
こんにちは。森ノオトレポーターの小川倫環子です。二子玉川から沖縄に移住して約3カ月。沖縄生活も慣れてきて楽しい毎日を送っています。今でも3.11の影響で沖縄に移住、避難してくる人たちは増え続けています。
今回は家族全員で沖縄移住した小林信広さん、尚美さん、長男 恵歴くん(20歳)、次男 央くん(8歳)の移住レポートです。
3月11日前、小林家はこれまで住んでいた東京の家から千葉県いすみ市へ引っ越すことが決まっていました。家を購入し、手付金も払い、新しい生活に希望を膨らませていました。
もうすぐ引っ越しという時に3月11日の地震、そして東電福島原発の事故。
「東京も危ないからすぐに逃げて」と小林家に知り合いから連絡が入りました。
以前から原発の危険性については知っていた信広さんと尚美さん。丸1日考えて、3月12日の昼過ぎには東京の家から南西へと車を走らせました。その時とっさに持ち出したのは、甘酒、味噌、醤油、たくさんのタオル、セージ、シンギングボウル、そして数冊の本だったそうです。
途中、名古屋にいた長男恵歴くんと合流。その後、祝島、九州へと移動し、この間、マンガ喫茶などいろんな場所に寝泊まりしました。そして3月20日に沖縄入り。4月11日に今住んでいる宜野湾市の家に引っ越しました。
東京には一度、荷物の整理など諸々の所用で数日だけ戻っています。
震災を機に沖縄に来てしまったので、千葉の引っ越しもなくなりました。つまり、購入したお家に住むことはできませんでした。高額な手付金も返ってくることはありません。
信広さんに、購入したばかりの家があり、千葉での新しい生活がこれから待っているというのに、どうして沖縄に来たのですか? と聞いたら、「仕事も忙しく、家も買ってこれからという時だったけど、それよりも生きていくことが大事だった」と答えてくれました。3.11の時も信広さんは仕事の最中。「仕事の事が頭の片隅にあったけど、それよりも生きていくことが大事だと思ったんだよね」、と。
誰も知り合いがいない沖縄に住んで7カ月が経ちましたが、今はいつでも遊ぶ人がいる! というぐらいに、素敵で楽しい人たちとたくさん知り合っている小林ファミリー。「沖縄は環境もよくて楽しい!」と、信広さんと尚美さんは口を揃えます。
沖縄に来て楽しいことだらけだけど、関東にいる親や友達に会えない、宅配便の送料が高いことなどで、距離を感じることもあるそうです。
そして気になる現在の収入について。信広さんは以前と同じデザインの仕事を、尚美さんはイラストレーターの仕事を引き続きしています。
尚美さんはまた、ローフード(食材を加熱せず生の状態で食べる食事法のこと)の先生をしたり、自作のローフードを店に卸したり、限定ローフードカフェを開いたりもしていて、とても楽しそうです。小林夫妻は3年前から「草食」主体の食生活に切り替えました。草食にしたことで考えがガラリと変わったそうです。
これから沖縄でやっていきたいことは? と聞くと、信広さんは「畑で野菜などをつくること、食にまつわることを実践していきたい。イネイト(無痛整体)の勉強もしていきたい!」、尚美さんは「菜食小食、心と魂というテーマを追求し、人間の在り方を考え、それを伝え広めていきたい」とのこと。
東京に住んでいたときはお互いが忙しくて、信広さんは仕事中心で家事はほとんどしなかったそうですが、「今は洗い物もしてくれて、納豆も大豆から発酵させてつくり、酵素玄米もつくってくれるのよ」と、嬉しそうにニコニコ話す尚美さんが、とても幸せそうに見えました。
移住レポートVol.1はコチラから。
http://morinooto.jp/morijoho/reuse/vol1-10.html
尚美さんのブログ「ほほえんで いこ~♪」
http://ohisamastyle.jp/hohoende
| 森のリポーター:小川倫環子 | |
3.11を契機に二子玉川から沖縄県名護市に移住。沖縄でパーマパルチャーを志向しながら、都市と沖縄をつなぐネットワークづくりができないかと模索中。森ノオトのリポーター卒業生として、外からの風を時々森ノオトに送る担当に。羊膜に包まれて出てきたミラクルベビーの娘(2歳児)は、芝生と裸足が大好きな野生児に成長中。 沖縄の生活を綴ったブログ『Holoholo Okinawa』 |
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