私は愛犬とドッグセラピー活動を行っています。犬の存在は、人の心身のストレス緩和や安定につながることが期待されています。恩田町に、犬と共に過ごすことができる高齢者デイサービスひびきの家があることを知り、私はワクワクしながら訪問しました。
青葉台の住宅地を抜け西に進んだ先に、目の前の視界が開け田んぼの広がるエリアがあります。歩いていくと、古い建物ながらも手の行き届いた花壇に囲まれ、手作り看板のあるアパートにたどり着きました。
中に入ると、一見狭そうに見える集合アパートの外観とは想像がつかないほどの、広い空間が広がっていました。壁が全て取り払われた開放的な部屋には、卓上ゲームや運動に取り組む利用者の皆さん、スタッフとの会話、懐かしい音楽、じゃれ合って遊ぶ犬たちの声などが入り交じり、活気を感じます。
ひびきの家は、アットホームな高齢者向けデイサービスです。8:30から17:30までの開所時間には主に70代から90代の方が訪れます。一人ひとりに寄り添えるよう、1日の定員も10名以下の少人数にしているそうです。また、現場で働くスタッフ自らが朝夕往復送迎を行うことで利用者さんのご家族との意思疎通もしやすくなっているとのこと。
午前中は血圧測定などの健康確認やお薬管理などをしながらゆっくりとお茶を飲んでくつろぎ、お昼は栄養バランス満点の手作り昼食を食べ、午後は皆で体操をしたりゲームをしたりおやつを食べたりして過ごしつつ、その合間で希望する方への入浴や、それぞれの機能レベルに合わせた機能訓練の時間が設けられています。
ふと横を見ると、介護士と壁に向かって起立訓練を淡々とこなしている方の姿がありました。なんと50回以上、こうした立つ・座るの動きをしているそうです。ちなみに取材当日にお会いした皆さんは90歳以上のご高齢!
「自分でする」が基本。できなかったこともできるように
ひびきの家の室内にはハンドメイド品が飾ってあります。洋裁や着物の仕立てなどを得意としていた方をメインに、頭と手先を使って創作活動を楽しんでおり、作品の一部は柿の木台郵便局で委託販売されています。
ひびきの家では、一部の作業だけではなく針仕事の過程すべてを皆さんにお任せするそうです。
スタッフが手を貸せば早く完成するかもしれませんが、それだと本当の意味で作ったことにはならない。ひびきの家では、「できることは自分でしてもらう」が基本方針です。
「例えば足の不自由な方をトイレにご案内する時、車いすに乗せてお連れする方が早いです。でもそれだと、時間をかければ本来歩けるはずの方をますます歩けなくさせてしまう。だから私たちは車椅子には頼らず、時間がかかってもなるべくご自身が自分の足で歩けるように介助します」と、矢部さん。そんな矢部さんらの努力の成果もあり、最初は車椅子移動だったのが、ついには杖をついて自立歩行でトイレに行けるようになった方もいるそうです。
例えば食事の準備にも「できることを」の精神が表れています。
昼食は矢部さんが主に調理をしていますが、利用者さんにも食事作りに加わってもらうこともあるそうです。
私も食べさせていただきましたが汁物一つにしても具沢山で味わい深く、隠し味にカレー粉が使われている冷菜など、どれも丁寧さが感じられ、食いしん坊の私もテンションの上がる食事でした。
安心感の秘密は豊富な介護知識とスタッフの連携
ひびきの家のスタッフは、介護福祉士である矢部さんご夫妻と佐々木さん、そして機能訓練を担当する看護師(輪番制)の4名体制で成り立っています。私が以前ひびきの家を訪ねた時、なぜか初めてとは思えない親戚の家に来たような親近感がありました。気づくと私も地ベタであぐらをかいていて、いつの間にか犬達も太ももの上でくつろいでいました。そんな心地の良い空気感を作り出していたのは、矢部さん夫妻と佐々木さんの関係性にあるようです。
3人は以前勤務していた元石川の介護老人保健施設からの長い付き合いです。「大規模施設ではなく、もっと少人数できめ細やかなケアのできる介護事業で独立したい」という矢部さんの思いに賛同した佐々木さんと共に作り上げられたのが、このひびきの家とのこと。これまでに培ってきた介護の知識や経験を共有し、対話を積み重ねることで生まれた3人の信頼関係があること。それが、利用者さんやそのご家族に安心感や信頼を与えられているのだろうと確信しました。ひびきの家は2024年5月で17年目を迎えました。また、セラピー犬はひびきの家に来てから約7年が経ちました。
慣れ親しんだ地「恩田町」と大家さんとの出会い
なぜ恩田町にひびきの家を設立したのか、矢部さんに聞いてみました。するとそこには矢部さんの慣れ親しんだ地に対する思いや、介護を仕事としたきっかけが見えてきました。
以前勤務していた介護老人保健施設から独立するにあたり、まずはこれまで勤務していた元石川近辺から物件探しを始めたそうですが、当時は介護事業というと貸し渋られなかなか苦戦したそうです。その時、ふと矢部さんの頭によぎったのが、母方の祖父母のいる恩田町でした。
「私は、母親が父方の祖父母の介護をすることも当たり前に見てきましたし、高齢者の世話をすることが普通の感覚で暮らしてきました。自分が介護職につく原点は、自分の生まれ育った環境にあるのだと思います。独立するならば地域貢献という意味合いもこめて、幼少期に慣れ親しんだ恩田町で介護の仕事ができればいいなと」
そんな思いを抱きながら恩田町で物件を探すと、不思議と人と人がよい形でつながっていきました。「いつか自分だって介護でお世話になる時が来るかもしれないから」。介護事業に対して大きな理解を示してくれた大家さんとの出会いがあったのもこの時でした。
その大家さんは数年後、実際にデイサービスひびきの家の利用者となり、横浜市から表彰される100歳という長寿を全うしたのだそうです。
犬と共に過ごすデイサービス
ひびきの家には犬が最大7匹います。犬好きの矢部さんと佐々木さんが飼っている犬です。
犬とふれあうことで、人は精神的なストレスが緩和されたり、日常生活の活動性が高くなることが期待されています。ドッグセラピーとしてさまざまな形で犬とのふれあいを取り入れる施設は存在しますが、犬達と毎日過ごすことのできる高齢者サービスは大変貴重です。
ひびきの家では犬とのふれあいタイムを特別設けることなく、自宅で犬を飼うかのように自然な形で利用者の方と犬が過ごしています。ひと昔前までは犬は庭先で自由にしていたことが多く、ご高齢の方は自由に歩き回る犬の姿を見ることで懐かしく感じ、記憶がよみがえることもあると矢部さんは言います。犬好きの方は犬を抱っこすることで自分の意識を犬に集中させ、手から犬のぬくもりを感じ、犬と目と目を合わせることで多くの刺激を受けることになるのです。普段手を動かす習慣のない方でも、犬を触ったり抱こうとする自発的行動が見られたり、犬に触れていくことで表情が和んだりします。
犬同士が遊び回る姿を目で追って楽しんだり、ひびきの家での暮らしの中には、直接犬に触れずとも、五感を刺激する要素がたくさんあります。犬がいるデイサービスだということを聞きつけてひびきの家にやってきたという方もいたのだとか。
利用者さんが犬と一緒に過ごすことの身体的・精神的なメリットが多くある一方で、介助する側にはリスクに対する配慮と責任が生じます。
利用者さんのケアもしながら動き回る犬(それも最大7匹!)の世話をするのはさぞかし大変では?との問いに佐々木さん「私たちにとってみれば犬も家族だし、普通のことをしているだけですよ」と、何とも頼もしい返答でした。お昼ごはんと体操時間は柵やケージで区切る、リードでつなぐなど、危険回避の対応もしっかりしています。矢部さんも佐々木さんも、介護のプロでもあり犬の飼い主としての意識も高いプロでもあるのです。
最後に佐々木さんが「またいつでもふらっと遊びにきてくださいね。いつでもお待ちしていますから」と庭に案内してくれて、手塩にかけて育てているきれいな花々を見せてくれました。そして多肉植物の寄せ植えを私の手のひらにポンと乗せてくれました。
取材が終わってから、ひびきの家周辺の田園地帯を散策していると、近くを通った車から矢部さんの声がしました。「今日はありがとうございました。またぜひ来てくださいね!」。
利用者の家族でもないのに、そんな風に声をかけてもらえる幸せ。なんていい家なのだろう。お言葉に甘えて今後も「私にとっての第二のおうち」に足を伸ばしてしまいそうです。
デイサービス ひびきの家
横浜市青葉区恩田町3208-4
045-985-6432
営業日:月曜日~金曜日・祝祭日
(定休日:土曜日・日曜日)
サービス提供時間:9:30-16:30
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