暮らしに飾りたい絵画  画家・韓美華さんを訪ねて
韓美華さんは、横浜市青葉区に在住の画家です。2016年にもえぎ野にあるカフェ・ギャラリーリンデンで個展を開いたことをきっかけに、地元青葉区でも多くのファンを持つ美華さん。今、二人の小学生の母として、画家として、凛と立つ彼女の絵画に会ってきました。

「今やっと、色々描いていても、最後に画面に残るのは希望なのかもしれない、と言えるようになりました」。インタビューの最後に韓美華(はん みふぁ)さんは言いました。

 

今年の2月に美華さんは銀座の画廊香月で「月下の果実会2018」というグループ展に出展していました。その日、私は朝からそわそわと、娘をいつもより急かしながら幼稚園バスに乗せた足でバスに乗り、電車を乗り継ぎ銀座の画廊へ向かいました。

 

美華さんとは息子が幼稚園の同級生同士という出会いでした。美華さんが画家だということを知ったのは、SNSで繋がりができたことからでした。パソコンの画面で初めて美華さんの絵を見て、今まで知っていたママとしての顔の向こう側にこんな世界が広がっていたなんて……と釘付けになりました。

 

そしてなにより、その絵が好きだなと思いました。水中に飛び込むように、画面の中の絵にしばし飛び込んだような感覚で時間を忘れました。

 

 

銀座の築80年という「奥野ビル」の一室が画廊香月でした。画廊のオーナー香月人美さんは、美華さんの絵を「静かだけれど、とても強い」と評価していて、福岡市でエグゼクティブディレクターを務めた2016年のART FAIR ASIAへも美華さんに出展するように声をかけたそう

 

白壁に並ぶ様々な大きさのキャンバスに描かれた絵を目の当たりにすると、パソコンの画面で見ていたときの抽象画のような印象とは異なり、美華さんが見た景色がそのままに写し取られているような感覚がしました。

 

トップの写真で美華さんと並んだ『ノイズ』という絵は特に印象的でした。キャンバスの白地の部分がざらざらとしているのです。シェルマチエールという牡蠣の貝殻を細かく砕いた顔料を下地として塗っているそうです。そうすることで絵に独特な肌感を作り上げています。ノイズといっても、絵から感じられるのは不快な音ではなく、なんだか心地良くもあります。暮らしの中で聞こえて来る音、自然の音、子どもたちの声、絵と向き合っている時間に美華さんを取り巻く音たちなのでしょうか。

 

後から来たお客さんが美華さんの「月あかりに」という絵の前で随分長い時間立ち止まっていた

 

青葉区もえぎ野にあるカフェ・ギャラリーリンデンのオーナーである近藤典子さんから美華さんを紹介されたことが香月さんとの出会いだそうです。個展を開く機会が続いていくようになった現在を「私は運が良くて、出会いに恵まれています」と美華さんは控えめに言います。

 

美華さんの絵に秘められた力が人を惹きつけて止まず、出会いを運んで来るのだと、絵の前に立つと思います。

 

画廊のある奥野ビルのエレベーター。居合わせたお客さんや香月さん、美華さんと作品に囲まれた空間で、絵について話していると、初対面の各々がいつのまにか普段話さないような深い話までしていたという不思議な時を経て、画廊を後にした

 

後日、改めて、美華さんのお宅にお邪魔して、美華さん自身と作品について、お話を聞きました。陽の差し込むマンションのダイニングテーブルの横にワゴンがありました。そこには、美華さんが普段使っている道具があって、思いの外コンパクトでした。

 

「アクリル絵の具で、最近は色も黒とか灰色とか限られた色を使っているので、そんなに道具がいらなくて。家事や育児の合間の時間で集中して取り組むにはこのスタイルが今はちょうど良いのだと思います」と美華さん。現在、小学校5年生と1年生のお子さんがいます。

 

子どもたちと夏休みに行った海の記憶で描いたという作品『海のひびき』や、『ノイズ』など、音がタイトルに入っているものも印象的。絵から音が聞こえて来るというのは不思議だが、絵の前に立っていると、海のひびきや、ノイズが聞こえて来るようだ

 

美華さんは埼玉県川口市で幼少期を過ごしました。「近くにあるのは原っぱばかり、遊びというとお絵描きをしていた」という美華さん。絵が大好きだった美華さんは、お母さんが集めていた画集をよく眺めていました。「特に好んで見たのはレンブラントやジョルジュ・ラトゥールというバロック時代の画家達の絵でした。まるで本物のような人の肌の感じ、差し込む光、コインの輝きなどに心を奪われていました」(美華さん)

 

時には絵を描いている美華さんの横で、子どもたちも一緒にお絵描きをしたりしているそうで、大きな紙いっぱいに墨で描いた絵が飾られていました

 

小学校は美術部に所属していましたが、中学校、高校時代は学校に美術部がなく、高校では管弦楽部に所属し、朝鮮半島の民族楽器である「ソヘグム」という弦楽器を担当していました。美華さんはこのとき、みんなで一つの音楽をつくりあげる合奏の魅力を感じながら部活に明け暮れていたと振り返ります。

 

美華さんの絵画の中に、音や音楽を感じるのはこの時代があったからなのでしょうか。表現には、人生の様々な経験が織り込まれていくものなのかもしれません。

 

そんな美華さんの分岐点となったのは大学で美術科へ入学したことでした。美術科への進学は、進路に迷ったときのお母様からの「あなたは、絵を描くことがとても好きだったわね」という一言にふと背中を押されたことがきっかけでした。

 

「大学では、絵画の基礎となるデッサンや、ものの見方、美術についての哲学的な考えなどを学んだことが印象に残っています」という美華さん。卒業後は一旦は就職をしますが、大学の先生からは絵を続けることを勧められます。そして働きながら東京の上野にある美術研究所へ通いました。研究所ではテンペラ画という古典技法をメインに学びました。テンペラ画は卵黄と顔料を混ぜ合わせた絵の具で描かれます。下地には平滑な板に石膏を何層にも塗布し、瑪瑙(めのう)という鉱石で磨き上げたものを使うそうです。この美術研究所の有森正先生から言われた「人の目に晒された絵は成長することができる。どんなに素晴らしい絵があっても、人の目に映らなければ残念なことだ」という言葉が今でも美華さんを支え、絵を描くだけに留めず、出展していくことを心がけているそうです。

 

美華さんのパレット。20代、美華さんは画家を志していた友人を失ったことや、自分自身の絵画への思いなどの間で悶々と苦しみ、絵が描けないと思った時期もあったそうです。描けないと悩んだ時間も絵画の魂を強く支えているようにお話を聞いて思いました

20代半ばで結婚し、30歳で長女を出産します。子育てに追われる日々を送りますが、上の子が2歳になった頃、美華さんは「そうだ!私は絵を描きたかったのだ」とはっきりと、熱烈に思ったそうです。「子育て前のように、自分の趣味や遊びなどにかける時間がなくなり、生活がシンプルになった分、本当に自分がしたいことが見えたのかもしれません」(美華さん)

 

そう思い立った美華さんは、夜は子どもと共に就寝し、朝の4時から7時までを自分の絵を描く時間にしました。そして、その年には、個展を開きました。

 

育児と創作活動の両立をする美華さんを勇気付けてくれた造形作家がいます。2008年に雑誌でたまたま作品を見て、心を奪われたという造形作家、オオタケ・トミエです。ブラジルで最も愛された画家と言われるオオタケ・トミエは、23歳で日本からブラジルに渡り、結婚後、育児や家事に没頭する日々を経て、39歳で絵を描き始めます。

 

「作品を観て、凄く好きになり調べてみると、専業主婦から作家へ、そして子育てをしながら創作を続けていくという偶然の共通点がありました。作品からも生き方からもエネルギーをもらっています」(美華さん)

 

 

実家の愛犬が亡くなった時に描いた。人と動物の寿命の長さの違いを痛切に感じながら描いたそう

子育てをしながら絵を描くことは、美華さんの絵に多くの影響を与えています。はっきりとした変化は、油絵からアクリル画になったことです。揮発性で匂いの強い油絵の具は使わなくなりました。また、隙間時間で最大限に取り組みたいという思いから、使う色をしぼるようになり、白黒に近い絵になりました。「他に何もなくても、紙と墨さえあれば絵は描けるということに気づけたことは大きく、それまで色を使っていた私のささやかなチャレンジでもありました」と美華さん。

 

SNSを通じて、海外からも作品をぜひ欲しいと声をかけられることがあります。この写真はニューヨーク在住の女性が美華さんの絵を購入し、「お部屋に飾りました」と送ってくれた一枚(写真提供:韓美華さん)

 

ときには、家事や育児と創作活動とのバランスでふと立ち止まりそうな時もあります。そんなとき、写真家普後均がフライパンをモノクロで撮った「Flying Frying Pan」という写真集を思い出します。「どこにでもある一つのフライパンが、まるで月のクレーターや、細胞のように見えたり、様々な表現としてそこにあります。身近なものを被写体として、豊かなイメージを作り上げる作品や生き方から、多くの可能性を感じさせてもらいました」(美華さん)

 

「空いている時間に、練習も兼ねてデッサンをしています」と見せてくれたスケッチブック。ちょうど買い物をしてきたエリンギをモチーフに……

 

「子どもと過ごしていると、お母さんは『待っている』時間が多いと思います。公園で日が暮れてきて『そろそろ帰ろうよ』と声をかけてもなかなかその場から動かない子ども。それを待ちながら、ふと見上げると、日が落ちた空の色に木の梢が立体的なものから二次元的になっていく変化を見つけたり、季節の虫が鳴き始めていることに気がついたり出来ます。子どもといると、一人でいると見過ごしてしまうものをゆっくりと見たり、聞いたりすることが出来るようになりました。そして、どこか特別な場所へ出かけなくても、日常の中で、自分の五感で感じたことを絵に描けるのだと教えてもらいました」(美華さん)

 

今、美華さんは下の子どもが小学生になり、一人で過ごし、創作に取り組む時間が再び多くなりました。それに合わせるように、次々と個展やグループ展への誘いも舞い込み、より多くの人が美華さんの絵と出会う機会が増えてきました。

 

森ノオトでもおなじみのママユニット「きのしたや」の木村典子さん宅に飾られた美華さんの絵。昨年、住み慣れた青葉区から引っ越した典子さんは、引っ越す前にこの絵をギャラリーで見たとき、赤色が印象的で、しばらく絵の前からうごけなかったそう(写真提供:木村典子さん)

 

「私の描く絵は、見る人の鏡になれたらよいです」と美華さんは言います。

美華さんの絵を前にして、動けなくなる人がいるのは、絵の中に自分を見つけているからかもしれません。遠い記憶や、忘れかけていた感覚を辿り始めるからかもしれません。

 

この春、青葉区のカフェ・ギャラリーリンデンで美華さんの作品を見ることができます。そのグループ展では、私が昨年、美華さんに教えてもらい取材した町田のアトリエ・アルケミストの主宰、佐藤由樹子先生も出展するそうです。取材では先生として出会った由樹子さんの作品を見られることは、胸が高鳴ります。

 

今自分のいる場所の全てを受け入れながら、その場所で自らの感覚を研ぎ澄まし描かれる美華さんの絵に、地元のギャラリーで会えることはとても楽しみです。そして、絵を前にしたとき自分の中に湧き上がる感覚はいったいどんなものなのでしょうか。ぜひ、この春、カフェ・ギャラリーリンデンで絵画と向き合うひと時を味わってみてはいかがでしょう。どのような絵が今の自分の心を捉えるのか、とても楽しみです。

Information

韓美華Facebook

https://www.facebook.com/miwha.han.3

 

作品取り扱いギャラリー

「artgallerycloset」

http://www.gallery-closet.jp/

 

<今後の予定>

  • 「アルケミスト4人展」

2018年4月25日(水)〜5月4日(金)

場所:カフェ・ギャラリーリンデン(横浜市青葉区もえぎ野22-25)

  • 「韓美華+杉本羽衣2人展」

2018年9月2日(日)〜9月23日(日)

場所:あーとらんどギャラリー(香川県丸亀市浜町4)

  • 「安井ちさと+平松宇造+韓美華3人展」

2018年11月予定

場所:pace around(長野県北佐久郡御代田町塩野400-158)

  • 韓美華 個展

2018年後半予定

場所:フクロウ座(神奈川県相模原市中央区矢部3-1-8)

南部 聡子
この記事を書いた人
南部聡子ライター
富士山麓、朝霧高原で生まれ、横浜市青葉区で育つ。劇場と古典文学に憧れ、役者と高校教師の二足の草鞋を経て、高校生の感性に痺れ教師に。退職後、地域に根ざして暮らす楽しさ、四季折々の寺家のふるさと村の風景を子どもと歩く時間に魅了されている。森ノオト屈指の書き手で、精力的に取材を展開。
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