取り巻く深刻な状況が話された。庄内での撮影会を企画した土肥悦子さんは「南三陸の子どもたちには放課後の時間がありません。授業が終わったら町内を巡回するバスに乗って家に帰る。そして、常に報道のカメラに追われて緊張しています。庄内でもテレビが追いかけてきて、カメラがあると表情が固くなった」と打ち明けた。

 

仙台市で子どもとともに映像づくりや演劇を行うアトリエ自遊学校の新田新一郎さんは、「避難所にはマスコミの立ち入り禁止の張り紙も多かった。メディアは哀しみや涙などドラマチックな映像を求めていて、傷ついている子どもたちを執拗に追い回した」と明かした。石巻市渡波小学校で瓦礫などからアート作品をつくり募金活動をしているワタノハスマイル代表の犬飼ともさんは、「子どもたちは写真を撮られることにとても敏感で、支援団体のブログに写真が掲載されることをいやがっていた。僕のブログに子どもたちとつくった作品を公開する時には、一つひとつ、パソコンで写真を見せて確認していた」と振り返った。

 

地震と津波に加えて、マスコミの嵐にもまれた子どもたちが追った傷。被災地での「カメラ」の存在、そして取材社の姿勢に対して、改めて考えさせられたエピソードだ。

 

シンポジウム「ミライノカタチ」。映画評論家の村山匡一郎さん、土肥悦子さん、気仙沼市赤岩子ども館の金田みや子さん、犬飼ともさん、新田新一郎さん

 

■日常を取り戻すために必要な「非日常」の時間

 

新田さんは9月に名取市の小学校で「こどもスマイルミュージカル 明けない夜はないから」を演出した。「歌や踊りなどで表現することは、痛みを外に出すという効果がある。それと同時に、避難所などで開催された無料上映会で映画を鈴なりになって観る体験は、日常を取り戻していく過程のなかで非日常を楽しみ、笑顔を取り戻すために欠かせない大切な要素だった」と話した。

 

YIDFFでは4月半ばから宮城県や山形県内の避難所を回り、これまで30回以上の無料上映会を開催してきた。この活動は「映画応援団”シネマエール東北”東北に映画を届けようプロジェクト!」というプラットフォームにつながり、現在もなお東北各地のあちこちで上映会が行われている。

 

このプロジェクトについて宮沢さんは「映画という非日常を楽しみながら、日常生活に戻っていただくためのきっかけをつくりたい。細く長く、今後も継続していきたい」と言う。YIDFFの22年間は、地方都市にあった小さな映画館が大型シネコンに取って代わられ店をたたんだ時代と重なる。十分な設備が無い避難所での映画上映は、スクリーンと映写機、時には発電機などを駆使してなんとか行っていく。「公民館のござの上で車座になって映画を観る人々の姿を見て、映画を上映し共有する喜びを味わった。映画のチカラを久々に思い出した」とは高橋さん。ドキュメンタリー映画祭の運営だけでなく、自主上映会のプロ集団でもあるYIDFFの横顔が垣間みられた。

 

「ともにある Cinema with Us」は今回の映画祭で、作品ではなくプログラムとして初めてコミュニティシネマ賞を受賞した。2011年が初回となる本プログラム、今後YIDFFとドキュメンタリー映像作家が東日本大震災をどのように発信し、現実を動かしゆくのか、次回以降が期待される。映画ができる復興支援とは?  映画のチカラとは―–。ヤマガタの自問自答はこれからも続いてゆく。

 

「ともにある Cinema with Us」は上映者が選ぶ「いちばん観客に見せたい映画」に授賞される「コミュニティシネマ賞」を受賞した

 

 

Information

山形国際ドキュメンタリー映画祭公式サイト

http://www.yidff.jp/

 

北原 まどか
この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
未来をはぐくむ人の
生活マガジン
「森ノオト」

月額500円の寄付で、
あなたのローカルライフが豊かになる

森のなかま募集中!

寄付についてもっと知る

カテゴリー

森のなかま募集中!

メディアを寄付で支える
読者コミュニティ
「森のなかま」になりませんか?

もっと詳しく