夫婦の絆が生んだ特産品地ビール 川崎のブリマーブルーイング
川崎市高津区に、クラフトビールの工場があるのをご存知でしょうか? 造り手はスコット・ブリマーさん、経営者は奥様の小黒佳子さん。お二人の国を越えた絆が、川崎に新しい地ビール文化をもたらしました。

JR南武線の久地駅から武蔵小杉方面に10分ほど歩いていくと、そこに「ブリマーブルーイング(Brimmer Brewing)」はありました。周囲にはさまざな工場がひしめき合う、ちょっとした工業地帯です。工場に近づくにつれ、なんとなくビールの香りが……。工場の表には仕込みで役目を終えたばかりのモルト(麦芽)が置いてありました。

ビールの需要な原料である大麦の麦芽。ブリマーブルーイングでは複数の麦芽を使い、その配合によって複雑な味わいを醸し出す

工場の前で一休みしていたスコットさんが、気さくに迎えてくれました。仕込みを終えて、酵母を加えられ発酵過程に入ったビールの香りがする工場の中を見学します。ブリマーブルーイングのビールは、約20℃くらいの「常温」で発酵させ、それが進むと酵母が浮上してきて、上の方に層を作る「上面発酵」の「エール」と呼ばれるビールです。ここで酵母の品質管理をしっかりして、1週間ほどすると、発酵が進み少しずつビールのきめ細かい泡や香りが形成されていくそうです。ビールの製造過程ではとても重要なポイント。

麦汁を煮沸し、ホップを加えたものを冷却し、その後ビール酵母を加えて発酵過程に入る。20℃前後に保たれている部屋の中は炎天下から入ってきた身にはとても涼しく感じた


 
高津でビール造りに情熱を注ぐスコットさんの作業を見ていて、どうしてアメリカ人のスコットさんがここでビールを造ることになったのか、そのいきさつを知りたくなり、奥様の佳子さんにおうかがいしました。

小黒佳子さんは、高津区の二子新地出身。「まさか、自分が地元で起業することになるなんて、昔はまったく想像もしていなかった」と話す

「主人とはカリフォルニアへの留学中に出会いました。同じ大学だったんだけど、学内では会ったことがない。大学の近くのバーでよく会って、一緒に飲むうちに仲良くなったんです」と話す佳子さん。「私はとにかくアメリカの映画が好きで、何本も観るうちにアメリカで生活したくなって……。今と違ってインターネットなんかなかったから、留学情報が集まっている都内の施設に毎日通いつめました」と当時を振り返ります。
 
就学先に決めたのはカリフォルニアのCHICO(チコ)という街でした。アメリカのクラフトビール界では知らない人はいない「シエラネバダ醸造」の本社がある街です。大学を卒業してから佳子さんは日本に帰って来たのですが、アメリカを再訪した際に、シエラネバダ醸造で働いていたスコットさんと再会、お付き合いが始まり、2001年に結婚しました。

醸造設備の前に立つスコットさん。銅の設備はピカピカで、トラディショナルな雰囲気。伝統と自然を大切にしながら、最先端のビールを造りたい、というスコットさんの思いに共感する

チコに4年住んだ後、今度は2人で日本で住むことに決めます。スコットさんが御殿場高原ビールに働き口を見つけたため、静岡に5年ほど移り住みますが、スコットさんの「自分のビールを造りたい」という夢と、佳子さんの「なにかやるならば、自分の地元で地に足をつけてやりたい」という思いが合致して、佳子さんの生まれ故郷である川崎市高津区にクラフトビールの自社工場を構えることにしました。
 
「正直言って、とっても怖かったですよ。遠い日本に来てくれた彼の、ビールへの夢は叶えたいけれど、自分はビジネスなんかしたことがないし、できるのかな? って。でもやるからには、絶対成功させたい、と私も彼の夢に巻き込まれつつ……最終的には乗っかりました。2010年くらいには、日本に地ビールブームが訪れていて、この波に遅れてはいけない、というのは夫婦の共通認識でした」
 
折しも、創業は2011年の4月。東日本大震災の直後で、景気も落ち込んでいました。どうしてこんな時期に会社を設立するのか、と言われることもありましたが、こんな時だからこそ、自分たちに出来ることをしていかなければ、と奮起して、自分たちのオリジナルビールを造るための工場を少しずつ整備しました。運よく中古で良い機器を手に入れることができ、地元にも近い理想的な場所に出会うことができました。
 
「オペレーションは、最初は手探りでした。在庫管理のやり方もよくわかってなかったし、資金が底をついて親に援助してもらったこともある。1年くらい夢中でやってようやく、これは大丈夫だな、続けていけるなと思えるようになったんです」

ビール樽の貯蔵庫で。スタッフと支えあって製造と経営を行う

「大変だった頃のことは、ほぼ記憶にない」と佳子さんは笑います。少しずつ地域のことなどを考える余裕が出てきて、高津区の区民祭などに出店するようになってからは、街に溶け込んでいきました。最初は「うちの街に地ビールがあったの?」という感じだったものが、毎年出店するうちに「これが美味しいんだよ」と昨年来た人が知り合いを連れてきてくれたり、口コミで広がっていく実感があったそうです。
 
「人によってはビールの名前も種類もちゃんと覚えてくれていて。うちのビールを知ってもらえたのも嬉しかったけれど、なによりクラフトビールというものをこの地域に広めることが出来た、と思えて、すごく嬉しくなった」
 
いつの間にか、スコットさんの夢は佳子さんの夢にもなっていたのですね。
 
それでは、お楽しみ。ブリマーブルーイングのビールを試飲してみます。ブリマーのビールは二種類のエール「ゴールデンエール」「ペールエール」、黒ビールの「ポーター」、そして季節限定で醸造される「スペシャルビール」の4種類。
まずは、夏にぴったりとスコットさんが一押しする「ゴールデンエール」から。

美女の金髪、或いはカリフォルニアに降り注ぐ太陽のように明るい印象のゴールデンエール

開栓すると、とたんに華やかな香りが漂います。第一印象は、非常にフルーティ。続く喉ごしもなめらかで、最後に残る淡い苦みが、二口目を誘います。これはビールが苦手な人でもトライしてみる価値はあるのでは? すっきりとして、日本人好みのくせのない味わいに仕上がっています。

あけぼの光が海岸線にさし、一日の活力が身体に漲るような、力強さを感じるペールエール

次は、ペールエール。グラスに注ぐと赤みがかった琥珀色で、日本で普段飲むビールにはなかなかない色合い。柑橘系のアロマは、シエラネバダを始めとしたアメリカのビールを思わせます。どうやらこれがブリマーの「看板ビール」かな? という推測を得て、一気にゴクッ。パンチのある苦み、口の中にじわじわと広がる良質な麦芽の風味。これはクラフトビールファンを唸らせるのも納得です。

日が沈み、柔らかな闇のなかに現れた宵の明星のきらめきをたたえたかのようなポーター

そして、ポーター。ビールは何よりも「喉ごし」重視の私は、黒ビールはそれほど好きではないのですが、一口飲んでビックリ。飲んだことのあるどのビールとも違う複雑で深い味わい。まるでコーヒーを飲んでいるかのように、リラックス感を与えてくれます。決して甘くはないけれど、どこか大人向けのチョコレートを思わせる、ほろ苦くて舌触りのいいビールです。
 
「かわさき名産品として取り上げてもらったり、地元の人たちがお土産に使ってくれたりするのはとても嬉しい。スコットはさらに技術を磨いて、世界のトップレベルと言われるビールを造りたいと励んでいるので、私も自信をもって、『川崎発のクラフトビール』を世界に届けられるようにがんばりたい」と、控えめながら芯のある笑顔を見せてくれた佳子さん。地元に足をつけて、世界を見据えるご夫妻が作る川崎の地ビールから今後も目が離せません。

Information

BRIMMER BREWING(ブリマーブルーイング)
住所:川崎市高津区久地4-27-14
営業時間: 10:00~18:00
不定休
電話:044-281-0541
HP :http://www.brimmerbrewing.com/ja/

※上記は工場なので、ビールの購入は出来ますが、その場で飲んで楽しむことはできません。ブリマーのビールを心行くまで味わいたい方はぜひ、ブリマーブルーイング直営の下記のお店へどうぞ!

ブリマービアステーション久地
住所:川崎市高津区久地4-12-5 和美ビル 2F
営業時間: 17:00~25:00(月~金)、15:00~25:00(土)17:00~23:00(日祝日)
不定休
電話:044-712-3385
HP :http://vavaresort.com/beer/

Ash Ayaka Onishi
この記事を書いた人
Ash Ayaka Onishiライター
武蔵小杉在住の舞台演出家・琵琶奏者。子育てをきっかけにローカルメディアでの執筆を開始。海外で様々な舞台に立ってきた経験から「THINK globally, ACT locally」を大切に活動している。劇団カワサキアリス主宰。趣味はスノーボード。5歳男児の母。カワサキアリスHP→
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