あたたかい木版画を摺り続ける摺り師 小林義昭さん
美しく、あたたかみあふれる木版画を摺る小林義昭さんの工房「竹芳洞」は横浜市港北区大倉山にあります。たくさんの絵の具や版木が並ぶ明るい工房で、作品を一枚一枚手で摺り上げる小林さんは、気さくで笑顔が素敵な方でした。木版画の魅力、色の出し方、作品の再現方法など小林さんの話は面白く、私はあっという間に木版画の虜になりました。(text:牧志保、photo:山田あさか)

東急東横線の大倉山駅から歩いて10分。昔ながらの住宅街の中に小林義昭さんの工房はあります。工房の名前は「竹芳洞」。工房兼住宅の正面には「版画の店」と書かれています。小林さんは木版画の摺りを専門におこなう摺り師です。

綱島街道から少し中に入った静かな住宅街に佇む「版画の店 竹芳洞」

綱島街道から少し中に入った静かな住宅街に佇む「版画の店 竹芳洞」

2年前、私は雑誌で小林さんについて書かれた記事を読み、以来ずっと小林さんのお仕事が気になっていました。今年の4月より森ノオトでレポーターとして活動を始めた私。ぜひ直に小林さんにお話を伺いたいと思い、取材を申し込みました。突然の取材依頼であるにも関わらず、小林さんは丁寧に応じてくださいました。

 

「私の仕事は木版画の摺り師です。木版画家(美術家)とは違い、木版画を摺るだけの職人なので地味ですよ。それでも良ければいらしてください」

 

小林さんからのメールにはこのように書かれていました。

常に笑顔を絶やさない小林さん

常に笑顔を絶やさない小林さん

今回の取材は学生時代に版画を専攻していた森ノオトの先輩レポーター・山田あさかさんと一緒です。

 

職人さんへのインタビューということで、少し緊張気味の私たち。入口で私たちを出迎えてくれたのは小林さんの奥さまでした。奥さまの優しいお人柄がにじみ出るあたたかな笑顔に、私たちの不安は一気に吹き飛びました。

 

版画作家から版木と作品を受け取り、その作家の作品を忠実に再現し一枚一枚手で和紙に摺り上げていくのが小林さんのお仕事です。

一枚一枚テンポよく摺っていく小林さんの手作業は見ていて飽きない

一枚一枚テンポよく摺っていく小林さんの手作業は見ていて飽きない

作家の作品の色をどのようにして再現していくのかを小林さんにお聞きしました。

 

「色は天候、湿度、はたまた見る人の感じ方によって違って見えるのだけど、私は作品を見た時に感じ取る。感覚のみで、意識せずとも色を再現できちゃう。長年の経験によるものだろうね」

 

まさに経験と実績により培われた職人技なのでしょう。

次に作品を摺る時のために、色見本を作成する。「料理のレシピみたいなものだね」と小林さん

次に作品を摺る時のために、色見本を作成する。「料理のレシピみたいなものだね」と小林さん

 

色見本の裏には色の配合が書かれている

色見本の裏には色の配合が書かれている

小林さんの色彩感覚が気になって仕方がない私に、小林さんは面白い話を聞かせてくれました。

 

「テレビで面白いことをやっていてね。女性は買い物に行くと服を選ぶのに時間がかかるでしょ? 女性は男性に比べて微妙な色の違いがよく判るらしい。それで服を買うのにも時間がかかるんだって。番組内でほとんどの男性が判らなかった微妙な色の違い、私は判ったよ」と笑いながら話す小林さん。

 

小林さんは私たちに青の絵の具が塗られた紙を数枚見せてくれました。「こっちの青は少し緑っぽいでしょ。こっちは黄色っぽい。全部少しずつ違うのが判るかな?」と話す小林さん。私たち二人は洋服選びに時間はかかりますが、この青の違いは分かりませんでした……。

微妙な色の違いが判りますか?

微妙な色の違いが判りますか?

版画では、一つの作品を仕上げるのに数枚の版木が必要となります。一枚の版木に一つの色をのせ版木に和紙を被せ、ばれんで摺る。次の版木に別の色をのせ和紙を被せて摺る。そうして一色ずつ色を重ねていきます。

摺り上げる色の数だけ版木がある

摺り上げる色の数だけ版木がある

「一つひとつの色の再現もとても大切だけど、色は隣の色によっても見え方が変わってくる。実際に色を重ねてみないと、どの色が全体にどのような影響を及ぼしてくるか分からない。2回試し摺りをして色の微調整をおこない、3回目から本摺りに入ることが多いかな」(小林さん)

 

木版画では和紙を湿した状態で摺っていきます。和紙を湿すことで色のりが良くなるそうです。摺りたての和紙は湿っていて柔らかく、まるで生き物のようです。湿した和紙にのせられた色は、和紙が乾いていくにつれ変化していきます。小林さんは和紙が乾いた時の色を想像しながら色を出し摺っていくのです。

摺りあがった作品を乾燥させる。留め具は木製のもの。以前は竹で作られた留め具を使用していたが、最近は竹のものは手に入らなくなった

摺りあがった作品を乾燥させる。留め具は木製のもの。以前は竹で作られた留め具を使用していたが、最近は竹のものは手に入らなくなった

「刷り上がりを統一させるのは大変難しいですよね。また時をおいて作品を再現することができる技はすごいです!」と、経験者だからこそ小林さんのお仕事の素晴らしさに感動するあさかさん。「5枚から10枚くらいなら同じ状態の作品を摺ることはできても、30枚から50枚を摺るとなると作家でも難しい作業です。多くの枚数を摺るのにはノウハウが必要になってきます」と小林さん。小さい作品だと、だいたい一度に50枚から60枚、大きい作品になると一度に20枚摺ることができるそうです。

 

小林さんはとても魅力的なカレンダーを毎年作成しています。1月から12月までの絵柄を12名の作家に依頼し、それを小林さんが1枚1枚手で摺りあげるものです。毎年だいたい8,000枚から9,000枚を摺るのだとか。1つの作品に5色の色が使われていたとすると、摺りの工程は40,000枚から45,000枚となります。7色から8色使用する絵柄もあり、工程だけをみても大変な作業です。

 

絵柄だけでなく、カレンダーの数字の部分も全て小林さんが自ら手で摺りあげています。カレンダーの作成は摺りだけでなく、紙の裁断など手間のかかる作業も多く、また期限もあるのでとても大変です。

6月の絵柄は「水芭蕉」和紙は光沢があって美しい

6月の絵柄は「水芭蕉」和紙は光沢があって美しい

2017年のカレンダーの絵柄の版木もすでに作家から届いており、小林さんは早くも来月から来年のカレンダーを摺り始めます。この「竹芳洞手摺り木版画カレンダー」は50年も続けて作成されているもので、大切な人への贈り物、大事な取引先へのお年賀など、多くの人に愛されています。時にバックナンバーを買い求める人もいるのだとか。

過去50年のカレンダーを並べて展覧会ができそう

過去50年のカレンダーを並べて展覧会ができそう

実は私もこのカレンダーが前から気になっていました。欲しいと思いながら今年も半分過ぎてしまいました。今回、小林さんにお会いしてお話を聞き、木版画の温かさ、色の美しさに触れ、私はこのカレンダーがどうしても欲しくなり、取材翌日小林さんに連絡してカレンダーを購入することにしました。

 

思えば私はこれまで木版画の作品の印刷物は見たことがあっても、木版画の原物を見たことはなかったかもしれません。小林さんが手がける現代木版画はとても色が美しく目を見張ります。柔らかい和紙に摺られた木版画は印刷物にはない温かさがあります。

 

あまりに美しいカレンダーなので、その月のものだけを飾るのが勿体ないと感じ、私は1月から12月までのカレンダーを壁一面に飾ることにしました。カレンダーを飾ることで部屋に色があふれ、華やかになりました。そして不思議なことに統一感は保たれ、部屋はイキイキとしてグッと引き締まった空間となりました。

食卓の私の席から見える位置に並ぶカレンダー。何度みてもうっとり

食卓の私の席から見える位置に並ぶカレンダー。何度みてもうっとり

3歳になる娘もこのカレンダーがお気に入りで「この黄色いお花、公園に咲いているね」「この山、雪が残っているね」とカレンダーを見るたびに新しい発見をして、それを楽しそうに伝えてくれます。

 

版画の良さは、作家が亡くなった後も作品を再現できることです。小林さんが摺りを手掛けられる版画作家の池田修三さんは10年以上前に他界していますが、秋田のフリーマガジン『のんびり』で特集されてから、池田さんの作品を買い求める人が増えたそうです。池田さんの出身地・秋田県にかほ市では毎年展覧会などのイベントが開催され、池田さんの作品が町おこしにつながっているようです。

かわいらしい子どもの絵柄の作品が多い池田修三さんの作品集。2012年から刊行されている秋田のフリーマガジン『のんびり』

かわいらしい子どもの絵柄の作品が多い池田修三さんの作品集。2012年から刊行されている秋田のフリーマガジン『のんびり』

 

版木が所狭しと工房、廊下の棚に並ぶ

版木が所狭しと工房、廊下の棚に並ぶ

小林さんはもっと多くの人に木版画に触れてほしいといいます。年賀状、暑中見舞いの便りを、自ら木を削り、手で摺ってみる。そんな手間暇かけたハガキは、受け取った人に温かい気持ちも一緒に届けてくれそうです。

自分で摺るのは大変という方は小林さんが摺ったポストカードはいかがでしょう?

自分で摺るのは大変という方は小林さんが摺ったポストカードはいかがでしょう?

竹芳洞のホームページには全国の版画の展覧会情報が載っています。一人でも多くの人に版画に触れて欲しいという小林さんの思いでしょう。私は町田市にある町田市立国際版画美術館へ行ってきました。版画専門の公立の美術館は全国的にも珍しいようです。緑の美しい公園の一角に佇む美術館。公園の散歩のついでに版画を楽しむのもいいかもしれません。

緑が美しい芹ヶ谷公園の中に佇む美術館。展示室だけでなく、版画工房もある。喫茶室の薬膳カレーが美味!

緑が美しい芹ヶ谷公園の中に佇む美術館。展示室だけでなく、版画工房もある。喫茶室の薬膳カレーが美味!

「またいつでも来てください。近くに公園もあるので、お子さんを公園で遊ばせて工房にも寄ってください」

 

小林さんご夫婦は温かい笑顔でそう言って私たちを見送ってくれました。

 

素晴らしい作品が生み出される明るく気持ちの良い空間で、楽しそうに版画のお話をする小林さん、小林さんをそっとサポートする奥さま、この日私たちはお二人から温かいものをたくさん受け取りました。小林さんの手で摺られた版画の温かさは、お二人そのものであるように感じるのでした。

Infomation

竹芳洞

http://chikuhoudou.com/index.html

横浜市港北区大曽根

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