「横浜」印を背負って続けていくこと。横浜醤油 筒井恭男さん
「濱の料理人」代表の椿直樹さんと巡るシリーズ、第9弾は、横浜市神奈川区・松見町の横浜醤油(しょうゆ)筒井恭男(やすお)さんです。横浜にただ1軒、製造をおこなう醤油屋さんがあります。このご時世でこだわりの醤油を作り続ける筒井さんに、熱い思いをおうかがいしました。(写真:大西香織)

 

大ど根性ホルモンのオーナーシェフ・椿直樹さんと訪れたのは、神奈川区松見町の横浜醤油。

建物内に足を踏み入れた途端、ふわっとお醤油の香りがします。これは日本人なら誰しも幸せを感じる香りではないでしょうか。

 

JR大口駅近く県道110号線沿いにある。黄色の外観は目をひく

 

奥から現れたのは、横浜醤油代表取締役の筒井恭男さん(71)。

お醤油のいい香りがしますねと伝えると、

「火入れの時はもっとですよ。隣近所へ匂いが全部いっちゃいます。匂いは、だいたい一週間で会社の中だけにおさまってきます。私は慣れてほとんど分かりませんが、たとえばカビが生えたり、異物が入ったり、いつもとちがう匂いがすればすぐに分かります」

子どもの頃から醤油の作業場で遊び、親しんできた筒井さん、醤油の細かい香りの違いも敏感に察知します。

 

筒井恭男さん。醤油は発酵食品、そのおかげか71歳とは思えぬほど肌がきれい

 

ここで筒井さんからクイズです。

 

「醤油は何でできているか分かりますか?」

 

私、勉強してきました……「大豆と小麦と塩ですか?」

 

「そうです。大豆と小麦の配合によって百何十種類もの味わいが出てくるんです。本醸造の濃口醤油だと、だいたい大豆と小麦が6:4の割合。店によってそれぞれ配合は変わってきますけど、醤油屋は、生揚げ(加熱する前の醤油)を味わうとその配合が分かります」。

 

かさねて、筒井さんに横浜醤油の配合は? とたずねると「秘伝中の秘伝」と返ってきました。……ですよね。

 

写真左側は火入れに使うタンク。年間5,000から10,000リットルの醤油を製造する。筒井さんは火入れと最後の味の調整を松見町の工場でおこなう。醤油ラベルに製造者と表示することは彼の誇り

 

さて、ここで醤油づくりについて、おさらいです。

 

まず、ふかした大豆に麹菌をつけ、炒った小麦と合わせます。それを室(むろ)に入れて麹を作ります。できた麹と塩水とを一緒に寝かせて、もろみを作ります。それを9カ月から1年半ゆっくりねかせて絞ったものが生揚げと呼ばれ、さらに火入れ(加熱)をして色・味・香りを整えてようやくできあがりです。

 

「醤油づくりは20-30工程あるんです。ということは20-30樽が必要になる訳ですよ。麹室(こうじむろ)とかその他の施設を全部入れると1000坪以上の広さが必要になるんですよ」と筒井さん。

 

昔の醤油屋は駅前や商店街など中心地にありましたが、街の発展とともに地価が上がり、広大な敷地を必要とする醤油屋は土地を移転したり、廃業せざるを得なくなってきました。2000年、白幡上町にあった横浜醤油でも横浜市の地区センター建設の話が持ち上がります。

 

「その時、私も醤油屋を止めちゃおうと思った。だけどね、醤油のラベルにマルハマ印が付いているんですよ。これは横浜のマークなんです。これがある以上私が死ぬまでは続けるかって。いいものを作りつづけていたら、お客さんに少しでも分かってもらえるかと思って」

 

昔はマルハマ醤油だった。ポスター中央にあるマークがマルハマ印

 

出荷を待つ金ラベルの醤油。筒井さんは手作業で醤油詰めをおこない、5-6時間で1000本詰めることができるとか

 

筒井さんはお兄様から家業を受け継ぎ、3代目として、現在の松見町に移転します。

 

広大な面積が必要な火入れ以外の工程作業は、醤油屋13社からなる岐阜の共同センターで作ることにしました。

 

商品も切り替え、移転前には主流だった業務用から、家庭用をメインにします。

 

「うちはあっさりさっぱり味が特徴。横浜の味となる甘みを出そうと研究しています」

 

椿さんが横浜醤油を初めて訪れたのは2002年のころ。ご自宅の近くだったこともあり、筒井さんとは10年以上の付き合いになります

 

「大ど根性ホルモンでは、卓上醤油やお土産用として出しています。料理に合わせやすいんですよ」と椿さん。

 

左から椿さん、筒井さん。「醤油に旬ってあるんですか」(椿さん)「あるよ、10月だね」(筒井さん)「季節で味も違うんですか?」(椿さん)「春と秋で味を変えているね」(筒井さん)料理人ならではの着眼点で横浜醤油をとらえる

 

横浜醤油は卸売もしていますが、工場で直売もしていて、そこにはやはり主婦層が多く訪れます。電車や車、自転車、徒歩でわざわざ訪ねてくれるお客さんに、筒井さんは直売所ならではの割安で商品を提供しています。

 

「うちは醤油しかない。それなのに、わざわざ買いに来てくれるお客さんに対する私の気持ちです(笑)。“この醤油じゃないとダメなの”なんて言われるとうれしいねえ。うちの醤油はせめて3回使ってほしい。盆と暮れに贈答用の醤油をもらったお客さんが、普段使っている醤油にもどると違いに気づく。3回使ってもらえばこっちのものですよ(笑)」

 

醤油の味わいは一度ではっきりと好みが分かるものではないかもしれません。だけど毎日使うものだからこそ、長く使うほどにおいしい醤油の味わいが際立ってくるのです。

 

詰め合わせセットも販売されている

 

これまで、玉子かけ醤油、たべるしょうゆ、ハイ辛辛辛醤(はいからじゃん)など多くの商品を開発してきた筒井さん。

「今度はエキゾチックな味わいのものが作れたらいいね」

不敵な笑みを浮かべて、何やら新しい商品を計画中のようです。

 

横浜ラベルを守りつつも、新しい味わい、新しい商品に挑む筒井さんでした。

 

「ペットボトルの水は1日でできて、1日で飲んじゃうでしょ。醤油は作るのに1年かかるし、1瓶を使いきるまで3カ月もかかる。でも今では水と醤油の値段はたいして変わらないでしょ。今の若い人はこういう(気の長い)商売をやらないですよ」

 

今後について聞くと、あきらめともつかない顔で語る筒井さん。後継ぎは今のところ未定とも。

 

本物の調味料が出来上がるまでの時間と手間について語った筒井さんのこの一言は、日々の暮らしの中で私が無頓着だった物の価値について、疑問を投げかけるものでした。時間も手間も思いも込められたものに対して、私たちはもっと目を向け、その対価を考えるべきなのかもしれません。

 

その答えが、きっと、横浜醤油の味わいに隠されているのだと思います。

Information

横浜醤油

〒221-0005 神奈川県横浜市神奈川区松見町3-1-6

TEL045-401-9317 FAX045-401-9319

URL  http://www.yokohama-syouyu.com/

 

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https://faavo.jp/yokohama/project/1355
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この記事を書いた人
明石智代ライター
広島県出身。5年暮らした山形県鶴岡市で農家さん漁師さんの取材を通して、すっかり「食と農」のとりこに。森ノオトでも地産地消、農家インタビューを積極的にこなす。作り手の想いや食材の背景を知ることで、より食材の味わいが増すことに気づく。平日勤務、土日は森ノオトの経理助っ人に。
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