外国人在住者と子育て〜言葉がわかると、心がわかる 港北区在住・ファラ・タジュディンさん
日本に住む外国人の数は、2019年末に約293万人で、過去最多に。外国人住民の増加と国籍の多様化に伴い、情報発信の手段として「やさしい日本語」の活用が期待されています。留学生として来日し、日本語教師を母国で務めたマレーシア出身のファラ・タジュディンさんに外国人在住者にとっての日本語について聞きました。

文・写真/NPO法人Sharing Caring Culture 代表理事 三坂慶子
※このシリーズでは、「子どもを育てる」現場の専門家の声を、毎月リレー方式でお送りしていきます。
 

■3度目の日本滞在と市民活動への参画

 
ファラとの出会いは、2021年1月。私を市民活動の世界へ導いてくれた特定非営利活動法人まちと学校のみらいの理事を務める葉石真澄さんからの紹介で、市が尾に新しくオープンしたばかりの青葉区青少年活動拠点、「あおばコミュニティテラス」を訪問した時でした。「三坂さんに紹介したいマレーシア出身の方がいるの」とお声掛けをいただき、拠点へ足を運ぶと、やさしい桃色のヒジャブ(イスラム教徒の女性が髪の毛を覆い隠すために被るスカーフ)をつけた女性が明るく、ていねいな日本語で話を始めました。
 
私は、3人のお子さんを育てているお母さんと聞いていたので、コロナ禍の中、マレーシアから来日して困っていることも多いだろうと思い、私たちの団体が3年前に制作した英語の子育て情報冊子『OYACO(おやこ)』を出掛ける前に鞄に入れたのですが、流暢な日本語で話すのを聞いて、それは無用だったと気づき、話題にしませんでした。ところが、その帰り道、市が尾駅までのほんの短い距離を一緒に歩きながら話をするうちに、ファラの子どもたちがインターナショナルスクールに通う中学生と高校生で、自分の時間にゆとりがあることを知り、ならば彼女の堪能な日本語と英語の能力を私たちの活動に生かしてもらえないかと『OYACO』について思い切って話をしてみました。
 
来日歴が浅く日本語での情報収集が困難な外国人家族向けに、英語で横浜市北部地域の子育て情報を冊子にするプロジェクトがあり、今年、その改訂を予定しているので、ぜひ力を貸してほしいと手短に話し、OYACOを手渡しました。その後、ファラから「OYACOブックレットを読みました。子育てに役立つ情報や説明が載ってとてもいい本です。読まれる外国人ママにとって、同じ外国人ママの声が聞こえて、一安心を感じさせる一冊です」とプロジェクトに興味を示す内容のメッセージをもらい、3月に再び会う約束をしました。
 

外国人家族の子育て支援を行うOYACO (おやこ)ファミリーサポートチームのリーダーを務めるエレナほか、ファラも交えてメンバーとキックオフミーティング

 

■外国人在住者とやさしい日本語

 
実は、今回のコラムのテーマを考えた時に、3月にファラと再会した時に彼女が語った「言葉がわかると、心がわかる」という発言が印象に残っていて、その時のメモを読み返しながら、外国人在住者と日本語について、書いてみたいと思いました。
 
私は、外国人の地域参画を促す取り組みの一つとして、日本語の能力を問わず、それぞれが今できること、好きなこと、得意なことを生かして、カルチャー的な活動で地域の人たちがつながる任意団体を2014年に立ち上げて以来、在住歴の浅い外国人とのコミュニケーションは、基本的に英語で行っています。また、英語であれば参加できるという外国人当事者の主体性を生かしたいという想いから、運営メンバー間のコミュニケーションは英語が中心になっています。そのため、ホームページやSNSの発信も日本語での情報収集が困難な外国人在住者向けに英語で発信してきました。
 
一方で、外国人といっても、英語を話さない外国人も多くいる中で、冒頭に挙げたような「やさしい日本語」での発信の必要性も感じており、今回の子育て情報冊子の改訂にあたっては、英語の他、やさしい日本語での冊子出版も試みる予定です。出入国在留管理庁と文化庁が制作した「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」(2020年8月版)に掲載されているデータによると、日常生活に困らない言語を「日本語」とした外国人は、約63%に上り、「英語」と答えた44%を大きく超えています。つまり、やさしい日本語と英語で情報を発信すれば、より多くの外国人に情報を届けることが可能になるのです。
 

2021年4月から都筑区子育て支援センターポポラと当団体の外国人子育て支援チームが共催で英語とやさしい日本語での子育てワークショップを開催中。コスタリカ出身のエレナとともにファラはファシリテーターを務めています。インドネシア、マレーシア、パキスタン、中国、インド出身のお母さんと日本のお母さんが集い、防災、小児救急、幼稚園情報、各国の子育ての違いなど、その月のテーマに沿って情報交換をしています

 

「やさしい日本語」とは、漢語を多用した日本語ではなく、難しい言葉をやさしい言葉に言い換えて、相手に配慮したわかりやすい日本語のことです。私が川崎市の日本語指導等協力者としてフィリピン人児童に日本語指導をしていた時に象徴的な体験をしました。林間学校を控えたフィリピン人の男の子に林間学校のしおりを事前に説明してほしいと担任の先生に頼まれて、別室で個別の学習支援をする時にしおりを一緒に読むことにしました。その時、しおりに書かれている「入浴」、「大浴場」という言葉が伝わらなかったのです。そこで、「お風呂に入る」、「大きなお風呂場」と言い換えてみました。すると、すんなりと理解してもらえたのです。
 
こうした「やさしい日本語」での情報発信が期待される中、また私たち団体の子育て情報冊子をやさしい日本語版で制作することを検討し始めた矢先に、日本語を母語とせず、外国語として日本語を学んだファラに出会い、このプロジェクトに参画してもらうようになったのは、何か運命的な導きで大きな力に支えられていると感じずにはいられません。というのも、外国人として日本語習得に苦労した人が外国人目線で冊子を編集するということは、母語として日本語を日常的に使っている日本人の私たちには、気づかない視点や感覚を持っていて、それだけでも稀少なことです。さらに地域活動に対して時間的な余裕と理解がある人には、容易に出会えないからです。

 

■留学生として滞在した山形での生活と日本語教師の仕事

 
ファラは、父親の仕事の関係でイギリスのロンドンで生まれ、3人兄弟の長女として育ちました。小学生の頃、インドネシアのジャカルタで3年間生活したこともあり、インターナショナルスクールに通ったそうですが、英語があまり上手ではなく、友達づくりが苦手だったといいます。地域の人とのふれあいやボランティア活動に意欲的に関わっていた母親の勧めでバレエ、新体操、オーケストラ・バイオリン、手話、インドネシアダンスなどに挑戦したそうです。その後、マレーシアに戻り、高校生になって進路を決める時にイギリス、アメリカ、日本を留学先の候補に挙げ、マレーシアの奨学金に応募。その結果、第3志望だった日本の山形大学工学部への留学が決まりました。奨学金の競争率が高いアメリカやイギリスと比べて、日本への留学には、日本語学習が要件に入っているため、応募者が少なく、日本の大学に進学することになったのではないかと当時は思ったそうですが、今となっては、自分は日本留学で恵まれたと感じているそうです。
 
日本語との出会いは、7歳の時にJICA(独立行政法人国際協力機構)の専門家でバイオリンを教えてくれた原沢さんという男性がきっかけでした。当時、片言の日本語と英語で会話をしたそうで、留学先を考える時に「日本」と書いたのは、原沢おじさんの国へ行ってみたいという思いがあったからといいます。その後、日本への留学が正式に決まってからは、マレーシアの日本語学校で日本語の学習に磨きをかけました。ところが、実際に大学に入学し、山形で生活を始めると、予想していなかったことが起きました。聞こえてくる山形弁が日本語学校で習った標準語の日本語ではない別の言語のように聞こえ、何を話しているのかさっぱり理解できなかったのです。また、山形大学の年配の先生が話す山形弁が聞き取れず、板書の漢字も崩して書かれたり、省略されていたりしていたため、それまでわかりやすい字で書いてくれた日本語学校の先生とは違って、大学1年生の時はノートに文字を書き写すのも苦労したそうです。
 
そこで、真面目に授業を受けている女の子を探し、隣に座り、声をかけてみました。今も付き合いがあるその友達は、方言ではなく標準語で話をしてノートを貸してくれたばかりか、一緒に勉強してくれる心強い存在になったそうです。なんとか1年目を乗り切り、2年生からは楽になるかと思いきや、2年生になって工学部のある米沢市に移りました。すると、今度は米沢弁にふれることに。「日本語は、なんて豊かなんだろう!」と思ったそうです。周りに英語を話す人がいなかったため、支援者に頼りっぱなしではなく、「慣れない日本で生活するには、自分がなんとか日本語で乗り越えるしかなく、ひたすら日本語を話して、聞いて、練習した」といいます。
 
その努力は、やがて大学卒業とともに母国マレーシアの国立大学で日本語を教える教師として教壇に立つことで実を結びました。工学部とは全く異なる分野ですが、日本語を学習し、日本の大学の学位を取ることができたことで「日本語はあくまで道具であり、自分がやりたいことに挑戦できる」と大事なことに気づいたといいます。「日本語を学んで、日本語を使ってやりたいことができたら、なんと幸せなことでしょう!そこから人生が豊かになります!」とファラ。マレーシアの大学では、自分が体験したことを他の人にも与えてあげたいという気持ちで日本語を教えていたそうです。

 

マレーシア プトラ大学(UPM)の言語能力向上センターCenter for the Advancement of Language Competence (CALC) に勤務していた頃の同僚の語学講師たちと。右から3番目がファラ

 

■一番の楽しみは、お隣のおばあちゃんと会話すること

 
さて、3月にファラと再会した時に私が取ったメモを読み返すと、こんなことが書かれていました。『よろしくお願いします』という日本語の表現は、マレー語ではできない表現で、日本で生活するようになってから、『よろしくお願いします』には、いろいろな意味が込められていることが、いろいろな場面を通してわかった」と。
 
ある日、ファラの隣に住む82歳のおばあちゃんが玄関先にやってきて、ゴミ収集所の掃除のことを話し始めた時、おばあちゃんが話す日本語に感銘を受けたそうです。マレーシアでは、ゴミ収集所の掃除当番はないのですが、おそらくそうした時に「次は、あなたの当番なので、やってくださいね」で終わるでしょう、でもお隣のおばあちゃんは、「次は、あなたの番なので、よろしくお願いします」と言わず、「今週は、私が当番。来週は、あなたが当番。やってもらえますか?」と話したそうです。「よろしくお願いします」と押しつけるのではなく、「〜してもらえますか?」と相手に許可を求める言い方にファラは感動したそうで、とても勉強になったといいます。と同時に「言葉がわかると、人の心がわかる」と思ったそうです。また、ファラの3人の子どもたちが何か迷惑をかけているのではないかと心配になって、お隣のおばあちゃんに話すと、おばあちゃんは、「私はもう三猿」とジェスチャーを交えて答えたとか。「見ざる、言わざる、聞かざる」のことわざを知っていたけれど、こういう状況の時にこの表現を使うのか!と感嘆し、日本語の言い回しを巧みに使うことで日々の暮らしに彩りが添えられると感じたそうです。

 

■お祈りの時間で家族が一つになる

 
日本語の表現に敏感に反応し、お隣のおばあちゃんとの会話から日本語や日本の文化、地域のクチコミ情報まで楽しむファラは、敬虔なイスラム教徒でもあります。自身の日本での滞在歴は、山形大学での留学生時代を含め、夫の進学や仕事での赴任など、マレーシアと日本を行き来しつつ10年近くに及びますが、学生の時でも、今でも苦しい時はいつもお祈りをして、コーランを読んで、まず自分を落ち着かせるそうです。そして、「いつも心に留めているのは、大変なことは理由があって起きたことなので、そのことから何かが得られるはずと信じている」といいます。
現在は、中学生2人と大学受験を控える高校生の子どもたちそれぞれが思春期に入り、親として難しい時期を迎えています。ところが、イスラム教のお祈りの時間があることで、家族は一つになり、子どもたちが成長しても、一日の中で自然に顔を合わせるきっかけができます。子どもたちはそれぞれ個性があり、成長も必ずしも同じではないため、ファラは自分と一人ひとりの子どもとの時間を大切にしているそうです。子どもたちの話題はというと、以前は遊びや友達のことでしたが、最近は、進学進路の話を聞くことも増えたとか。「子育ては体力が要ります!でも、つらいことはないです」と異国の地での子育てについて、たくましく語ってくれました。
 

お花見を兼ねて家族でたまプラーザの新石川公園へ。実は、2度目の日本滞在の時は、あざみ野に住んでいて、長男と長女を新石川公園の近くの保育園へ通わせていたそう。まだ小さかった子どもたちがロープを握って公園まで散歩するのをこっそり陰で隠れて見ていたのも今となっては可愛い思い出

 

■多様性について、ファラから感じたこと

 
イスラム教という自分を支える精神的な軸をしっかり持ちながら、日本語に親しみ、日本という環境に上手に適応しているファラ。私たちは、「多様性」というと、性質が異なる個と個が多様に存在することと認識しがちですが、一人の人間の中にも多様性は存在するということを彼女は教えてくれます。わかりやすい外見的な特徴からは見えない「その人らしさ」が存在すること、それに気づくことが多様性を尊重することにつながるのかもしれません。
 
以前、一時保育を利用したいというカナダ出身のママに同伴し、子どもの預かりの予約に立ち会ったことがあります。施設側からの依頼で通訳者として同席した時のことです。利用にあたっての説明は大事なので、英語で通訳をお願いしますという施設側の要望を汲んで、私が通訳し始めると、カナダ出身のママは、「私は夫が日本人で、日本語はわかるから、訳さなくても大丈夫」と英語ではなく、日本語で説明を聞きたいと言いました。分からないと困るだろうと思って、先走りして英語で手を差し伸べようとしたことが、実は、相手が持っている日本語能力を信じず、傷つけることになるということに気づき、ハッとしました。その人の気持ちに配慮せず、見た目から英語でないと困るのではないかと判断し、通訳をしてしまった体験は、一人の人間の多様性というものを考えるきっかけになりました。

Information

お知り合いの外国人の方がいましたら、こちらの子育ておしゃべり会をご紹介ください。

◉子育ておしゃべり会

横浜に住んでいる外国出身のお父さん、お母さん、日本での子育てについてお話しましょう!子どもたちが楽しめるアクティビティを用意しています。子どもといっしょに参加できます。

日時:10月17日(日)10:00-11:30

場所:アートフォーラムあざみ野

ファシリテーター:ファラ, アキラ、ケイコ

参加費:無料

*この企画は、横浜市多文化共生市民活動補助事業により実施します。

イベント詳細 https://sharingcaringculture.org/

*なお、下記のOYACOのホームページから子育て冊子をダウンロードすることができます。

https://site-5235159-2312-9034.mystrikingly.com/…


Profile

三坂慶子

NPO法人Sharing Caring Culture 代表理事 / 川崎市立小学校外国語活動講師

幼少期をアメリカで過ごす。現地校に通い、小学校3年生で日本に帰国、公立小学校へ編入。大学院修了後、民間の英会話スクールにて児童英語講師を10年間務めた後、川崎市立小学校教諭となる。出産を機に退職、2014年に任意団体Sharing Caring Cultureを立ち上げ、日本人と外国人が文化的な活動を通じて交流を深める場をつくる。2019年にNPO法人となり、在住外国人とともに地域づくりを進めることを目的とした活動を展開する。

団体ホームページ:https://sharingcaringculture.org/

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