SDGsの第一人者、川廷昌弘さんの茅ヶ崎での暮らし方
持続可能な開発目標「SDGs」の普及啓発に尽力する川廷昌弘(かわてい・まさひろ)さん。ご自身も、住居から電力、買い物まで生活のいたるところでSDGsを実践しています。このコロナ禍でSDGsに取り組む意義とは? 川廷さんの地元・茅ヶ崎市内のご自宅でお話を聞きました。(2021年ライター養成講座修了レポート:和田香世)

茅ヶ崎の木の家に住むSDGsの専門家、川廷昌弘さん

 

横浜からJR東海道線で約30分。茅ヶ崎駅を降りると、都心より少しあたたかく澄んだ空気に包まれます。駅を背に海へ向かう道は私が毎日利用する生活道路で、ときどき、自転車をこぎながらサーフボードを抱えたサーファーとすれ違うのが、茅ヶ崎の日常風景です。あるとき、その道の途中に家が建ちました。2階建てのその家は、外壁が木でできていて、2階にはこの界隈でよく見かけるウッドデッキが取り付けられ、屋根からは煙突がのぞいています。

2017年11月に竣工した川廷さんの自宅(写真提供:川廷昌弘さん)

その木の家に住んでいるのは、川廷昌弘さんという人物でした。川廷さんは、持続可能な開発目標「SDGs」(Sustainable Development Goals)を国内で推進している第一人者の一人なのです。SDGsは、20159月に国連で採択された国際目標で、17のゴールと169のターゲットから構成され、政府をはじめ自治体や企業、教育現場などが力を入れて取り組んでいます。

 

川廷さんは、1963年兵庫県芦屋市生まれ。1986年に広告会社博報堂に入社後、テレビ番組「情熱大陸」などの立ち上げに関わりました。その後、2005年に始まった環境省の地球温暖化防止国民運動「チーム・マイナス6%」のメディアコンテンツを統括。この仕事を機に、環境問題や社会課題に関する数々の企画を実施してきました。

現在は、博報堂DYホールディングスグループ広報・IRCSRグループ推進担当部長としてSDGsを推進。その他、神奈川県非常勤顧問、茅ヶ崎市、鎌倉市、小田原市のSDGs推進アドバイザーその他多数の委嘱先をもち、SDGsの普及啓発に取り組んでいます。

 

川廷さんの著書『未来をつくる道具 わたしたちのSDGs』(ナツメ社、2020年)

私が初めて川廷さんを知ったのは、木の家が建ってしばらく経った頃です。家から長身の男性がサーフィンのウェットスーツ姿で海に出かけていくのを見かけることはあったものの、当然ながらどんな経歴の人かはわかりませんでした。それがあるとき、書店で何気なく手に取った、湘南ライフを紹介する雑誌で、見覚えのある木の家が取り上げられていたのです。その後、茅ヶ崎市の情報を発信するローカルウェブサイトで、あの長身の男性がSDGsを推進する第一人者、川廷さんだと知りました。私の自宅から徒歩わずか5分圏内に住んでいる川廷さんが、生活の中でどんなふうにSDGsを実践しているのか知りたくなり取材のコンタクトをとったところ、私がいつも眺めていた木の家で話を聞くことができました。

 

現在、国連加盟国193カ国が共通の持続可能な開発目標を目指して、2030年の期限までさまざまな取り組みをスタートしています。川廷さんは、こう解説してくれました。

 

SDGsは、これまで誰もが問題だと思っていたことを改めてリストとして整理して、世界中の誰もが共有できるようにしています。SDGs自体が新しい目標というわけではなく、世界共通のコミュニケーションツールであることが新しいのです。また、それぞれが独立した問題ではなく、すべて何らかのつながりがあります。例えば一つのゴールを解決しようとしたとき、別のゴールからアプローチしたほうがいいかもしれないし、さらに他のゴールの解決にもつながる可能性がある。そして『誰一人取り残さない』を理念としているだけに、どこか遠い国の誰かではなく私たちであり、隣にいるあなたが抱えている問題を解決するためには何ができるかと、近いところから考えていくことが大切です」

 

SDGsというと、あのカラフルな17ゴールのアイコンを連想する方が多いのではないでしょうか。「1.貧困をなくそう」「2.飢餓をゼロに」「3.すべての人に健康と福祉を」など、17のゴールがそれぞれのアイコンに書かれています。

 

このアイコンは英語で作られていますが国連の公用語6カ国語のなかに日本語はありません。川廷さんは、「17ゴールを日本語化することが、僕ら広告会社の社会的責任だと思ったのです。心がけたのは、『他人事』ではなく、国連が何か言っているけれど私自身の問題でもある、と気づいてもらえるように『自分事化』すること。そして『呼びかけ言葉』を使うことで、読んだ一人ひとりの行動を促す。このようなことを国連広報センターのみなさんと相談しながら、ひとつのチームとなって作りました」と、当時を振り返ります。SDGsはグローバルなものですが、それを「自分事化」することで、私たちもより具体的に行動することができるかもしれません。

 

住居から家庭菜園まで。川廷さんが実践する、暮らしの中のSDGs

では川廷さん自身は、日常生活のなかでどのような取り組みをしているのでしょうか。

 

【住居】

川廷さんの木の家は、新築戸建住宅としては日本で初めて「FSCプロジェクト認証」の部分認証を取得した家です。

FSC認証とは、木材の生産や流通、加工が、適切な環境で社会的な便益にかない経済的に持続可能性に配慮されていることを証明する国際認証のこと。そのなかで、建造物やイベント会場など一度しか作らないものに対する認証が、FSCプロジェクト認証にあたります。全体認証と部分認証があり、部分認証は対象部分がFSC認証材と管理木材であることを証明する認証です。

 

尾鷲ヒノキの柱は、時が経ち木肌は赤みを帯びてきたといいます。天然乾燥なので、とても良い艶が出ています(写真提供:川廷昌弘さん)

川廷さんの家の場合FSC認証材に該当するのは、宮城県の南三陸杉と山梨県産材のカラマツです。南三陸杉は、川廷さんが東日本大震災の復興支援で宮城県南三陸町の山主・佐藤太一さんと出会い、FSC認証取得のために一緒に取り組んだというご縁から購入に至りました。外壁や内装、階段などに使われています。山梨県のカラマツは、山梨県森林課職員の方との交流をきっかけに調達し、洗面所のカウンターと台所のカウンターなどに使用。また、柱に使用した三重県の尾鷲(おわせ)ヒノキは2000年に日本で初めてFSC認証を取得した速水林業のヒノキです。この他、玄関の上がり框には神奈川県産のヒノキ、ウッドデッキには神奈川県産の杉が使われています。建築は「人まかせにしない家づくり」がコンセプトの茅ヶ崎にある工務店「ホームスィートホームメイド」が担当しました。

 

水回りに強いカラマツを使った洗面所(写真提供:川廷昌弘さん)

FSC認証を取りたくて家を建てたのではありません。家を建てる以上、地球資源に対する責任をちゃんと果たさなければ。そのためには誰が切ったかわからないものではなく、FSC認証の木材を使わないといけないという思いからです。自分がお金を出して買うものが、人様に迷惑をかけているものじゃないだろうな、ということに尽きるわけです」(川廷さん)

 

【電力】

201641日から電力小売市場の自由化がスタートして、消費者が電力会社や料金メニューを自由に選択できるようになりました。川廷さんは、電力会社を東京電力から神奈川県小田原市に本社がある「湘南電力」に切り替えました。湘南電力は、神奈川県内で発電された再生可能エネルギーを中心に、県内で電力の地産地消を行なうことを目標としています。

 

川廷さんが湘南電力に切り替えた3つの理由を解説してくれました。

 

「ひとつは、地産地消エネルギーとして僕が住んでいる神奈川県内の事業者から電力を買って地域経済を回すことができます。二つ目は、災害時のブラックアウト(大手電力会社が管轄する地域すべてで停電が起こる全域停電のこと)や地域ごとの分散型エネルギーに対して、普段から意識を持っていたほうがいいと思います。三つめとして、湘南電力は、東京電力に比べて電力を作る時のCO2排出量が低い。脱炭素とはいかないまでも、利用することは低炭素社会づくりのためのささやかな一歩だと思います」

 

川廷さんによると、もし電力会社を切り替えたいと思ったら、インターネット検索で簡単にできると言います。「(自分が住んでいる地域)」「電力会社」「再生可能エネルギー」「自然エネルギー」などのキーワードを入力し、ヒットした各電力会社の事業方針を読んで自分に合った会社を選んでみてください、と教えてくれました。

 


【暖房】

川廷さんの自宅のリビングには、薪ストーブが設置されています。その脇には薪が積まれていました。暖房は、エアコンも使うが万が一真冬に停電が起こった時でも対応できるように、自然エネルギーも利用することにしたのだそう。薪は三浦半島の広葉樹を使用したもので、前出の工務店「ホームスィートホームメイド」から紹介された個人の方から購入しています。

「エアコンと違って室内が暖まるのには1時間以上かかるのですが、体の芯からぽかぽかと落ち着いた遠赤外線効果を実感しています」

 

工務店「ホームスィートホームメイド」の勧めで設置した暖炉。赤々と燃える炎が暖かそう(写真提供:川廷昌弘さん)

【買い物】

私が住む海沿いの地域では、毎週土曜日に「茅ヶ崎海辺の朝市」が開催されています。茅ヶ崎市内の複数の農家が集まって、茅ヶ崎産の野菜や花などを販売しています。2001年から続くこの朝市は、地元住民だけでなく、横浜市など近郊の地域からもお客さんが訪れて朝から賑わいを見せています。川廷さんも利用者の一人で「地域のつながりを大切に考えたい」としながら、こんな視点を提示しました。

 

「朝市は、農家さんの直売なので流通を挟んでいません。本来なら、流通業だって存在してほしいビジネス形態だと思うのです。僕は、市場で買えなかった野菜は、小規模ですが地元野菜を頑張って仕入れている地元資本のスーパーも利用しています。あるいは、地元の人が就職している大手スーパーを利用することで、茅ヶ崎市の人の給料になるという発想も大事ではないかと思います」

この他、川廷さんの家の敷地には、小さな家庭菜園と、生ごみをたい肥に変えるコンポストが設置されています。家庭菜園には、ピーマン、ナス、カボチャ、パセリなどが植えられ、夏には青々とした葉が生い茂ると言います。コンポストは、中に入れる土や配合方法をインターネットで調べ、意外にも簡単にできたそうです。コンポストには自宅で精米するときに出る米ぬかも混ぜています。

 

「茅ヶ崎海辺の朝市」の新鮮な野菜を買い求めて並ぶ買い物客の行列

それぞれの取り組みは、SDGsのどんなゴールにつながるのでしょうか、という私の問いに、川廷さんは「実践する本人の価値観によって変わってくると思います」と答えました。薪ストーブを例にとると、健康促進のために使っているならゴール3「すべての人に健康と福祉を」になります。あるいはゴール7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」も挙げられます。産業廃棄物になるような伐倒された広葉樹を薪にして燃やしてカーボンニュートラルにしているならゴール12「つくる責任つかう責任」。もしくはゴール13「気候変動に具体的な対策を」にもなります。一つの実践に対しても、これだけのゴールにつながる可能性があるのです。これは意外でした。17のゴールとは、ひとつの行動に対してひとつのゴールがきっちり定められているのだと思い込んでいたからです。だから実践するためには、試験勉強のように一つひとつのゴールを暗記しなければいけないのではないか、と構えていたのです。

 

川廷さんは、こう続けます。

「その人が持つ価値観や人生観のなかに、サスティナブルな感覚があるかどうかが大事なことだと思います。SDGsは、17ゴールそれぞれの名称や番号、内容を覚えなければ、となりがちですが、まず一番は自分がどういう生活がしたいのか、どういう人生を送りたいのか、があって初めてSDGsを使えるのではないかと思います」。

 

社会がピンチのいまだからこそ、持続可能な社会を作ろう

いま、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が解除されたものの、感染者数や死亡者数の減少には程遠い状態です。国連は、2020年から2030年をSDGs達成のための「行動の10年」と名付けていますが、このようなコロナ禍では、自分の生活を守ることが最優先でSDGsどころではない、と考えてしまう人がいるかもしれません。コロナ禍でSDGsに取り組む意義について、川廷さんはこう語ります。

 

「新型コロナウイルスは、人間社会を変えるチャンス、オポチュニティ(機会)だととらえることもできると思います」と川廷さん。「たった一種類のウイルスで、経済活動が停滞してしまいました。これまでの社会の仕組みがいかに持続不可能だったかがわかる。誰もが、世の中が決して持続可能ではないことに気づいたと思うのです。国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、『コロナによってSDGs達成は遠のいた。2015年に採択したときよりもっとひどい社会になっている。けれどSDGsはコロナを乗り越えて持続可能な社会を作るヒントになるはずだ』と20207月に言っています。社会がピンチだからこそ国連はSDGsを作ったわけで、いまはそのときよりピンチなのだから、なおいっそうSDGsを考えていかなければいけないと思うのです」(川廷さん)。

 

川廷さんの力を込めた言葉に、私自身はどんな未来を望み何をすればいいのだろう、と考えます。

 

最近、茅ヶ崎の海に釣り人が多く現れます。新型コロナウイルスの影響で、「三密」を回避できることから空前の釣りブームといわれています。波打ち際には、釣り人が捨てていった絡まった釣り糸と釣り針がいくつも落ちていて、散歩中の犬の足やお腹に刺さってしまうという痛々しい事故の話をよく耳にします。私自身も犬を飼っていてよく海辺を散歩させているので他人事ではありません。私が望む美しい海の姿とは? そのためにとるべき行動は? 答えはもう決まったかもしれません。

Information

川廷昌弘さんの写真家サイト「MASAHIRO KAWATEI PHOTOGRAPHY

http://kawatei.com

川廷さんは「地域の大切な資産、守りたい情景、記憶の風景を撮る」をテーマに活動する写真家でもあります。
画像は4冊目の写真集「松韻を聴く」(蒼穹舎、2021年)。

和田 香世
この記事を書いた人
和田香世ライター
元・フリーランスの週刊誌記者。事件、医療、政治など報道の現場で物事の本質を見極める視点を養う。東京・下町生まれの下町育ち。現在は茅ヶ崎市に移住し夫、犬1匹、セキセイインコ2羽と暮らす。一生活者として地域とつながる面白さに目覚めて森ノオトに参加。
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