森ノニンジャ達 其の弐 –横浜の森に集う未来の忍び衆
横浜市緑区寺山町にある神奈川県立四季の森公園。季節折々の花が咲く園内での散策やジョギングを楽しむ人々が多く見られますが、そんな森を出たところに、不思議な看板が掲げられています。その向こうには何やら動き回る黒い影が……。(森ノオトライター講座修了レポート)

礼節と和の心を養う

 

「四季の森 忍術道場」。その名の通り、忍術を学ぶ道場です。

代表は横浜市緑区に住む池辺政昭さん。幼いころから積み重ねてきた武道の経験を基盤とし、忍術や古武術を通じて日本古来の身体操法と心法を学び、「礼節と和の心を養う」ことを目標に、2004年に開いたものです。

 

代表の池辺政昭さん、道場では「大和柔兵衛」を名乗る

 

池辺先生は9歳の時に柔道を始め、以降、少林寺拳法、テコンドーなど様々な武術に取り組んできました。その他、気功や整体も学び、整体師を本業として暮らしてしていました。

そんな池辺先生は30代のころ、自分が生涯をかけて為すべきことは何だろうかと模索することがあったと言います。数年間神社に参拝し続ける時期もあったそうですが、そんな中で感じたのは「日本の和の心を後世に、世界に伝えていきたい。今の自分にできることはずっと続けてきた武術である」ということでした。

 

池辺先生がこれまで取り組んできた武術はスポーツ化されたものが中心でした。自分と相手がいて、そこには勝ちと負けがあります。池辺先生が伝えようと思ったのは、スポーツ化されていない古流武術でした。

相手を力で制圧する現代武術に対して、古流武術は相手の力を自分に取り入れる、自然の力を自分と一体化させることに着目します。ただしこれらを子どもたちに伝えるには少々敷居が高い、そこで子どもにも親しみやすい「忍術」という概念で入り口を作ったと、池辺先生は言います。

 

礼節はどんな武術でも基本

 

現在四季の森忍術道場には、男女合わせて約100名の道場生が在籍しており、下は3歳から上は76歳まで、老若男女問わず稽古に励んでいます。

子どもを対象にしたクラスは、未就学児向けの「プレニンジャ」と小学校低学年向けの「ニンジャキッズ」、高学年になると「上級クラス」、中学生以上は大人と一緒に「一般クラス」で稽古を行います。

道場生は、習得レベルに応じて腰に締める帯の色が変わっていきます。初級の白帯から始まり、黄色、オレンジ、緑、水色、青、赤、茶、最上級は黒帯です。水色帯までは受け身や歩き方など忍者の基本動作を徹底的に学び、青帯以上からは刀や十手などの武具を使い方も習います。池辺先生が道場生一人ひとりの能力を見極め、都度昇級試験が行われます。

 

入門1カ月の森ノニンジャ

 

ある日行われた「ニンジャキッズ」を見学してみました。

茶色や黒帯の上級者が多い中、白帯を締めた子どもが参加していました。

5歳の三原誠人くんは、道場生になってもうすぐ1カ月。本来は「プレニンジャ」なのですが、時間が合わないので「ニンジャキッズ」に入れてもらっているそうです。「今日は新しい足袋と覆面を持って来たんだよ」と池辺先生に見せています。

「新しい足袋を持たせても1回の稽古ですぐボロボロになってしまうんで」とお母さんは苦笑い。

その日のニンジャキッズは、道場の裏に生えている木を使った稽古です。

木の幹に掛けられた縄梯子を、茶帯の上級者は軽々と登っていきます。「お前もやってみるか?」池辺先生が尋ねると「うん!」と元気いっぱいの誠人くん。

上級者のように軽々とはいきませんが、身体全体を使って一生懸命登っていきます。「先生、落ちたらどうしよう……」。地上からの高さに恐怖心が出たのか、梯子の終端まであと少しというところで弱音が漏れてきました。「大丈夫だ!下でしっかり受け止めてやるから」と池辺先生が力強く答えます。

そのうち茶帯の上級者も寄ってきて、白帯の誠人くんに身体の使い方を伝授していました。子ども間のコミュニケーションもしっかり取れています。

 

恐怖心に勝つ

 

Are you tired?(疲れたかい?)」。最近道場に定住するようになった外国人忍者が誠人くんに英語で話しかけます。

Not yet!(まだだよ!)」。誠人くんも英語で返答します。

その後、誠人くんの履いている新しい足袋について外国人忍者と英語で会話中。

忍者の役割のひとつには諜報活動がありますが、この白帯忍者、その能力はすでに黒帯級かも。

 

 

英語で稽古も問題なし?

 

バク転に取り組む森ノニンジャ

 

四季の森忍術道場には、手裏剣や護身術など、ある特定の分野に特化したクラスが設けられています。そのうちのひとつが「バク転」クラス。

小学校2年生の山本みれんさんは、道場生になって1年が経とうとしています。半年前からはバク転の稽古にも取り組むようになったそうです。「みれんちゃんの表情が、ここ1年で自信たっぷりという顔つきになってきましたね」と池辺先生は言います。

バク転を習得しつつある山本みれんさん

道場生であればバク転クラスに入ることはできますが、いつでも自由にというわけではありません。必ず事前に本人と先生とで面接を行い、「どんなに困難でも、最後までやり抜きたい」という本人の強い意思を確認することになっています。

バク転は一歩間違えれば命に係わる怪我を負うことになるので、最初の頃は先生が付きっきりで手取り足取り教えるようにしています。「後ろの方向に反り返ってジャンプし手を着くまでが大変、ほとんどの子はそこで恐怖心を感じるのです」と池辺先生。そんな恐怖心を克服し、困難を乗り越えて綺麗にバク転を決めることができたということが、子どもたちの自信につながるというわけです。

みれんさんの母・真輝子さんによると、「もともと別分野のスポーツをやっていましたが、そちらには『勝ち負け』がありました。忍術は『自分との戦い』、それが本人に合っていたみたいです」と言います。家でも逆立ちなどをして自主練習に励んでいるそうで、始めて半月ほどである程度の形になってきたということです。

「学校では忍者の修行をしていると友だちに話すのですが、誰も信じてくれないんですって。でも、本人はそれが如何にも忍者だと気に入ってるようです」と真輝子さんは話してくれました。

 

真輝子さんが撮った動画で自分のフォームをチェックするみれんさん

スイス出身の森ノニンジャ

 

最近の道場には、海外からやってきた忍者が住み着いています。スイス人のアドリアノ・カンパネリさんです。もともと首都ジュネーブにある合気道教室で師範をしていましたが、「スイス初の忍術道場を創設する」という強い想いをもって、昨年の秋から道場で忍術の修行に励んでいます。

 

子どもたちを連れて四季の森を行くアドリアノさん

 

小さいころから日本のアニメを通じて文化や風習にとても興味を持っており、スイスの大学では日本語や日本哲学を学び、遂には日本の伝統武術である合気道を極めて師範になってしまうという、根っからの日本ファンです。

「スイスの合気道教室では、同僚たちから『NINJA』と呼ばれていました。稽古の合間にバク転などをしていたのですが、その姿が『忍者』らしいのだそうです」とアドリアノさんは笑いながら話してくれました。

そんなアドリアノさんが旅行で鹿児島県の屋久島を訪れていた時、現地のゲストハウスで知り合ったのが、たまたま同地を旅行中だった池辺先生の娘さんでした。娘さんから忍術道場の様子を動画で見せてもらい「これは本物だ!」と感じたアドリアノさん。「スイスではNINJAなんだから、本場の日本で忍者を究めて帰ろう」と決心し、横浜にやって来たという次第だそうです。

 

道場を取材した時期は、新型コロナウイルスの感染予防で市内の小中学校が一斉休校していました。普段の道場での稽古は夕方から始まるのですが、この時は特別にお昼から子どもたちを受け入れていました。

昼間の時間帯は池辺先生に代わり、アドリアノさんが子どもたちを指導していました。池辺先生からも「合気道の先生ですし、日本の文化や風習もよく理解しているので、安心して任せています」としっかり信頼を得ている臨時師範代です。子どもたちからは「アドさん」と呼ばれ、すっかり親しまれている様子です。

 

この日は天気が良いので、四季の森へ散策に出掛けました。子どもたちを引き連れて森を歩いていると、突如現れた黒い集団へ周りのお散歩中の方から興味深げな視線が注がれます。広場では受け身の練習をしてみたり、鬼ごっこをしてみたり。

「どんな流派なんですか?」と一人の男性が話しかけてきました。

「流派というか、忍者なんですよ」。鬼ごっこの鬼役に忙しいアドさんに代わり私が答えます。

 

     

「に、忍者?」

「はい、森の向こう側に道場がありまして」

……

やはり「忍者」と言っても信じてもらえないようです。

 

 

広場で受け身の稽古

 

演武専門の森ノニンジャ

 

池辺先生の忍術は武術の一環であり、世間一般でイメージされているエンターテインメントとしての忍者とは一線を画しています。とは言うものの、理詰めばかりではせっかく忍者に興味を持った人がいても敬遠されてしまいます。

そこで池辺先生が考えたのは他の人に見せることを意識した忍術稽古、青少年の演武団「KOTENGU」です。現在KOTENGUのメンバーとして稽古を行っているのは、小学校45年生を中心とした9名の子どもたち。忍者の基本動作である受け身や歩き方を一通り習得し、刀や十手など武具を扱うことができる青帯以上の所有者だけが加入できます。

「ただ単に激しいアクションをすれば良いというものではありません。普段から稽古している武術を基盤とし、その上で他の人に見せて感動してもらう為の動きを究める稽古です」と池辺先生は言います。

 

 

「二丁十手の型」を稽古中

 

KOTENGUの発表の場は、地域のお祭りであったり、近所の福祉施設のイベントであったりと様々です。最近は、横浜市緑区制50周年の記念イベントでも演武を披露しました。

4月に行われる予定だったイベントにも出演することになっていましたが、新型コロナの影響でイベント自体が中止となってしまいました。

稽古の終礼時、整列したKOTENGUメンバーに向けて池辺先生が静かに語ります。「イベントは残念ながら中止となってしまいました。けれど、我々はいつでも行動できるように心構えをしっかりと。普段通り高いところを目指して稽古に励みましょう

 

細かい動きは池辺先生が都度チェック

 

忍術の極意は柔軟な心と体

 

忍者というと「敵と戦って倒す」と連想されがちですが、本来の役目は「情報を得て生きて帰ってくる」ことです。生き残るためには、その時の状況に応じて身体も心も柔軟に対応しなければなりません。例えば、怖いという気持ちが生じると、それを打ち消そうとします。しかし忍者は、恐怖心自体を受け入れなければならない、自分との戦いです。

相手を力で迎え撃つのではなく、受け入れ、受け流す。なので、入門後3年間は受け身や体幹を鍛える稽古を徹底して行います。

成人女性向けのクラスもあり、そこでは子どもたちの稽古に触発されて母親も入門しているケースが多いそうですが、中には母親自身が忍術をやりたくて子どもを引き連れてくることもあるそうです。

「親子で稽古されていると子どもも上達が早いですよ。お母さん方からも『家事に忙しい日々の中で心身楽になる』と好評です」と池辺先生。

その時の状況に応じて身体も心も柔軟に対応……、自分との戦い……。家事に当てはめてみると、正に的を得た考え方なのかもしれません。

 

火遁(かとん)の術?

 

私自身も道場生として忍術道場に所属しており、毎週稽古に励んでいます。池辺先生はよくこんなことを説明します。「いったん自分というものを消す、空気の流れや風の音を感じる、重力が自分に作用していることを感じる、いわば地球と自分はつながっているということを体感する」

 

例えば、忍者でおなじみの歩き方「忍び足」。周りに自分の存在を察知されないよう静かに歩を進めるには、空気の流れや風の音を感じ、それら自然の現象に自分自身を溶け込ませ、己の存在を消すことを念頭に置きながら稽古をします。

されど、言うは易く行うは難し。「転びそうだから踏ん張らなくては」とか「寒いからなるべくエアコンの下を歩こう」などと、自然と一体化というよりも自然を制する考えが先行し、なかなか先生の言う通りにはいかないものです。「力が入りすぎ、ガチガチになっています」などの指摘が池辺先生から飛んできます。

一方で、子どもたちが同じ稽古をしているのを観察していると、先生の説明を普通に理解し、そつなく実践しているように見えます。「大人と比べて、子どもはですね。私自身も子どもに教えているというよりは、子どもに教わっています。毎日が刺激的で楽しいです」と池辺先生は嬉しそうに話しました。

「港ヨコハマ」と言われる都市の森から世界を駆け回る忍者が誕生していくのだろうなと思うと、自分自身もこの場に身を置いて忍術の一片に触れていることへの境遇に喜びを噛み締めつつ、日々の稽古にも気合が入ってきます。

Information

四季の森 忍術道場

所在地:横浜市旭区上白根町1306-8

電話番号:045-530-0259

E-Mailikebe@ka2.so-net.ne.jp

URL http://yamatoryu.daa.jp

小池 邦武
この記事を書いた人
小池邦武ライター
生まれも育ちも神奈川区鶴屋町。いつも工事中の横浜駅がそばにある。急激に再開発の進む臨海部と、まだまだ緑の残る内陸部と、その違いに興味を持っている。数年前から忍術修業を始め、いつの間にか森ノオト編集部に忍び込んでいる次第。忍者名は「望月 酔鯨」。猫好き。
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