アメリカ・カナダ留学で出会った、食とジャーナリズム
『たねと私の旅』は遺伝子組み換えの表示義務がテーマだと聞き、難しい内容なのかなと身構えていましたが、そこに映し出されたのは自然と共に暮らす母と娘の姿でした。無垢材のテーブルの上で可愛らしく踊る種や野菜。優しい映像と音楽と何より美味しそうな料理の数々!オーブ・ジルー監督(以下オーブ監督)が一人の生活者として等身大で語るこの映画は、自然と見るものの心に響きます。こんな素敵な映画に藤本さんはどのように出会い、配給することになったのでしょうか。
藤本さんは中学卒業後、お父さんの後押しもあって単身渡米し、高校時代に環境問題やジェンダーなどの社会問題に触れ、考え方のベースができたと言います。その後アメリカで大学へ進学しジャーナリズムや経済を学んでいる1995年、ご両親の住む兵庫県を阪神・淡路大震災が襲います。大学に馴染めなかったことに加えご両親と連絡が取れないなどの心労が重なり体調を崩してしまった彼女はいったん大学を休学し、自分の本当にやりたいこと、好きなことを見つめ直す時間を持ちました。
もともと料理が好きだった藤本さんは、ひたすら料理をつくるなかで、疲れた心身を癒すことも、生活を豊かにするのも食だと気づきます。休学中に出会った方に、「政治や経済だけがジャーナリズムじゃない。いったん、そういうことは忘れて、まず自分の好きなものを考えなさい。あなたは何が好きなの?」と問いかけられました。とっさに藤本さんの口をついて出た言葉は「料理と映画」でした。料理を学問として突き詰めると、“hospitality”(おもてなし)になり、また藤本さんは、“hospital”(病院)とのつながりに気づき、単なる栄養補給だけではない「食」を学ぶ道に進むことにしました。そうして彼女は、隣国カナダのトロントにある大学で飲食の経営学を学び始めます。
帰国後は、4年間三國清三シェフのもとで新店舗の立ち上げや販促ツールのディレクションに関わる仕事につきます。“小さな農家”や“地域の在来種”を大切にすることが、地域社会を守ることにもつながるという三國シェフの理念はその後の藤本さんの礎になります。
外食チェーン店や広告制作会社でマーケティングや広報の仕事を経て、2010年よりフリーランスの広報アドバイザーとして活動を始めます。独立を機にオーガニックや地域といった方向にシフトしたいと考え、オーガニックマルシェにボランティアで携わります。マルシェで出会った人たちと話をしてきたこの時期は、地域固有の種をつないでいくこと、地域の農家を支えていくこと、それを日々選択していくのは私たちであると感じ、「オーガニックとはただ農法を指す言葉ではなく、”生き方”なんだ」という彼女の信念の礎を築くきっかけにもなりました。そして、これからの働き方をどうしていこうかと考えていた矢先、2011年に東日本大震災が発生。もう悩んでいる場合ではないと心が決まったそうです。
ドキュメンタリー映画の世界へ
藤本さんが遺伝子組み換え作物や技術に興味を持ったきっかけは、『食の未来』(監督・脚本・製作=デボラ・クーンズ・ガルシア、2004年、アメリカ、配給=日本有機農業研究会科学部)というドキュメンタリー映画でした。
「遺伝子組み換え技術は、例えばビタミンCを多く含むなどの機能性食品を作るためのものだと思っていました。でも実態は農薬を売ることが主流だと知り、ちゃんと勉強しなくてはと思いました」
藤本さんが驚いたこの事実をみなさんはご存知でしたか?
遺伝子組み換え作物の種を開発・販売する、バイエル(ドイツ、2018年にモンサントを買収)、デュポン(米国)、シンジェンタ(スイス)の大手3社は、農薬の製造販売もするグローバル企業。除草剤をまいても枯れないよう遺伝子を組み換えた種を除草剤とセットで売っています。「種を採ってはいけない」「指定の農薬を規定通りに使う」などの契約のため、農家は高額な種と大量の農薬をセットで毎年購入し使用することに。除草剤耐性の遺伝子組み換えの他に、殺虫成分を自ら生成するとうもろこしも多く栽培されています。何より藤本さんが衝撃を受けたのは、「種を播き、収穫したものの一部を種として保管し、翌年それを播く。その一連の営みは農耕が始まった時代から何万年も続けられていた当たり前のことだったのに、特許で守られた遺伝子組み換え作物の栽培を始めた農家は、それをできなくなってしまう」ということでした。
2012年に藤本さんは自身のFacebookへ、遺伝子組み換えの話題を投稿したことをきっかけに、ウェブメディア「エコロジーオンライン」の勉強会で遺伝子組み換えについて話すことになりました。「小規模なイベントと思い引き受けたら、30名もの方がいて驚きました」。しかもそこには、無肥料栽培家・環境活動家の岡本よりたかさん、その後雑誌『自然栽培』の編集者となる温野まきさんなど、錚々たる方々がいらしたそうです。ここでの出会いをきっかけに『たねと私の旅』では、温野まきさんが宣伝協力やパンフレットの編集を担当。岡本よりたかさんはコメントを寄せたほか、上映会もたくさん企画しています。
藤本さんはまた、2011年より友人に推薦されて国際有機農業映画祭の運営委員として、映画の選定や字幕翻訳に取り組み始めます。2013年には『GMO OMG』(2013年、監督:ジェレミー・セイファート、その3年後、2016年より『パパ、遺伝子組み換えってなあに?』としてアップリンクから配給)の字幕翻訳を手がけました。そしてこの活動を通して懇意になった映画プロデューサーの小泉修吉さんに声をかけられ、映像制作と映画配給の会社「環境テレビトラスト」で働き始めます。ここで配給のノウハウを得て、自分が見つけてきた作品を世に送り出したい!と、映画のリリースに向けプロジェクトを進めますが、妊娠したことで一旦、映画配給の仕事を離れることに。「命を守りなさい、映画の仕事はいつでもできるから!」と、最期まで小泉さんは藤本さんのことを気にかけてくださったそうです。
藤本さんは出産後も一時預かりにお子さんを預けながら、映画祭のボランティアや字幕翻訳を続けていました。そして2018年、『たねと私の旅』に出会います。
「『たねと私の旅』を見つけた時に、これは何としても自分で配給したいと思ったのは、日本の消費者に遺伝子組み換えの問題点を届けるために足りないと思われていた要素、例えば、表示義務や私たちは種そのものを食べているということ、私たちの暮らしや料理といったことが描かれていたからです。そしてそれを守れるかどうかは私たち次第なのだと。それから、映像もストーリーも本当に美しい。“たね”は命の始まりです。それをまるで母から娘へバトンを渡すように描かれている、こんな作品はもう2度と出会えないと思いました。配給のノウハウはある。自分自身でこの映画を配給したい!」と藤本さんのスイッチがオン!早速監督にメールを出します。会社ではなく個人による配給というハードルを乗り越えるべく、プランや予算、事業計画書、そして日本における遺伝子組み換え作物や種の問題について詳細なレポートを作成。さらに「日本の映画関係者の中で、遺伝子組み換えや種に関しては私が一番詳しいの!」と猛アピールしたそうです。オーブ監督がくれた返信は「Yes! Yes! Yes!」でした。
遺伝子組み換え食品を食べていますか?
この映画の中で、遺伝子組み換えのさまざまな問題が浮かび上がってきます。
遺伝子組み換えされた花粉と交雑することにより周囲の作物が汚染されてしまうこと。企業による種という生命への特許、その特許を利用した商売、農業の支配。遺伝子組み換え作物の種を植えるのと同時にまかれる除草剤の人体への影響(その除草剤は、WHO=世界保健機構から発がん物質の指定を受けているグリホサートが主成分)。そして、カナダ・アメリカには遺伝子組み換え作物が使われている食品への表示義務がないことなど。
「遺伝子組み換え作物は母と娘をつなぐおいしいスープすら脅かします」と藤本さんは言います。『たねと私の旅』にはたくさんのおいしそうな料理が登場しますが、中でもお母さんが大切にしてきたのは“黄色い豆のスープ”。お母さんは「おいしい料理は台所ではなく土に植えた種から始まる」と語った通り、幼い頃に食べたスープの豆に近いものを自身で探し出し、その豆を大切に育て、収穫し、良い種を残してまたまく、ということを毎年続けてきました。自身が受け取ってきた伝統を次の世代に伝えたいとお母さんが大切にしてきたスープのレシピを、種となる豆とともに娘のオーブ監督へと伝え、オーブ監督もまたその豆を大切に育てておいしいスープを作ります。
家族を思い、おいしくて体によい食事を用意する。それはオーブ監督のお母さんだけでなく、私の母も私も、みなさんも同じではないでしょうか。遺伝子組み換え問題は、そんな当たり前のことすらも不安にさせてしまいます。
日本では今のところ遺伝子組み換え作物は商用栽培されていませんが、すでに試験栽培は始まっており、いつ私たちの周辺で栽培が始まってもおかしくない状況です。また、日本は多くの食品を輸入に頼っています。例えば、日本に輸入された大豆の94%、とうもろこしの89%、なたねの89%が遺伝子組み換え作物であると推定されています(ISAAA 国際アグリバイオ技術事業団と農林水産省のデータより推定。『たねと私の旅』パンフレット参照)。知らないうちに、私たちの食生活には、遺伝子組み換え作物や技術に取り囲まれてしまっているのです。
日本には遺伝子組み換えの表示義務があるので安心。読者の多くはそう思われるかもしれませんが、すべてではありません。食品加工後に、組み換えた遺伝子やたんぱく質が検出されなければ表示義務はなくなります。例えば豆腐や納豆、ポップコーンなど、主な原材料となるものには表示義務が発生しますが、加工に使われるなたね油や醤油、遺伝子組み換えの飼料で育った肉や乳製品などには表示義務がありません。私が衝撃をうけたのは、原材料でよく見かけるブドウ糖果糖液糖と防腐剤として添加されるビタミンC。この二つには遺伝子組み換えのとうもろこしが使われている可能性が大きいそうです(『たねと私の旅』パンフレット参照)。私たちは知らずに遺伝子組み換え食品を食べています。「遺伝子組み換えです」なんて表示は見ないけど、もしかして表示義務のないところにこっそり使っているの?と、つい疑ってしまいます。「100%表示義務がない事実は知られていない」ことに、藤本さんは危機感を抱いています。「改めて見ると、絶望しそうなくらい、多くの食品に何らかの遺伝子組み換えの材料が入っています。でも映画の中で描かれているとおり、私たちが食べる一口から意識を変えれば、必ず世界は変わります。諦めて行動しなければ、悪くなる一方です」と訴えます。
副材料への表示義務のない加工食品で遺伝子組み換え食品を避けるには、オーガニックのものを選ぶしかないようですが、価格や、入手しやすさの面から、なかなかにハードルが高い。どうすればいいの?と嘆く私に藤本さんは、まず自分のよく使う食材を考えるようアドバイスをくれました。
「例えば、揚げ物をよく作るなら油に注意するとか。麺つゆも添加物に遺伝子組み換え食品が多く使われている傾向があるので避けるといいよ。麺つゆは意外と簡単だから手作りがおすすめ。あと、ペットボトルのお茶はビタミンCが添加されてるでしょ。だから、お茶は自分で淹れて、マイボトルにすればエコだしね!」
なるほど、遺伝子組換えの可能性が高く、日常的によく買うものから見直していけばいいのか、と少し肩の力が抜けました。
自分で考え、選ぶ。一人ひとりの小さな力
映画の中では、遺伝子組み換えの表示をめぐり、その種を売る企業が政界へ圧力をかけていること、そして政府は「国民の知る権利、選ぶ自由」よりも一部の企業の利益を優先している実状が見えてきます。
「『たねと私の旅』は、遠いカナダ・アメリカだけの話ではありません」。
そう藤本さんが言うように、日本でも遺伝子組み換えのほか、ゲノム編集、F1種子(異なる性質の親同士を人工的に交配して、特徴的な品質の作物となる一世代限りの種)、2018年の種子法廃止や種苗法改正の動きなど、種にまつわる議論が進行中です。
「種の問題は、自分の問題でもあると知ってほしい」との思いから、この映画のウェブサイトやフライヤー、パンフレットで、日本における遺伝子組み換えや種にまつわる現状を示したそうです。
「『たねと私の旅』が拳をあげて遺伝子組み換え反対を訴えるような作品だったら、きっと私は配給しなかった」と藤本さん。確かに、この映画は母と娘が大切なスープを守るための静かな戦いを描いているようにも見えます。
市民運動や社会問題を語ることにあまり馴染めない日本ですが、「とにかく自分で考えて選んで欲しいんです。私たちが遺伝子組み換え食品を拒否すれば、食品メーカーやお店も必ず気にし始めます。一人ひとりの小さな力を集めていきたい」と力強く語ってくれた藤本さん。
オーブ監督のお母さんが語った「私たちが食べる一口は どんな世界にしたいか どんな農業を支持するのかの選択」という言葉。声高に叫ばなくても、私たちにもできることはきっとあるはず。
藤本さんが立ち上げた配給レーベルは、「綿毛が飛んで根付くように、映画が広がりその思いが根付いて欲しい」、そんな願いから「たんぽぽフィルムズ」と名付けられました。今後の活動についてうかがうと「遺伝子組み換え問題に特化せず、少しでも明るい未来を子どもたちに残せるよう、みんなが未来について考えられる作品をリリースしていきたい」と語ってくれました。
藤本さんが探したジャーナリズムは「たんぽぽフィルムズ」という形で花を開き『たねと私の旅』という綿毛を飛ばし始めました。一粒の種は、何百、何千という種を作ります。そんな有機的なつながりに未来への希望を感じました。
『たねと私の旅』
公式ホームページ:https://tampopofilms.info/tane/
監督:オーブ・ジルー、原題:MODIFIED、2017年、カナダ・米国・フランス、
英語・仏語、87分、カラー
配給・宣伝:たんぽぽフィルムズ
日本語字幕:藤本エリ
<自主上映会情報>
5月21日(火)18:00~ 新横浜
5月24日(木)13:30~ 飯田橋
詳細は下記ホームページで
https://tampopofilms.info/tane/screening/
::: 森ノハナレでの上映会もあります! :::
https://morinooto.jp/2019/05/08/movietanetowatashi/
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