畑と野菜とおしゃべりと「みんながHAPPYになれるコミュニティをつくりたい」大入農園のこころみ
東急田園都市線・江田駅から徒歩15分。あざみ野南の住宅街に広がる畑の一角に「大入農園」が営む野菜の直売所「GREEN GROCER」があります。オープン日には、採れたての元気でカラフルな野菜を求め、地域の人をはじめ、遠方からも人が駆けつけて、買い物とおしゃべりを楽しんでいます。

気になっていた地域のスポット「大入農園」

かつて、私がよく通るバス道路沿いに「栽培・収穫体験ファーム 大入農園」がありました。住宅地で農体験できるんだ……とちょっぴり気になる存在でしたが、体験することもなく、コロナ禍に行政からの対面禁止の指示で閉園してしまいました。しかし2024年の1月から若いカップルが畑を耕しはじめ、突然畑の入口にテーブルを出して野菜を売り始めたのです。カラフルで元気な野菜が並び、購入して食べてみるとこれがまたおいしいのです。鮮やかなネイルをした若くて元気なお姉さんが、いろいろと野菜の説明をしてくれて、その隣にはにこやかな外国人のパートナーがいました。それが石渡真歩さんと、石渡セバスティアンさんです。

 

LINEの公式アカウントもあり、登録すると野菜販売等さまざまな情報が届きました。そして1年も経たないうちに畑に囲まれた場所に小さなユニットハウスが建ち「GREEN GROCER」と書かれた看板を掲げ野菜の直売を始めたのです。次から次へと進化していく地域の気になるスポット「大入農園」を取材してきました。

畑の入口にテーブルを出して青空の下、野菜を売り始めた大入農園。赤いギンガムチェックの布が敷かれて、10種類以上ものカラフルな夏野菜が並び、見ているだけでも元気がもらえました

野菜が身体にどう影響するか

あざみ野南にある大入農園は、石渡真歩さんの実家である石渡家が代々続けてきた畑です。私は大入さんの農園かと思っていましたが、大入とは昔の土地の名前だそうで、近くには「大入公園」という公園もあります。

 

真歩さんは、生まれも育ちもあざみ野南で、5代続く工務店「石渡番匠」を営む大工のお父さんと一級建築士のお母さんという、ものづくりが得意な両親のもとで育ちました。幼少期からクラシックバレエを習い、絵を描くことも好きだったという真歩さんは美術・デザインコースのある高校へ進学します。チアリーディング部に入り、部活と美術に打ち込んだ高校時代を過ごしました。チアの活動では何度もケガに見舞われて、だんだんと身体のことに興味が湧くようになったのだそうです。両親共に手に職を持っていたことから大学進学の際には、自分も資格が欲しいと考え、“柔道整復師”の資格取得を目指して日本体育大学へ進学しました。柔道整復師は骨折や捻挫などの怪我に対して、体の自然治癒力を活かしながら施術を行う国家資格を持つ専門職です。

 

「私は大学時代から、食べ物が身体にどう影響するのかということに関心があって、大学院にも進学し、研究に励みました。当時はアメリカでビーガン(完全菜食主義者)やベジタリアンの人口が徐々に増加していて、ビーガンやベジタリアンの食生活を選択し、オリンピックなどの大きな大会に出場するアスリートもいました。アスリートは特に肉を食べろって言われてきたのに、肉や卵を食べないこの人たちの身体はどうなっているのだろう……と気になって、野菜を食べた時と、肉を食べた時の動脈の変化や違い、それに伴う運動パフォーマンスの変化についての研究を2年間やっていたんです。栄養学については、その時相当勉強しました」と話してくれました。

 

大入農園の公式ラインや、インスタグラムでの発信には、野菜の栄養素についてや、野菜が身体に与える影響などについての情報が充実しているのですが、真歩さんの経歴とお話を聞いて、なるほどなと思いました。

 

 

奇跡的な出会いと二人揃っての決意

真歩さんは2022年に大学院を修了しますが、就職活動を始めた時にはコロナ禍の真っ只中。思うような活動ができずにいた時に“オペアプログラム”というホストファミリーのもとで子どもの世話をしながら文化交流を行うプログラムを見つけます。大学院修了と同時にこの制度を使いアメリカ、カリフォルニア州とユタ州にて、住み込みでベビーシッターの仕事をしていたそうです。その時にたまたま出会ったのが今のパートナーであるセバスティアンさんなのだそう。

 

初めて会ったのにお互いに「たぶんこの人と結婚するな」という直感があったというお二人。「結婚について考えたことがなかったのに、運命の人に会うと分かるって感じなんです」と笑って話してくれました。

 

セバスティアンさんは、アメリカでメキシカンファミリーの6人兄弟の5番目で育ちました。真歩さんと出会った当時は、ニューヨークでアンドロイドエンジニアとして働いていました。日本のアニメや漫画が好きだったことから、出会った当初はすでにひらがなの読み書きは習得していたそうで、高校生の時には日本に留学したいと考えたこともあったそうです。

 

真歩さんとセバスティアンさんは、出会った翌年の2023年には二人揃って日本へ帰国して結婚。

 

一方、「体験ファーム 大入農園」は、10年以上真歩さんのおじいさんが続けていましたが、コロナ禍で対面での活動が制限されて農園の継続が困難になり、80歳を過ぎたおじいさんはやむを得ず農園を閉園しました。おばあさんはその後も一人でできる範囲の畑を続けていたそうです。小さなころから畑が青々しているのが当たり前だった真歩さんは、閉園した畑を見てとても悲しかったと言います。

 

二人は、セバスティアンさんのビザが下りるのを待つ間、互いに就職活動をする合間に畑を手伝っていました。そんなある日、草むしりをしながら「ファーマーをやってみる?」とどちらからともなく言いだし「今同じことを思っていた!」と二人は揃って2023年12月に農家になることを決意したそうです。決めたからには行動が早い二人。翌月から早速畑づくりを始動します。

 

 

トライ&エラーの繰り返し

——畑づくりはまずどんな感じでスタートしたんですか?

 

真歩さん:私たちは畑の経験も知識もゼロだったので、まずは土づくりから野菜を育てて収穫するという一通りのことを経験するところから始めました。

 

1年目は、農協主催の「新規農業後継者講習」を1年間二人で受講しました。座学と実技を教えてくれる講座で、先生達が月に1回自分達の畑を見に来て、具体的なアドバイスをくれて、それがとてもいい経験でした。あとはおばあちゃんや親せきのおばさんのサッチャンからも学んでいるんですけど、自分達でネットや本で調べて勉強することが多く、ほぼ独学で自分達で判断しながらやっているので失敗もたくさんしています。

 

セバスティアンさん:そうそう、難しいね。ひたすらトライ&エラーを繰り返してるよね。

 

真歩さん:そうだね。今年のトウモロコシはこうだった。これをするのが遅かったからダメになった。こうしたことはよかった。来年はこうするべきっていうのを全部記録しているんです。

 

——そうなんですね。「去年は知識も経験も足りずうまく育たなかったから、今年は絶対に立派に育て上げる!」ってインスタグラムに強い決意が書かれてあって、買い手としては、去年からの過程を知ることで今年のトウモロコシがちょっと感動的に思えたし、みずみずしくて甘くてとてもおいしかったです。失敗から学んで次につなげているのがすごいな~って感じました。大入農園のSNSは、そういう過程も発信しているところ魅力的で面白いですよね。

去年の倍以上の本数が育ったという今年のトウモロコシ。朝どれ販売のために朝3時半から収穫し、1時間で完売したそうです

意思や思いに共感してくれる人、私達の野菜を好きと言ってくれる人に出会いたい

真歩さん:畑のことを発信している農家って少ないんです。農家は高齢の方も多いですし。作物ができるまでのことを知らない人も多いと思うんですよね。野菜一つひとつ手間をかけて苦労して作っているから、それを知ってもらうことで、食べるときのありがたみも大きくなるかもしれないですよね。畑って大変で難しいけどそれが面白いし、農業ってカッコイイと思うんです。そんなことが伝わると良いなと思います。

 

それに年齢に関係なく新しいことを知るのは面白いですよね。畑の中から面白いって思えることを見つけて発信していきたいなと思っています。

 

SNSで発信することで、私達の意思や思いに共感してくれる人とか、私達の作る野菜が好きって言ってくれる人に出会いたい。今の時代、発信したら出会える可能性があるし、出会えたらお互いにハッピーじゃないですか。

公式ラインには栽培中の野菜を使って簡単に作れる料理の写真とレシピがよく送られてきます。これは「とろとろステーキナス丼」。簡単で作りたくなるレシピが多い

美しい姿で届けるために時間と手間をかけて

——ポスターやパッケージなどのビジュアルもすごく凝って作っていますよね?野菜のパッケージとかもすごく丁寧にしているなぁっていう印象があります。

 

真歩さん:パッケージやポスターなどは、細かいところまですごくこだわっていますね。私は美術も学んできたので、こだわりが強くて、お店とかインスタグラムのブランディングも意識して作っています。お店の黒板の絵とか、今回のハロウィンの絵も3回書き直して3時間くらいかかってて (笑)

 

野菜は暑い日も寒い日も一生懸命育てているので自分の子どもみたいにすごくかわいくて愛着あるんです。だからおいしそうに見える美しい姿でお客さんに届けたいんです。そのためディスプレイやポップなどで私の思い描く店の雰囲気を作り出したり、オリジナルのロゴシールも何度も試行を重ねて今のものになったし、そのシールを貼る位置も各野菜とのバランスを考えて「ここに貼って!」と何度もセバスティアンに言って。最近セバスティアンはシール貼りのプロです(笑)うるさくてごめんね。

 

セバスティアンさん:大丈夫だよ(笑)

パッケージに貼るオリジナルのシールは、二人の顔のイラスト入り。農園らしいナチュラルな雰囲気

 

シーズンごとに描きかえる真歩さん自作の黒板アート。クリスマス前にはMerry ChristmasならぬVeggies Christmasと書かれていました

不揃いの野菜たち 

——夏に買ったモロヘイヤなんかは葉っぱをつんであったり、里芋もきれいに洗ってあったり、料理をするうえで使いやすいです。でも、これって結構手間がかかっていますよね。

 

真歩さん:それは60年農業をやっているおばあちゃんの直伝で、農業始めた時から野菜の洗い方とか叩き込まれましたね。すぐ使えるように洗ってあるっていうのもおばあちゃんのやり方で、お客さんからもそこは褒めてもらえます。手間なんだけれど、でもそれをすることでお客さんが喜んでくれるなら、全然やりますって感じです。そういうのも「おいしそう!キレイ」って思ってもらえることにつながるし。

 

おばあちゃんは昔ながらの農家として厳しく教育されてきたので、ちょっとの傷でも絶対ダメなんです。どこの農家さんもそうだと思うんですけど。スーパーに出るA品と呼ばれる野菜で、曲がったり傷のあるいわゆる不格好な子などはたくさん捨てられていて……でも私達はその形も個性と思っていて。料理をする側から見たら、切って焼いてしまえば一緒だし、不格好でも新鮮さがうれしいと私は思うんですよね。だから、形が悪いものとかはちょっと多めに入れたりして、あまりにもダメなモノは、ジュースにして販売したり、なるべく捨てない、ロスを出さないようにしています。「どうせ煮ちゃうから全然大丈夫、むしろ多く入っていてうれしい!」って言ってくださるお客様もたくさんいます。全部愛情をこめて育てた野菜たちだから、見た目だけの問題で破棄されるものは減らしたいし、ここのお客様はそれを受け入れてくれて、同じような考え方の人が多いので、形が悪いからっていう理由で売れ残ったりすることはないですね。

 

 

野菜とおしゃべりとコミュニティ

英語とスペイン語をネイティブに話すセバスティアンさんとの会話を楽しみに訪れるお客さんも多く、海外に住んでいたという方や、いろんな国の外国人のお客さんが訪れてきます。言葉が通じることの安心感と、母国語で会話できることのうれしさもあるのでしょう。この日は日本に住んで30年というスリランカの方がお買い物に。辛いハバネロを購入していきました。いろんな野菜といろんな人がいてなんだか楽しい直売所です

 

お店の入口にあるウッドデッキには、小ぶりなテーブルセットとベンチがあるので、ちょっとした憩いの場にもなっています。犬のリードも固定できるので、ワンちゃんも一緒に一休み

——ここで買い物するお客さんは、大抵いつも真歩さんやセバスティアンさんと楽しそうにおしゃべりしていますよね。

 

真歩さん:そうですね。農家って仕事が多くて忙しいから、直売をしている農家さんの多くが無人販売だと思うんです。無人にすればその分作業ができるんですけど、私たちは最初から有人販売にこだわっています。やっぱり買ってくれる方とお話できるのは私たちにとってもうれしいし。自分がお客さんとしてお店に行った時のことを考えても、メモとかの説明書きを読むのと、同じことを人から聞くのとでは記憶の残り方も関係性も違うと思うんですよね。

 

私たちが個性的な野菜を作っているから、料理の仕方を説明したり、そこから始まる会話もあって、「今日は真歩ちゃんセバスティアンとおしゃべりできて楽しかった」って言ってくださるお客様も多くて。特におばあちゃまなんかはおしゃべりを楽しみに歩いて来てくれる方も多いんです。

 

「今日は赤い大根買ったから楽しみだ」とか、「紫のジャガイモを買ったからどう料理しようか考えるのが楽しい」と言ってくださる方もいて、それって栄養面だけなく、心の健康にもつながるんじゃないかと思うんです。

 

私は学生の時に野菜と身体の関係について研究をしていたので、野菜が身体にいいことをみんなに共有したい。押しつけがましくはしたくないけど。

 

最近は、ウッドデッキにテーブルと椅子も置いてあるので、お客様同士で、「こんな風に料理をしたらおいしかったよ」って話していることもあって、そんな光景が見られるのは私達もうれしいんです。店主とかお客さんとか立場に関係なく、みんなで健康とか食べ物について楽しく話をしたり、ハッピーになれるコミュニティになるといいなと考えているんです。

 

 

最後に今後について聞くと、セバスティアンさんが「畑を残していきたい」と話してくれました。真歩さんは「『こんな住宅地に畑があるんだ!』とよく驚かれるのですが、この辺りは少し前までは山や畑ばかりで小川や田んぼもありました。開発が進み区画が整理されて、住宅が増えて畑がどんどん少なくなってきたんです。昔からある畑のある風景は未来にまで残して守っていきたいね。と二人で話しているんです」と教えてくれました。

ハロウィンの日は、子ども向けにイベントを企画。ゲームとお菓子を用意していたら、次々に親子連れがお店を訪れていました。セバスティアンさんとゲームを楽しむのは、手づくりのミャクミャクの仮面をかぶってきてくれた兄弟です

 

11月に行われた芋ほり体験の大人の回に参加しました。手で土を掘るというのがとても新鮮で、赤紫のお芋が見えると「あったー♪」と心がときめきます。初めて会った人ばかりですが、みんなで作業すると楽しいものです

根底にあるのはシンプルな愛情

取材の中でセバスティアンさんに、エンジニアから農家になることに抵抗はなかったのかを質問したら「抵抗なんて全然なかった。僕はシンプルな男だから、畑をやっていたらハッピーで、エンジニアをやっているときよりQOL(生活の質)は全然高い。やりたいことを頑張るんだから成功する。大丈夫」と明快な答えが返ってきました。

 

直売所「GREEN GROCER」の店内には、お客さんからの手紙が貼られ、野菜のおいしさに感動したことや二人を応援する言葉等が綴られていました。

 

おいしく魅力的な野菜を作ろうとトライ&エラーを繰り返しながら懸命にチャレンジする二人の姿は、人に元気を与え、また周囲もそれを応援したくなるものです。ほんの2年弱前に知識も経験もゼロからスタートした新米農家とは思えない二人ですが、農業をはじめて1年目には不安もいろいろあったと真歩さんは話します。そんな時に支えになったのは、毎週来てくれるお客さんからの「おいしいんだもん」という言葉や、セバスティアンさんの「成功するから大丈夫!」という言葉だったと言います。頑張れる原動力はそんなシンプルな思いや言葉なのかもしれません。

 

手間暇かけて心を込めて育てた新鮮でおいしい野菜に、買い物や収穫体験などを介した人々との交流、SNSでの魅力的な発信やビジュアル等、大入農園の魅力は多岐にわたっているのですが、それらすべての根底には“愛情”がありました。取材の中で何度も耳にしたのは、育てている野菜への愛情と家族への愛、買いに来る人への思いやりです。

 

人は、おいしいものを食べたり、おしゃべりをしたり、楽しみやうれしいことがあると元気になるものです。心の健康を保つ秘訣は、いたってシンプルなことなのだと思います。

 

地域においしい野菜を懸命に作る農家がいて、その野菜を対面でやりとりしながら買える直売所がある。そのシンプルなことが人と人の間に温度感を生み、ハッピーなコミュニティへとつながっていくのだろうと感じます。

 

きっと今日も畑でそんなハッピーのタネがぐんぐん育っているかもしれません。

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この記事を書いた人
松尾圭威子ライター
横浜市港南区で育つ。結婚後は藤沢、マレーシアで暮らし、現在青葉区に在住。 色やカタチを扱うこと、人と何かをつくることが好き。思いもよらないモノ・コトに出会うことに喜びを感じ、足元にあるまだ見ぬ景色を見たくてライターへ。家族は夫、息子二人、トイプードル。
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