外国人在住者と子育て 都筑区在住・久我ルジダさん
言語や文化が異なる2人が夫婦になる、いわゆる「国際結婚」。厚生労働省の2016年の国内の人口動態調査によると、夫婦の一方が外国籍の婚姻は2万1,180組で、婚姻総件数の29組に1組が国際結婚です。今回は、タイ出身で日本人男性と結婚した久我ルジダさん(都筑区在住)の日本での子育て体験をお伝えします。(文・写真/NPO法人Sharing Caring Culture 代表理事 三坂慶子)
※このシリーズでは、「子どもを育てる」現場の専門家の声を、毎月リレー方式でお送りしていきます。

一枚のチラシから地域活動へ

私がルジダさん(以後通称「イブ」)に出会ったのは、忘れもしない2014年9月25日。立ち上げたばかりの任意団体Sharing Caring CULTUREで、外国人親子と英語でクラフトを楽しむ親子交流会をアートフォーラムあざみ野の子どもの部屋で初めて開催した時でした。

 

参加者募集の英語と日本語のチラシを手に持って、会場まで足を運んでくれたのがイブと2歳のレンちゃんでした。

ちょうど、3歳年上の兄、タイくんが幼稚園へ通っている間の時間を持て余していた頃、チラシを目にして、英語で親子で参加できるならとセンター北からあざみ野まで電車でやってきました。

 

その後も、イブは、レンちゃんと一緒に繰り返し親子交流会に顔を出し、時にはタイや韓国出身の友人親子を誘って参加するようになり、イブのおかげで徐々に外国人親子が集まる場になりました。

 

ある日、タイのカレーを作るからと自宅に招いていただき、手作りグリーンカレーを振舞っていただいたところ、あまりのおいしさに思わず私は、作り方を教えてほしいと話を持ちかけました。出会って半年後の2015年3月に〝ルジダさんのタイグリーンカレーというタイトルで企画を開催。3段階の好みの辛さのグループに分かれて実習形式でカレーを作る人気企画になりました。

 

今年の4月に、レンちゃんは小学校に進学。私たちの団体も任意団体からNPO法人として組織化するという変わり目の時でした。これまで世界の家庭料理を作る企画の講師としてイブには何度か講師をお願いしてきましたが、料理講師だけでなく、団体運営にも関わりたいとのことから、NPOの理事に就任。あの一枚のチラシとの出会いがやがてイブを地域活動の担い手へと導くきっかけになるとは、私も彼女も想像がつきませんでした。

2015年当時2歳のレンちゃんとひな祭りをテーマにした英語の親子交流会に参加。イブは、毎回、知人の外国人親子を誘って参加してくれた。

 

イブが料理の企画の講師を務める時は、試食のために事前に自宅で作り方を披露し、イメージをわかりやすく共有してくれる。タイの雰囲気を意識したテーブルコーディネートなど、細やかな配慮も行き届いている。

 

 

36時間に及んだ初めての出産

 

一年中熱帯の気候で育ったイブにとって、四季のある日本の気候は新鮮でしたが、暖房器具を使って冬を過ごすという生活に慣れるまでに時間がかかりました。また、日本語の学習経験が全くなかったので、日本語でのコミュニケーションには不安しかなかったそうです。幸い、夫の両親と二世帯住宅で同居しているため、特に義母との日本語、英語、そしてジェスチャーを交えた会話を重ねながら、少しずつ日本語を覚えていきました。

 

料理上手で毎年、手作りのおせちを作る義母は、和食に限らず、日本の文化のこと、習慣なども教えてくれる大切な存在で、「日本に来て良かったことの一つは、素晴らしい家族に恵まれたこと」と語るイブ。タイの両親には、「自分たちと同じくらい日本の両親を大切にしなさい」と言われているけれども、自然と自分の母親のように義母を尊敬していると言います。2009年に36時間の分娩を経て、長男を出産。故郷を離れての初めての出産体験で不安も多い中、日本の家族の支えを強く感じたそうです。

 

子どもが幼稚園に通うようになってからは、特に日本語でのお便りや連絡事項など、わからないことも多く、義母に頼ることがますます増えたとか。それでも、気持ちよく子どものお世話をしてくれる家族には感謝の気持ちが絶えない、この場を通して伝えてほしいとイブの思いを受け取りました。

子どもたちが小さい頃は、タイへの帰省時にタイの食事が合わないこともあり、子ども用に日本食を持ち込むこともあったそう。今では、タイの両親や家族ともタイ語で話すようになり、少しずつ慣れてきた。

 

自分のルーツを伝え続けること

 

2012年には、レンちゃんを出産、2児の母になりました。活発なイブは、子育てをしながら、私が運営するNPO法人Sharing Caring Cultureの活動のほか、横浜市立小学校の国際理解教室の非常勤講師を務めたり、都筑区の子育て支援拠点ポポラで外国人の子育て相談を担当したり、タイ語、中国語、英語、日本語を使い分けながら地域で活動を広げています。

 

なかでも、タイにつながる子どもを育てている当事者として、子どもの母語教育に関心があり、タイ語の学習支援や母文化を伝える機会をつくりたいと願ってきました。

 

家庭では、子どもたちが生まれた時から、イブの夫や義父母が日本語を話し、イブ自らはタイ語で接してきましたが、特に小学校へ通うようになってからは、イブがタイ語で話しても、子どもたちからは日本語で返答されることが多くなったそうです。日本ではタイ語にふれる機会が少ないため、日本で生まれ育っている自分の子どもたちにどうやって、自分のルーツであるタイ語やタイの文化を伝えていこうかと悩んでいました。

 

週末に2人の子どもたちをタイ語の教室へ通わせましたが、詰め込み型の教え方に違和感があり、子ども自身もやる気を喪失。ならば、自分で教えようと自宅で子どもたちにタイ語を教えてみたものの、親と子の関係では上手くいかないこともあり、「タイにつながる子どもたちを集めて、タイ語・タイ文化支援のクラスを始めたい」と私に相談がありました。

 

私も川崎市立小学校の日本語指導等協力者として、外国につながる児童の学習支援に関わった経験から、子どもたちの日本語指導と平行して母語支援、母文化支援の大切さを知っていたので、イブの提案を喜びました。提案から1カ月を待たず、4歳から9歳までの子どもたち10名がイブのタイ語のクラスに集まりました。

 

初回の授業に私も参加し、印象に残ったのは、日直役の子どもがタイの国歌に併せて国旗を挙げる場面です。タイでは、毎日朝8時と夜6時になると、どこにいても国歌が放送されるそうですが、日本でタイの国歌を聞く機会がほとんどないため、子どもたちは、じっと耳を傾けているだけでした。一方、歌が流れると同席していたタイ人のお母さんたちがすっと立ち上がって、一斉に歌い始めました。タイ語を理解しない私でも、何か深遠な気持ちに包まれる場面でした。

 

また、手で合掌しながら、お辞儀をするタイ語での挨拶の仕方も、自分が男なのか女なのかで言い方が変わること、お辞儀の仕方も、相手が年長者ならば深くするということも、子どもたちと一緒に体を動かしながら、ていねいに伝えていました。世界地図でタイの位置を探して、色ぬりをする作業では、タイの場所がわからない子どもも多く、お母さんたちが子どもたちを手伝う姿も見られました。

 

まだ、クラスを開講して2回目。イブが話すタイ語が分からず、「日本語で話してほしい」という子どももいます。タイ語と手助け的な日本語を交えながら、先日は、ニワトリや馬の鳴き声について、日本語とタイ語では違うことを、メガホンを使ってイブが子どもたちに紹介すると、「やりたい!」と子どもたちが一斉に挙手。タイへ滞在した時のことを思い出したのか、一人の男の子が「タイのニワトリの鳴き声ってほんとうるさいんだよね」と口にしていました。

 

小学校の教諭として私も外国籍児童の担任をしたことがありますが、外国につながる児童がクラスに1人、2人と少数の場合、自分のルーツにつながる文化について、子ども自身が自発的にそのルーツにふれることは稀だったので、タイのニワトリのことを話す子どもの自然な言葉に驚きました。学校とは違い、同じ立場の子どもたちがたくさんいることで、子どもの気持ちも緩んでいるのかもしれません。

イブの提案で2019年9月から始まったタイ語の母語・母文化支援の教室には、タイ人のお母さんたちも見学。子どもの様子を見ながら、必要な時は、手を差し伸べ、お母さんたちがタイ語で教える場面も見られる。

 

 

外国人が地域で主体的に活動できる場を

 

イブに出会うまでは、私は日本在住の外国人は、困りごとを多く抱えていて、苦労が絶えないと大変さばかりに気を取られていました。大変だから「支援」が必要だ、どんなことを「してあげられる」んだろうと考えていました。ところが、イブのような外国人在住者を知り、外国人在住者とはいえ、その人の生活環境によって、抱えている悩みは違うと気づきました。一括りに「外国人支援」という枠で解決できるものではなく、在住歴の長さや個々の状況によって、求められていることは異なる。いつまでもマイノリティの外国人として支援されるのではなく、得意なことを生かして、地域貢献したいと活躍の場を求めている人もいる。ならば、外国人在住者が地域で主体的に活動できる場をつくっていくことが必要ではないかと、団体運営の方向性が固まりました。

 

言葉や文化的な違いから発するコミュニケーションの問題など、異文化で暮らす上で、摩擦は避けられません。それでも、その人が何かの役に立てていると思える活動を地域の人たちとつくり、役割感を感じたり、自己表現感を持てたりするなら、日本での暮らしは、もっと豊かなものになるのではないでしょうか。これからも多種多様な人々がそれぞれの潜在能力を地域で発揮する活動を行うことが私たちのNPOの役目だと考えています。

2019年6月、NPO法人Sharing Caring Culture設立キックオフパーティーを開催した時には、世界で一番長い首都名を持つバンコクのタイ語での名前を早読みするゲームをイブが提案し、子どもも大人も一緒に盛り上がった。

Information

Profile

三坂慶子

NPO法人Sharing Caring Culture 代表理事 / 川崎市立小学校外国語活動講師

幼少期をアメリカで過ごす。現地校に通い、小学校3年生で日本に帰国、公立小学校へ編入。大学院修了後、民間の英会話スクールにて児童英語講師を10年間務めた後、川崎市立小学校教諭となる。出産を機に退職、2014年に任意団体Sharing Caring CULTUREを立ち上げ、日本人と外国人が文化的な活動を通じて交流を深める場をつくる。2019年にNPO法人となり、在住外国人とともに地域づくりを進めることを目的とした活動を展開する。


団体ホームページ:https://sharingscc.wixsite.com/sccjapan

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