絵本には”好き”がいっぱい。『うたこさん』の絵本作家・植垣歩子さん
台所道具とおばあさんの一日を描いた絵本『うたこさん』を知っていますか? おさらくんにおわんさん、どなべじいさん……台所道具の老いも若きもいきいきと描かれ、私と息子のお気に入りの一冊です。この本を手がけた横浜市港北区在住の絵本作家、植垣歩子さんに会いに行ってきました。

「うたこさん」はお料理上手のおばあさん。食器や道具たちと大の仲良しです。ある日、うたこさんがお昼になっても台所に姿を見せず、心配した台所のみんなは……。

 

『うたこさん』に登場するのは、お調子者の「ふきんさん」だったり、ひげをたくわえた「どなべじいさん」だったり、編み物好きの「うめぼしつぼばあさん」がいたり。台所道具たちが、味のあるキャラクターとして丁寧に、愛らしく描かれています。ほのぼのとしたお話で、くよくよしたり、プリプリした日でも、この絵本を開くたび、気持ちがほんわかと温まるのです。

 

幾度となくページを開いたわが家の『うたこさん』(2011年、佼成出版社)

 

細部にわたって描きこまれた「おうち」の感じもまた、この本の魅力です。ピンク色の台所のタイルから瓶や缶詰の絵柄、炊飯器の花柄模様まで、一つひとつがかわいらしく、懐かしさを覚えます。スケールではなく「はかりさん」、ケトルではなく「やかんさん」なのです。

 

どんな方がこの本を描かれたんだろうと想像を膨らませながら、私はすっかり『うたこさん』と作家の植垣歩子さんのファンになっていました。

 

『うたこさん』に出会った「ともだち書店」(横浜市港北区)で、植垣歩子さんとも偶然出会い、横浜市港北区にある植垣さんの仕事場でもある自宅を訪ねました。

 

絵本作家の植垣歩子さん。2人の男の子を育てるお母さん。透明感がありチャーミングな笑顔が印象的

 

どんなふうに、『うたこさん』は生まれたのでしょう。

 

「小さいころから台所が好きで。母は専業主婦だったので一緒にクッキーを焼いたり白玉団子を作ったり。幸せな記憶のある空間ですね。古いものや食器も好きで。リサイクルショップで惹かれるものがあると、買ってきちゃうんです。そんな台所の食器たちを日々見ていて、女の子に見えたり、男の子に見えたりしたんですよね」

 

好きなこと、身近なものを描くことを大切にしたいと話す植垣さんにとって、『うたこさん』は何の無理もなく生まれた話なんだそう。

 

あちこちに本棚があり、かわいらしいものたちが並ぶ植垣さんの家

 

小さいころから絵を描くのが好きだった植垣さん。出版社の絵本コンペで大賞を受賞し、12 歳のときに受賞作『いねむりおでこのこうえん』(1991年、小峰書店)が出版されます。「将来は絵本作家になる」と無邪気に信じていた、と振り返ります。

 

高校、大学と絵本からいったん離れ、大学時代の専攻に選んだのは日本画。100号、150号という背丈を超えるほどの大きさのキャンバスに向き合っていました。かわいらしさのある今の作風とは似ても似つかない、恐い、気持ち悪い、そんな印象の絵を描いていたそうです。

 

再び絵本の道に導いてくれたのは、介護の仕事でした。

 

大学を卒業後、絵を描くかたわら介護の仕事に就くことに。「認知症の方が多い施設でしたが、それでもなお、その方のそれまでの暮らしが垣間見えるんです。洗面台の水しぶきをきちんとふいたり、お風呂上がりに口紅をさすと喜ばれたり。人間て不思議だなぁと感じました。いろんなものを背負って生きるお年寄りに魅せられたんです」

 

左端が12歳のときに出版された著書『いねむりおでこのこうえん』。『ひげじいさん』は20代の1作目。そのほか、数ある蔵書の中から大好きな絵本の一部

 

それから植垣さんはお年寄りを絵本で描きたいと、絵本の世界に進んでいきます。介護の仕事を退職後に、たくさんのお年寄りを描いた『6人の老人と暮らす男の子』が、ピンポイント絵本コンペで優秀賞に選ばれます。受賞作の展示が、さまざまな編集者との出会いにつながっていきました。

 

『ひげじいさん』(2003年、福音館書店、まいえかずお=文、植垣歩子=絵)は、20代になってからの1作目です。「もう、描くのがうれしくてうれしくて。締め切りよりずっと前に仕上がったんです。毎日、この作品を描くのが楽しみで」と植垣さん。

 

そして、『すみれおばあちゃんのひみつ』(2008年、偕成社)『おじいさんのいえ』(2010年、同)、『うたこさん』など、お年寄りを描いた作品を生み出していきます。植垣さんが表現するおじいちゃんやおばあちゃんは、柔らかな雰囲気の絵の中に、それぞれの人柄がにじみ出ていて、こんなふうに年を重ねたいなぁと感じる優しさや温かさがあるのです。

 

左が『すみれおばあちゃんのひみつ』、右は『アリゲール デパートではたらく』。お話の楽しさはもちろん、絵を眺めているだけでも気持ちが和む

 

好きなもの。植垣さんの絵本には、それがつまっています。

 

動物のお話も、とってもいいです。『アリゲール デパートではたらく』(2013年、ブロンズ新社)の主人公は、ワニのアリゲール。ひょんなことからデパートで働くことに。でも、どこの売り場でもやらかしてしまいます。老舗百貨店を取材して細やかに描かれたデパートは、どこか懐かしかったり、今どきでもあったり。私はこの絵本を読んでいると、昔大好きだったデパートでの楽しい思い出がよみがえります。絵本のあちこちに描かれた人間模様もまたリアルで、それぞれの暮らしが垣間見えるようです。

 

細かいもの、お店、ワニ、デパート、お店で働くこと。『アリゲール デパートではたらく』は植垣さんの好きなことが集まった一冊なんだそう

 

幸せな子ども時代を送ったという植垣さん。「幸せだったときのことは、大人になっても忘れないです。大人になるといろんなつらいこともありますけど、子どものときの幸せな記憶が支えになりました。絵本は幸せな気持ちを思い出させてくれるものです」と絵本の魅力を語ります。

 

今は、4歳と1歳の2人の男の子を育てるお母さんでもあります。「子どもが生まれる前から持っていた絵本を、子どもと一緒に読み返すとまたいいんですよ。子どもと読むと新しい発見があって。子どもの目線になって童心に戻って絵本を読むことができるんですよね」

 

「赤ちゃんと一緒に暮らしていると、あれ描きたいな、これ描きたいな、といっぱいになる」と話し、幸せに暮らす赤ちゃんの生活をいつか描いてみたいそう

 

「子どもができたことは、私にとってかなり“事件”でしたね。守ってもらう側から守る側になったんだなと。ある日の夕方、はっと気が付いたんです。暖かくして、迎え入れる側になったんだなって」と振り返ります。

 

「以前は”丁寧な暮らし”なんて言っていたんですけど、子どもが2人いると、生活は一変して。今は、けがせず一日を終えられたら、それで十分だと思っています。明日のことを考える暇はないですから、今日に集中して。全然できてないことばかりなんですけど、でも、一つでも子どもに何かをしてあげられたらいいんじゃないかな、っていう気持ちでいます」

 

植垣さんが、私と同じように小さな子どもを育てるお母さんであり、「今日」に集中する日々を重ねながら絵本を生み出しているのだと思うと、ますます植垣さんの絵本を大切に読んでいきたいと思ったのです。そして、子どもとの暮らしのなかで、どんな作品を描いていくのか、これからも楽しみに待ちたいです。

Information

「こどもの本のみせ ともだち」(ともだち書店)

住所:横浜市港北区日吉本町2-44-10

電話:045-561-5815

営業時間:平日11:00~17:00、土曜13:00~17:00、日曜・祝日休

http://tomodachi.d.dooo.jp/

梶田 亜由美
この記事を書いた人
梶田亜由美ライター/スタッフ
2016年から森ノオト事務局に加わり、AppliQuéの立ち上げに携わる。産休、育休を経て復帰し、森ノオトやAppliQuéの広報、編集業務を担当。富山出身の元新聞記者で、ぼーっとしているようで一点突破力がある。素朴な自然と本のある場所が好き。一男一女の母。
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