新しくて懐しい、手前醤油を仲間とつくる。753プロジェクト 大谷浩之介さん
「醤油しぼりをやるので見学に来てください」。JR横浜線の中山にお住いの・大谷浩之介さんから案内をもらって向かった、にいはる里山交流センターで、私は初めて、醤油の「搾り師」という仕事があることを知りました。しかも、搾り師になろうとしている人が身近にいるなんて……!

にいはる里山交流センターでは4回目となる「手づくりしょうゆ しぼり作業」の見学会が行われたのは、2月の19、20、21日の3日間。

 

醤油づくりを主催するのは、753の虹色醤油プロジェクトといって、JR横浜線と地下鉄グリーンラインの中山駅から徒歩10分、753(ナナゴーサン)というカフェ兼ショップ兼ギャラリーで、企画運営に関わる、大谷浩之介さん・春江さん夫妻と、シェフの辻一毅さんとライターの志賀久美子さんを中心とした、醤油づくりのセミプロ集団です。

 

私が訪ねた20日には、辻さんの奥さんの、記子さんと志賀さんが立ち上げた青空自主保育「森っ子」のメンバーの樽と、753の2つの樽の搾り作業をする日でした。

 

中山での開催は通算7回目となる醤油づくり。にいはるで行うようになって、一般の来場者も楽しめる見学会のスタイルになった。お昼頃にはたくさんの人が群がって賑わう

搾りたての醤油は、新鮮で後味じんわり甘く美味い。思わず刺身が欲しくなる!

 

醤油づくりには、大きく分けて「仕込み」と「管理」と「しぼり」の3つの工程があります。国産大豆を使った糀と、天然の塩、そして地元の水を使って、3月ごろにみんなで仕込んだ樽を持ちより、それぞれのグループで育てたもろみを、しぼってお醤油にします。味噌づくりもそうですが、発酵食品の面白さは、同じ時に同じ材料を使って仕込んでも管理の仕方によって出来上がりが違うことです。「出来上がった醤油 は、手入れの仕方の結果。醤油しぼりは、自分たちの暮らしを見つめ直す日でもあるんです」と大谷さん。

 

もろみをお湯で溶いて濃度を見極めたら、しぼり袋に注ぎ、木でできた箱(”ふね”と呼ぶ)を通してひたすら濾過する。単純作業の繰り返しだが、なかなかに忍耐のいる仕事。これを3日間やるとさすがにクタクタになるとか

 

大谷さん夫妻が醤油づくりに目覚めたのは11年前。長野市にお住まいの、醤油搾り師、岩崎洋三(ようぞう)さんとの出会いから始まります。

 

「最初は好奇心ですよね。醤油って自分でつくれ るんだ!という単純な。たまたま友人から情報を聞いて、岩崎さんの醤油搾りを体験させてもらった時に、集まった人々がとても面白い人たちで、そのコミュニティの感じがすごく良かったんです。そして何より醤油が美味しい。それで、毎年長野に通うことになるんですが、しばらくして岩崎さんが寺田本家(千葉県にある自然酒の蔵元)で、搾りをするタイミングに合わせて、横浜にも来てもらったんですね。そしたら、それが定番になって毎年来てもらうようになりました」

 

ちゃっかり楽をしています、といたずらっ子のように話す大谷さん。しかし、つくり方だけならばネットでなんでも調べられる時代に、人について10年以上も醤油づくりを継続するのはなかなかできることではないですよね。

 

黙々と作業をする岩崎さん。濃い味噌汁のような味のもろみを、澄んだ醤油に変える。「搾り師は魔法使いなの」 (岩崎さん)

岩崎さんの醤油づくりは、昔ながらの伝統的なやり方ではなく、独自の研究による、誰もが暮らしの中で無理なくできる、実は新しいやり方。もともとは、岩崎さんの師に当たる、萩原忠重さん という方が考えたものです。通常のつくり方だと、もろみを2年くらい寝かせるところ、1年サイクルでも美味しい醤油が出来上がります。

 

「ただ醤油をしぼるだけで終わらずに、大豆の自給率、日本の農業や環境の問題と政治の関わりまで考えてほしい、安心安全は自分たちでつくるものなんだよ」と語る岩崎さん。脱脂大豆ではなく丸大豆を使うなど、ものづくりに真摯に向かう岩崎さんの、一連の作業を支える本質的な部分は、大谷さんにも、しっかり受け継がれているようです。

 


搾った醤油は、生醤油としてそのまま使うものを少し取り分けて、残りは殺菌と、発酵を止めるために、88度まで火入れをしてから瓶に詰める。搾り袋に残ったカスも料理の味つけなどに使える

 

 

「僕らは無理をしたくない。醤油をつくることを目的にはしていないんです。美味しい、そして仲間がいて楽しい、コミュニティがあるから続いています。始めた当初は、醤油としての正解の味を求めて、どこか力が入っていたけど、どうつくっても結構美味しくて。普段の暮らしの結果を、ただ受け止めればいいんだという風に、肩の力が抜けていきました」 と大谷さん。

 

実際、醤油搾りの会場には、なんともいえない平和で牧歌的な雰囲気が漂っていて、毎年集まるメンバーたちは、技術だけでなく絆を深めていて、どっしり構えている、余裕のようなものを感じました。当日作業だけを手伝う醤油作りのサポーターの中には、私が知っている顔も混じっていて、そこからまた辿ると間接的に知っている人の名がたくさん出てきたりと、醤油づくりのコミュニティは想 った以上に豊かな生態系を育んでいるのでした。

かつて、村ごと、集落ごとに仕込んでいたというお醤油づくりが、現代の横浜に、新しい生活文化として根付きつつある。そのことに爽やかな感動を覚えた私です。

 

後日改めて訪ねた753カフェで、新たな繋がりが発生する現場に遭遇! 左から大谷さん、春江さん、初訪問なのにこの場に馴染んで弾けるお客さん。カフェの奥に入っているお花屋さんと、たまたま来ていた設備屋さん、月島から定期的にやってくるセラピストさん、シェフの辻さん

 

古民家を改装した753カフェは、”菌カフェ”と称して、醤油だけではなく、広く発酵食品を取り入れたメニューを展開し、毎月第3日曜には753市を開催しています。手しごと作家や料理研究家、セラピストなど、表現したい人と、地域内外からのお客さんが行き交う、交差点のような場となっています。大谷さんは、ここから徒歩1分もかからない、近所に空き家を見つけ、夫婦2人で住むには広すぎるからと、シェアハウスを始めました。ここも、人が集まる場となっていて、醤油搾りの時には岩崎さんも交えて毎晩宴会だったそう。私も来年は醤油づくりに参加したいと思いましたが、 醤油を一度に仕込める分量には限りがあるので、サポーターの空きもそんなにない様子。でも、大谷さんが搾り師として活動を始めたら、うちにも来てくださいと、周辺地域から案外たくさん引きあいがあるのではないかと思いました。

 

搾り師の三種の神器と言っても良い「ふね」。3年前に、そろそろいいんじゃない?と岩崎さんからふねの設計図をもらったという大谷さん。「自分のふねをつくって、搾り師として独立できるのですが、なるなると言って先延ばしにしてきました(笑)」

 

大谷さんは、現在、横浜コミュニティデザイン・ラボで働いています。私と大谷さんとの出会いのきっかけは、昨年の10月頃、ラボ主催で、おうちエネルギーワークショップをするための打ち合わせでした。

 

大学時代は、演劇や古典芸能の研究をしていたという大谷さん、社会教育に関わる仕事から、昨年、縁あって能に関わる仕事に転職し、これからは古典芸能の世界でいくぞとはりきっていました。しかし、一つ大きな仕事を終えたところで、突然解雇されて途方にくれます。その後、また縁あって、夏頃から横浜コミュニティデザイン・ラボで働くことが決まりましたが、昨年はとにかく波乱の年だったそう。

 

今年に入ってようやく落ち着いてきて、そろそろ本当に自分のふねをつくろうかと準備し始めた大谷さん。今は、醤油搾りのために仕事を休んでいるそうですが、「醤油搾りで、まさにコミュニティデザインしているんだから、むしろ仕事だよね!」と、言う春江さんの指摘に深く同意する私でした。醤油づくりも、お能と同じく、これからの世代にも引き継いでいきたい伝統文化の一つです。醤油搾り師のいるまち、緑区中山は、これからますます面白くなりそうです。

 

最後、水できれいに洗って干された搾り袋。年季の入った、いい色に染まっています

 

Information

753cafe/shop/gallary  : http://cafe753.wixsite.com/753cafe

青空自主保育森っ子 http://midorimorikko.blog15.fc2.com/

横浜コミュニティデザイン・ラボ http://yokohamalab.jp/

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この記事を書いた人
梅原昭子コミュニティデザイン事業部マネージャー/ライター
引き算の編集が好きです。できないこと、やりたくないことが多過ぎて消去法で生きています。徒歩半径2キロ圏内くらいでほぼ満ち足りる暮らしへの憧れと、地球上の面白い所どこでもぶらりと行ける軽さとに憧れます。人間よりも植物や動物など異種から好かれる方が格上と思っている節があります。
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