県立田奈高校「ぴっかりカフェ」が紡ぐ 高校生の未来、地域の未来
横浜市青葉区にある県立田奈高校には、週に一回、支援事業の一つとして図書室にカフェがオープンします。以前森ノオトでも取材した「ぴっかりカフェ」。居場所として、そして高校生の未来がより明るく拓かれるものであるようにと、大人たちの本気と真心が高校生と出会い、この豊かな場所を作っています。(写真:山田あさか)

「ぴっかりカフェ」の取材に行ったのは冬の穏やかな午後でした。静かな住宅地を歩き、小学校を通り過ぎると、その向こうに日差しを浴びた田奈高校の校舎が見えてきました。

 

高校の昇降口に立つと、日常では接することのなくなった高校生を身近に感じるのだというちょっとした緊張と「ぴっかりカフェ」に入ることができるという期待とで胸がぎゅっとしました。

 

田奈高校は、神奈川県内初の「クリエイティブスクール」で、学力検査を経ずに入学することのできる全日制の高校です。家庭の経済状況や環境に困難を抱える生徒が多く在籍し、支援を必要とする生徒の内なるSOSをキャッチしようと、予防支援という形で週に一度、専門の相談員とボランティアによる「居場所カフェ」が開かれています。2015年の森ノオトでの取材以降、神奈川県ではクリエイティブスクールが5校に増えています。

 

2011年に司書の松田ユリ子さんが田奈高校の図書館に赴任した際、ここを「ぴっかり図書館」と名付けたそうです。そして、2014年、就労支援や高校生が抱えている問題支援に結びつく「交流相談」を中心とした取り組みの場所として、石井正宏さんが代表を務めるNPO法人パノラマと学校の連携により、ぴっかり図書館内に「ぴっかりカフェ」がオープンしました

 

私は長男を出産する前、私立高校で国語教師として勤めていました。高校生ならではの鋭く鮮やかな感性や感覚に心を動かされる日々でした。それと同時に子どもから大人へといよいよ変わりゆく変化の中で心の問題、家庭の問題、進路の問題、様々な困難や課題を彼らが抱え込んでしまうことも目の当たりにしました。そんな私自身の経験もあり、自分の住んでいる横浜市青葉区にある県立の田奈高校の図書館に開かれるという「ぴっかりカフェ」の取り組みは大変興味深いものでした。

 

また、ぴっかりカフェでは、高校生と地域のボランティアの人たちとの関わりがみられます。今は子育てを通して地域に根ざした暮らしを意識するようになり、地域とそこにある高校とがどのような関わりを持っているのかも知りたいと思いました。

 

高校生と、年齢も職業も様々なボランティアスタッフがぴっかりカフェに集う。取材した日は5名のボタンティアが参加。昨年パノラマのスタッフとして就職した小川さんは「生徒とボランティア、スタッフ、教えたり教えられたり、ここは時に役割がシャッフルされる面白い場所です」と話す

 

毎週木曜日、お昼休みと放課後にオープンするぴっかりカフェの運営は、NPO法人パノラマの理事長石井正宏さんとスタッフの小川杏子さん、そして「ぴっかり図書館」の司書である松田ユリ子さんが中心となり、地域のボランティアの人たちの支えによって運営されています。

 

お昼の時間のカフェは生徒たちであふれていました。カフェで用意されている飲み物や、ボランティアのふるまうスープなどを受け取り、持ってきたお弁当をあちらこちらで広げて談笑しながら昼食をとっています。インスタントの食事を手にしてくる生徒も多くいる中で、ボランティアお手製のスープなどは手作りの温かさとともに成長期にある子どもたちの大切な心身の栄養源となります。ちょっとやんちゃな雰囲気の男の子たちグループが座るソファーの後ろには、控えめな雰囲気の男の子たちグループが座っていたり、その間をボランティアの大学生や、大人たち、そしてふらりと訪ねてきた様子の校長先生などが往来しては声を掛け合っています。

 

テーブル席には収まりきらない生徒達のために、レジャーシートが敷かれていた。さながら「図書館ピクニック」。既成概念に囚われることなく、そこに今必要なものは何かを見極め、柔軟な発想と思いやる気持ちによって空間は進化していく

 

司書の松田さんはその様子を朗らかに眺めながら、「図書館というのは本来、『誰にでも使う権利がある場所』です。本を読んでもいいし、ぼんやりとしていてもいい。誰に対しても平等に開かれた場所、居ることが許されている場所です。だから、ここに石井さんやボランティアの人たちが自然な雰囲気で居ることができます。大人も生徒たちも自然体で接するからこそ聞き取れること、感じ取れることがあります。今、生徒たちが必要としていることは何か、困っていることは何かをここで少しでもすくって、支援が必要なサインを学校と共有し、精神面でのサポートや、バイターン制度(アルバイトとインターンをかけ合わせた造語で、田奈高校が先駆けとなった取り組み。地域で社会経験を積み、就職に向けた支援をしていく)などを通じて就労支援などに結びつけていきます」。松田さんは笑顔で話をしながらも、視線は常に生徒たちを追っています。図書館に入って来た子たちと挨拶を交わし、出ていく子には一声かけたり、かけえられたり、冗談を言いながらもちょっぴり本気で何かを伝えていたり。

ここにいる大人たちの、生徒に向けられたさりげなくありながら、ものすごく感度のいいセンサーに、私は終始圧倒されます。

 

3児の父でもある石井さん、ちょうど自分の子どもたちも同世代なのだそう。「親が子どもに対して決めていいのは『名前』だけと思っています。その代わり名前にはそれぞれしっかりエピソードがありますよ」と石井さんの父としての横顔。同じ親としても、もっともっと色々な話をしてみたくなります

 

「このカフェ作りはゼロから一を産むものではなく、もともと松田さんが作っている『ぴっかり図書館』という一があって、そこから協力してくれる人たちとツギハギしながら、良心だけで次第に広がってきたものです」と石井さん。松田さんとの「もちつもたれつ」の関係の中で、「生徒ファースト、生徒のために」という共通の信念でぶれずにカフェが進化しているそうです。そしてそこにスタッフの小川杏子さん、ボランティアさんが力を添えています。

 

お昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴り、生徒たちが一気に居なくなった図書館……。高校生なので当然といえば当然ですが、どんなにこの場所の居心地が良くても、しっかりと時間通りに教室へ戻っていく様子や、ゴミを一つも散らかさずに去って行ったことに、この場所を自分たちの場所としてつないでいこうとする生徒たち自身の意志を見たように思います。

 

先ほどの賑わいが幻のように静かになった図書館で、ボランティアさんたちが昼食をとりながら生徒の様子や情報を石井さんたちと交わしています。中には深刻な話もあります。ぱっと見ただけでは分かり得ない、厳しい現状や問題に立ち向かっている生徒もいるという現実に気付かされます。本格的なミーティングは毎回放課後のカフェの後に行われます。。

 

「本もメディア、人もメディアです。全ての生徒に開かれているぴっかり図書館でたくさんのメディアと出会って欲しい」と松田さん。開かれたメディアは学校のその先の世界をも生徒に見せてくれることでしょう

 

本来なら学校で出会えるのは「先生」という立場の大人ばかりですが、ここでは地域という大きな枠の中で、年齢も職業も立場も様々な大人たちが、それら全てを超えてここにいます。

「大の大人たちがなんだか楽しそう」であることもこのカフェの特徴だと思います。ぴっかりカフェのオープン中も休憩時間も、この空気はカフェ全体を包んでいました。

 

「人見知りのボランティアがいたっていいと思います! 興味はあるけど自分には無理かな……と思っている人にも、ぜひ一度ボランティアで来てもらいたい」と石井さん。「居場所カフェボランティアさん養成講座」の講師も務める

 

地域の人にボランティアで来てもらうことで、学校と地域が交流していくきっかけにもなって欲しいと石井さんは考えています。

 

「大規模災害が起こったら、学校が避難所になるけれど、一度も行ったことのない、自分とは無関係な場所よりは、知っている場所であった方がよいですよね。1970年代に学校にはフェンスが作られるようになったそうです。それまでは、地域と学校は物理的にももっとフラットにつながっていました。もう一度そんな風に地域と学校がゆるやかにつながれたらな、と思っています」(石井さん)

 

「ここに来ると元気を貰えるし、彼らと話すのはとても楽しいですよ」「お互いに得るものがあるから、ボランティアという感覚はあまりないかもしれない」「先生でも相談員でもないからそんなに深刻な話はしていないけれど、親父の小言みたいなのはたまに言うこともあるかな」「生徒が僕の作った料理を今日はどんな顔をして食べるかなって楽しみで、毎回違うものを作っているよ」とボランティアの方々は一様にリラックスした様子で話してくれました。

 

気負いのない大人たちと高校生がぴっかりカフェで出会うことは、高校生と支援者にとってこの場が必要であるように、やがて緩やかに地域の人たちにとっても必要な場所になっていくのかもしれません。

 

 

松田さんがなりたい理想のおじさん像の一人という「バカボンのパパ」!美術の先生がコラージュした作品が廊下でお出迎え。様々な科目、学年の先生方がふらりとぴっかりカフェや司書室に立ち寄る姿が印象的だった

 

 

放課後の時間が近づいてきました。石井さんはそっと本棚の上にあるスピーカーから音楽を流します。

机の上にはカードゲームやウクレレがさりげなく置かれます。

ここには、何かを与えようという気配が一切ありません。ただ「ある」ので、興味があれば手に取るでしょう、手にとって知りたければ近くにいる人に聞くでしょう。

 

高校生が抱える様々な悩みやSOSは、そう容易にまっすぐに誰かに伝えられるものではありません。でも、誰かにふと話せるきっかけがあるのと、ないのとではその後の人生が変わると言っていいくらい大きなことです。自分が抱えてきたものを誰かに打ち明ける、そして受け入れられるという体験をすること。そして、それができるかもしれないと生徒たちが思えるようになるには、長く広い視野で作られる場所と「きっかけ」や「空気」が必要だと思います。

 

ぴっかり図書館は松田さんにより、古今東西、本の魅力、本にまつわる文化の力がしなやかに引き出されている場所です。そこに、図書館が持つ、知識を得、教養を高め、生活を豊かにする、誰にでも開かれた文化の発信拠点という役割を活かして、週に一度、音楽、食、人さまざまな文化をとりこんだぴっかりカフェがオープンすることは、図書館は自分には関係のない場所と思い込みがちな生徒たちへも、図書館が、その先に広がる世界への扉として開かれていて、その恵みを誰しもが味わうことができる場所であることを改めて伝えるインパクトを示しています。

 

今まで自分には関係がないと思っていた場所にも自分の居場所があったという体験、そして、関係のないと思っていたものの気配を身近に感じてみる経験は、きっと心のどこかに自信や安心を与えてくれるものだと思います。

 

カフェに来たばかりのころは、周りのことを考えずに騒いでいたグループがあった。そんな彼らが、徐々に周囲と調和してカフェを利用するようになり、図書館に毎日来るようになっていった。卒業式の日、松田さんのところへ花を一本ずつ持ってきたそうだ。「造花にしたのは、枯れない感謝の気持ちを伝えたかったから」という言葉を添えて

 

生徒たちに文化を自らが手にする楽しみを知って欲しいというぴっかり図書館で感じられる願いは、同時にぴっかりカフェにおいても大事な要素です。

 

図書館前の廊下や、生徒も自由に出入りできる松田さんの司書室には、映画のチラシがたくさん貼られています。最初は映画が大好きという松田さんが自分で映画を観に行ったときに持ってきたものを貼っていたそうです。けれどある時、一人の生徒が「私ももらってきたから貼ってもいい?」と大事にチラシを抱えてきました。松田さんは「とても嬉しかった。彼女が映画に興味を持ってくれただけでなく、自分にもそういう発信ができるって気づいてくれたことが」とそのときのことを振り返ります。

 

そんな体験の積み重ねが子どもたちの人生をきっと豊かにしていくとぴっかり図書館とぴっかりカフェの大人たちは信じて、決して押し付けない、けれどふと気づいたら手に取れる距離に数え切れないカルチャーをちりばめています。

 

ボランティアの山登和子さんはぴっかりカフェの「文化のシャワー」というコンセプトを聞いて、少しでも日本文化を感じてもらえたらと、いつも着物で来ます。それを見ていた生徒たちから「卒業前に着付けを教えて欲しい!」という声があがり、司書室で「着付け教室」が開かれました(写真提供 NPO法人パノラマ)

 

 

私がぴっかりカフェを訪れた日は、3年生にとっては在校中最後のぴっかりカフェオープンの日でした。最後の日ということでどのような思いがあるのか石井さんに尋ねました。

「僕たちは『卒業』を区切りにして活動をしていないので、正直、今日に特別な感慨はありません。卒業した後も続けられる支援を目指して、むしろ、ここからが僕たちの活動の勝負だと思います。ぴっかりカフェはこれから先も、ここに来ていた子たちが「必要なとき」、「困ったとき」に来てもらえる場所です。『ゆるく、ながく』をモットーにした付き合いでありたいです」(石井さん)

 

教員という立場には、どうしても「3年間」という区切りがあります。けれども、生徒にとっては、卒業後にも多くの困難や試練はあります。私が教員をしていたときのジレンマは、気持ちのうえでは卒業後も彼らのことを思っていても、卒業後の子どもたちへの具体的な支援までは手が回らないということでした。

特に、卒業後に社会へ出ていく生徒たちにとっては、困った時に戻れる場所、相談できる場所や人との関係が継続してあるということはどんなにか意味があることでしょう。

石井さんの言葉に、今ある居場所としての機能だけでなく、これからもそこに居場所としてあり続ける、教員と生徒という関わりだけでは補いきれない、継続可能で長期的な支援というぴっかりカフェの背負う大きな使命を知りました。

 

生徒を見つめる大人の眼差しと、大人を見つめる生徒の眼差し。その交流にあるかけがえのないぬくもり

 

「生徒を第一に」、その一念から発展し続けている「ぴっかりカフェ」。社会の中で高校生の抱える困難や困窮は見過ごされがちかもしれません。彼らが高校を去る前に、もしくは社会へ出る前に、その高校生の持つ困難に気づき、寄り添う大人がいて、そこに「ぴっかり」と光を灯す、一人ひとりが持っている「ぴっかり」と輝く命を見過ごさないという覚悟をここで見ました。「目指すものがあって作っている場所ではなくて、必要なものを集う人たちが持ち寄って、作り、広がってきた」とぴっかりカフェの支援について石井さんは言います。大人と、そして未来を担う若者と、それぞれの思いの中でこの場所で出会い、一人の人生にとって、やがては社会にとってもより豊かなこれからを築いていくことができる。そんな予感に満ちた場所が地元である青葉区にあることを知り、私は今、胸が奮い立つ思いです。

 

 

Information

<第二回予防支援に於ける成果指標作成委員会シンポジウム>

2018年3月10日(土)14:00-17:00

場所:横浜市立大学金沢八景キャンパス ビデオホール

詳細はFBイベントページをご覧ください。
https://www.facebook.com/events/2036234763287595/

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神奈川県立田奈高等学校

住所:神奈川県横浜市青葉区桂台2-39-2

TEL:045-962-3135

HP: http://www.tana-h.pen-kanagawa.ed.jp/

NPO法人パノラマ

HP: http://npo-panorama.com/

Facebookページ:https://www.facebook.com/npo.panorama2015/

 

南部 聡子
この記事を書いた人
南部聡子ライター
富士山麓、朝霧高原で生まれ、横浜市青葉区で育つ。劇場と古典文学に憧れ、役者と高校教師の二足の草鞋を経て、高校生の感性に痺れ教師に。退職後、地域に根ざして暮らす楽しさ、四季折々の寺家のふるさと村の風景を子どもと歩く時間に魅了されている。森ノオト屈指の書き手で、精力的に取材を展開。
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