文=一時保育さんぽ・燕昇司 知里/写真=一時保育さんぽ
*このシリーズでは、「子どもを育てる」現場の専門家の声を、毎月リレー方式でお送りしていきます。
子育てが苦しいとき
私自身が子育てしている時は、テレビや雑誌で「子育ては楽しい」とか、「子どもってかわいい」など言っている人を見ると、「本当の子どもを知らないのよ。こんな人信用できない」と思っていました。
そんな自分が今は保育士となっているものですから、大きい声で「子育てを楽しみましょ」なんて言えません。言いません。私も三児の母なので、知ってしまっています。子育ては楽しいことも大いにあるけれど、苦しい時も大いにある……。そして特にお母さんは子育てを楽しめていない自分を責めてしまう。他のお母さんたちは、楽しそうで、悩みはなさそうで、キラキラして見えるのに、なんで自分はこうなのだろう……なんでもっと子どもに優しくできないのか……でもその想いの本質には、本当は子育てを楽しみたいと思っている気持ちがあるからではないでしょうか。本当は優しくて素敵なお母さんになりたいって思っているからではないでしょうか。そう思っている時点で、あなたは素敵なお母さんじゃないですか。
じゃあ、どうする?
すでに素敵なお母さんだから大丈夫だけど、苦しいのは変わらない。じゃあ、どうしたらいいの。
子育てが楽しめない原因の一つに、孤独があります。私も孤独でした。そして強固な人見知り。孤独上等。孤独を孤独と思わない女。だから人に頼らない。そんな風に尖っていたのかもしれません。子どもと公園に出かけていた時も、知らないおばあちゃんに「あら、かわいいわね。男の子?」と聞かれて、「あ、はい…」とだけ答えていました。本当は女の子なのに。訂正もできない。ずいぶん後になって、おばあちゃんに「あらやだ、女の子じゃない!」と驚かれました。私は「ごめんなさい」としか言えませんでした。全然尖っていたわけではなく、自分に自信がなかったのだと思います。
私の自信のない子育ては、まわりの目や、他人のキラキラした子育て、子ども同士の違いにビクビクしていました。そしてだれが言ったでもない自分の子育て評価に不安を感じて、不安がストレスに、ストレスは怒ってばかりの育児に、となっていきました。自信がないから、また人を遠ざける。そんな孤独の連鎖。
それでもそこから抜け出せたのは、何度も話しかけてくれたおばあちゃんのおかげだと思います。二人目が年子で生まれて、周りからは早いだの、もうお姉ちゃんになるのはかわいそうなど言われる中で、そのおばあちゃんは、「あら、がんばったわね。今度はどっちなの?」と聞いてくれました。私は、「女の子です(笑)」と答えられるようになっていました。
おばあちゃんは、私という人間を理解してくれて、「がんばったね」と受け入れてくれて、さらに「どっちなの?」と聞いてくれました。この母親にまた「男の子?」って聞くと、そうじゃなくてもそうだと答えるかもしれないと、感じてくれたのだと思います。だから、私が真実を答えられるように「どっちなの?」です。ものすごい優しさを感じました。この時に、人とコミュニケーションをとることで、人を理解することや、人を信用することを身につけて、そこからエネルギーをもらうのだと実感しました。
今はコロナ禍という経験をし、オンラインで知人友人と会話することにも慣れました。けれど、やっぱり直接会って話をするって、ストレス解消になるし、安心感を得ることができ、エネルギーをもらえる。そんなことを再確認した方も多いのではないでしょうか。
そもそも人間は、群れる習性があります。人類が誕生してから何百万年前から群れて生活をすることで、肉食動物から身を守っていました。また、多くの子孫を残すため、多く子どもを産む必要があり、その多くの子どもを育てるためには、共同養育が必要でした。動物の中で、共同養育ができるのは人間だけだそうです。
つまり、私たちには他人と群れて、他人を信じて、協力し合いながら生き抜くといった本能・能力を備え持っているということです。
しかしながら、現代の生活様式では、子育て世帯を孤立させる環境になっています。そのため、子どもを産んだ母親の脳内は、「よし、共同養育をするぞ」と本能を発揮しようとしているのに、それを発揮できない。すると脳内はパニックです。脳は「不安・不安・不安」と危険信号を送ってきます。その信号は自分を守り、子どもも守るために送られてきます。子育てを苦しく感じさせ、不安を感じさせ、身体の不調を患わせることもあります。それは他者に「SOSを出しなさい」と脳が必死に訴えているからです。自分が弱いからでも、だめなわけでもありません、当然だったのです。だって人間は一人で子育てすることを想定していないのですから。
『SOS』・・・じゃあ、私たちと一緒に群れようよ
これからは、共同養育という本能を発揮できる環境に身を置けばいい。地域で開催している赤ちゃん会や子育てサロン、まんまるプレイパーク、私たち一時預かりさんぽでも携わっている、夕暮れ赤ちゃん会、0歳児のママたちへ、さんぽのわ、かぁさんぽ、さんぽ一日体験、ちょこっとレスキュー隊、ぽこぺん、とにかく色々あります。誘われるがまま、参加するのもいいです。どの会も、色々な特徴がありますが、みんなで群れて、世間話をしにくるのです。それが一番だと本能が知っている。
ただし、私の場合、これらにも行かれなかった。間違った尖りと強固な人見知りも邪魔をして、これらに参加するもできませんでした。それには、人と群れることへの誤解があったからです。
本当の“群れる”の意味は、“人を理解すること”
私の誤解には、長い間、「群れ=同調圧力」といった、日本の教育を受けてきたからだと考えます。(時には人のせいにして、自分を守ります。笑)
多数決や全体責任などあたりまえのように言われ、みんなと違う意見や感じ方、考え方を口にすると孤立してしまう。だんだんと自分の意見を言うのが怖くなってきました。多数派風に装うみたいな。そのために「群れる」という意味に、半分「自分を装う」といったイメージがあるような気がします。
しかし、本当の「群れる」の意味は違うと私は考えます。
「群れる」は、他人のことも自分のことも含め「人を理解する」ことだと考えています。
よく子育ては、社会ですべきと言います。その通りだと思います。社会というと大きすぎて想像しにくいですが、簡単に言うと地域です。さらに私で言うと、公園で声をかけてくれたおばあちゃんです。おばあちゃんと世間話をする。世間話は、「私は敵ではありませんよ」と伝えてくれています。
よく、赤ちゃんと一緒のお母さん同士が「何カ月ですか?」って会話をしますよね。あれも「私は敵ではありませんよ」と伝え合っているのです。あの会話が本能だったとは…すごいです。
最初は他愛もない世間話から、自分の話しをする。相手の意見を聞く。相手の話を聞く。人と話し合うことができるようになる。自分はこう思う、そうは思わない、こんな風に感じる、やりたい、やりたくない、が言えるようになること。簡単なようで、簡単じゃない。自分の意見を人に言うのは、すごく勇気がいります。
人とコミュニケーションをとる中で、自分には得意なこと(凸)もあるし、苦手なこと(凹)もあると気づくことができます。自分の得意なことでだれかの役に立つことができます。苦手なことがあれば、同じ苦手なことで悩んでいる人の痛みを理解してあげることができます。自分の持っているものは凸凹のどちらも長所になり、人の役に立てます。自分のことも、他人のことも理解して、助け合っていく、それが地域であり、社会であり、群れることだと思うのです。
完成も失敗もしないパズルをつくろう
一人ひとりちがった凸凹を持ち、だれかの凸凹に当てはまる。生まれも育ちも国籍も身体も脳も違う、みんなちがった柄、色、形、大きさの凸凹です。
これがもしパズルだったら……素敵な絵ができ上がるわけじゃない。ぐちゃぐちゃで、色とりどりで、歪んでいて、裏も表もなくて、枠もなくて、完成も、失敗もない。そんなパズルになると思います。
完成も失敗もないから、安心してそこに居られる。
安心することができるから、自分を装うことなく、そのままの凸凹を受け入れられる。
自分の凸凹を受け入れられたら、他人の凸凹を受け入れることができる。
自分の凸凹も、他人の凸凹も、理解しながらつながっていける。
もし、今いる場所が、居心地が悪いと感じるなら、その群れが描く、完成図があるからです。完成するってことは、決まった形が必要ってこと。そんな都合のいいことなんてあるのでしょうか。そもそも完成図は必要か。自分にしかない凸凹を持っているのに。そのままでいいのに。
ちがいとまちがい
考えてみれば、個性にちがいはあっても、個性にまちがいはないです。苦しいときは、このちがいとまちがいが一緒になっちゃっています。
ちがいは、何かと何かのちがいです。私とあなたです。私とあなたは違います。もちろん、そうです。感じ方も考え方も表現の仕方もなにもかもちがいます。
まちがいは、なにか正しいものがある場合です。正しい個性って聞いたことも見たこともありません。だから個性にまちがいはありえません。ということは、完成図にまちがいがある……そもそも完成なんてするの?
完成も失敗もしないパズルづくりの中で、多様な個性、ちがい、に出会えます。それこそが子育て中には大事なことだと思います。
自分では許せないわが子の言動を、だれかには許してもらえる。
自分ではイライラしてしまうことを、面白がってくれる。
自分では心配していたことが、子どもの個性だと認めてくれる。
「大丈夫」とだけ言ってくれる、おばあちゃんがいて、なんか安心する。
なんかいつも怒っているおじいちゃんがいて、なんか気になる。
強固な人見知りが、人見知り臭を嗅ぎつけて話しかけてくれるけど目は合わない。
人の気持ちにすごく敏感な人もいて、いつも気にかけてくれる。
人の気持ちにすごく鈍感な人がいて、いつだって話しかけてくる。
子どもと遊ぶのが得意な大人もいる。子どもの遊びを見守るのが得意な大人もいる。子どもと遊ぶのは苦手な人もいる。
いつも道を掃除するのが好きな人がいる。
電車が好きで、自分も電車になりたいと思っている人がいる。
ちょっとまわりを見渡すだけでもいろいろな人がいると思います。
その色々な人の中で子育てすることで、親も子どももそのままの自分でOKと思える。
どこのだれかも知らない人が作った、正しそうなパズルを完成させようと苦しむのをやめて、どこのだれかも知らない人と、完成しないパズルを作りませんか。世間話しながらなんてどうですかね。
「私たちは敵じゃないよ」
横浜市乳幼児一時預かり 一時保育さんぽ 平日9:00~17:00
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プロフィール
燕昇司知里
21歳で結婚して、22歳、23歳で女の子を出産。育児を楽しめなかった暗黒期を経て、33歳で男の子を出産。そこで初めて家族との育児の楽しさ、地域との関わりでの子育ての楽しさを知る。自分の経験から育児をつらく感じている人に寄り添いたいと思い、35歳から通信制短期大学で保育士資格を取得し、子育て支援の世界へ。その後様々な生きづらさを感じているご家庭にも直面し、特別支援士、早期発達支援士を勉強、取得。おしゃべりカフェ「ぽこぺん」に参加。自身ではワークショップ「ワレワレハウチュウジンダ」にて、だれもが暮らしやすい地域を目指している。
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