なにもしない勇気
横浜市都筑区にある一時保育さんぽは、横浜市乳幼児一時預かり事業の保育施設です。預ける理由は問いません。0歳から未就学のお子さんをお預かりし、自然の中でたっぷり遊びます。たくさんの地域の方に見守られながら、親も子もスタッフも一緒に育ち合っています。

(文=一時保育さんぽ・燕昇司 知里/写真=一時保育さんぽ)
*このシリーズでは、「子どもを育てる」現場の専門家の声を、毎月リレー方式でお送りしていきます。

 

思い出は感覚

今年は一時保育さんぽがあるえだきん商店街の夜店市が3年ぶりに開催されました。

バケモノさがしのチラシ。本当にバケモノが出てきそう

私たちは毎年「人形劇」と「お化け屋敷」を出店していました。しかし今年はコロナ禍ということもあり、室内ではなく屋外でのイベントプランを立てることになり、そこで「バケモノ探しスタンプラリー」という企画を考えました。

内容は、商店街に散らばったバケモノを探します。バケモノを見つけたら、「スタンプ下さい」と声をかける。スタンプがもらえる。全部のスタンプを集め、受付に戻ると一時保育さんぽオリジナルお札になるというアナログコミュニケーションです。

お札を読んでみると……

バケモノに扮するのは、さんぽスタッフです。いつもは泣いている子に寄り添い、笑顔溢れる人たちですが、こういったことになりますと、容赦なし。全力で身も心もバケモノになります。

どうして全力かというと、えだきん商店街のお祭りに参加する子ども、ご家族の思い出として、その夏の感覚として残ってほしいからです。

みなさんが子どもの頃、お祭りには参加したことありましたか?その時の思い出や感覚ってどんなものでしたか?

 

明るさ、暗さ、匂い、音、人の多さ、迷子…今回は祭りには行かないで家にいる時の感じ……。ちなみに私は、金魚釣りをして持ち帰り用の袋の細いビニール製の紐が手に食い込んで痛いのと、綿あめのベタベタ感とか、夜の気持ちいい風、暗さ、食べ物のにおい、大人の笑い声、なんとなくふわふわするような感じ。そんなのがよみがえってきます。

 

お祭りを継続させたい大人たちは、みんな子どもにそんな感覚を思い出として受け継がせたいのだと思います。えだきん商店街は特に伝統的な催し物があるわけではないのに、長く愛されているのは、そんな大人たちの思い が子どもやそのご家族に伝わっているからなのだと思います。そして大人になった時、自分の子どもをお祭りに連れていき、思い出をつくる。今年もそんなご家族でいっぱいでした。

打ち合わせ中のバケモノ

「バケモノ探し」もそんな思いを持つ人たちで作っていますから、こっちも本気です。まじバケモノです。

まじバケモノに対して、「スタンプください」と声をかけるのは勇気がいります。ギャン泣きする子、電柱に隠れてしばらくこちらを見ている子、何十分も固まり意を決して「スタンプください」と言う子、お兄ちゃんに全部やってもらう子、お母さんの後ろに隠れて手だけ出し「スタンプください」という子。さまざまな子どもの表情、心情を見ることができ、またそれに付き添うご家族の笑顔がなにより印象的でした。のっぺらぼう(私)のお面の下では感動という汗が止まりませんでした。

勇気を出して「スタンプください」って言えたこと、言えなかったこと、お兄ちゃんすごいと感じること、どんなことでもその子がその時感じた感覚、この夏感じた感覚は、きっとその子に蓄積されていく。自分で言えたかどうかが重要じゃなくて、その時子どもは何を感じたかが重要で、それはその子だけの特別な体験。そしてそれを親や私たち大人は「そうだねそうだね」って一緒に感じられることが幸せだったりします。

チームバケモノ

通じ合う一瞬

お祭りでバケモノを見て「怖かったね」「そうだね、怖かったね」って親子が同じ思いを共有したり、お互い共感するとなんだか気持ちが混ざり合って、お互いを認められる。一瞬幸せを感じる。連れてきてよかった。でもすぐに「もう一回やりたい」なんて言われたら、「へっ?」ってなります。「それはないわー」と一気に大人の感覚に戻る。そこに「そうだねそうだね」感はなくなり、「こうでしょこうでしょ」感がやってくる。「今やったばっかりでしょ」「もう終わりでしょ」。そんなもんですよね。さっきまで通じ合っていたと思ったのに(笑)きっと子どもは本当にもう一回やりたいわけではなく、さっきご家族で通じ合った一瞬が心地よかったのだと思います。だけど子どもがそんなこと言うはずありません。「さっき、お母さんと通じ合えたよね。サイコーだよ。また通じ合いたい」。そんなこと言えないし、わからないから、とりあえず「もう一回」になる。「もう一回やりたいくらい、お母さんも楽しかったよ。そうだねそうだね。また来年来ようね」って言ってあげてください。私たちもまた来年がんばりますので。

 

 

日常もそんなことだらけではないですか?

食事をよく食べてくれていると「おいしいね」って「そうだねそうだね」って言い合える。よく遊んでいたら「疲れたね、楽しかった」に対し「そうだねそうだね」って笑顔で応えられる。

だけど、食べてくれないと「ごちそうさま」に「もっと食べなきゃだめでしょ」になり、遊べずにいたら「遊ばなきゃ帰るよ」になっちゃう。

「そうだねそうだね」って言える時って、こちらとしては子どもの行動に安心していられるからなんですよね。食べない遊べない寝ない、できないことになると急に不安になる。不安になると「そうだねそうだね」は出てこなくなっちゃう。

 

 

できないことを楽しむ

一時保育さんぽに来ている4歳の女の子(Aちゃん)がいます。Aちゃんはおむつを使っています。周りはトイレで排泄をする子も増え、「Aちゃんもトイレ行ってみる?」とスタッフが聞くと「行かない」とのこと。私たちも「了解です」と答えていました。

ある日、Aちゃんはおうちで「なんで私は、トイレでおしっこできないんだろうね。不思議だね(笑)いいのいいの困ってないし、ありのままで」ってお母さんと話したそうです。

トイレでできない自分のことも知っていて、できない自分を不思議がる、笑える、それが自分と認めるって、トイレで排泄できることよりも何々倍もすごいことじゃないですか?お母さんもこれまでずっと見守っていらしたのがすごいです。

彼女がトイレで排泄する日は一体いつで、どんなタイミングで、何がきっかけで、どんな感想を持つのか、何を感じるのか、本人も親もスタッフも楽しみなわけです。

 

ある男の子は、なんでも自分でやりたい時期。服もおむつもご飯も自分で。やりたいけどできない。でもできないことを阻止されたり、途中で手を出されると怒る。お母さんとしてはやらせてあげたい、でも時間もない、イライラもする。「こんなときどうしたらいいですか?」「どう言ったらいいですか?」「どうやって手伝えば怒らないですか?」すごく悩んでいます。

こういう時、子どもを諭そうとしても、待っていても、なかなか解決できないですよね。時間は無限じゃないですので…「あの~そろそろ」とした手に出ても、「もう時間ないです」って強気に出ても、だいたいうまくいかない。

そんな時、できないことを楽しんでみるのはどうでしょうか。「できないね」「なんでできないだろうね」と共感したり、不思議がって、解決しようとしない。

できないってことを共感する意味もありますが、できないことは悪いことではないことも伝えたい。できないことでイライラすることも悪いことではないこと一応伝えてみます。できないことの不思議、できるまでの楽しみ、新たな価値観を感覚を試してみてください。

そして副産物として、共感してもらえたことで安心感を得られ、案外こちらの手助けをすんなり受け入れてくれる日も来るはずです。

そんな日が来ること楽しみにしましょう。その日が来たときはぜひ教えてください。

 

 

何もしない勇気

日常の「そうだねそうだね」は、結局何もしないということになります。本当に何もしないということではなく、とりあえず見守って、待つことになります。子育てで一番難しいと感じます。できない時間を見守り、共感しつつ、手を出さない、口を出さない。……文字にするだけでムズムズします。

ムズムズしながら見守ることで、目の前の我が子を理解する時間になります。決して何もしていないわけではないです。(周りからは何もしていないように見られがちなので、ここで伝えておかなければ)すると口なり手なりを出すタイミングがわかる。できないで泣いていたけど、そのあと10分もすれば自分で落ち着いて、泣き止んでもう一回チャレンジするんだ、とか泣き止んだ時にこう言えばいけるかとかです。すぐに何かをできるようにさせるよりも、できるようになる過程やできないことを知る。これは子育て中の何十年にも続く闘いでもあり、楽しみでもあります。

セミが怖くて触れなかった子が、抜け殻ならいけるようになり、今度はだれかからそっと渡せてもらえれば触れるようになり、そして自分で捕まえられるようになる。すると今度は他の怖がっている子にそっと渡せる子になっている。

何かができない時間を大事にすることは、自分を大事にされたことにもつながると思うのです。そしてだれかを大事にすることもできる。本当にそうなの。

 

ちまたでは「○○ができるようになる」「○○のような子を目指します」とあり、なぜだかそうさせなきゃいけないのかなって不安とか焦りのようなものを感じます。不安と焦りから早いうちに行かせなきゃ、やらせなきゃと感じることがあると思います。でも何かができることが良いこと、評価されることではないです。それはできないことは悪いことではないし、評価されることでもない、同じです。○○ができるようになるから安心するのではなく、○○ができないけど大丈夫って思えるかどうか。できない自分、そのまんまの自分を好きでいてくれるご家族がいてくれることはなによりの感覚。それは蓄積される。夏の思い出と同じ。

そして蓄積される感覚は目には見えない。だからなにもしないことに勇気が必要。見える、できる成果物に惑わされないで、なにもしない勇気がその子の見えない部分の根っこを育んでいるよ。

見せちゃいけない部分。休むバケモノ

 

Information

横浜市乳幼児一時預かり 一時保育さんぽ 平日9:00~17:00

横浜市都筑区荏田南5-8-13 1階 TEL:045-532-9960 、FAX:045-532-9967

http://www.nohara-net.com

一時保育さんぽの情報は、さんぽ公式LINE(ID @787edpet)に登録または、ホームページで。

LINEチャットで世間話やお悩みや愚痴を吐き出しませんか。

さんぽの扉LINE(ID @159qtebc)

 

<プロフィール>

燕昇司知里

21歳で結婚して、22歳、23歳で女の子を出産。育児を楽しめなかった暗黒期を経て、33歳で男の子を出産。そこで初めて家族との育児の楽しさ、地域との関わりでの子育ての楽しさを知る。自分の経験から育児をつらく感じている人に寄り添いたいと思い、35歳から通信制短期大学で保育士資格を取得し、子育て支援の世界へ。その後さまざまな生きづらさを感じているご家庭にも直面し、特別支援士、早期発達支援士を勉強、取得。おしゃべりカフェ「ぽこぺん」に参加。自身ではワークショップ「ワレワレハウチュウジンダ」にて、だれもが暮らしやすい地域を目指している。

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