“伝える”は使命!街のビール屋として 横浜ビール 太田久士さん
「濱の料理人」代表の椿直樹さんと巡るシリーズ、第14弾は、横浜市中区住吉町の「横浜ビール」太田久士さんです。彼が営む桜木町駅にほど近い人気のビールレストラン“驛(うまや)の食卓”。人気の秘密は“伝える”でした。

 

気温35度、暑さに終わりがみえぬ15時。大ど根性ホルモン・オーナーシェフの椿直樹さんと訪れたのは、中区住吉町にある「驛(うまや)の食卓」。おいしい地ビールと地元食材が味わえる人気のレストランです。

 

横浜はビール発祥の地!いざビールレストランへ

 

少し灯りを落とし、ひんやりした店内は、夏の日差しで火照った身体に心地よく感じます。

 

この日、中山正勝さんの畑・岩井の胡麻油さんの工場の見学を終え、よし、ここで打ち上げ! とはいかず……椿さん、クラウドファンディング事務局の成田弥土里さん、カメラマンの川名マッキーさん、森ノオト編集長の北原まどか、そして私のメンバーで行く、最後の取材です。

 

太田久士さん。ボクシング、バンドでドラム担当と多彩。そのせいなのか、お話はリズミカルで分かりやすい

 

椿さんの著書『横浜の食卓 〜ど根性レシピ〜』の取材のトリを飾るのは、横浜ビール代表取締役社長・太田久士さんです。ビールの深いお話になるかと思いきや、話題の中心はお店で購入した“例えばのキャベツ”でした。

 

「ここにキャベツが1個あったとして、どこで、誰が、どういう想いで、作ったのか(8年前まで)考えることもなかった。生産者さんも、今日採ったキャベツが、どこのお店に行って、どんな料理になって、お客さんが何と言って食べてくれるのか、考えたことがなかったと思う。

 

これまで、生産者さんと僕らの間には距離がありすぎた。距離があるくらいならいいけど、お互いの存在すら知らなかった。今日のキャベツは1個いくら。……お互いの間にはお金しかなかった」

 

8年前、「驛の食卓」の前身にあたるお店が経営に行き詰まり、当時、店長だった太田さんは、先ほどの“例えばのキャベツ”のようにその日の売り上げに追われて、満たされない日々を送っていたと振り返ります。

 

その後、この会社を社長として引き継ぎ、地ビールとともに地元の食材が味わえるレストランとして再オープンします。

 

メニューは、スタッフが3カ月ごとに作成。生産者の顔写真と商品への想いがずらりと並ぶ

 

それぞれの料理にも、生産者の名前がつく

 

その後、太田さんはイベントやお客さんとして出会った生産者さんに誘われて、畑を訪ねていくようになります。

 

「大事にしているのは、会いに行くこと。まずは、単純に回数を重ねる。スタッフも一緒にね」

 

スタッフもですか?

 

「もちろん一番大事なことだね。ホールも厨房も、スタッフはみんな(畑に)行く。値段交渉とかそんなことのために行くのではなく、ただ会う。生産者と関わっていくとスタッフの意識が全然変わってきます。丹沢に行くと、(スタッフが)“もやしをおすすめしようぜ”ってなって、その日はもやし料理ばかり売れちゃったりね(笑)。でも、何カ月か行かなくなると、(気持ちが)元にもどるんです。そうしたら、簡単。また行けばいいんです」と太田さん。

 

忙しいから大変でしょう?

 

「会いに行けないなら、電話すればいいんです。今日のブロッコリー、おいしい! って電話するのが、そんなに難しいこと? やれるか、やれないかだけの話」。

 

多忙を極める太田さんですが、気持ちの伝えることに時間を惜しみません。“やれるか、やれないかの話”と言いきっちゃうところに、私、しびれました。

 

畑に行くようになって、生産者の側も変わりましたか?

 

「もう、モノのやり取りじゃなくてね、家族の大事な会議になぜか俺がいるみたいな(笑)。うれしいですよね」と茶目っ気たっぷりに笑う太田さん。

 

最近は、生産者さんではなく、一人ひとりお名前で呼ぶことが自然になってきたそうです。

 

「自分を通して、人(生産者)の想いを人(お客さん)に伝えるという仕事。俺、結構いい仕事してんじゃんって思いますよ。(生産者が)ここまで作ってきた労力・想いをお客さんに伝えて初めて完結するんです。どうやったら(お客さんが)聞いてくれるか、振り向いてくれるか、いつも考えています。“伝わるイコール売れる”ですから」と、すがすがしい笑顔の太田さんでした。

 

この答えにたどり着くまで、太田さんはどれだけ考え、行動してきたのでしょう。

 

ふとホールを見渡せば、若いスタッフの活気で満ち、生産者さんから受け取った想いをお客さんにいかに伝えるか、メニューにも店内も、その想いであふれていました。

 

左から椿さんと太田さん。太田さん曰く「ビールは明るいお酒」。乾杯のお酒、グラスを打ち鳴らす音、ぐっと飲み干す瞬間……なるほど、にぎやかで明るい

 

椿さんとの出会いは?

 

「直接かかわったのは、2011年でした。東日本大震災で、横浜は物理的な被害は少なかったですけど、飲食業界は予約やイベントがキャンセルになって大変だった。そこで、自分たちの街でとれたものを自分たちの街で消費するイベントをやろうとなって。小さなことかもしれないけれど、動きをつくっていくことからやってみようかと。集まったのは、椿さん、僕、岩井の胡麻油の岩井さん、美濃屋あられ製造本舗の小森さんとか……。

 

今でこそ飲食店が一つになってイベントをいろいろやっていますけど、当時は、さきがけでしたね」

 

と懐かしそうに語る太田さん。「親密になりましたよね」と椿さんも感慨深げです。

 

先が見えない時間を、どうにか切り拓こうと活動した仲間たち。だからこそ、信頼して協力し合える今があるのでしょう。

 

椿さんは太田さんの最初の印象を覚えてらっしゃいますか?

 

「太田さんは、今も私の作った小籠包をお店で扱ってくれていて。最初ご相談した時、“(太田さんの)お店で売って歩いていいよ”って。その度量の大きさに感激しました」と椿さん。

 

「おもしろいですからね」と、太田さんはニヤリ。

 

「おもしろいって言えることがすごい。僕は多分できないですね」と太田さんの懐の深さに感謝する椿さんでした。

 

太田さんにとって椿さんはどんな存在ですか?

 

「同じ志の人かな。同業と思ったことはあんまりないね。いつも礼儀・礼節があって、そこが尊敬するところだよね」と太田さん。

 

また、椿さんにとって、「太田さんは、目標。指針です」と。

 

お二人は、横浜がこうなったらいいと思い描いていることはありますか?

 

「僕は、横浜にこだわっているわけじゃないんですよ、表現する街が横浜なんです。日本中が、自分の街に誇りを持とうよって、この街から発信することが、すごく意味のあること。それが街のビール屋の大事な仕事かなって思う」と太田さん。

 

「うちの店ではオール横浜で食材をそろえさせてもらっているけど、今後はもっと(入手先を)狭くしていきたい。自分の住んでいる所とか、自分で感じて自分の目の届く範囲で、ちゃんと意見を聞ける人たちの判断を仰ぎながら、その人たちのためにごはんを作りたい」と椿さん。

 

深くうなずく太田さん。

 

「使命感っていうと大げさかもしれないけど、自分の仕事を通して人の想いを伝えたいというところで、(椿さんと)同じなんでしょうね」。

 

横浜ビールでは、いくつもの種類のビールが楽しめるところも魅力。桃や小麦など地元産の原料を使ったビールも季節限定で味わえる

 

瀬谷の小麦ビールを注ぐ太田さん

 

横浜ビール。黄金色で美しい。色合いも味わいも種類に応じて、さまざま楽しめる。このビールは写真撮影後、その日、車の運転をしない北原へ。あんまりおいしそうに飲むので、私もいただいた。うまい!(写真:川名マッキー)

 

太田さんご自身も、瀬谷区の農家さんの小麦でビールを作り、瀬谷区の方々に飲んでもらいたいと区内の飲食店で広報活動中です。

 

お二人がめざす地産地消の活動は、もっと大きく広がっていくのかと思いきや、よりローカルに密着していくものでした。もっと、もっと、人とのつながりを密に。

 

人口373万人の大都市・横浜。お二人が考えるのは、顔と顔で分かり合える、我が街の食。

 

都市生活の中で、希薄になりつつある人間関係や地域食材とのつながり。

 

いつもの野菜が我が町の生産者さんの野菜として、こだわりや想いとともに届くとき、味わう喜びは、何倍にもふくらむことでしょう。

 

驛の食卓の1階では、地ビールの製造過程を目にすることができる

 

取材を終えてお店を後にすると、テラス席にはくつろいだ様子のスーツ姿の人々の姿がありました。手には黄金色のビール、テーブルには生産者さんこだわりの野菜料理。メニューを目にしながら、笑顔でそれらに舌鼓を打つ人たち。

 

生産者さんの想いを、お客様へと明るく届ける、横浜ビールでした。

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この記事を書いた人
明石智代ライター
広島県出身。5年暮らした山形県鶴岡市で農家さん漁師さんの取材を通して、すっかり「食と農」のとりこに。森ノオトでも地産地消、農家インタビューを積極的にこなす。作り手の想いや食材の背景を知ることで、より食材の味わいが増すことに気づく。平日勤務、土日は森ノオトの経理助っ人に。
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