日本人と稲作文化
日本の国土は、地球上の位置からみても、山の高さと傾斜、海までの距離を考えても、絶妙なバランスを保っている。この、日本独特の風土が、豊かな稲作文化をもたらした。また、川の出口、海の入り口の干潟の姿が「豊葦原」の姿で、月がゆらす揺りかごのようなこの場所に、八百万(やおよろず)の生命が宿る。(text:木村広夫)

「豊葦原の瑞穂の国」トヨアシハラノミズホノクニ

 

日本の近代化とともに稲作の方法もずいぶん変わった。もともと日本の農地面積は欧米のそれとは比較にならないほど小さいにもかかわらず、近代農政は徹底した合理化政策を行った。機械に合わせた田んぼや苗作り、流通コスト削減のために箱に合わせた大きさの野菜の生産等、人間のご都合主義による改革が始まった。

 

インドの「緑の革命」がもたらした最終的弊害に対しての反省や是正もなされぬまま(※注)、性懲りもなく次は、作物生産のための巨大プラント化を進めている。

※注 緑の革命:インドなどの途上国での爆発的な人口増加による食料不足の解決策として、多収穫品種のコメなどを開発して対処すること。単位面積あたりのコメの収量は増加したが、一方で農薬や化学肥料による環境汚染や、農薬・化学肥料を輸出する先進国と、それを買わされる途上国間での経済格差等の問題を引き起こした。

 

 箱で作る苗が示すこと

稲の特質の一つに、「分けつ」によって多収穫を得るというものがある。「分けつ」とは、一本の苗から数本の茎ができることで、多い時は10本を超える場合もある。昔の田植えは、成苗(十分に生育した丈20cm以上の苗)を1本から2本、尺角(約33cm間隔)に植えていた。この本数と間隔であれば、十分に太陽の光を受け、地に根を張ることができ、無肥料でも20本近く分けつする。

 

つまり、1本の苗から20本の稲ができることになる。 ところが機械化に伴い、苗の作り方から田植えの方法、しいては田んぼの作り方まで大きく変わってしまった。

機械で苗を植えるには苗を専用の箱で作らなければならない。この時点で農家は苗代に種をまき、苗取りをすることがなくなった。箱の厚み約4cm、その中に土を入れ種をまく。水をかけながらハウスで育てる。しかし、わずか4cmの土で苗を成苗まで育てることはできない。しかも機械が苗をつかめるように密集させるため、4cmの土の中に肥料を入れなくては、苗は5cm程にしか生育しない。そのために農家は殺菌済み、肥料入りの土も買うことになる。機械を買い、種を買い、土を買い、労力を減らし、楽な稲作を始めたのだが、経済的負担が増え、けっして楽にはなっていない。農家は借金をし、その返済のために作付面積を増やし、収益をこれまで以上に上げなければならないのだ。

 

そして私は、種も、土も買わず、農薬にも肥料にも頼らず、苗代に種をまき、苗取りをして、稲を育てている。

 

 米を作る豊かさ

米の生産量が国の豊かさを表していた江戸時代。米一石(約150kg)を一人の成人男性が一年間食べる米の量と計算した。百万石とは百万人が食べる米を生産するだけの豊かさを持った国ということになる。  現代では米の生産量が農家の豊かさを表しているとは言えない。国が補助金を出すから米を作らなくてもいい、とまで言っているのだ。

 

日本人はもっと日本を学ぶべきで、日本人を知るべきだ。近代化という波は物質的豊かさをもたらし、同時に先人たちの智恵までも飲み込んでしまったのか? 日本人の豊かさを勘違いしてしまった代償は大きい。日本人がちょんまげを落とし、ざんぎり頭を叩いてみたら文明開化の音がしたというのは、つい最近の話なのだ。言い換えれば、今はまだ、「文明」というオモチャを与えられた子どもがそれに夢中になっている時期とも言える。そろそろ気のきいた子どもが現れてもよいころではないだろうか。

 

ここ数年作業をしていて声をかけてくる人に、定年退職された60代の方が多い。彼らが共通して言うことは、右肩上がりの経済成長の裏には、多くのリスクも同時に抱えてきた。そうして無くしたものを考えたとき、本当の豊かさとは何かを考えざるを得なくなった、と言っている。混沌とした出口の見えない世の中だからこそ、シンプルな生き方、人間としての基本的な生き方に立ち返ることが自然な欲求なのだろう。

 

また、教育ファームという形で子どもたちに稲作体験を指導していることに共感を示してくださる方も、60代から70代のお年寄りが多い。米を作ることの豊かさを知る最後の世代なのかもしれない。

Information

NPO法人農に学ぶ環境教育ネットワーク理事長。グラフィックデザイナーとして活躍後、1988年に岡田茂吉氏の「自然農法」に出会う。1995年、横浜市青葉区の「寺家ふるさと村」の休耕田で稲作を開始、自然農法農家として独立する。生命の学びの場として自然農の田畑を地域の人と共有すべく、2008年NPOを設立、現在に至る。

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