一時保育は地域にひらく窓。現場から社会を変えるピッピの一時保育
5歳と2歳の子どもを育てる私は、横浜市内の認可保育園の一時保育に第二子を預けて昨年4月に仕事をゆるやかに再開し、多様な保育の場があることに助けられました。保育園を地域にひらき、働いていてもいなくても子どもを預かる場をつくる、NPO法人ピッピ・親子サポートネットの歩みと、一時保育の現場を取材しました。

NPO法人森ノオトで働く私は、201712月の第二子の出産に際して産休・育休を取りました。20194月に仕事に戻るにあたり、以前のようにフルタイムではなく、もう少し仕事の時間を減らし、育児とのバランスを取りながら暮らしたいと思っていました。

 

職場の理解は得られたものの、子どもの預け先はどうしようかと悩みました。認可保育園は、就労要件として週4日、16時間以上という条件がありました(20204月入園より、月64時間以上に変更)。また、勤務時間が長い人ほど優先して入所できるため、就労時間が短いと、希望する園に入れる可能性が低くなります。就労要件にとらわれず、毎日でなく希望する日数だけ預かってもらえる環境があれば……と考えていました。

 

そうした中で、NPO法人ピッピ・親子サポートネット(横浜市青葉区荏田西)が運営する、「ピッピみんなの保育園」(青葉区市ケ尾町)の一時保育に出会いました。「横浜市認可保育所一時預かり事業」の実施園です。復職前から子どもを時折預かってもらいながら園の雰囲気を知り、同園の一時保育を使って復職することに決めました。

 

20184月に開園した横浜市の認可保育園の同園は、認可保育の定員が29人に対して、定員10人を一時保育に充てています。専任の保育スタッフがいるほか、一時保育のクラスのための部屋があります。毎週木曜日には、「地域親子ルーム」を開放し、保育の利用にかかわらず親子で集うことができます。

 

無垢材の床や壁が心地よいピッピみんなの保育園の園内。横浜北生活クラブ生協の「くらしてらす」という建物の2階にあり、子どもたちが走り回れるテラスもある

 

親にも子にも、一人ひとりに寄り添う保育

 

実際に子どもを預ける前には、「一時保育」という形態に少し不安を抱いていました。子どもたちの顔ぶれが毎日入れ替わり、子どもが安心して通うことができるのかという漠然とした思いがあったのです。

 

実際は、定期利用で曜日を決めて通う子どもたちの中に、初めての子や、状況に応じて通う子どもたちが混じるので、だんだんと名前を覚えて遊び合う関係性が生まれていました。また、子育て経験のある保育スタッフのみなさんが、いつも温かく子どもを受け入れてくださり、当初の不安はすぐになくなりいました。一時保育の場であっても、親も子も安心して通える体制づくりに心を砕かれているのだと感じました。

 

保育スタッフの方が、子どもの育ちを継続して見てくださり、家庭では気づかない子どもの成長を日々聞かせてもらいました。私にとっては、保育園での夕方の雑談がリラックスタイムとなり、仕事から育児へと気持ちを切り替える時間でもありました。

 

一時保育を利用できるのは、基本的にはお座りができるころから就学前まで。少し年上の子が赤ちゃんのほっぺを優しくなでたり、手をにぎったり。こうした子ども同士の関わりを、スタッフから聞くことも日々の楽しみに

 

保育や親とのかかわりについて、大切にしていることを、一時保育クラスの責任者、鹿野奈津子さんに伺いました。

 

「みんなにとって、安心できる場であることを一番大切にしたいと思っています。子どもにも親にも、寄り添う気持ちをスタッフみんなが大事にしています。一時保育は特に、おうちでの生活リズムや子どもの得意なことや苦手なことなど、さまざまです。保育園に合わせるのではなく、普段の姿に合わせていきたいと思っています。その時々でイレギュラーなことでも、『だめだよ』というのではなく、なるべく受け止めて対応できるようにしています」。まっすぐな目でそう答えてくださいました。

 

認可保育での経験も豊かな鹿野さんに、一時保育の難しさをたずねると、「その日のメンバーによって、活発な子が多かったり、のんびりな子が多かったりとさまざまです。その時々に応じて、なるべくみんなが満足できる過ごし方を考えることに、大変さというよりも、面白さを感じています。なかなか一時保育の施設が広がらず、希望するすべての子どもを預かってあげられないこともあり、そこには難しさを感じます」

 

給食でのひとコマ。「ほら、ピカピカに食べたよ!」とにっこり

 

一人ひとりに寄り添えるように、ピッピみんなの保育園では、一時保育のクラスは通常保育のクラスよりもスタッフの人数を手厚く配置しているそうです。

 

鹿野さんはこう続けます。「私自身、自分の子育てで苦しい思いもしたので、いろんなおうちの方が子育てに一生懸命なのがよく分かりますし、その気持ちに寄り添いたいです。たくさんの家庭と出会う中で、子育てのかたちもさまざまで、定まっていないのだと気がつきました。経験を重ねるうちに、『それもいいね』と思えるようになったんです。情報が多い社会で子育てする難しさもありますが、それぞれのペースでいいんですよね。『それもいいね』っていう気持ちが、保護者の方にも伝わったらいいなと思います」

 

手作りの給食は、同じ建物に入る生活クラブ生協の食材や地場野菜が中心。私も試食をさせてもらい、素材を生かした丁寧な味付けにうれしくなった

 

同園の一時保育は、コアタイムが8:3016:30と、認可保育のクラスよりも短いことから、子育て中のスタッフでも働きやすい環境という面もあるそうです。実際、一時保育のクラスは鹿野さんのように、子育てを経験してきた方ばかり。親の気持ちをくみとってくださることが多く、私は何気ない会話の中で子育ての悩みや家庭での出来事を、自然と話すことができました。気持ちを受け止め、押し付けることなく、さりげなくアドバイスをしてくださり、ふわっと心が軽くなったことを思い返します。

 

「『先生と親』ではなく、一緒に子どもを育てる仲間のような関係でありたいと思っています。そうでないと、何かあったときに問題をキャッチできないのではないでしょうか」と鹿野さんは話します。

 

園長を含めて、スタッフの方たちの呼び名は、大人も子どもも「先生」ではなく「さん」。そうした小さなことからも、立場を隔てることなく、子育てを分かち合える関係性を大切にしているのだと感じます。

 

午前中は公園で思い思いに遊んだり、近くのホームセンターや商店街で買い物したりと、地域にどんどん出かける

 

一時保育にこだわった認可保育園

 

同園を運営する、NPO法人ピッピ・親子サポートネットは、2005年に横浜市の認可保育園「ピッピ保育園」(青葉区荏田西)を開園しました。2018年に2つ目の認可園、ピッピみんなの保育園を開きました。ピッピ保育園もまた、一時保育に手厚く、認可保育の定員30人に対して、一時保育は15人分の定員を設けています。

 

こうした一時保育にこだわった認可保育園は、数が限られているのが現状です。なぜ、一時保育を重視した保育園を運営しているのでしょうか。ピッピ・親子サポートネット理事長、友澤ゆみ子さんにお話をお聞きしました。

 

友澤さんは、2000年に青葉区市ケ尾町に開園した、認可外保育室「こどもミニデイサービスまーぶる」(NPO法人ワーカーズ・コレクティブ パレットが運営)の立ち上げに携わります。当時、地域活動の中で、障害を持つ子どもを育てるお母さんたちが抱える大変さに直面したり、子育てで孤立する人が増えてきたと感じていたと言います。「もう少しサポートがあればもっと楽になるのに。毎日預ける必要はなくても、ちょっとの時間子どもを預かってもらうと、助かる人が多いのでは、と思ったのです」と、一時保育施設の立ち上げの経緯を振り返ります。

 

友澤さん(中央)とピッピみんなの保育園の鹿野さん(左)、副園長の鈴木恵さん(右)

 

現場から制度を変える

 

当時、認可保育園には、「横浜市認可保育所一時預かり事業」という市の制度があるのに、通常保育を優先するため、一時保育に力を入れる施設は少ない状況でした。一方の認可外保育施設の一時保育は制度化されておらず、まーぶるの場合は、利用料のみで運営費をまかなうので、1時間800円という料金設定にせざるを得ませんでした。800円というと、当時の神奈川県の最低賃金の時給を超える利用額でしたが、それでもニーズが多く、どんどん利用者が増えていったそうです。

 

そうした中、 青葉区荏田西に空いた土地があり、オーナーの方から、建物を建てて福祉事業所として使っていいよ、という声かけが友澤さんらにあったそうです。要件にかかわらず子どもを預かる、一時保育を大切にするに認可保育園をつくろうと、2004年にNPO法人ピッピ・親子サポートネットを設立し、2005年にピッピ保育園を開園しました。

 

一時保育で子どもを預ける理由はさまざまですが、保護者からは「週に23日預かってもらって仕事復帰したい」といった、ワークライフバランスを重視した声が聞こえてきたそうです。「一時保育があちこちにあれば、子育ても楽しみながら仕事復帰できる人が増える」。友澤さんにはそんな思いがありました。

 

ピッピみんなの保育園の一時保育クラスの外遊びの様子。子どもの表情が輝く

 

「課題を抱えた人の現場があり、まずは事業をつくってみる。現場を持ちながら、非営利団体として、どう社会に生かすか。こうあったらいい、という気づきを制度に戻していく役割があります」と友澤さん。まーぶるで一時保育の必要性を実感してきた友澤さんたちは、認可外施設の一時保育を制度化することで、認可保育園との一時保育の利用料の格差をなくしたいと、制度を変えるための働きかけを始めます。

 

2005年のピッピ保育園での一時保育スタートともに、青葉区、都筑区の子育て支援にかかわるNPO3団体が「つづき青葉ここクラブ」を立ち上げました。区内の他の一時保育事業者も含めたヒアリング調査を行いました。現場の事業者の声、利用者の声を集め、フォーラムを何度も開き、行政に届けました。当時横浜市議だった、若林ともこさんのコーディネートで、横浜市の担当者との意見交換や政策フォーラムを実施しました。

 

そうした働きかけを続け、2009年に「横浜市乳幼児一時預かり事業」が正式に始まりました。一時保育として最もニーズの高い、3歳未満の一時保育が、認可外施設でも1時間300円で利用できるようになったのです。まーぶるや、ピッピ・親子サポートネットが2011年に開所した「ここはっぴい」(青葉区新石川)を含め、現在青葉区内では4カ所で実施されています。

 

一時保育は社会の窓。保育園の機能を地域にひらく

 

「一時保育があることで、保育士さんたちも社会の多様性にふれられます。保育園としても、大事な学びの場なんですよ」と友澤さんは話します。

 

毎日決まった親子が通う認可保育に対して、一時保育にはさまざまな親子が訪れます。子どもを預けるための理由を問わないので、仕事で利用する人もいれば、リフレッシュ、緊急事態など、事情は人それぞれです。

 

「虐待の予防にも、どこかとつながることが大事です。相談に出かけるにはハードルが高い場合でも、子どもを預けることが人とつながるきっかけになります、一時保育はつながりやすい、大事な窓口です。一時保育があることで、地域に窓を開けていられるのです」。友澤さんは実感を込めます。精神的なつらさ、家族関係の難しさ、子どもに育てにくさを感じているお母さんなど、さまざなケースが増える中で、気づきがあればスタッフ間で共有しながら、組織内外で連携を取って対応しています。保育の現場では今、ソーシャルワークの機能も求められているのだそうです。友澤さんは、「保育園は、保育のエキスパートのいる場です。働いているお母さんだけでなく、保育園の機能をもっと地域に広げていきたいんです。地域にひらく保育園のあり方を考えていきたいです」と話します。

 

「ピッピ」の名前の由来は、『長くつ下のピッピ』(リンドグレーン作)から。大人も子どもも動物たちもみな、自由で自立を謳歌できる社会でありたいという願いから。ピッピみんなの保育園の玄関には、「ピッピ」にちなんだ手作りの小物や切り絵が飾られている

 

「一時保育」とひと口に言っても、制度上にあったもの、現場からの声によって新たに制度となったもの、そして、制度とは別に独自に運営されているものと、さまざまな形があります。認可・認可外の枠を超えて、子育てを支える多様な場があることで、生き方、暮らし方そのものに広がりが生まれるように私は感じています。

 

私が出会った一時保育は、「みんなの保育園」の名前の通り、地域のすべての親子にひらかれた子育てを分かち合える場です。肩の荷をふぅっと降ろし、日々の子育てにやわらかさが生まれる。私にとってはそんなところでした。こんなふうに地域にひらかれた子育ての場が増えたら、いまの社会を取り巻く空気が少しずつ変わってくるのではないでしょうか。

Information

横浜市乳幼児一時預かり事業

https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/kosodate-kyoiku/kosodateshien/nyuyoji-ichiji/nyuyoji-ichiji.html

横浜市認可保育所一時預かり事業

https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/kosodate-kyoiku/hoiku-yoji/shisetsu/hoikuseido/ichiji/ichijiannai.html

NPO法人ピッピ・親子サポートネット

http://npo-pippi.net/

ピッピみんなの保育園

住所:横浜市青葉区市ケ尾町1161-8 くらしてらす2階(市が尾駅から徒歩約8分)

親子ルーム開放:毎週木曜日 10001130

https://npo-pippi.net/ppminnanohoikuen/

Avatar photo
この記事を書いた人
梶田亜由美ライター
2016年から森ノオト事務局に加わり、AppliQuéの立ち上げに携わる。産休、育休を経て復帰し、森ノオトやAppliQuéの広報、編集業務を担当。富山出身の元新聞記者。素朴な自然と本のある場所が好き。一男一女の母。
未来をはぐくむ人の
生活マガジン
「森ノオト」

月額500円の寄付で、
あなたのローカルライフが豊かになる

森のなかま募集中!

寄付についてもっと知る

カテゴリー
タグ

森ノオトのつくり方

森ノオトは寄付で運営する
メディアを目指しています。
発信を続けていくために、
応援よろしくお願いします。

もっと詳しく