1万1000年前から続いている稲作の知恵に学ぶ
初めての田植えから遡ること7年。それは、1997年のことだった。国際日本文化研究センター初代所長の梅原猛先生(当時は顧問)の講演をお聴きする機会があった。梅原先生は縄文時代の思想・精神性や仏教の研究で有名な方だ。
(written by 田中英司)

 

講演会のタイトルは「これからの人類の道・共生と循環の世界観──隠された稲作文明に光を──」。お話は、約7000年前の中国の稲作遺跡、浙江省の河姆渡(かぼと)を梅原先生が偶然訪問したことから始まった。後にジャポニカという品種とわかる稲の束が、発掘により土間にうずたかく積まれていたそうだ。彩色土器や機織り道具、農工具なども発見され、稲作とともに養蚕が行われていたことがわかる。それまでの通説では、稲作は5000年前に雲南地方で興り、3000年前には揚子江を下って下流地域へと広がり、日本に渡ったのは2000年前、というものだった。この遺跡の発見で、これまでの通説は破られた。

 

それから中国では新たな発見が続く。一番古い遺跡は江西省のもので、何と1万1000年前から稲作文明が興っていたことになる。狩猟採集生活をしていた人類が初めて農業らしきものを発明したのは、今のイスラエル文明にあたる小麦農業で、1万2000年前ということになっている。

 

小麦と牧畜、米と養蚕という東西で興った二つの発明は、それにより生み出された富を背景に西ではメソポタミア文明、東では長江下流の良渚(りょうしょ)などの巨大な都市文明になったのではないか、と梅原先生の話は続いた。

 

小麦文明は西洋文明に発展しギリシャ哲学やキリスト教を誕生させ、稲作文明は東洋文明・思想を生んだ。小麦文明から発展した世界の四大文明地帯は、今は荒地になりほとんどが砂漠化している。森を刈り、耕し牧草地にし、やがて荒地になると別の場所へ移っていく。最後に行き着いたのが、北ヨーロッパとアメリカだ。西洋文明の根幹には、人間が自然を支配する考え方がある。

 

稲作文明、農業も自然を破壊する。だが特に日本人には、神が森に住んでいるという観念を持ち、自然破壊を最小限にとどめてきた。稲作農業では水を必要とする。水を守るためには、保水の役割を持つ森を守り、水を引くためにそこに居座らざるを得なかった。

 

森に蓄えられた水は、田んぼへ、川へ、海へ。森の豊かな栄養分が運ばれ、さまざまな動植物を育てる。それを食べる人間が森を大事にするのが稲作農業である。稲作では人間関係はもちろん、自然との関係、生きとしいけるものとの関係を大切にしている。それは東洋の知恵の中に行き続けている……。

 

梅原先生のお話を聴きながら、ぐいぐいと引き込まれていった。日本人である自分の中にあった、いくつかの点と点。協調性、集団主義、ムラ社会、土地への執着……。点同士が、つながり結ばれるのを強く感じた。

 

2004年から始まった「農」と自分との物語は、このお話のエッセンスを裏付けるとともに、いくつかの気づきを与えてくれることになった。

 

いよいよ次号からは、お米づくりにどっぷりつかった2009年「農に学ぶ。」追求記をお送りする。

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