総務省統計局によると、日本では毎年約78,000点の新刊が発行されています。一日にすると、約200点。それらは書店に行かずともオンラインでポチッとクリックすると翌日にはポストに届き、なんなら即座にダウンロードして読めてしまう時代でもあります。トレンドにのっかった似たようなタイトルが並び、「何度も読みたい」「手元にずっと置いておきたい」、そう思える本に出会うことが難しいと感じるのは私だけでしょうか?
現代の大量生産、大量消費に逆行するかのように、昔ながらのやり方で編集し、1冊1冊を丁寧に印刷、製本まで手作業で行う、南インドの出版社「タラブックス」。彼らのつくる シルクスクリーン印刷の絵本を手にすると、古布を材料とした手漉きの紙のふかふかとした手触りと、土っぽいインクの香り、色ムラようなでこぼこ……人の手でつくったことを確かに感じるあたたかさは、まるで工芸品のように思えてきます。
世界中の絵本好きを魅了してやまない、タラブックスの本づくりや働き方に迫った『タラブックス インドのちいさな出版社、まっすぐに本をつくる』(玄光社)。その著者の、野瀬奈津子さん、松岡宏大さんを招いたトークイベントが、横浜市青葉区のアートフォーラムあざみ野で5月12日に開催されます。タラブックスをよく知るお二人に話を聞いてきました。
————タラブックスとはどんな出版社ですか?
野瀬奈津子さん(以下、敬称略): 南インドのチェンナイにある、小さな独立系の出版社です。ギータ・ウォルフとV・ギータという2人の女性が、「出版を通してインドの社会を変えたい」という思いで1994年に立ち上げました。彼女たちはインドのさまざまな社会問題を、美しい絵本を通して、世に伝えているという印象があります。
インドの人も知らないような少数民族が、壁や床に描いていたアートを絵本に取り上げたり、打ち捨てられた階級の人たちの作品に目を向けているんです。タラブックスがすごいのは、彼らを救ってあげようという目線じゃなくて、ただアートとして美しいから一緒につくる、という目線なんですよ。インドだと仕事を発注する側が「金払ってるんだから」という態度は当たり前におきているのですが、タラブックスはアーティストと出版社が同じ立ち位置で話をできる。それはすごく珍しいことですね。
————昨年(2017年11月〜2018年1月)に、板橋区立美術館でタラブックスの絵本の原画を紹介する展覧会があり、大盛況だったそうですね。日本でもじわじわとファンが増えているように思います。お二人のタラブックスとの出会いについて教えてください。
松岡宏大さん(以下、敬称略): 元々、私たち二人でインドのガイドブックを作っていたこともあり、インドによく行っていました。あるとき、現地の書店で、タラブックスの代表的な絵本でもある『夜の木』の英語版と出会ったんです。「なんだ、この美しい本は!」と思って、それからタラブックスの本を集めるようになりましたね。どんなところで作られているのかを知りたくて、チェンナイのオフィスを実際に訪ねてみたんです。スタッフとも話したら、本当にみんなが楽しそうに働いることに驚いて……。最初は絵本が美しいと思って興味があったんだけど、実際に会社に行ってみたら、会社の成り立ちとしてもすごくおもしろい。会社としても美しいと思ったんですよ。
松岡: 2012年にタムラ堂という出版社が『夜の木』の日本語版を出してから、アート好きな人たちの中ではタラブックスの存在が知られていくようになりました。紙に統一性がなかったり、ムラがあったり、手触りやにおいを、事故品ではなく「味わい」と捉える人たちに、最初に受け入れられてきました。
日本国内のその流れとは関係なく、僕らはインドでタラブックスを知って、代表のギータさんに「あなたたちの本を出したいんだけど」と打診していたんです。それから結局3年ぐらいかかりましたけど、ようやく2017年に『タラブックス〜インドの小さな出版社、まっすぐに本をつくる』(玄光社)を出すことができました。
————お二人は編集者としてライターとして、日本の出版業界に長く携わってきていますが、日本の出版事情と比較したタラブックスのものづくりの魅力はどこにありますか?
野瀬: 日本の出版事情を考えると、作り手側の問題もあるし、そもそも流通の問題も大きく、出版取次のシステムはもう制度的に疲弊していて、時代に合っていないとも感じます。活字離れとも言われますが、本が一番おもしろいものではなくなったということもあるだろうし、中にはものすごく良い本もあるけど、そもそも本が多すぎて埋もれてしまっていますよね。
タラブックスは働いている人たちが本当に楽しそうなんですよ。まず、締め切りがないし(笑)! もちろん、このくらいの時期までに出したいっていうのはあるんですが、彼らは内容に満足するまで何回でもやり直しをして、1冊できるまでに2年かかることもある。初めて会社を訪れた時は衝撃的でした。
————著書の中で、ギータさんがシンガポールの書店に並ぶ本のことを、「ジャンク」と表現しているところが印象的でした。日本の書店の新刊コーナーを見ても同じような表現が当てはまるかなと個人的に感じています。日本でもタラブックスのような出版社が出てくると良いなと思うのですが……。
野瀬: 日本では最近、「ひとり出版社」が出てきて、丁寧な本づくりをしている人たちがいたり、タラブックスの本が日本でも受け入れられてきたり、時代が合ってきたのかなとも思います。書籍の大量消費社会に何も感じない層とは二極化していきそうだなとも感じています。
松岡: タラブックスは「自分のつくりたいものじゃないとやらない」という芯があって、かつそれで会社が成り立っているんですよね。でもそれって、出来上がった本が圧倒的に素晴らしいからこそなんですよ。板橋区立美術館での展覧会では、彼らが刷っている1冊の本の数よりも来場者の数のほうが多かったんじゃないかな。タラブックスの本の良さを知る人たちの裾野が広がったかなと思います。日本の出版に携わる人の中にもタラブックスのものづくりに触れて、「本当にやりたいことはこういうことだ」って言う人たちも出てきています。出版の良心だと思っています。
野瀬: 作り手にとってみれば理想の会社です。
————今回のトークイベントではどんなお話をされる予定ですか?
松岡: タラブックスの「働き方」をテーマに話す予定です。女性が社会にどうコミットしていくのか、というのをお話します。
野瀬: タラブックスは本をつくることをしているけど、人間関係を築いていくことにも重点を置いていて、作家とどう関係をつくっていくかを徹底的に話し合う。そういう関係性のつくり方もバランスが良く、女の人のつくる組織だなと感じます。なので、ここ(男女共同参画センター横浜北)で開催することの親和性が高いんですよね。
ただ美しい絵本を作るだけではない、ものづくりを通して、社会変革にも向き合うタラブックス。そのメッセージは、私たち森ノオトのアップサイクル布小物ブランド「AppliQué」が目指すものにも通ずると感じました。出版の未来、ものづくりの可能性、小さな組織だからできること……南インドの小さな会社から届いた絵本から、大きな希望を感じています。
トークイベント当日は、お二人の著書、タラブックスの絵本やインドの雑貨の販売も予定しています。また5月12日までの期間中、お二人の所有しているタラブックスの絵本約50冊や、松岡さんの関連写真展示を開催しています。タラブックスの絵本の美しさにぜひ触れてみませんか?
ブック×トーク
「タラブックス!インドの小さな出版社が教えてくれたこと」
日時:2018年5月12日(土)14:30〜16:00(14:00開場)
会場:アートフォーラムあざみ野1F交流ラウンジ
参加費:1,100円(お茶付き)
申込み:電話、来館、HPより受付中。席に限りがありますので、お問い合わせください。
電話:045-910-5700
メール:kkoza@women.city.yokohama.jp
HP: http://www.women.city.yokohama.jp/find-from-p/p-seminar/search/detail/?id=7584
*5月12日(土)まで関連展示、「タラブックス!がやってきた〜インドの素敵なハンドメイドブック展」を開催中。観覧自由。
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