希少な動植物を保護し、生きた体験を未来に伝える|もえぎ野ふれあいの樹林
もえぎ野公園と一体になり青葉区の里山環境を伝える「もえぎ野ふれあいの樹林」では、四季折々、約370種類もの植物が人々を出迎え、五感を楽しませてくれます。2018年に開園20周年を迎えたもえぎ野ふれあいの樹林は、希少な植物や自然に魅せられた人々の手により、かつての里山の風土や文化、生態系が守り継がれています。

2020年春、新型コロナウイルス感染拡大により緊急事態宣言が発出され、外出や移動を自粛する時期が3カ月ほど続きました。この間、地域の人々は心身の健康を維持するために、自宅の近くを散歩し、人混みを避けて身近な公園や里山に出かけました。「ステイホーム週間」と言われたゴールデンウィーク中は、わが家も毎日、青葉台や藤が丘エリアの公園に出かけていました。あらためて、公園や街路樹の多い青葉区の環境のよさと、身近な花や緑に人が癒されるのだということを実感しました。

 

この間、特に気に入ってよく訪れたのが、自宅から徒歩7分のところにある「もえぎ野ふれあいの樹林」でした。春先はスミレやリンドウ、初夏にはホタルブクロやアジサイ、夏にはヤブカンゾウやヤマユリに目を奪われ、また「ヒトリシズカ」「ホタルカズラ」「ナルコユリ」といった雅な名の立札に、どんな花なのだろうと想像力を巡らせました。

 

取材をした7月26日は、ヤマユリが見事に咲き誇っていた


 

もえぎ野ふれあいの樹林は19988月に開園しました。横浜市の「みどりアップ計画」のもと、市街地に残る緑地を土地所有者から借りて市民に開放し、貴重な自然環境を守るとともに、人と自然のふれあいを深めていく、青葉区で唯一の「ふれあいの樹林」です。2011年には土地の4分の3が横浜市の「みどり税」を活用して買い上げられ、横浜市所有となりました。もえぎ野ふれあいの樹林は、愛護会の初代会長でもある故・石原力氏の所有していた土地で、薪炭の材料としてクヌギやコナラなどの広葉樹や、果樹として禅寺丸柿や栗の木も植えられています。地域の希少種や園芸種も含めて、年間通じて約370種類もの植物が見られる貴重な環境が保全されています。

 

もえぎ野ふれあいの樹林愛護会は、現在、約30人のメンバーが属しています。毎週日曜日が活動日で、樹林や竹林の維持管理や、貴重な植物の保護、イベント等の企画・運営、外周道路の清掃が主要な活動です。竹垣づくり、竹の伐採、花の支柱を立てたり、雑木の剪定、落ち葉掃きなど、季節ごとの植物の管理や、近隣の小学校や幼稚園・保育園の子どもたちの受け入れ、樹林まつりなどのイベント実施や、梅仕事やしめ縄づくりなど、季節の手仕事も行っています。

2020年の愛護会の総会は、樹林の広場で、メンバーそれぞれが距離を取りながら実施。「今年は樹林まつりや小学校との連携がなくなるが、樹林の整備作業は粛々と行います」と、世話人の今村泰夫さん

 

毎週日曜日の定例活動のほかに、季節によっては水曜日も集まり、樹林の環境整備に精を出す愛護会のメンバーたち。その原動力はいったいどこから来ているのでしょうか?

 

「自然に関わることが、好きなんです」

 

こう話すのは、大熊裕子さんです。大熊さんは愛護会発足2年目からのメンバーで、20年来、隔月発行の「もえぎ野ふれあいの樹林たより」の編集を続けています。「かつて薪炭林だった面影が残っていて、往時の切り株を見つけたり、ヤマユリを市場に売って生計にしていた名残を感じることもあります」と、里山と人との関わり、自然に生かされた人の営みを感じられる、この環境の魅力を教えてくださいました。

 

大熊裕子さん(左)は「樹林たより」の編集担当として20年来一度も欠かさず会報誌を発行し続けた。設立当初から愛護会で活動する柴崎美保子さんは「それぞれにシンボルツリーがあるのよね」と話す

 

 

愛護会草創期からのメンバー・柴崎美保子さんは、「私は、この環境がとても好きで、長年活動に参加しています。樹林は、手入れがされないと、人が入りづらくなります。自然が好き、この環境が好きで、自ずと人々が集っているもえぎ野ふれあいの樹林愛護会の形は、理想に近いと思います」と言います。

 

愛護会のメンバーは、自治会活動をしている方、退職された男性、自然が好きな女性、虫が好きな男性など、それぞれの関心や得意分野が異なるので、まさに「適材適所」で活動しているそうです。大熊さんは常にカメラを片手に、動植物の写真を撮影しては会報誌や掲示板で紹介し、柴崎さんも植物の知識を生かして樹林を訪れる方に環境を説明する役割を買って出ています。

「足元を見て!キツネノロウソクが生えていますよ」と、柴崎さん。やわらかい土の上に生えて、昼には萎れてしまうので、見つけられたらラッキー

 

松田孝子さんも、愛護会創立期からのメンバーです。「昔ながらの植物を守れるのが、やりがいになっています。ここ最近、イチリンソウが増えたんですよ」と、手応えを語ります。もえぎ野ふれあいの樹林で大切にしているのは、在来種の植生です。在来種は、その土地の気候風土に適した形で明治期以前から生息している種で、樹林に生息する植物の名札を見ると、和名で表現されているものが多くあります。

「希少な植物を守るには、外来種との攻防戦は欠かせません。里山は放っておくと、その時に優勢な種に覆い尽くされてしまうんです」と、大熊さん。どの植物を刈って、残すのか、種を守っていくのか、愛護会メンバーの間で侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をして、環境を維持していくのだそうです。

畑担当の松田孝子さん。「私は、野菜の花が好きなんです。菜花でも、あえてトウをたてて花を見てもらうようにしています」。自身が育てた「ゴボウの花」の前でにっこり微笑む

 

貴重な植物が保たれるということは、生物の環境が守られるということでもあります。取材時には、ジャコウアゲハが悠々と舞い、珍しいニイニイゼミの抜け殻を見つけることもできました。

日本の唱歌に歌われる「鳴く虫」についても、樹林にふさわしい「鳴く虫」の生息環境を整える試みをしています。マツムシ、クツワムシ、キリギリス、カンタン、スズムシは、以前は青葉区内で当たり前のように生息していましたが、開発が進むにつれ、ほとんど見られなくなりました。こうした生物が棲みやすい環境を整えることも、愛護会の役目の一つとして、メンバーは精力的に取り組んでいます。

今年は子ども向けのイベント「樹林で遊ぼう!夏休み」を実施できなかったが、総会後にスズムシの配布イベントだけ規模を縮小して実施。樹林の掲示板に「スズ虫を飼って楽しみませんか?」と貼り紙をしたところ、多くの親子連れが虫かごを手に列をなした。樹林の虫担当(?)、金澤武男さんが育てたスズムシは、わが家でも夜になると涼やかな音を響かせる

 

このように、もえぎ野ふれあいの樹林は、動植物の環境保全や、青葉区のかつての里山風景や人の営み、文化といった「動的な歴史」を体現できる場として、教育的な機能を有していると言えます。愛護会は近隣のもえぎ野小学校をはじめ、幼稚園や保育園との交流も深く、保育園に七夕の笹を提供したり、小学生に竹馬や独楽といった昔遊びを教えたり、炭焼き窯を案内するなど、子どもたちへの教育活動にも力を注いでいます。

友人と私で「マザーツリー」と呼ぶ、もえぎ野公園側の木の蔓。「あーちゃんのブランコ」と呼んで、わが子はよく遊んでいる。まさに「マイツリー」だ

 

わが家には小学校6年生の娘と、6歳になったばかりの年長の娘がいます。特に次女は木登りが好きで、手ごろな木を見つけるとよじ登ったり、可愛い花を見つけて摘んでしまうこともあります。子どもがこうした場所で遊ぶ時に、どのようなことに気をつければいいのでしょうか。

 

大熊さんは、考え方は人それぞれとしたうえで、「私は、お子さんには自然の中ではのびのび遊んでほしいと思うんです。自然に思う存分ふれることで、植物が好きになったり、その魅力を理解できることにつながりますから」と言います。

もえぎ野ふれあいの樹林では、希少植物に関しては、きちんとゾーニングして保護しており、愛護会で生息本数も把握しています。かつて23本あったヤマザクラは樹勢が弱っているものもあり、若木やひこばえを大切に育てていこうと、植樹も始めています。こうした場には、ゆるやかに柵を設けて人の出入りを制限していますが、散策路沿いの自由に立ち入ることのできるゾーンでは、木の幹や葉、花にふれ、顔を近づけて香りを確かめることもできます。

 

取材中、大熊さんと松田さんが、樹林の中を案内してくださいました。富士見展望所に抜ける尾根道にあるニガキの葉っぱをとり、「かじってみない?」と差し出してくださった大熊さん。「ニガキは薬草の一種で、苦いんだけど噛むとすっきりするんです」。エゴノキの実をとり、「これは、昔はせっけんの実といって、泡が立つので洗剤がわりに使っていたんですよ」。ミツバウツギの種子を子どもに手渡し「これ、パンツの形していない?パンツの実って呼んでいるの」と、樹林の植物の魅力や、人が植物を活用していた歴史をたくさん教えてくださいました。

 

「身近な自然」にふれる時に、その自然を愛し、心を寄せて、手をかけ、その場の専門性を得た地域の人たちと知り合うことによって、「身近な自然」との付き合い方を学ぶことができます。どこまで立ち入っていいのか、ふれていいのか、それを教わることができる「人」と知り合うことが、自然とのふれあいの一つのガイドになるなあ、と思いました。

富士見展望台から富士山を望む。大山や丹沢山系など、県西部の秀峰の連なりのなかに、雪をかぶった富士山の山頂が見られる。手前はもえぎ野小学校(撮影:3月)

 

取材中、高齢のご婦人が愛護会の活動拠点を訪れ、「私はこの3月から、毎日のように樹林を訪れるようになりました。日を追うごとに、お知り合いの方が増えて、ここの自然に癒されてきました。この環境を整備してくださっている愛護会の方にお礼を言いたくて」と挨拶をされる様子を目にしました。私も、取材を通して、美しく整備された歩道や、竹垣、ベンチや広場、樹銘板や、樹林の魅力を伝える掲示板、そして、何より貴重な動植物を守るためのきめ細やかな保護活動が、この貴重な環境を残し伝えているのだということを感じ、心から感謝の念がわいてきました。

「私たち、この2本を額縁の木と呼んでいるんです」と柴崎さん。エノキとコナラが生い茂り、額縁のようにまちを木の中に収めるのだという。愛護会メンバーそれぞれおすすめの「フォトジェニックポイント」がある

 

人はふるさとを思う時に、脳裏にどんな風景が浮かぶでしょうか。野山を駆け回り、木に登って鳥や虫と語り、草花を愛でて野生の味を噛みしめ、土に転がり……そんな幼少時代の記憶を持つことは、現代の都市生活において稀なことかもしれません。もえぎ野ふれあいの樹林の近くに暮らしているわが家の子どもたちは、幸運にも、ふるさとの風景が、とても色鮮やかなものになっています。木の太い蔓をブランコがわりに遊び、ニガキの葉っぱを噛んでびっくりして、足元からニョキニョキと生えてくるマダケを切ってもらってチャンバラごっこをしたり、まだ青い柿の実を拾ったり……。樹林につどう「おじさん、おばさん」と顔見知りになれたことで、身近な里山がより楽しく、親しみやすい存在になりました。

 

もえぎ野ふれあいの樹林でも、活動メンバーの大半がシニア世代となり、10年後を考えると世代交代は急務です。地域の子どもたちや親子を積極的に受け入れ、樹林の魅力を伝えていく活動を大切にしていることからも、この環境を次世代につないでいこうという愛護会の意志を感じます。

 

身近な自然の中で、動植物と当たり前にふれあう、そんな原体験を持った子どもたちが、この地域で育ち、羽ばたき、いつかまたその体験を伝えていく。もえぎ野ふれあいの樹林のような「場」があることで、日本の美しい風景や環境が、未来にめぐっていくはずです。

2018年度の「フォトジェニック青葉 フォトコンテスト」最優秀賞の『竹林の小径』(撮影者:小島政夫さん)。樹林愛護会メンバーにも、この受賞はとてもうれしいニュースだった(写真提供:青葉区)

Information

もえぎ野ふれあいの樹林

住所:横浜市青葉区もえぎ野17

ホームページ:

http://divdiv.world.coocan.jp/Town/forest/index.html

活動日:毎週日曜日9:3012:00

もえぎ野ふれあいの樹林の愛護会には、3カ月間のお試し期間を経て入会できます。

関心のある方は日曜日の9:30に、樹林の広場を訪問ください。

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この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
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