「これまでも これからも 大事なものはやっぱり・・・」
横浜市都筑区にある一時保育さんぽは、横浜市乳幼児一時預かり事業の保育施設です。預ける理由は問わず、0歳から未就学のお子さんをお預かりし、自然の中でたっぷり遊びます。横浜市からの要請を受け、4〜5月の緊急事態宣言下も開所していました。
(文=一時保育さんぽ・燕昇司 知里/写真=一時保育さんぽ)
*このシリーズでは、「子どもを育てる」現場の専門家の声を、毎月リレー方式でお送りしていきます。

「はじめまして」

 

 一時保育さんぽで保育士をしています燕昇司(えんしょうじ)知里と申します。得意な遊びはレゴブロックで駐車場を造ること。今でも密かに信じていることは、いつか水たまりの中に入れるっていうこと。趣味は登山。子どもたちからは「えんちゃん」と呼ばれています。どうぞよろしくお願いします。

ちなみに、一時保育さんぽのスタッフは「先生」は使わず、みんなニックネームで呼び合っています。子どもにも親御さんにも、身近な存在として一緒に子育て子育ちを見守って、力を抜いて楽しんじゃおうという思いからです。

 

正直に言ってしまうと、今この時期に何を書いていいのか、とても迷います。いまだ「コロナウィルス大変だったね」と振り返るには時期尚早で、「これからのコロナウィルスとの付き合い方」にはまだ答えはなく。そんな状況の中をぐるぐるしています。それでも、この状況に絶望はなく、たくさんのことを考える機会になっています。そこで思ったことを書かせてもらおうと思います。

 

「必要だったあたふたした時間」

 

私たち人間は、慣れている価値観に身を置くことで安心感を得るといった特徴を持っているそうです。そうすることで心の安定を守ろうと本能が働いているだとか。私の本能も、新たな心の安定を図ろうと「あたふた」しました。世の中も「あたふた」していたように思います。その「あたふた」は、自分を追い込んでしまうことや、人を攻撃してしまうこと、自分の正義を押し付けること、周りのことを考えられず行動すること、絶望に慣れた行動をすることなど、普段ではしないような言動をすることにもつながりました。理性が効かず、本能で心の安定を図ろうとしたのだと思います。だとすると、それも責められることではないと思いました。

 

でも、多くの人は、あの時間を自分たちなりに楽しんで過ごすことで、心の安定を図ろうと行動したのではないでしょうか。

 

そこには、自分で自分の行動を「よし」としたかどうかが大きく関わっていると思います。

 

あの時間はすごく不自由だったけど、不自由だから不自由なのではなく、自分の行動に「よし」を出せたか、出せなかったかによって、自由・不自由の感覚を得ていたのだと思います。意外と楽しく過ごせたという方が多かったのも本能の働きと、これまで培ってきた理性で、知らず知らずのうちにそんな判断をしていたのではないでしょうか。「あたふた」したことで、自分の本能と理性の両方をよく理解でき、やれることをやって過ごす。そんなことを考えられるよい時間になりました。

 

緊急事態宣言下、保育室は静まり返り、スタッフも自宅待機。心が折れそうなとき、それぞれの家で、さんぽの絵本約200冊を消毒、天日干しして、地域や利用家庭に配布した。人に貢献できることは、自分にとっての幸せだと再確認した

 

わたしたちの思いと、絵本を楽しんでもらうためのメッセージを添えた

 

『おうち時間にどうぞ』と題し、手作りおもちゃの作り方や、家での遊びの風景などをホームページや施設前の看板で紹介した。子どもの預かりがない日も、施設のシャッターを開け、商店街に明かりを灯した。また、『さんぽの扉』LINEを開設し、話したいとき、グチりたいとき、相談したいときに、スタッフとチャットをできるようにした

 

「子どもが持っている、あ・た・る・ま・え を大事にしたい」

 

「あたふた」を経験したのち、あたりまえって何だったんだ?ってなりました。今まであたりまえだと思っていたことが、あたりまえでなくなった。あたりまえばかり持っていた大人は、大混乱していたように思います。でも、子どもは「あたるまえ」を持っているので、子どもをみて、勇気づけられることがたくさんありました。目の前の物事を決めつけることなく、いろんなことにぶつかっていく、遊びを通して自分のモノにしていく。そんな子どもたちには「あたるまえ」という表現がしっくりきます。

 

そんなふうにおうちで遊べる力ってすごい

 

そうだった。子どもの「あたるまえ」は最高だよとあらためて思いました。

「あたるまえ」の子どもは、本能で生きているし、失敗も、間違いも、いっぱいする。けれど、その時に受け止めてくれる人がいてくれるから、そこに理性が生まれて、子どもは少しずつ人間になっていく。その繰り返し。受けとめてくれるのが親だけじゃむずかし時もある。だから私たちがいるんだ。そんなことと、今のこの状況も似ていると考えるようになりました。一人だと心折れてしまいそうになるけど、だれかに寄り添ってもらえたら、だれかと一緒なら勇気がでる。そう再確認することもできました。

 

 

「あたるまえの子どもは、おもしろいっ 渋柿編」

 

さんぽの近くの柿の木広場には、2本の柿の木があります。1本は甘柿が実り、もう1本は渋柿が実ります。甘柿は鳥たちが食べてほとんど残っていません。渋柿だけがたくさん残っているのです。子どもは渋柿がなる木を指さして、「食べたい」と言いました。「あれは渋柿と言って、渋くておいしくないのよ」と伝えると、その子は「食べてみたい」と言いました。子どもの「食べてみたい」は感性・勇気そのもの。長い枝を見つけて、柿とりに挑戦。やっとことれた渋柿を食べてみることにしました。まぁ渋い!顔が歪んで、食べた柿も吐き出し、お茶でうがい。「渋かったね(笑)」と言うと、その子は「おいしくなかった。でもおもしろかった」ですって。柿をとるための枝探しも、柿をとる過程も、とれた時の喜びも、食べてみることの勇気も、全部おもしろかった。挑戦してみても、成功することばかりじゃないし、成功することが正解じゃないし、正解はその子が見つけるんだよね、そうかそうか。おもしろいことをいつも教えてくれます。

 

「あたるまえの子どもは、おもしろいっ 取られたくないおもちゃ編」

 

 ミニカーが好きな男の子とアンパンマンが好きな男の子。お互いおもちゃを手放せず、ミニカー1台と、ばいきんまんの人形1体を持って、公園に行きました。ミニカー君は、アンパンマン君と一緒に遊びたい様子。でもアンパンマン君はスタッフと人形を使ってごっこ遊びをしています。一緒に遊びたいのに遊んでくれないことに対して、ミニカー君はその子が遊んでいた人形をうばって、逃げ回ります。取られたほうは、怒って追いかけます。それでも返してくれないので、ほかの遊びに切り替えるアンパンマン君。つまらなくなったミニカー君。しばらくして、二人は砂場でそれぞれに遊んでいました。遊びに夢中のミニカー君の手から離れたばいきんまん人形を見つけ、サッと取り返すアンパンマン君。すぐにそれに気づいたミニカー君。叩き合いのけんかになりました。すると、ミニカー君は、ばいきんまん人形を、泥水たっぷりのバケツに突っ込みました。ズボッ…もうアンパンマン君も、ミニカー君もその人形では遊べなくなりました。

 

 ただただ、ミニカー君はアンパンマン君と一緒に遊びたいだけなのに。

 

アンパンマン君はそうじゃなかっただけなのに。

 

 

泥水たっぷりバケツにばいきんまんを浸けてみる。だってこれ持ってたら、ぼくと遊んでくれないじゃん

 

スタッフが間に入り、お互いの気持ちを粛々と伝えます。伝えたら後は本人に任せます。謝っても、謝らなくても、一緒に遊ぶも、遊ばないも。今感じている気持ちを大事にしたいです。そしてそれがどう変化するのか、今後も楽しみです。

 

おもしろいのは、子どもは何時間も経った頃、「さっきはごめんね」とか急に言います。気持ちがぐるぐるして、自分に「よし」の判断をして、謝るって行動をおこす。それに数時間もかけたのでしょうね。愛おしい。大人が「謝っておいで」なんて言って謝るのでは、なんにも残らない。自分で「よし」を出せるか、出せないか。謝らない判断も「よし」、謝るも「よし」。どちらがよいなんてそれは大人の「よし」であって、その子の「よし」じゃないんですよね。

 

「あたるまえ」の子どもたちの言動を、子どもたちの目線になって一緒に心を動かすことに、この仕事の楽しさをすごく感じます。と同時に、大切さ、むずかしさも感じます。

 

さらにそれを親御さんと共有していくことが、私たちの役割だとも思っています。その子の出した「よし」に気づくことや、「やってみたらこうなってこう感じて、こんな風に行動した」という「あたるまえ」であるその子の心の動きを見逃さずに、伝えること。すごく大事。すごい仕事だ。

 

けんかしたあとの砂場遊び。きっとドキドキしてる。お互いに。だけど大丈夫。そばにいるよ

 

ぽっとん落としのおもちゃで遊ぶ二人。約束したわけじゃないけど、ひとつずつじゅんばんこに入れる

 

最初は長靴を履いたまま登るも、失敗して悔しがる。脱いでみたら、てっぺんまで登れた

 

初めての預かり。知らない場所、知らない人。不安でいっぱい。でも泣けるってすごいね。それだけでリスペクトだよ。泣き止むタイミングだって、人それぞれ

 

「これまでも、これからも、大事なものはやっぱり同じ」

 

これからも大事にしたいのは、子どもの感覚遊び。それには、「自然」と「人との関わり」が不可欠だと思っています。

自然は「私」に応答してくれます。

水道から出ている水を手にうける感覚

泥をこねる感覚

冷たい、生ぬるい、風の感覚

雨のにおい、花のにおい

冬の空気の張った感覚

虫や鳥の鳴き声の心地よい耳の感覚

虫を怖いと思う感覚

四季のめぐりを不思議と思う感覚

植物の形を面白いと思う感覚

太陽の光がきれいと思う感覚

などなど、自然は私たちに多くの感覚と刺激をくれます。そしてその得た感覚を脳は忘れることはありません。

それこそが唯一無二の「私」の感覚=安心感だからだと思います。

 

「私」の好きな感覚や面白いと思うこと、興味があるもの、好きなもの、嫌いなもの・・・そしてその「私の感覚」は「人との関わり」で融合し、変化し、さらに「私」の世界を広げてくれます。

 

苦手だけど、あの子が手伝ってくれたらできた。

泣いていたら、そばに居てくれた。

怖かったけど、一緒だったから大丈夫だった。

やってみたら、みんなが笑ってくれた。

けんかしたら、怖かった。

仲直りしたら、安心した。

私を受け入れてくれた。

 

「自然」と「人との関わり」を通して、少しずつ形成されていく、心地よい価値観をよりどころに、その子なりのあたりまえができていく。そこにこそ未来があると信じています。今回みたいにあたりまえが崩されたとしても、つくり方を知っているのは強いです。そしてそれは、また「私」と「人」との中でつくり上げていってほしいです。

 

だから今までと変わらず、自然の中でいっぱい遊べる環境を提供する。人との関わりを通して保育をする。そのための手段や対策は大人の役割で、子どもに経験してほしいことは、今までと変わらない。変えちゃいけないと思っています。

Information

横浜市乳幼児一時預かり 一時保育さんぽ

平日9:00~17:00 

横浜市都筑区荏田南5-8-13 1階

TEL045(532)9960 FAX045(532)9967

http://www.nohara-net.com

さんぽの情報は、さんぽ公式LINE    ID @787edpet

チャットで悩み、グチこぼしは、さんぽの扉LINE ID @159qtebc


プロフィール

燕昇司知里

21歳で結婚して、22歳、23歳で女の子を出産。育児を楽しめなかった暗黒期を経て、33歳で男の子を出産。そこで初めて家族との育児の楽しさ、地域との関わりでの子育ての楽しさを知る。自分の経験から育児をつらく感じている人に寄り添いたいと思い、35歳から通信制短期大学で保育士資格を取得し、子育て支援の世界へ。その後様々な生きづらさを感じているご家庭にも直面し、特別支援士、早期発達支援士を勉強、取得。おしゃべりカフェ「ぽこぺん」に参加。自身ではワークショップ「ワレワレハウチュウジンダ」にて、だれもが暮らしやすい地域を目指している。

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