まちとともに歩む、小さなまちの本屋さん。奈良北商店会の昭和書房
かつては身近にあった“まちの書店”が、いまや希少な場所になりつつあります。昭和書房は、横浜市青葉区の奈良北団地の誕生とともに店を構えて49年。まちとともに時を歩み、商店街で日々あかりをともし続ける昭和書房を訪ねました。

昭和書房は、横浜市青葉区の西端、小田急小田原線・玉川学園前駅と東急こどもの国線・こどもの国駅の間のあたりの奈良北団地前の商店街にあります。午後の昼下がりにお店を訪ねると、ちょうど小学生くらいの女の子2人がお店に入り、お財布を手にノートを選んでいるところでした。「これありますか?」とお店の人に声をかけながら、自分たちでお会計をしていました。

 

お店に入ってすぐのレジカウンターには、2代目の店主・大河原賢司さんのお母さん、和子さんの姿が。和子さんは、この道60年近くになる80歳の現役書店員です。小学生のお会計をしていたかと思うと、お店に訪れた年配客と談笑したり、電話で馴染みのお客さんの注文をとったりと、てきぱきとその手を休めることがありません。私が初めてお店を訪れた時には、お会計の際にこの地域のことや、今では青葉区で個人経営の書店はこのお店1軒だけになってしまったことなど、ざっくばらんに話してくださり、和子さんの人柄にふれ、このお店は本を買うだけの場所じゃないんだなぁと思いました。

 

好きな作家をたずねると「宮部みゆきや松本清張は好きね。あと向田邦子や川上弘美も好きですよ」と和子さん。お金のやりとりにとどまらない、世間話が楽しい

 

私の暮らすまちは、比較的大きな駅があるにもかかわらず、よく通っていた書店が数年前に閉店し、徒歩圏内に書店がなくなってしまったのです。それからというもの、書店のないまちの味気なさを感じています。小さくても、店主がお客さんの顔を思い浮かべながら本を仕入れているような、そんなぬくもりのある本屋さんが近くにあったらいいなと思っていたので、昭和書房との出会いが心に残りました。そんな個人経営の書店は、店主の賢司さんが冗談まじりに言う「絶滅危惧種」になりつつあるのかもしれません。

 

昭和書房が奈良町に開店したのは、 昭和461971)年のこと。ちょうど奈良北団地ができて入居が始まった年です。今の店舗のある場所からひと区画先に、「小田急ショッピングセンター」があり、テナントとして店を構えていました。12年前にショッピングセンターが閉店することになり、もともと文具店を経営していた今のお店に書店を移し、文具と本のお店にリニューアルしたのです。1980年代生まれの私の子ども時代も、地元には何軒もまちの書店があり、暮らしに身近なお店としてしょっちゅう親に連れられて本屋に通ったものです。

25年ほど前のショッピングセンター時代の昭和書房。この頃は、今の昭和書房がある場所は文具専門店だった(写真提供:昭和書房)

 

今の店舗は、15坪の店内の売り場に文具と本がいい塩梅で並びます。新刊の文芸本に実用書、文庫、新書、絵本に雑誌と、賢司さんと和子さんがお客さんの顔を思い浮かべながらセレクトした本の数々。店先に雑誌やコミック誌が並ぶ風景は、自分が子どものころから親しんだまちの本屋さんらしいなと思うのですが、令和時代には貴重な風景になりつつあります。

 

駅からは少し離れた郊外の商店街にあるこのお店の毎日は、地域の人たちの日常と色濃くつながっています。

 

この商店街は小学校の通学路でもあるので、小学生がお店にやってくるのも日常的なのだとか。お店の開店は毎朝7時半。「子どもが分度器を忘れて」なんて言いながら、お母さんが息を切らしてお店に駆けこんでくるときもあるそう

 

かつてのように若い世代の人口が右肩上がりに増えていった時代を過ぎ、このまちにも高齢化の波が押し寄せています。若い世代は、スマホやパソコンから指一本で本を買うという人も増えているでしょうが、この書店は注文が多いのが特徴です。レジカウンターの周りには新聞の切り抜きがあったり、お店の注文ノートにはお客さんからの注文がびっしりと書き込まれています。

 

取材に訪れている間も、和子さんがしょっちゅう電話を受けています。「今テレビでやってた本ある?」「ラジオであの人が紹介していたんだけど」。そんなふうに、本を通して電話一本でつながれるお店が昭和書房です。

 

「時には、謎解きのようなこともありますけどね」と賢司さんは目尻を下げて笑います。「注文の多いお店なので、本を仕入れる時もお客さんの顔が思い浮かびますし、コミュニケーションを一番大切にしたくて。このお店ならそれができる。楽しい仕事だと思いますよ」。「今は高齢者のまちだから、高齢者の期待は軸においています」と言いながら、賢司さんはこう続けます。「若い人に本を買ってもらえたらそりゃうれしいですよ。昨日は朝に20歳くらいの若い子が重松清を買ってくれてね。今日はいい日になるなあと」。若いお客さんとのやりとりも楽しそうです。「『すごい頭良くなる本ないですか?』って聞かれることもあるんですよ。そんな質問も燃えますよね」

 

美容院やクリニックなどへ本を配達する外商に力を入れる一方で、お店に足を運べない地域のお年寄りのお宅にも本を届けます。

 

看板猫と言いたいけれど、本宅はここではないそう。取材時はたまたまお店番をしていた大河原家のニラタマちゃん

 

今年は、新型コロナウイルスで日本中が先を見通せない不安に包まれた年でした。さまざまな理由から休業を選ぶお店もある中で、昭和書房はずっとお店を開け続けました。お店を訪れるお客さんの中には、家にこもりがちになり、不安を募らせてきたお年寄りも少なくなかったそうです。お店に立ち寄り、不安やいらだちをこぼしていくお客さんたち。「井戸じゃないですけど、ここで吐き出してもらって帰られたらいいと思います。することないから昭和書房行くか、っていうように、ここが2番目の部屋になるといいですね」と賢司さん。「お客さんが足をひきずっていたらどうしたの?って聞くし、歯医者行った?薬飲んだ?っていうのも自然な会話。お客さんといっしょに、というのがこの店のテーマかな」と話します。

 

取材中、消防のサイレンの音が通りに響き、私があれっ、と思った瞬間、賢司さんはすぐに店の外に飛び出し「どうしました?」と通りの人たちに声をかけていました。まちとともにこのお店はあるんだなと感じた場面の一つです。

 

自治会、商店会、地域ケアプラザ、地区センターと者で一緒にイベントを企画する取り組みも昨年から始めています。お互いのセクションの機能を理解し合うことで、商店街で道に迷ってしまった高齢者の見守りや、災害時に助け合えるようにという計らいからです。

 

店先にはリサイクル本も。手ごろな価格ながら掘り出し物もあるそう!

 

お店のこれからをたずると、慎重に言葉を選びながら賢司さんは話します。「起きている時間のほとんどはお店のことを考えていますよね。でも決して暗くなくて、どうよくしていこうか考えるのは楽しいことです」。賢司さんは、本と文具にとどまらない書店のあり方を模索しています。

 

東日本大震災の時には、地震による落下などで規格外となった缶や食品を仕入れてお店で販売し、地域の物資不足の不安を和らげ、このコロナ禍の中ではマスクやアルコール、アクリルパネルをいち早く扱いました。「何屋なの?って、もう数えきれないくらいの人から言われてきました。本屋としては亜流だし、邪道と言う人もいるかもしれないけど、本が軸にあるからできることがあるんです」。気取らない、飾らない、賢司さんの経営者としての言葉です。

 

修学後、いったんは別の会社に就職した後に、昭和書房に入店した賢司さん。近くのテレビスタジオからの美術装飾の相談が、昭和書房での仕事のことはじめだったそう。テレビドラマなどで主人公の役や時代に合わせた本棚や書斎のコーディネートを手掛けていたのだとか。「大型書店では手間がかかってなかなかできないこと。大型店とは違う味をどう出していくかが自分たちの最大のテーマなんですよ。仕事だって、いろんな仕事をして何面かあるほうが楽しいでしょ」とおおらかな笑顔で話します。

 

棚にはお二人の目で選ばれた本が並ぶ。ちなみに賢司さんの好きな作家は村上春樹とトルーマン・カポーティだそうで、その作家の文庫本は在庫を欠かさないのだとか

 

取材の帰り際、「10月からは第1、第3水曜日にお魚屋さんが来ますから」と楽しいニュースを知らせるようにニコニコと教えてくれました。人情味がありながら、本屋の枠にとらわれずに次々と新たな一手を打つ賢司さん。本屋が売るのは本だけじゃない。これからのまちの本屋さんのわくわくする未来が少し見えた気がします。

Information

昭和書房

横浜市青葉区奈良町1670-221

TEL045-961-4333

営業時間:午前7時半〜午後8時(第3日曜定休)
facebook https://www.facebook.com/showasyoboh

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この記事を書いた人
梶田亜由美ライター
2016年から森ノオト事務局に加わり、AppliQuéの立ち上げに携わる。産休、育休を経て復帰し、森ノオトやAppliQuéの広報、編集業務を担当。富山出身の元新聞記者。素朴な自然と本のある場所が好き。一男一女の母。
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