七十二候を感じながら2017年を過ごしてみませんか? 詩人・白井明大さんインタビュー。
2012年の発売以来、長く親しまれている『日本の七十二候を楽しむ―旧暦のある暮らし―』の著者であり、詩人の白井明大さんは、小学生の時から横浜市緑区東本郷町(鴨居)で過ごしました。同世代の人がそうであったように、住宅地で、秘密基地を作ったり、公園で野球をして過ごしていたそう。そんな、同時代を同じ地域で過ごした白井さんに、詩人としてのルーツと責務、そして私たちにもできる季節の感じ方や暮らしへの取り入れ方を伺いました。

前日までの寒さとはうってかわって、暖かい一日、風もなく穏やかな、まるで小春日和の日曜日。たくさんの人が暖かさに誘われて寺家ふるさと村を散歩していました

自然を受け入れること、「季節(あるもの)に名前をつけるという感覚」 その受容体としてのわたしたち

白井明大さん: 自然をじぃっと見ていると、この場所と自分が近くなってくる。近くなるとようやく、その葉がどんな風にいるか、後ろの水車の音が一日中こんな風にしているんだ、カラスの声がこんな風に聞こえるんだとか、向こうの鳥の声はこんな風に届くんだと、見ているつもりだったことが見えてくる。

ただ目に入っていただけのものが「見える」時、やっと葉を眺める状況になってきて、確かに、ここに葉がある、ここに鳥がいる、生命があるんだな、生きてるんだな、と感じる。すると、体が感じることと、五感を通して心に入ってくる情報が重なって、その情報は、心の中で「確かにある存在」になって、自分もここにいるんだということが、腑に落ちる。

冬の日、暖かな日を浴びて、柔らかく風にそよぐクローバー

暖かい日差しを、楽しんでいるようにも見えるスズメの群れ

白井さん: 自分も生きているんだということを、なにげない当たり前のこととして「受け取る」。

それは、私は詩を書くからしていることだけれども、じっと見たり、じっと感じたりして、詩を書かなくても、ボーッとして見ていると、すっと入ってくるようなこともある。

今の暮らしは、効率が良く、無駄なものが省かれている。無駄が省かれるということは、確かに便利ではあるのだけれど、自分が生きていると実感できることも、省かれているのではないか、そして、同時に心も端折ってしまっているのではないか―。

寺家町を歩きながら、静かにお話しする白井さんの言葉を聞いていると、見ているようで見えていなかった自分に気がつく。そこには自然があり、その自然を感じる自分がいて、生命を感じる。それは、まるで心の目が開かれていくようなひとときでした

白井さん: 私たちは、自然から「受け取る」ことが大事なんじゃないかなぁと。

七十二候の季節の名前は、「蓮始めて開く(はすはじめてひらく)」「菖蒲華さく(あやめはなさく)」とか、季節に名前をつけるというよりは、「(季節を)受け取っている」ことで名付けられている。「梅の実が黄色く熟してきたよ」とか、「蛙が始めて鳴くね」とか、「そろそろ、もみじが色づくね」とか、全部、季節の様子を見て「受け取る」。

人が、勝手につけた名前じゃなくて、あるものをあるがままに「受け取って」、それを「名前にしますね」っていう、受け身な名前なんだよね。

この時期、寺家では、椿の花が満開です。冬の色が少ない世界が椿の差し色で華やぎます

白井さん: だから自然を「加工」するよりは、自然を「知る」とか、自然を「感じる」とか、自然を「受け取る」七十二候の季節の名前の付け方は、人ありきじゃなくて、自然ありきの名前だから、ちょっと面白いんじゃないかなぁと思ったんです。

人間が自然を「加工」する側にいる今、自然を「受け取る側」のほうになってもいいんじゃないかなぁと。

さっき、「ボーッと見てる時間が長ければ長いほど、いいんだよ」って言ったのも、「受け身になること」が、大事かなと思うから。

「日本ってどんな国?」 〜詩人としてのルーツ、そして責務〜

著書である、『日本の七十二候を楽しむ―旧暦のある暮らし―』と『生きようと生きるほうへ』は、実は対になっている。2011年の東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて、幼い頃、母が言った「日本は、四季のある国だよ」という言葉が自然に出てくるような心の場所に、どうしたら少しでも近づいていけるのだろうか。もう一方で、人が生きるってどういうこと? 大切な命を次の代につなげていくこと以上に大切なことってあるの? と、人も自然も傷ついた出来事があり、「ごくごくベースの部分での大事なことってなんだろう」と、書くことを営みとしている詩人として、この二つの作品をとにかく作ろうと、思ったのだそう

白井さん: 私が5歳くらい、東京都大田区の団地に住んでいた頃、母に、「日本ってどんな国?」と聞いたことがあった。そのとき母は、「四季のある国だよ」って言ったんです。まだ横浜に引っ越す前だから1976年頃のことで、子ども心に「そうか、日本は四季のある国なんだ」と。

「日本」という言葉も、自分が知りたてほやほやだった頃だから、そんな風に「自分がいるところってどんなところなの?」「(日本では)何を大事にしているの?」って聞いた時に、「四季だよ」って、母が言ったのが、自分の原点としてあります。

日本には、当初は春と秋、種をまく季節と実りをいただく季節と二つしかなかった。それが大陸から四季が入ってきて、二十四節気が入ってきて、七十二候が入ってきてっていう風になっていったのだけど、そんな風に難しく考えるよりは、「ご飯を食べなきゃね」「暮らさなきゃね」と、言うのが根底にあって、食べるために「種をまこう」「実りを感謝していただこう」ということに、名前をつけていったのかな、と。

季節というものは、自然に対して人が便宜上つけた名前なんだけれども、名づけるという行為は、あるものに名前がないことで人がまだ気がついていなくて、でも、それは確かに目の前にあって、そこに名前をつけて初めて、「ああ、あるね」って気がつくわけだから、七十二の季節の顔を、「こんなことがあるよ」って書くと、「ああそうか」、「ああそうか」って、また気づく。その気づきを、もう一回みてみようよ、って。

ゆっくりと、言葉を選びながら、確かめながらお話をする白井さん。言葉一つひとつを大切にしているのが伝わってくる。その口調やまなざしは、優しいけれども、物事に対する深いところでの考察と、「自然」を、「命」を、「子ども達」を大切に想う、確固たる信念とも言いうべき強さを感じました。森ノオウチにて

わたしたちの身体と暦の連続性 〜ハレとケ〜

地の神社、琴平神社に初詣でに行ってきました。今年もいい一年になりますようにと鈴を鳴らし、飾られた注連縄や、松飾り、人が賑わう様子にハレの日を感じます

白井さん: 旧暦の話をするときに、「節目」という言葉を意識します。例えば、二十四節気の、「桃の節句」や「端午の節句」など、節句も「節目」です。「節分」も立春の前日のことで、冬と春の境目の「節目」だから、「節を分ける」節分と言う。そして、「節目」に何かをすることを、昔の言葉で「ハレの日」と言う。「ハレとケ」と言って、「ケ」の日は何もない、普段の日。特別なことをする日と、普段の日があるから、暮らしにメリハリがある。

そんな風に、節目の日に気を張って、普段の日は、ちょっとゆるめる。張ってゆるめて、張ってゆるめて、という暮らしの方が楽。ところが、今の暮らしは、普段の日に気を張って、ゆるめる日の方が少ないよね。

それから、旧暦の日付って、新月から満月に、そして満月から新月に移ろっている。例えば、一日(ついたち)っていうのは「月が立つ=つきたち」が、なまって「ついたち」になっている。

「立秋」や「立冬」の「立つ」という字は、始まりの意味があって、一日(ついたち)っていうのは、月が始まるよって意味。それから30日(さんじゅうにち)のことを「三十日」と書いて「みそか」というけれど、そちらは三十日(約29.5日)かけて満ち欠けをひとめぐりする月が、また新月へと隠れる日。

そういう一日(ついたち)とか三十日(みそか)って、月の満ち欠けとくっついている。大晦日の事を「大つごもり」って言ったりする。「つごもり」も、月が隠れるという意味。

お月様って天体だから引力があって、引力って海の水をひっぱるから、満月の日は、すごく満ち潮になって、また引き潮になって、あんな大きな海の水も、月の満ち欠けに関わっている。

人間の体の中にも、水が流れていて、人間もほとんど水でできているので、海が大きく満ちて引くように、やっぱり、人もどこかで、すごく遠い星なのだけれど、お月様の満ち欠けとつながっている。

夏休みには祖父母の住む沖縄で過ごし、沖縄の力強い自然、海、南国感と、横浜の新興住宅地を行き来しながら、普段過ごす日々の暮らしの中にも、子どもながらに季節感とつながっていた、と、白井さん。写真は、白井さんのルーツの一つでもある「沖縄」の、旧暦が日々の暮らしに根付いている文化を、二十四節気の名を持つ「風」を通して綴る最新刊『島の風は、季節の名前。旧暦と暮らす沖縄』

ひと月の「膨らんでは、しぼんで」は、「夜道を歩いていても、満月の頃は明るいね」とか、「新月の頃は暗いね」というように、均一なものではなくて、波打つもの。その「波打つもの」とか、「張ってゆるめて、張ってゆるめて」というようなところに、昔の人は自分をゆだねて暮らしていたところもあった。

冬至の時期にゆず湯に入ったり、かぼちゃをいただいたりするのは、ゆずを輪切りにしたときにお日様の形に見えるから。実際に効能もあるのだけど、冬至は一年で一番夜が長くって、お昼が短いから、お日様をちょっと足したい。旧暦は、陰陽の考え方だから、冬至は一番陰がこもるから、陽を足そうとする。

今の便利な暮らしに、昔は、どういう風に暮らしていたら体や心が楽だったんだっけ?という知恵を足してあげるというのもよくて、例えば、旬のものって恵みだから、一番必要なその時に旬のものをいただくのが、体に良かったりするんだよね。

サインを頂きました

<エピローグ>

白井さんにお話を聞いていると、本当に「話が尽きない」という言葉がピッタリ。次々と、言葉の由来だったり、暮らしに根付いてきた習慣の起源だったり、旧暦にまつわる様々な「目から鱗」なお話を聞くことができ、時間が経つのを忘れてしまうほどでした。

振り返れば、私自身、どうしても、普段の生活の中で、あれをしなければ、これをしなければと、気が付けば追い立てられ、我をも忘れがちな2016年でした。当たり前のように、便利さの恩恵にあずかりながら生きていて、当たり前のように、「時短」や「効率の良さ」が、豊かな暮らしをもたらすものと、いそしんでいたようにも思います。けれども、自然や季節に意識を向けて、きちんと「感じる」ことから、むしろ、ない、ないと、思っていた時間や、見えていなかった「大切なこと」が現れてくるのかもしれないなと、寺家ふるさと村を白井さんと歩いて感じました。

「日本って、四季のある国だよ」と、実感を持って伝えられるような生活って、どんな風だろう? 今の私は、意識しなければ、四季をうっかり通り過ぎてしまいそうなくらい忙しい。けれども、子どもと一緒に、白井さんの著書『日本の七十二候を楽しむ―旧暦のある暮らし―』を開きながら、節目、節目を知ることで、季節に気づき感じていくことなら、私にもできるかもしれない。それに、そこにあるものに気づいて、名前を知ったり、あるがままを、言葉にすることは、なんだかわくわくするし、心地よい。

今回のインタビューを通して、目線が変わるきっかけをいただいたと思っています。自然から受け取る側に身を置くことで、現れてくることがらを、味わい、感じていけたらいいなと、思いました。

さて、この記事が掲載される頃は、「小寒 芹乃栄う(せりさかう)」頃。まずは、身近なところから―今年も健康でありますようにと願って、七草粥をいただいて、生活を、つながりを、楽しもう、大切にしよう。そして、2017年も、ゆっくりと、少しずつ、私らしい視点や豊かさを、広げていけたらいいなと思います。

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Information

2017年1月13日から17日 神楽坂で開かれる白井さんの展覧会「旧暦のある暮らし」のお知らせです。

http://utae.mumeisyousetu.com/event/index.html

白井さんがモノづくりの作家さん達と一緒に、ごはんを食べながら、「大地に根ざして生きること いのちを受け継いでいく暮らし」について話をしたり、日本に昔からある天然の植物からつくられた和ろうそくをともして、その明かりで、暮らしについて考えたり(この日は、森ノオトや『たまプラーザの100人』にも登場いただいた「つむぎや」さんが軽食を提供します)、ミニコンサート「うたとことばがであうとき」では、白井さんも作詞で参加する新作の童謡や、昔懐かしい童謡を聴いたり、日替わりのイベントが催されます。

期間中を通して、白井さんの詩や、奥様であり、写真家の當麻妙さんの撮り下ろし写真、七十二候の暦・歌こころカレンダーだけでなく、全国各地からの作家さんの手仕事―木の器、陶芸、沖縄の芭蕉布なども、展示・販売します。

「旧暦のある暮らし」は今年で7年目だそう。「一年の計は春にあり」とも言いますが、この時期に、「旧暦のある暮らし」を味わいにいくのも、2017年の素敵な始まりなるのではと思います。

おくむら さちこ
この記事を書いた人
おくむらさちこライター
横浜市青葉区で生まれ育ち子育て中。映画が好き過ぎて、アメリカまで勉強に行ってしまったこともある行動派。女性の生き方、働き方に関心を持ち、同時に地域ぐるみで子育て環境をよくしていくために「こどもみらいフェス」の実行委員としても活動中。森ノオトではwebまわりのサポートも担当。
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