そこで今回、横浜市の市民参加型プロジェクトYES(※)の一環として開催された、北極冒険家・荻田泰永さんによるトークイベント「北極徒歩冒険で見た、北極の今」に参加。荻田さんの目から見た北極の姿とその変化を伝えてもらいました。(Text:中島まゆみ)
初めてづくしの北極の旅が自分を変えた
荻田さんが初めて北極を訪れたのは、2000年。大学中退後、何をすればいいか迷い悩んでいた時にテレビで偶然、冒険家の大場満郎さんが大学生を連れた冒険の旅を計画していることを知って、手紙を出したことがキッカケです。その勢いで、700㎞を35日かけて徒歩行する「北磁極をめざす冒険ウォーク2000」に参加。思い切りの良さに敬服してしまいますが、実は荻田さん、これが初めての飛行機、初めての海外旅行、当然、初めての北極……と、初めてづくしだったというから驚きです。
「最初は自分を変えたい、人と違うことをしたいという思いで訪れた北極ですが、とてつもないカルチャーショックで、次第にその魅力に飲み込まれていきました」と荻田さん。
この時をキッカケに荻田さんの人生は180度変わり、今日の、10年にわたる北極冒険記へとつながることになるのです。
北極を冒険できるのは、季節や天候などの条件が合致する2月~4月頃のみ。平均気温は-30℃、夜には-40℃にもなる過酷な世界だ(写真提供:荻田泰永さん)
荻田さんの基本的な冒険スタイルは、自分の体と同じくらいの大きさのソリに、水や食糧、テントなどの必需品を詰め込み、一人でひたすら引いて歩く無補給単独徒歩行。1日に平均20㎞進み、2~3カ月かけて数百㎞の距離を往復します。2010年には、1400㎞を3カ月かけて冒険しています。食料や水は徐々に消費するため旅が進むほど荷物も軽くなりますが、出発当初は荷物の重さが70㎏近くもあり、向かい風やブリザードの時はとても苦労するのだとか。
また北極は、一面真っ白な雪と氷の世界で目印などほとんどありません。磁極に近すぎるため方位磁石も無意味です。そんななか荻田さんは、風向きや太陽の移動角度などから勘で方向を判断。携帯しているGPSは、夜、テントの中で移動距離のチェックに使うのみに留めます。
移動の最中、広い氷の世界でも生き物たちと出会う機会は少なくありません。アザラシやカリブー、時には、白い地面が真っ赤に染まった、ホッキョクグマの狩りの痕跡に出会うことも。
「ヤツらとの遭遇には特に気を付けなければいけません。ただ、人間が珍しく興味本位で近づいてくることの方が多いんです。よほどの時はライフルで発砲しますが、それ以外は何もしなくても去っていくことのほうが多いですね。それに、こちらも注意深く相手を観察すれば、危険な状態かどうかわかります。例えば、前足や口元が茶色く汚れていたら、エサにありついてから日数も経っていない証拠。おなかがいっぱいなので、さほど危険ではありません」
常に危険と隣り合わせの状態が続く単独徒歩行。でも、自分の力ではどうにもならない厳しい自然の中だからこそ、「生きている」という、存在の本質を再認識できると荻田さんは言います。
地球温暖化に関する北極の調査データを提供
これまでの10年間、様々なルートとスタイルで北極に出向き、その都度、新たな興味と目的を見つけてきた荻田さん。2009年、その目的のなかに新たに「社会性」が加わることになります。それは、各種研究機関への調査協力。北極の冒険を通じて、降雪サンプルや気象データを採取し、研究の一助とします。
協力の背景にあるのは、荻田さん自身の好奇心のほか、近年よく耳にする、地球温暖化の極地への影響です。これまで10年間北極を訪れるうち、気温の上昇を確かに感じていると荻田さんは言います。氷も薄くなり、過去4~5mあった氷の厚みが近年では2~3mにまで減少。2007年の氷の面積は、90年代の6割にまで減ってしまったそうです。2007年から2010年の4年間はすべて過去の観測記録のワースト4にランクインしているほど。因果関係はわからないものの、北緯80度で4月20日に雨が降るという異常気象も起きています。これは現地でも、真夏の東京で雪が降るのと同じくらい特異なことなのだそう。
「北極は50年前から観測基地のある南極に比べ、圧倒的にデータ量が少なくわからないことが多いと言われています。私が北極に行くのはあくまでも自分のためですが、その中で、できる範囲のことで役に立つのなら、と思い協力しています。次の冒険では、積雪を採集して水の同位体を調査する協力を行う予定です」(荻田さん)
そんな荻田さん今後の目標は、日本人初、世界でもいまだ3人しか成功していないという北極点への無補給単独徒歩到達。いっさいの荷物をソリに積み、途中、燃料や食料の補給を受けずに一人でソリを引いて北極点を目指す、とても過酷な旅です。
「冒険自体には意味はないんです。でも、やっぱり行きたい。自分自身を高め、成長させる、終わりのない旅なのかもしれません」
ルートは、おりしも10年前に初めて訪れたルートと同じ。10年の間で、北極のみならず荻田さん自身にどのような変化が起きているのか、そのレポートも楽しみです。
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