寺家ふるさと村に山伏がやってきた!星野文紘先達の講話会in横浜あおば
残暑が落ち着き爽やかな陽気となった9月28日(土)、青葉区寺家ふるさと村に、法螺貝の音が響きわたりました。キタハラマドカ編集長の故郷・山形県より、羽黒山伏最高聖者・松聖の星野文紘さんをお招きして、「今に生きる山伏」をテーマに、自然と社会、人間を結びつける山伏の生きる知恵や、「山の思想」についてお話いただき、一緒に里山を歩いてきました。(text:中島美穂)

星野文紘さんは、毎年7-9月は出羽三山で修行者を受け入れ、自らも修行に励む日々を送る

 

山形県の庄内地方に広がる出羽三山(月山・羽黒山・湯殿山)。マドカ編集長がそこで山伏修行をしたのは、今年7月のことでした。自身のFacebookページでその模様を報告してくれ、ちょっとした話題になりました。

恥ずかしながら、私にとっては「山伏って……? 弁慶? 天狗?」というぐらい、山伏も、険しい山々で修行し悟りを開く修験道も遠い存在のものでした。

修行では何が行なわれるかも知らされず、参加者同士会話もせず、着替えも入浴もなく、食事は米と漬け物と味噌汁だけ。

親しい彼女が3日間山に身を置き、死をも身近に感じるくらいの厳しい修行をしてきたことに、衝撃を受けました。

体験した人にしか分からない、その境地を知ってみたいという想いにかられながらも、同時にその扉の前でたじろぎ怖れを抱く自分も感じました。

 

山伏をお招きするのならば、せっかくなら自然豊かな場所で……と思っていたところ、「森ノオトさん、何かイベントしませんか?」とお声がけくださったのがグリーンピースさん

 

その後、マドカ編集長は、出羽三山の修行を導いてくれた羽黒山伏最高聖者・松聖(まつひじり)の星野文紘さんを青葉台にお招きし、講話会を開くことを企画。私は即、参加の申込みをしたのでした。

会場は、寺家ふるさと村にある無添加住宅ショールームのグリーンピース。森ノオトではもうすっかりおなじみですが、緑に囲まれ、ポニーや犬、鶏もいて、なるほど自然を感じながらお話をうかがうにはぴったりの場所でした。

星野先達が現れるまで、私はドキドキワクワク。もしやあの山伏の格好で……?そんなことを考えていたら、先達は白のボタンダウンシャツにブルージーンズという出で立ちで颯爽と現れたのでした。

白いお髭に柔和な表情。しかし瞳の奥はキラリと光る、そんな先達は「俺はさ……」といった気さくな語り口で、最初から参加者の心をぐっとつかんでいました。

初めに「俺が本当に山伏か、証明しなくちゃな」と取り出したのは立派な法螺貝! ポニーも鶏たちもびっくりするような、ブオーッと大きな音が鳴り響きました。これぞ山伏!です。

 

法螺貝の音が鳴り響くと、それに共鳴したのか、ポニーは嘶き、犬は吠え、鶏の声は止まず、しばらく賑やかだった(笑)

 

先達は、山岳信仰とは、山伏修行とはいったい何なのかを、私たちにわかりやすく語ってくれました。

「山は母なる胎内。そこに抱かれることで、人は許され救われ、生まれ変わることができる。

修験道とは、そこに身を置いて初めてわかる学問。頭に詰め込む知識ではない、身体を通して得た学びを智慧に変えていくものである。

この世界に正解などない。自分が感じたことすべてが答えだ」と。

一度お話をうかがっただけで、山伏修行の全てを知ることなどできないでしょう。しかし、わからないなりにも神道も仏教も超越し、もっと根源にある古代のアミニズム(自然崇拝・精霊崇拝)的なものを感じました。

近頃ではマドカ編集長のように、女性の修行者が増えているそうです。先達は「毎月身体のサイクルを感じている女性は、本来野性的な存在。現代社会で忘れかけていた野生を思い出し、取り戻すために山に入りたくなるのではないか」と話してくれました。

しかしながら、山に籠っているだけでは仕方がないという星野先達には、Facebookもバリバリ使いこなす現代的な一面も。

「山伏とは神仏と人、山と人、人と人とをつなぐもの」と話してくれたように、私はこの日のお話で、身近な自然への意識を高めてもらうことができました。横浜にいながら、まだ見ぬ山形の山々と結びつけていただいたのです。

 

寺家ふるさと村、熊野神社で勤行体験をしてみる。事前に何を行うのか伝えられずに、ただ先達の言うことを「請けたもう」と真似する

 

お話の後、先達と一緒に里山を歩きました。法螺貝の音が響きわたります。いつも訪れている寺家ふるさと村の風景が違って見えるような気がしました。それは、先達のお話の後で、無意識に山の気配を感じとろうとしていたからかもしれません。

熊野神社では、お経と拝詞を唱えるという初めての経験をしましたが、不思議と違和感を感じることはなく、むしろ素直な感覚で神社に密やかに漂う気に身を委ね、目には見えない神聖なるものにご挨拶しているような気持ちになることができました。

 

山伏と一緒に歩いていると、寺家の風景が違って見えるから不思議だ

 

現代日本で荒廃している森を守る重要性を学んで理解するのは、とても大切なことです。一方で、大自然に身をゆだねることで肌身に感じられる真理もあるでしょう。懐深い山の中で、人間とはどんなにちっぽけで、人間が自然を支配することなどなんと愚かなことかと実感するのかもしれません。

なんて、これもまた私の頭の中で考えたことに過ぎません。だって私はまだ、本当の意味では山に入っていないのですから。

うーん、山への想いは募るばかり。やっぱり、一度は修行! でしょうか。

 

ふるさとの森で法螺貝を吹く星野先達。頭には宝冠が。山伏は死装束を身に着け、街を歩く

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