(text&photo:中山貴久子)
窓枠の外に広がる青空、大胆なアングルで撮られた大桟橋、船の煙突と空に浮かぶ雲……。これらの写真は、外国人の親を持つ子どもや帰国子女など、いわゆる“外国につながる子どもたち”が4か月間のワークショップで撮影して作品となった数々で、子どもたちの視点で切り取られた“横浜”がのびのびと表現されています。
この「横浜インターナショナル・ユース・フォトプロジェクト」を立ち上げた大藪順子さんは、米国のレイプ被害者70人が自己を表現するための写真作品など、「写真」のもつ力で社会課題に切り込むフォトジャーナリスト。4月7日は、横浜市青葉区あざみ野にある「スペースナナ」で大藪さんによるトークイベントが催されました。参加者には英語圏の方も含まれ、大藪さんは日本語と英語を交互に2か国語で話しました。
少年たちの悲惨な事件への思い
大藪さんがこのプロジェクトを始めたきっかけは、2015年に起きた13歳の少年が川崎市の多摩川河川敷で殺害された事件でした。ショッキングな少年犯罪として深く影を落としたこの事件の加害者は、当時“ハーフ軍団”と呼ばれた子どもたちでした。
自身も写真家として長くアメリカで暮らし、アメリカ人の夫との間にお子さんをもつ大藪さんにとって“外国につながる子どもたち”は決して遠い存在ではありません。
「あの子どもたちに居場所があって、彼らの言葉に耳を傾ける大人がいたならば、こんな悲劇は起きなかったのでは。彼らには自らのアイデンティティを見出せる環境が必要で、“写真”を通して自分の置かれている現状を直視し、自分が誰であるのかを考えるきっかけを提供したい」と、大藪さんは当時の思いを振り返ります。
「横浜インターナショナル・ユース・フォトプロジェクト」の参加対象者は、外国にルーツをもつ中高生たち。初年度の2016年は、横浜各地で行われる学習支援団体などに働きかけ、12人が集まりました。カメラは普通のカメラでよく、持っていない場合は貸出しも行います。
8月から月2回のペースで12月まで、横浜らしさが随所に見られる中区周辺にてワークショップを行います。そして、翌1月に横浜港を臨む「象の鼻テラス」を会場に作品展示会を行うのがプログラムの流れ。2017年の展示会は、複数のマスメディアに取り上げられたこともあり、約6,000人が来場し高い関心を集めました。
「写真」は言葉を使わない自己表現のツール
「ティーンエイジャーといわれるこの年代の子どもたちは、なかなかしゃべってくれません。せいぜい“まあまあ、ふつう、無理……”ぐらいです。それが“どうしてこの写真を撮ったの?”“この写真を選んだ理由は?”と写真をきっかけに切り込んでいくと、話してくれるんですね」と大藪さん。子ども一人ひとりのパーソナリティを、写真のもつ力を使って丁寧に引き出していきます。
「今の中高生は、サラリーマンみたいな生活をしています。学校・部活・塾通いと毎日が忙しくて、“したいことは何?”と聞くと、“寝る時間がほしい”ですよ!」と大藪さんは笑いを誘いながら彼らの置かれている状況を代弁します。文化祭や体育祭などの学校行事もあるので、隔週でワークショップに参加するのは簡単なことではありません。
大藪さんは子どもたちそれぞれが無理なく参加できるよう、温かくサポートしていきます。中でも大切にしているのが「子どもたちが自由に表現できる」環境づくり。「何があってもOKな状況にしてほしい」と、一緒に子どもたちをサポートするボランティアの方にも理解を促します。まず日本語で話すことを強要しない。中国語や英語など必要な通訳を配置し、あいさつなどの礼儀ができない子どもも、寛容さで受け入れる体制を整えます。
そういった環境の中で醸成される子どもたちの感性は「驚くほど素晴らしい」と大藪さんは言います。“コレを使ってコレを描きなさい”と決められてしまう日本の公教育の弊害にも触れ、自由を与えることであふれ出てくる、子どもの感性や可能性について強調しました。
写真を通して“自分”を見つける子どもたち
今回、第2回目となるワークショップは、親からの要望が多く、参加対象の枠を広げて小学5年生から高校生までの21人が参加しました。
「はじめに、子どもたちに自撮り(セルフィ)写真を撮ってもらい、IDカードにするのですが、自撮りは実は奥が深い。自分自身をどう思っているかが写り込みます」と大藪さん。下を向いたり目をそらしたり、中には顔が写っていない子の写真もあるのだとか。
その後、4カ月にわたるワークショップを通して子どもたちは大きく成長していきます。
ある子が撮ったのは中区のメインストリート、日本大通りで記念写真を撮る人たちの写真。なぜこの写真を撮ったの?と聞くと「とっても日本らしいから」というのが理由。別の子が撮ったのは、赤レンガ倉庫でのフェラーリーショーでの、車の窓に映る自分や風景の写真。ワークショップに同行したお父さんの写真。そのほか、本牧で建物のガラスに商店街の看板とカメラを構える自分が映る写真や、日本での暮らしが垣間見えるバレエを習う様子を映した写真……。
これらの作品から大藪さんは、「“自分はここにいるんだ”ということを表現してくれていて、素晴らしいと思う」と語ります。
その子にしか撮れないショットを探して
ある台湾人の女の子が撮ったのは、中華街のお祭りで獅子舞の中に入っている人の写真。一般的に獅子舞を撮るときは、大きな獅子に注目しがちですが、その子は自分の大切な友だちや地域の人たちにフォーカスしたのだと言います。
水中カメラを持っていた子は、水の中で偶然写ったラッキーショットを捉えました。何でもまっすぐにしか撮らない女の子と、何でも曲がって撮る彼女の妹。姉妹で全然違う写真が撮れるのも面白い。どちらもその子のパーソナリティで、その人にしか撮れないものなのです。友だちでなければ撮れない領域の写真もあります。
「私は“あなたにしか撮れないものを見せてほしい”と子どもたちに語りかけます。何故かというと、それはあなたにしか見られない横浜で、それは素晴らしいことだから」(大藪さん)。
彼らにしか見られないものを見つめ撮っていく作業は、彼ら自身を探求することでもあるのです。
ある中国人の高校生は、いつも下を向いて自信がなさそう。でも写真が好きなのでと高校の先生が心配してワークショップに連れてきてくれたのでした。
「“写真はユニバーサル・ランゲージ(共通言語)だから、言葉がなくても人に伝えることができるよ”と、自分の気持ちを表現してと彼に伝えました。学校の修学旅行で彼が撮ってきた尾瀬の写真は、原っぱに木が1本とか、鳥居が遠く映るなど、ポツンと一つだけの対象が写っているもので、彼自身の孤独な心の状態が表現されていました。中高生たちは寡黙ですが、彼らの写真のイメージは大声で語っているのです。その後しばらくして先生から連絡があり、前より明るく顔を上げるようになったという話を聞くことができました」(大藪さん)。
同プロジェクトでは、メディア関係の講師を招いた講演会を行うなど、子どもたちが多くの大人たちと接する機会を設けています。温かな大人たちに見守られ安心できる環境の中で、子どもたちは自分らしさを見つけていきます。確かな手応えを感じた大藪さんは、これからも、子どもたちが自分の心を開くプロセスとしてこのプロジェクトを続けていきたいと話されました。
多感な時期を過ごす中高生へのまなざし
プロジェクト後のアンケートの中に、「日本に来て大人にやさしく接してもらったのは初めてだった」と書かれたものがあったそうです。母国を離れて、慣れない土地で言葉や文化の壁を感じながら暮らす子どもたちの重圧がどれほどのものか、私たちは知らずにいるのではないでしょうか。
プロジェクト終了後にもう一度撮る自撮り(セルフィ)写真では、一皮むけた子どもたちが写っています。以前より顔を上げて明るい表情の子どもたち。どこにいても自分らしく生きてほしい、それをサポートすることの大切さは、同じように多感な時期を過ごす日本の中高生たちにも共通するものと感じました。
Picture This 2017「横浜インターナショナル・ユース・フォトプロジェクト」写真展
- 6月:ミニ写真展 @なか区民活動センター
- 7月:ミニ写真展 @みなみ市民活動・多文化共生ラウンジ
- 9月23日(日):中区多文化フェスタ @横浜市開港記念会館
【募集中!】ただ今、写真で社会的課題にアプローチする活動団体「Picture This Japan」の運営メンバーと寄付金へのご協力を募集中です。
お問合せ:picturethisjp@gmail.com(大藪順子さん)
◆大藪順子(おおやぶ のぶこ)プロフィール◆
1971年大阪生まれ。1995年シカゴのコロンビアカレッジでフォトジャーナリズムの専攻で卒業。ウィスコンシン州、イリノイ州、ネブラスカ州の新聞社専属の写真家を経て2002年よりフリーに。
2001年から始めたプロジェクト「STAND:性暴力サバイバー達の素顔」が反響を呼び、全米で講演会と写真展を展開。
全米性暴力調査センター名誉理事。2006年より日本各地でも講演と写真展を通して被害者支援への理解を広める活動する。現在横浜市在住。
‘02年ワシントンDCよりビジョナリーアワード受賞、’08年やよりジャーナリスト賞受賞。’11年シカゴの母校より卒業生優秀賞受賞。◆著書『STAND-立ち上がる選択』(フォレストブックス・2007年)
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