棋士が育むつながりの場、森内永世名人が主宰する「青葉将棋クラブ」ってどんなところ?
東急田園都市線田奈駅近くにある「青葉将棋クラブ」は、日本将棋連盟棋士である森内俊之九段(以下、森内先生)が代表を務めています。現在までに8大タイトルを12期獲得した上に「永世名人」資格保持者という棋界でも別格の存在である森内先生の将棋クラブとは、どのような場なのでしょう。訪ねてきました。(2021年ライター養成講座修了レポート:藤村佐和子)

将棋を指したことはありますか?または、棋士の対局を観たことはありますか?指すのも観るのもハードルが高いと感じているなら、それはもったいないかもしれません。将棋には、様々な楽しみ方があるようです。私は、将棋を指さずに観るファン「観る将」です。家で過ごす時間が増えて、インターネットテレビで将棋の対局を観るようになりました。駒の動きの理解が曖昧な私でも、棋士が集中している姿はずっと観ていられます。棋士による対局解説も、それぞれの個性のままに広がる話はずっと聞いていられます。棋士の姿に畏敬し、励まされ、癒され、ときめき、そして自らを省みることもあります。将棋の深みと棋士の人間味に魅せられている私は、青葉将棋クラブがどのような場なのか知りたくて、取材することにしました。森ノオトの地元・青葉区に、まさか森内先生の将棋クラブがあるなんて!宝箱を見つけたような嬉しい驚きです。

 

永世名人は、名人を通算5期獲得した棋士に与えられる称号です。1937年に実力制へ移行してから現在までこの称号を獲得した棋士は6名のみ。原則引退後に襲位するため、森内先生は資格保持者となります

 

森内先生は、幼稚園から20歳まで青葉区(当時は緑区)で育ちました。2012年、再び青葉区に住まいを戻したことをきっかけに、地元での将棋普及に取り組み始めます。当時の青葉区はいわば将棋の空白地帯で、いつでも将棋ができる場所はなかったそうです。「将棋という文化的な活動で地元の皆さんに楽しんでいただきたいと思いました」と森内先生。公民館で教室を始めたのち、将棋のためのスペースとして田奈駅近くの一軒家を購入し「青葉将棋クラブ」(以下、クラブ)をスタートしました。現在、クラブでは、クラス分けされて指導者のいる「教室」と、年齢を問わず利用者同士で対局する「道場」を運営しています。

 

思わず見惚れる熟練の手さばきで、精悍に、凛々しく駒が盤面に並んでいきました。写真は「成金や高飛車も将棋から生まれた言葉です」と語る森内先生

 

森内先生が将棋に出会ったのは、小学3年生の時、学校で流行っていたことがきっかけだそうです。森内先生の母親で、クラブの受付や会計など対応されている森内節子さんにお話を伺ったところ、将棋を始める前の森内先生は「力が有り余っていたのか、自分の子なのによその子のふりをしてしまったことがあるくらい、わんぱく」だったそう。「それが将棋を覚えたら急にいい子になっちゃって。あれこれ言うより、この子は将棋をさせておくのがいいわって、それから将棋漬けの毎日でした」

 

森内先生自身も、棋力(将棋の腕前)が上がるにつれて落ち着きが出たと語ります。「男の子はどこかで発散する場所があった方がいいと思うんです。けんかをすると怒られたり難しいことになったりしますが、将棋盤の上では自由に自分を表現できます。どんな手を指してもいいですし、それで怒られることはないので。駒とか投げたらマズイですけど(笑)。そういう意味では、将棋で勝つことで充足感があって、それが子どもたちの成長につながればいいなと思います」

 

森内先生はクラブのホームページに「子どもたちに将棋を通じて、集中力、洞察力、礼儀作法など多くのことを身につけていただいたら」とメッセージを寄せています。「結果としてそれらが自然に身につけばいいなと思います。子どもたちが楽しんでくれたらいいかなと思いますし、強くなるにつれて自然に礼儀作法も身についてきます。いつの間にか成長していくので、不思議なものですよね。子どもは環境から受ける影響も大きいと思うので、周りの子どもたちがやっていることは自然に自分もやっているというか。将棋もどこで学ぶかということが大きい要素に思えます」

 

これまでにクラブを訪れた棋士の揮毫(色紙)の数々。憧れの存在を間近で感じられる場所です

 

子どもたちが将棋を指す環境として、クラブにはどのような役割があるのでしょうか。「将棋が好きなお子さんはどちらかというと、内向的なお子さんが多い気がします。そういう意味では、学校で居場所がなかったりする子の居場所、憩いの場になったらいいなと思います。地元の子どもたちが集まってきて、つながりを作って楽しんでもらえたらというのはあります」と森内先生。

 

それは大人にとっても同様で「道場の方には年代を問わずに地元の方々が集まってきますので、普段はつながりのない人たちと、将棋を通じて仲良くできます。強くなりたいという人もいれば、ワイワイ楽しみたい人もいる。それぞれの楽しみ方があっていいですし、おじいちゃんと子どもが盤を挟んで向き合って勝負するというのは、なかなか貴重な場ですかね」

 

クラブは将棋を指すこと以外でも、つながりの場になっているようです。「今日は子ども教室の日ですが、お母さん方もいらっしゃって、うちの母と話をするのが楽しみという方もいるみたいです。私がここに座っていても何か聞いてくる人はいないですけど、母には話しやすいみたいですね」と森内先生は語ります。

 

森内節子さんは、棋士の娘でもあります。父と息子がプロ棋士という稀有な存在。森内先生が小学生の時に将棋の道を進むことを決めた時も、節子さんがよき理解者でした。「母が高校生の時に祖父は他界したので、私は直接は祖父を知らないんです。母は棋士の家で育って、棋士の親でもあるので、自分にしかできないことはあるって思っているようです。高齢ですけど、できる間はクラブを手伝うって言っています」。森内先生と森内節子さん、それぞれがそれぞれの経験をクラブで分かちあい、場を育んでいます。

 

鈴木先生曰く「自然と子ども同士で仲良くやっています。子どもたちのつながりが強いのは、青葉将棋クラブの特長ですね」

 

クラブの子ども教室で講師を勤めているのは、プロ棋士の養成機関である奨励会で修行をされていた鈴木肇さん(以下、鈴木先生)です。森内先生は「鈴木さんは人当たりが良くて、奨励会で自分と同じような修行をしてきています。お互いにとって良い空間を作れたら」と鈴木先生に声を掛けたそう。「鈴木さんはたくさんの生徒を育て、奨励会に何人も合格させています。日本でも有数の指導者です。技術も高く、教えることも長けていて、その上、子どもの接し方も慣れています。遠くから学びに来る子もいますし、鈴木さんの周りには自然に人が集まってきます」

 

森内先生が厚い信頼を寄せている鈴木先生にお話を伺いました。「奨励会を辞めた時は将棋をやるのがキツイなと思っていたんです。それが、教えることで子どもたちから忘れていた気持ちを取り戻させてもらったというか。子どもたちは楽しそうで、むしろ教わることの方が多いです。純粋な気持ちというか、僕もこうだったなとか。一緒に勉強して楽しいっていうのはあります」

 

そう語る鈴木先生は、子どもたちと目線が同じになることを大切にしています。「どうしても将棋って難しいところもあるので、面白おかしくとかできるだけ分かりやすい表現をしています。興味を持ってもらえたら子どもは自分で勉強するようになります。将棋は長いスパンでやることであって、瞬間で強くなるということはなかなかないので、まずは勉強の仕方を教えて、将棋が面白いということを伝えられたらいいなと。楽しくというのは、一番かなと思います」

 

詰め将棋を出題する鈴木先生。「詰め将棋はシュート練習みたいなものです。ゴールの決め方が分かると楽しいですよね」

 

鈴木先生に将棋を指す面白みを尋ねてみました。「日常生活で、一つの盤面で集中して考える時間って贅沢な時間かなと思うんです。全てのことを忘れて没頭できるというのは将棋の魅力ですね。疲れたり、嫌なことがあっても、将棋に没頭することで忘れることも多いかなと。考えるって楽しいんです。今ってパソコンで分かっちゃうことも多いと思うんですけど、将棋は自分なりに考えて理解しないと意味がなくて、それも楽しさなんですよね。将棋の楽しさ、考える楽しさを教えることができたら嬉しいです」

 

私、考えることが楽しいって思ったことあったっけ。溢れる情報をチェックして何かを知ることで、つい考えた気になってしまいます。「考えるって、楽しいです」と柔和な声で朗らかに語った鈴木先生。この言葉が今も頭から離れません。

 

鈴木先生(写真右)は、奨励会時代に記録係として森内先生(写真左)の対局時の凄みを間近で感じていました。「今日初めて森内先生と対面で座りました。将棋盤の前に一緒に座ったこと、ないです」

 

将棋をもっと身近に

 

2020年、森内先生と鈴木先生はそれぞれYouTubeチャンネルを開設されました。「将棋界で長く積んできた経験で見せられることがあれば、その機会になればと思いました」と森内先生。「自分のYouTubeは自分の勉強のためでもあるんです」と鈴木先生。将棋の魅力を時代に合わせて発信する柔軟さや、チャレンジを楽しむ好奇心もまた、将棋で育まれた感覚でしょうか。YouTubeを通して垣間見られるお二人の人間味や底知れ無さに、私はすっかり虜になっています。

 

森内先生は、時代の変化とともに将棋の楽しみ方も多様化していることを感じているそうです。「最近増えたのは対局を観るのが楽しいという方です。棋士が何を食べているとかチェックしてくれたりというのは、ちょっと発想になかったというか。それはありがたいです。こういう時代が来るんだという驚きはあります。昔は将棋ファンといえば自分で指す人だけを言ってたのですけど、大きく変わったなというところはあります。棋士にとって将棋は仕事ですが、棋士以外の方もそれぞれの楽しみ方で、将棋が人生を豊かにするスパイスになればいいなと思います」

 

将棋は指して楽しい、観て楽しい、そして関わって楽しい。様々な楽しみ方があっていい。私は勝負事のことは分かりませんが、そこに無辺の世界があることは、ひしひし感じています。将棋を観ることで将棋の世界に憧れを抱いてきましたが、今回、クラブという場を知って、俄然、自分でも将棋を指したくなりました。例えば、おばあちゃんになって、どこかの子どもにハンデをもらったりして対局できたら嬉しいな。時短や生産性を求める世界を離れて、没頭する時間を作っていこう。

インタビューを終えた後、駒音の響きがずっと心身に残っているような、不思議な穏やかさに満たされていました。子どもたちが真剣に将棋盤に向かう姿は微笑ましく、どこか頼もしさも感じました。森内先生、森内節子さん、そして鈴木先生の存在は、クラブの落ち着きと安心感になっているのでしょう。将棋という豊かさを分かちあう青葉将棋クラブは、陽だまりのような場でした。

Information

*「青葉将棋クラブ」

HPhttp://www.aobashogiclub.net

Twitterhttps://twitter.com/aobashogiclub
所在地:横浜市青葉区田奈町43-19

最寄り駅:東急田園都市線 田奈駅より徒歩7

*森内俊之先生YouTube「森内俊之の森内チャンネル」

https://www.youtube.com/channel/UCAwDrM75UAddwluabae4A6g

*鈴木肇先生YouTube「はじめ将棋連勝チャンネル」

https://www.youtube.com/channel/UC29EGo2JmszXaG6rfuCiOlA

藤村佐和子
この記事を書いた人
藤村佐和子ライター
鹿児島生まれ、東京在住。公的機関に勤務しつつ、セラピスト、産業カウンセラーのマインドで生きる。ときめくことに率直に行動し、素手素足で木に登ったり、語り部を学んだり、将棋に夢中になったり、ライターとして記事を書いたり、予測不能な生き方を満喫している。
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