雨の日が心待ちになる、そんな傘に出会いに。”イイダ傘店”
いまや、傘が100円ショップでも買える時代に、展示会でオーダーを受け、一本一本手づくりの傘を半年後にお届けする、そんな、こだわりの傘屋があります。実用的でありながら、傘のすみずみまでがデザインされた“イイダ傘店”の傘。吉祥寺にある工房にお邪魔しました。

私が初めて「イイダ傘店」を知ったのは、娘が通う青空保育でのことでした。いつもなんだかかわいい、でもあまり目にしたことがないような柄のリュックを背負っている友人親子がいて、時々同じような柄の小物を持っているのがなんだか気になっていました。

土にまみれて遊んでどろどろのリュックたちの中で、それはちょっと異質で、可愛く主張していました。

“彼女のおうちが傘屋さん”というのは聞いていたけれど、商店街の中にある昔ながらの傘屋さんを想像していたので、ある日友人から手渡されたとてもノスタルジックでおしゃれなハガキに“イイダ傘店展示会のご案内”と書かれているのを見て、ん?、ご家族って、何する人だったっけ? と。

後に、旦那様がテキスタイルデザインから制作まで一貫しておこなう傘屋さんだったことを知るのでした。

まもなく青空保育卒業を控えるイイダ息子と我が家の娘。卒業を前に、ぜひやっておきたいことの中に、イイダ傘店を取材したい! という思いがありました。あまりに日々一緒に過ごす近い存在だったので、取材というちょっと改まったお願いがしづらいと思っていたものの、この機会を逃しては……と思い立ち、春の展示会前に吉祥寺にある工房でお話を聞きました。

イイダ傘店の店主、飯田純久さん(36歳)。テキスタイルの絵柄から細かなパーツまでデザインするデザイナーであり、一本一本傘を作り上げる職人でもある

イイダ傘店の店主、飯田純久さん(36歳)。テキスタイルの絵柄から細かなパーツまでデザインするデザイナーであり、一本一本傘を作り上げる職人でもある

元々飯田さんが11年前に一人で始めた「イイダ傘店」。今では、7人のスタッフを抱える規模の工房になっているにもかかわらず、スタート当初と変わらない姿勢が、丁寧なモノづくりへの思いを感じ、イイダ傘店の独特な温かい雰囲気につながっている気がします。

傘制作はここで工程ごとにまとめて進める。ほとんどが手縫い作業

傘制作はここで工程ごとにまとめて進める。ほとんどが手縫い作業

飯田さんと傘との関わりが始まったのは、大学生の頃。「多摩美術大学の卒業制作の課題の一つとしてたまたま手を出したのが“傘”だった」そうです。周りからも、「なんで卒制が傘なの?」とからかい半分揶揄される中、逆に傘に対して愛情が増していったといいます。制作に費やした1年近く、町やデパートで傘を見たり、傘の歴史や構造などを色々と調べ、知らない部分が出てきてはまた調べ……と、傘に没頭。その卒業制作の作品としてつくった傘は、「今思えば見せかけだけの派手な傘」だったそうです。

大学を卒業して一度傘から離れたものの、また世の中の傘が気になり始め、今度はもう少し実用的に自分でつくってみたいと思うように。

「その頃は、いい傘をつくって友達にあげたり、趣味レベルの個展を開こうか、というくらいのイメージは持っていたものの、人に売るということまではしっかり想定していなかった」という飯田さん。でも、「手を出した以上やりきりたい」という思いは持っていた、と振り返ります。

これまで布になってきた図案。プリントや染め、刺繍などに生まれ変わる。

これまで布になってきた図案。プリントや染め、刺繍などに生まれ変わる。

飯田さんは、普段からスケッチブックを持ち歩き、ふと目に留まるものを描いています。それは、仕事のためにというものではなく、日常生活の日記のように。

その中から傘のデザインとして世に出るものもあれば、未だ眠っているものも。何年越しで作品になるものもある、といいます。

「美大には、想像で上手に描けるタイプの人が多く尊敬していたが、自分はその場に行って、実際に見ないと描けないタイプ」

休日にスケッチすることが多いという飯田さん。スケッチブックには、必然的に住まいのある横浜市青葉区周辺の公園などで描かれた絵が多くなるといいます。

最近は、子どもと遊びにいった公園でスケッチすることもあるという

最近は、子どもと遊びにいった公園でスケッチすることもあるという

よく見ると、ひょうたんの形の池があり、描かれた場所が青葉区のひょうたん池の公園だということがわかる。その周りにも水道やシーソーなど、見覚えのあるものが

よく見ると、ひょうたんの形の池があり、描かれた場所が青葉区のひょうたん池の公園だということがわかる。その周りにも水道やシーソーなど、見覚えのあるものが

 

横浜市緑区にある四季の森公園のこもれび

横浜市緑区にある四季の森公園のこもれび

 

その場に行って見て描くので、旬を逃すと来年になってしまうということも。

このスケッチは、今回の展示会用の新作に使われた。近所の高台からの風景をスケッチしたもの

このスケッチは、今回の展示会用の新作に使われた。近所の高台からの風景をスケッチしたもの

 

ラフスケッチを布にする時に、製版する形にあわせて清書する

ラフスケッチを布にする時に、製版する形にあわせて清書する

 

平面で見ていた時とはまた印象が違う。この形になった時の状態を考えてデザインされているんだなあ、と改めて思う

平面で見ていた時とはまた印象が違う。この形になった時の状態を考えてデザインされているんだなあ、と改めて思う

 

このあめんぼは、ひょうたん池にいる。そう思うと親近感がわく

このあめんぼは、ひょうたん池にいる。そう思うと親近感がわく

 

私が取材にお邪魔した日は、ちょうど次の展示会の案内状の発送準備中でした。

展示会の回数を重ねるほどに、名簿は増え続け、今は4000通。一通一通に何かしら人の手が加えられ、趣向が凝らされた、とても丁寧な案内状。

イイダ傘店からの宣伝は、基本的にこれのみです。

今の時代、インターネットを使えば、SNSやツイッターなどでいくらでも無料で宣伝ができますが、それよりも、お客さんとの密なつながりを大事にしたい、という飯田さん。

「私に案内状が来た」と思ってもらえる特別感が、普通より少し強いつながりを生み、お客さんとの信頼関係につながっている気がする、といいます。

私も、今ではこの“お手紙”を心待ちにしている一人です。

「来てくださいね」「今回も行きますよ」……そんなメッセージを封筒に入れて郵送する。この案内状が届くと、今回はどんな作品が並ぶのだろうと期待に胸が膨らむ

「来てくださいね」「今回も行きますよ」……そんなメッセージを封筒に入れて郵送する。この案内状が届くと、今回はどんな作品が並ぶのだろうと期待に胸が膨らむ

311日からスタートする展示会は、新作の雨傘を中心に、昨年9月にお披露目された日傘も並びます。

昨年の展示会の様子(写真提供:イイダ傘店)

昨年の展示会の様子(写真提供:イイダ傘店)

以前のテキスタイルも、ポーチやメモパッドなど、小物としてお目見えします。

遊び心のある小物たち、それを見に行くのも楽しみの一つ。(写真提供:イイダ傘店)

遊び心のある小物たち、それを見に行くのも楽しみの一つ。(写真提供:イイダ傘店)

ここで、柄や手元と呼ばれる持ち手の部分を選んでオーダーしたものは、半年後にネームを入れて、自分だけの傘になって届きます。この半年待つ、というのも、わくわくする時間です。

世の中にある展示会は、バイヤー向けで通常一般の人が入れないことが多く、その場合、つくり手としてはある程度まとめて購入してもらえて先が見通せる安心感があります。でも、飯田さんは、一般のお客さんと個々につながる、直接やりとりをして一本一本売る今の形にこだわりがあり、この先もずっとこのスタイルをつらぬいていきたいといいます。

今では映画やCMの撮影などでも使われ、世に名が知られているイイダ傘。でも、なんだか遠すぎない。ほっとできる温かさは、このお客さんとの距離感なのかな、と感じます。

「傘の選択肢を増やすことで、傘のある雨の日常を豊かにしたい」という飯田さん。

雨の日に出かけるのは、ちょっと億劫になってしまう。でも、こんな素敵な傘があったら、雨が心待ちになるだろうなあ。

子どもの頃、新しい真っ赤な傘を買ってもらって、うれしくてうれしくて、雨を心待ちにしていた頃があったっけ。

そんな遠い記憶を思い出しました。

Information

イイダ傘店

www.iida-kasaten.jp

書籍:イイダ傘店のデザイン

http://www.pie.co.jp/search/detail.php?ID=4481

 

【平成二十九年春 イイダ傘店 雨傘・日傘展】

日時:3/11(土)-3/20(祝日・月)※3/13(月)休み

11:00-18:00

場所:イイダ傘店1階 東京都武蔵野市吉祥寺4-28-2

電話:0422-38-4660

その他、京都、福岡、神戸、札幌巡回の他、HP受注会もあり

齋藤 由美子
この記事を書いた人
齋藤由美子ライター/スタッフ
野生的な女の子の育児に追われつつ、合間でナレーションやMCの仕事をする元アナウンサー。時々カメラを片手に、こどもや自然を映像に収める隠れドキュメンタリスト。森ノオトの事務スタッフとして、細々とした連絡や調整を得意とする反面、大雑把でどこか愛嬌のある「みんなの姉さん」。
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