「野菜は友達」と語る横浜農業の表現者|菊名・野菜レストランさいとう
「からだが喜ぶ料理を」と、出版社を辞めてフランス料理の道へと進んだ齊藤良治さん。その原点を探ると、江戸時代から代々続く農家に生まれたことにありました。「農家と私の想いを料理にして伝え、お客さんの喜びの声をまた農家に届ける。人の想いを循環させていくのが私の仕事」と語る、齊藤さんのお料理を食べに行きました。

「野菜レストランさいとう」。読んで字の如し、齊藤良治シェフがつくる野菜料理のレストランです。JR横浜線・東急東横線「菊名」駅から徒歩3分。シンプルな四角い平屋の建物が、訪れる人をのびやかに迎え入れます。ガラスの扉を開けると、精緻で清々しい空気に包まれます。無垢材とシラス(火山灰)といった自然素材の内装に、竹炭が練りこまれた天井、オールドチークのテーブルと椅子が整然と並び、落ち着いているけれどもとても温かみのある雰囲気に、ホッとした気持ちになります。

 

今の店舗には3年前に移転した。設計を手掛けたチームに料理を食べてもらい、「オーガニックな空間」の構想が自然と生まれた

 

「いらっしゃいませ」と、厨房のカウンターから柔和な笑顔で迎えてくださったのがオーナーシェフの齊藤良治さん。この日は、家庭で簡単につくれるフレンチレシピを教えてくださることになっていました。

 

 

「メニュー名? どうしようかな……。秋の旬野菜を盛りだくさんに使った簡単煮込み。これでどう?」

ポトフとかエチュベとか、フランス料理らしい名前にしてもいいのに、「家庭で気軽に簡単につくってほしいから」と、どこまでも家庭料理を作る人への思いやりにあふれている齊藤さん。

 

 

「材料は、人参、しいたけ、じゃがいも、長ネギ、冬瓜、里芋を乱切りにして、生姜だけはみじん切り、下味用の塩を入れて、ヒタヒタよりもちょい少なめの水を入れて炊くのがポイントだね。野菜は縮むから、旨味をたっぷり引き出すために、アクを取りながら20、30分煮込む。野菜がしんなりしたら適当に切った豚バラ肉を入れて、またアクをとって、あとは塩や醤油を足して自分の塩加減にして、最後にごま油を足すだけ。秋の料理だから、今日のレシピでは生姜、醤油、ごま油で味をつけているけれど、生姜をにんにくに代えてもいいし、醤油の代わりに味噌を加えてもいい。家族の好みや体調に応じて、自由にアレンジできるのが煮込みのいいところ」

 

 

そんな風に、齊藤さんはとつとつと語りながら、目の前に大きなお皿を運んできてくださいました。

 

「例えば朝やお昼に仕込んでおいて、できあがった後、火をとめて夜まで寝かせておくと、味が馴染んで、ますますおいしくなります」と、齊藤さん

 

レシピを聞いていると、誰でもつくれそうなくらいにシンプルな材料に調理法。だけど一口スープをすすると、やさしく滋味深い味わいに、さすがプロの技と感心すると同時に、心がホッとほぐれてきます。そんな表情の私を見てか、

 

「私は食で救われたんですよ……」

 

と、齊藤さんが、再び話し始めました。

 

 

齊藤さんはもともと出版社に勤めていて、新規事業の開拓の激務で体を壊したこと。そんな時に、この地で代々農業を営んできたお父様がつくった朝採れの野菜を食べて、「今まで味わったことのないようなおいしさ」を感じたこと。その時に、「食は人生を変えるほどのパワーを持つ」と確信して、30代半ばで食の道を志し、料理学校に通って西洋料理を学び、横浜市内のフランス料理店の門を叩いたこと……。

 

 

「おいしいと体が喜ぶ、元気をもらえる、幸せを感じる。それを伝える仕事を始めよう」と、菊名駅前に「野菜レストランさいとう」を開いたのは、2005年5月のことでした。

 

コースのメイン料理の魚はサワラ。カブのマリネとソテー、カブと玄米のおじや風、里芋バター醤油ソテー、里芋ソース味噌風味、酸味のきいた海苔のソースと、里芋も多彩な調理法で一皿のうえに表現する

 

それからと言うもの、「おいしい野菜料理が食べられる店」として一躍人気店になり、横浜でも地産地消の名店と知られるようになった「野菜レストランさいとう」。しかし齊藤さんは「実は”地産地消”って言葉は、好きじゃないんです」と、意外な一言を発します。

 

 

その理由を聞くと、「うちは代々この辺の農家なのでね。地元の野菜を食べて育ってきているから、それが当たり前すぎて、あえて地産地消って言葉で表現しなくてもいいんじゃないか」と。

 

 

齊藤家は菊名のあたりで400年続く農家で、3年前の9月に移転した現店舗は、もともとはご先祖様から受け継いできた土地だといいます。

「この土地で私がレストランをやるのは、きっと意味があること。農家として野菜の現物を提供するわけではないですが、食に形を変えて野菜や農家の魅力を伝えることはできているのかな」と、謙遜します。

 

コースの前冷菜は、富士山溶岩釜で火を通した合鴨ロースト旬野菜のサラダ仕立て、赤ワインビネガードレッシング、柿とクルミロースト添え。野菜の鮮やかな彩りと食感にハッとさせられる

 

料理は前菜(冷前菜/温野菜/スープ)、メイン(肉/魚)、デザートに、富士山溶岩釜で焼いた自家製パンがついて、ランチ1800円〜、ディナー3200円〜。ホームページには、「今月召し上がっていただきたい一皿」「今月の主役をご紹介いたします」と、野菜や生産者の横顔が詳細に書かれています。

 

 

齊藤シェフはふだんからクルマを走らせて農家さんのもとに直接出向き、その時にある旬の野菜を仕入れてきます。「保土ケ谷区の苅部博之さん、山本諭さん、山本泰隆さん、都筑区の加藤之弘さん、神奈川区の平本英一さん、港北区の秋元朝光さんに松本こずえさんに金子清紀さんに……。生産者と会わなければ気が済まないんですよね」と、指折数えながら農家さんについて語る齊藤さん。「横浜の農業は、まさに“人”がいて成り立っているものです。私の役割は、農家さんの想いがこもった野菜に私の想いを込めて料理の形にして伝え、それを食べたお客さんの想いを今度は農家さんに伝えていくこと。“人”の想いを循環させていく役目を担っていると思います」と、語ります。ちなみに、時折齊藤さんのお父様のお野菜も登場するようですよ。

 

お店の入り口には『畑と食卓をつなぐ情報誌 Farm to Table』が置かれている。齊藤シェフ自らが制作した冊子は、さすが元出版社に勤めていただけあるハイクオリティ

 

取材の最後に、「地産地消の醍醐味は?」と聞くと、「ともかく、私にとっては野菜が友達なんです。野菜とふれあう、野菜と目が合うだけで、うれしくなる。彼らは生き物なので、表情をみて仕入れて、対峙して、おいしさを最大限に引き出そうと仕込んでいくなかで、いろんな表情を見せてくれるんですよ」と、いたずらっぽく笑う齊藤さん。そんな風に、大好きな“友達”の魅力を料理にのせて最大限に伝えて、それをお客さんに提供して喜んでもらえると、本当にうれしいそうです。

 

齊藤良治シェフ。実直な人柄が柔和な笑顔に現れている。ちなみに野菜レストランさいとうは菊名神社のすぐ隣にある。齊藤家の最も古い墓石には「慶安元年」と刻まれているとか。江戸時代初期、将軍家光公の時代だ

 

今後は、横浜の農家さんの仕事や、野菜の価値を消費者がきちんと認め、みんなで応援していけるように、情報誌やマルシェイベントなどで横浜野菜の魅力を発信していきたいという齊藤さん。鍬から包丁に道具を持ち替え、野菜そのものから野菜の料理で、未来永劫「横浜の野菜と食」を伝えていく役割を背負いながら、どこまでも軽やかに気負いなく語ってくれる齊藤さんでした。

 

富士山溶岩釜で焼いた自家製パンは、販売もしている。港北区産のはちみつや自家製ジャムをプラスして、お土産にもいかが

Information

野菜レストランさいとう

http://www.restaurantsaito.com/

住所:横浜市港北区菊名6-5-16

TEL 045-434-1761

Lunch 11:30~14:30(14:00 L.O)

Dinner 18:00~22:00(20:30 L.O)

定休日:月曜・第2日曜

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この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
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