自然と人をつなぐ達人 「緑花文化士」の六浦勉さん
自然保護は、自然を真摯に見つめることで成せるものだと思っていました。けれどもこの度、緑花文化士の六浦勉(むつうらつとむ)さんのお話を聞いて、自然保護は、人と自然、どちらにも目を向け、どちらとも関わりを持つことで初めて可能になるものだと知りました。六浦さんは植物と共に歩んで50年。その豊富な知識と経験を定年退職後もなお生かして、私たちを楽しく自然への入り口へ案内してくれています。

「時折歩いている寺家の山だが、ガイドの六浦氏の説明を聞かなければ知らずに過ぎてしまうことばかりだった。何気なく目にする笹にも『アズマネザサ』という名前があった。当然のこととは言え、感動してしまった。『ウケラ』と『コウヤボウキ』を寺家の山で見ることができるとは思っていなかったので感激だ。地域的固有種が多いという『タマノカンアオイ』、葉を認識できたのでその季節になったら花を見てみたい。」

 

上の文章は2018年1月に行われた、六浦勉さんのガイドによる「寺家ふるさと村草木ガイドツアー」に参加した私の母が書いたものです。真冬にも関わらず、「30種」に及ぶ草木について記録してあり、六浦さんの知識の広さと深さ、そのツアーの内容の濃さに感銘を受けたという母の言葉に納得しました。

そのことをきっかけに「寺家の自然のことをなんでも知っている六浦勉さん」のことが気になっていました。

2020年秋の寺家ふるさと村ガイドツアーの様子。六浦さんのユーモアをふんだんに交えたガイドツアーはリピーターも多い。毎月のガイドツアーの予約は開始10分でいっぱいになってしまうほど(写真提供:四季の家ウエルカムセンター(以下、四季の家))

8月の日曜日、六浦さんが毎週講師として来ている、青葉区の寺家ふるさと村にある四季の家でお話を伺いました。取材へ向かう道すがら、田んぼを渡る風に青々とした稲が一斉に揺れ、真夏の陽光が波のように流れていく様にしばし足を止めました。

お会いした六浦さんは背が高く、迫力さえある風格で、笑うとできる目尻のシワが、ユーモアに富んだ人柄をにじませていました。

四季の家の職員、用田(もちだ)英理子さんは、「六浦さんの引き出しの多さにはいつも驚くばかりです。自然のことならなんでもお任せの上に、工作やお料理など、なんでも作れてしまいます。できないことはなんだろうっていうくらい」と紹介してくれました。

夏休みのある日、寺家ふるさと村の散策に来ていた親子。四季の家で六浦さんお手製の標本棚を前に、「あ、これ見たことある!」「これ見てみたい」と熱心に見つめる子どもの眼差しがなんだか嬉しい

六浦さんは東京農業大学を卒業後、横浜市の職員、農業技術支援員として、横浜市緑化センターで病害虫防除や農薬の取り扱いなど農業指導に従事しました。また、大気汚染植物被害研究調査、土壌分析指導など多岐に渡り尽力してきました。

そして「役人人生の転機」となったと六浦さんが振り返るのは1978年、31歳の時に任された「横浜市こども植物園」(以下、こども植物園)(南区)の開園と、同時に「よこはま花と緑のスプリングフェア」の開催準備を任されたことです。

こども植物園は子どもをコンセプトにした国内唯一の植物園としての開園となり、前例のない中で、ゼロからそしてそのほとんどを一人で任された六浦さん。「どうしたら子どもたちが植物に興味、関心を持ってくれるか」「子どもと植物の世界をつなぐきっかけを作りたい」と様々な工夫を凝らし、企画を立てました。

そういった植物との楽しい出会いが、緑を守り、育てようという子ども達の心を養う種になると六浦さんは信じていました。

その種が身を結んだと実感する嬉しい出来事もありました。こども植物園に当時通ってきていた子が、20年後、六浦さんの仕事の部下として配属されてきたのです。

今年の夏休みに四季の家で行われた六浦さんの「親子工作教室」。枝や木の実で作る時計。コロナ禍でなかなか遠出ができない子どもたちも、身近な自然で色々な遊びやものづくりができることを知るきっかけになった(写真提供:四季の家)

六浦さんがこども植物園で仕掛けた企画がきっと子どもたちの心に残り続けたのだろう、と想像するには容易なことでした。なぜなら、六浦さんが今も「ガイドツアーをしながら心がけていること」という次の話を聞いたからです。

「植物の観察会とは言わないで、『ガイドツアー』と敢えて言っている。分かりやすく、五感で感じてもらうツアーを心がけている。五感で感じたことは忘れないでしょ、頭だけで覚えようとしても、忘れてしまうものが多いけれど。例えば、夏だったら、ツアーに参加している人の服にツユクサを擦って青い色を付けちゃったりね。色と一緒に思い出を持ち帰ってもらう作戦。日本の代表的な染色法の友禅の下絵はツユクサ科のオオボウシバナの花弁から抽出した色素を下絵に使うでしょ。水性だから、水でさっと落ちるんだよね。そんなことも、家に帰って水に流してもらいながらふと感じてもらえたらなと思って。雑草という名の草はないって、名前を知ることも大切。その一方で、生活とどれだけその植物がつながっているか関わっているかを知ってもらうことが大切だと思っている」

「その植物を、食べたり、触れたりすることで、人間の英知とどれほど深く関わってきたのかということを感じてほしい」

 

それにしても31歳という若さで、こども植物園の開園と、花と緑のスプリングフェアの企画という大仕事をやり抜き、40年経った今もそのどちらもが、植物と人が出会う場所として生き生きと続いているということに、六浦さんの土台作りの手腕を感じずにはいられません。

六浦さんが教えてくれた『ヨコハマ自然学 大きな街の小さな自然』。1989年に横浜市緑政局緑政部緑政課が発行、もちろん六浦さんも関わっている。海、川、田畑、林、街と横浜の自然をゾーンに分けられ、イラストや写真が盛り込まれていて、子どもから大人まで楽しめる分かりやすく、かつ内容の濃い一冊。コロナ禍で、自分の住む街にちょっとした不安も生まれていた中で、この本を手にしたとき、なんだかとてもホッとした。そして、横浜の良さを思い出した

そして六浦さんは1984年、38歳のとき、横浜市緑政局緑政課で「横浜自然観察の森」の開設を担当、その後、緑地の指定、緑地保全業務に奔走しました。

「『緑化』と言っても、自然は作る前にまず『守る』ことが必要でしょう。一度失った自然は戻ってこないのだから」。その言葉を聞いて、今、私たちが目にする街の緑は、このような行政の関わりなどがあった上で守られているのだなあとあらためて知りました。

六浦さんのお話の中には「人とのつながり」という言葉が繰り返し出てきました。緑を残すという仕事は、人とのつながりや理解、そして協力がなければ成り立たないことなのだと知りました。「植物が好きで、人間は嫌い!」などと冗談めかして言う六浦さんですが、「植物も好きだし、人間も好き!」ではなければ成し遂げられなかった仕事ばかりだと私は確信しながらお話を聞いていました。

秋に寺家ふるさと村で見られるオススメの花として紹介してもらった一つ「ツリフネソウ」。寺家ふるさと村の植物、全てを写真に収めることを自分の課題としている六浦さん。緻密に写された膨大な植物のリストを手に、「一つひとつね、調査しながら探して収めている。それが完成したら横浜市に譲りたいと思っている」と話してくれた(写真提供:六浦勉)

仕事と並行して、自然観察や野草への興味がより深くなっていく様子が、六浦さんが2006年に取得した「緑化文化士認定」を記念して行われた講演「私と花の40年」の際にまとめられた経歴からも伺い知れます。

そこには、「独特の自然や植物見たさに、南オーストラリアを旅、ガーデンシティーに共感」、「野生ランを見たさに、日本蘭友会のインドのサッキム地方へ野生蘭調査に同行」、「ガーデンシティー見たさに、子連れで18日間かけ、バンクーバー、オタワ、モントリオール、ニューヨーク、ロンドンを巡る」という出来事などが記されています。

働き盛りで多忙な中でも、「〜見たさに」という、植物への好奇心に突き動かされ、それを成し遂げてしまう六浦さん。まるで、世界の様々な地から植物たちが六浦さんを呼んでいるようだとさえ思えます。

六浦さんが大学時代に「生涯の友となる趣味」として始めた絵画。写真の絵は定年退職後に描いた「葉山」の風景。植物を間近で観察する虫の目と、風景を俯瞰して見る鳥の目、そのどちらをも六浦さんは持っているのだなあと思った

そして2007年に横浜市の職員を定年退職後、2010年に、こども植物園園長、そしてこどもみどりセンター長(南区)に就任しました。

また、1998年に戸塚区生涯学習の一環で設立した「みどりの学校」での活動については現在進行形で「ゆるやかに」行っています。

「今は、仲間とその場所に紫陽花や紅葉を植えていこうと思っている。私たち世代は年齢的にも体力的にもいつまでもそこに居られるわけではないから。誰か引き継いでもらえたらなあと思うし、けれど、誰かが無理にやらなければいけないことはないと思っている。ただ、せめてその場所を花や紅葉で美しい場所にしておけば次の人も入りやすくなるだろうなと、その場所の魅力をアップしておくことが今できることと思っている」

場所の魅力を作るということについては、私が今目にしている、大好きな寺家ふるさと村の四季折々の風景の中にも実は六浦さんが30年ほど前に植えた花があることもこの度のお話の中で知りました。

寺家ふるさと村の熊野神社の斜面で初詣に行くと目にする冬の空気の中で清々しく咲く「水仙」、秋の風を感じるころ田んぼの畔に咲き多くの人が思わず立ち止まりシャッターを切ってしまう「彼岸花」。

そこに水仙や彼岸花が咲くことで、人の目が自然に向けられ、自然に関心が向かう、そんな風景を作ることを目指して30年前に根付きやすいその2種類の花を選んで植えたそうです。

 

現在の横浜市寺家ふるさと村ウエルカムセンター講師、藤沢市の長久保公園都市緑化植物園の緑の相談員を兼ねながら、現在、友人から任された地元、藤沢にある300坪の畑などを通じて植物と人との架け橋としてのライフワークは継続中です。

藤沢にある六浦さんの畑。8月末はスイカ、9月には早堀りのサトイモ、10月中旬にはサツマイモが採れる予定。地元の仲間や子ども達に楽しんでもらえるよう、収穫しやすく、食べられるもの!を中心に育てている。私も六浦さんのご近所さんになりたい……

お話の最後に、六浦さんに寺家ふるさと村の魅力について聞きました。

「寺家ふるさと村は街の中にありながらも、水源を持ち、谷戸があり、山林があり、緑地があり、田んぼがあり、少しの竹林もある。そして多彩な植物が残されている。この多様な自然が何と言っても魅力。谷戸に広がる田んぼの風景も残していってほしいと願っている。最近は農業に目を向ける人も多く、寺家ふるさと村の田んぼもよく手入れされている。人の手を入れて守るところと、入れすぎずに守るところのバランスが里山では大切になってくるよね。例えば草刈りでいえば『しま刈り』って言って、全部を刈ってしまわない。島状に残し置く刈り方があったり、あとは『冬刈り』っていって夏に草を根こそぎ刈らずに、あえて冬に草刈りをする。そうすることで元々の植生も守ることができる。自然保護、環境保護には技術も必要。そして、思いを持った人とのつながりと協力が何より必要。バランスを取りながら、これからも寺家ふるさと村など、今残された自然を継いでほしいなと思っている」

そして「継いでいく」には「子どもたちに大人が真剣に自然に親しみ、楽しむ姿を見せていくこと!」がミソと六浦さん。その言葉のおかげで、肩の力がふっと抜けました。

自然保護、環境保護という言葉は未来の街と人と自然との希望や新たな可能性を含んでいることなのだと、明るく向き合える気持ちになりました。

夏のある日、寺家ふるさと村の夕暮れ。一日として同じ風景のない大きな街の小さな自然、寺家ふるさと村。ぜひ、四季の家でもらえる、六浦さんの作った「寺家ふるさと村の野草」を手に、四季折々の寺家ふるさと村の自然を、楽しみながら知ってもらえたらと思う

ここにある自然が、いつか誰かの守った自然であり、今も誰かが守り育てている自然であること。それは私の日常からは一見遠く感じていた、行政という世界とも切り離せないものであることを気付かせてもらいました。

そして同時に、花一つ、木一本にもストーリーがあるということを感じさせてもらった取材となりました。

Information

「寺家ふるさと村 四季の家」 

227-0031 横浜市青葉区寺家町414 

アクセス: 

東急田園都市線「青葉台駅」より「鴨志田団地」行きバス、終点下車、徒歩3 

または、小田急線「柿生駅」より「市が尾駅」行きバス、「早野」下車徒歩15 

または、「青葉台駅」「柿生駅」より寺家町循環バス「四季の家」下車徒歩1 

TEL045-962-7414 

FAX045-962-6321 

(各種教室のお申込み方法や空き状況など、お気軽にお問い合わせください。) 

開館時間:9:0017:00(館は16:30まで) 

休館日:火曜日(火曜が祝日にあたる場合はその翌日) 

HPhttp://jikehurusatomura.in.coocan.jp/ 

南部 聡子
この記事を書いた人
南部聡子ライター
富士山麓、朝霧高原で生まれ、横浜市青葉区で育つ。劇場と古典文学に憧れ、役者と高校教師の二足の草鞋を経て、高校生の感性に痺れ教師に。地域に根ざして暮らす楽しさ、四季折々の寺家のふるさと村の風景を子どもと歩く時間に魅了されている。森ノオト屈指の書き手で、精力的に取材を展開。
未来をはぐくむ人の
生活マガジン
「森ノオト」

月額500円の寄付で、
あなたのローカルライフが豊かになる

森のなかま募集中!

寄付についてもっと知る

カテゴリー

森のなかま募集中!

メディアを寄付で支える
読者コミュニティ
「森のなかま」になりませんか?

もっと詳しく