第5回:身の丈に合わせたエネルギーと暮らし方。
「祝の島」(ほうりのしま)纐纈(はなぶさ)あや監督インタビュー

「その日どれくらい魚が捕れるかは、竜宮城の乙姫さまが決める」と語る、一本釣りの漁師。島でただ一人の女漁師は、「海は私たちのいのち」と言う。石垣を精緻に積み上げた棚田で淡々と稲作を行う傍ら、祖父の残した歌を石に刻む米農家……。

山口県上関町祝島。人口約500人の小さな島で人々は1000年来岩山を開墾し田畑を耕し、豊穣なる海の恵みに支えられて、強い結びつきの共同体で日々を営んできた。

兄弟姉妹のように仲良く暮らしていた島民を引き裂いたのは、今から28年前、1982年に対岸の上関町田ノ浦で中国電力の原子力発電所建設計画が浮上したこと。以来、反対派島民の闘いが今なお続いている。

島民たちの美しい暮らしと、痛み、悲しみに寄り添いながらカメラを向けた、纐纈あや監督の処女作「祝の島(ほうりのしま)」。過去、現在、未来へとつながる物語は、私たちに何を伝えるのだろうか。

 

「祝島は、本当に居心地のいい、気持ちのいい場所。つながりを感じて生きていけるというだけで、これほどまでに幸せを感じられるのか」と祝島の魅力を語る纐纈監督

 

──初監督作品である本作で祝島を取り上げた理由を教えてください。

纐纈あや監督(以下敬称略): 今から7年前、本作のプロデューサーである本橋成一の監督作品『アレクセイと泉』の上映会で、祝島を訪れた時のことです。島に降り立ったその時の空気感、私を見るなり「お姉ちゃん、どこから来たの?」と気さくに語りかけてくる島の人たちの姿に、言いようのない信頼感や懐かしさを覚えました。まるでふるさとに戻ってきたかのような感覚でした。

その日は毎月恒例の反対デモが行われる日だったのですが、私が目にしたのは、いわゆる激しいシュプレヒコール型のデモとは異なるものでした。笑顔があり、ユーモアあり。しかし、反原発運動を何十年も続けていくという厳しい現実が確かにあって、島民たちがそこまでして守ろうとしているものが何なのか、知りたい。私が惹かれてやまない彼らのバックボーンがあると感じ、それを映画に撮りたいと思いました。

 

──監督はカメラマンと一緒に島の空き家を借りて住み込み、自炊をし、ひたすら島民に寄り添いながら映画を撮り続けてきましたが、祝島での暮らしはいかがでしたか?

纐纈: 祝島には約2年通い、できるだけ私たち撮影スタッフも島の人たちと同じリズムで生活をともするようにしました。祝島にも当然電気はあるし、島民たちはテレビも観る。しかし、島全体でみると電気は必要最小限しか使っていないと思います。自動販売機は一つしかないし、信号もない。今でも薪でお風呂を沸かす家もあるし、トイレは汲み取り式もまだまだ多い。

撮影をして感じたのは、祝島の人々の暮らしを知れば知るほど、その暮らし自体が原発とは相容れないものである、ということです。原発反対が最初にあるのではなく、島での暮らしを続けていくことがすなわち、反原発。お金と結びついた原発と、自然と結びついた人々の暮らしが、海を隔てて対峙しているように見えてきました。

 

──島での暮らしは、自給自足的ですね。

纐纈: 島のおばちゃんたちがひじきを袋詰めする時に、「わたしらが種まきもせず、育てもしないひじきを採らせてもらって、それをお金で売ってもいいものかねえって思うんよ」と言うんですね。今は物価や燃料費が上がっているけれども、このひじきは値上げせんのよ、と。まさに、海のものをいただいてきた、海に生かされてきたという前提がそこにはあります。

先祖代々からの営みのおかげで、自分たちのいのちと暮らしがある。島の人たちはみな、そう感じながら生きています。自給自足的ではありますが、商店でものを買うし、お金の大切さも人一倍わかっている。でも、島では貨幣経済を中心に回っているわけではないということがよく見える。お金ではなく、ひじき、魚、お米など、本来そのものにある価値で生活しているのが祝島です。まさに、お金には換えられない、いのちを大切にする社会が、そこにあります。

 

──映画では、原発反対運動そのものを取り上げるのではなく、淡々と人々の暮らしを追い続けるという手法をとってきましたね。

纐纈: 島の人が何に反対しているのかということよりも、何を大切にしているのかを私は知りたかったんです。日々、島で流れている時間を映し撮りながら、そのカットの中で、観る側になぜこの人たちは原発反対なのかを感じ取ってもらえればと思っていました。私は、個人的には原発には反対ですが、映画は賛成/反対を問うことを目的には考えませんでした。映画で撮らせていただいた方々の人生を感じられる映像かということが大切で、その人の人生に起きた原発問題をより身近に感じていただければ、自ずと観てくださる方も原発のことを自分の問題として引き寄せて下さるだろうと。

映画では島の人たちが原発について語っていますが、それは最後の撮影2回で撮りました。島民たちは28年もの間、原発に賛成か反対かという選択を突きつけられてきました。どうして反対なのか、運動を続けてきたのかということに、それぞれに強い思いと言葉を持っていて、それを情報としての言葉ではなく、その人そのものの言葉として映像に残したいと思いました。

 

──本作では多くの島民にスポットを当てていますが、特に棚田で稲作をしている平萬二さんが印象的です。

纐纈: 平さんには初めて会った時から強く惹かれるものがありました。平さんの棚田までは徒歩で約1時間。ケモノミチのような道を歩き続けると、突然目の前に、まるで天空にそびえ立つ城のような美しい棚田が広がります。平さんのお祖父さんである亀次郎さんが30年かけてコツコツと積み上げてきた石垣の前に立つと、悠久の時の流れを感じました。

あの石垣は、山の谷合いのわき水をためるため池をつくり、暗渠を棚田の中に張り巡らせているのです。ものすごく緻密に計算されてできている。石工の人が見ても神業としか思えないとおっしゃっていました。亀次郎さんは、子や孫のためだけにあれだけのものをつくり上げた、あれこそ世界遺産だと、プロデューサーの本橋も唸っていました。

 

──本作を観て、祝島の人たちはどう反応されていましたか?

纐纈: 上映会はものすごく盛り上がりました。みなさん、食い入るように観てくださって、橋本典子さんが亡くなったお母さんのことを語るシーンでは泣いている人も多かった。28年の中で、亡くなった方のこと、哀しかったこと、悔しかったこと、それぞれ思い起こされてその思いがスクリーンの前に結集したような一瞬で、とても重い時間でした。

兄弟姉妹のように生きてきた人たちが、推進派と反対派に袂を分かった。人間にとっていちばんつらいことの一つは、信頼が崩れていくということなんだと感じました。島の人たちはみんな明るくて元気な、素敵な方ばかりです。しかし、たくさんの傷と痛みを抱えていて、それは簡単に癒えるものではありません。

神舞(かんまい:祝島で1000年続く伝統行事)も原発問題で2回、16年間中断しました。子どもたちに神舞を受け継ぎたい、お年寄りたちにもう一度お囃子を聴かせたい、神楽を見せてやりたい、という一心で、何とか復活したのです。

 

纐纈あや監督。1974年、東京都生まれ。自由学園卒業。映画監督・写真家である本橋成一氏のもとで映画製作、宣伝、配給に関わる。映画「ナミイと唄えば」プロデューサーを経て、フリーとなり本作品で監督デビューを果たす。

 

──鎌仲ひとみ監督の「ミツバチの羽音と地球の回転」とは、撮影も公開も同時期となりました。同時期に同じ対象、題材を女性監督が撮ることは珍しいと思いますが、鎌仲監督から影響を受けたことはありますか?

纐纈: 神舞や抗議行動で鎌仲監督とご一緒することはありましたが、それ以外は撮る対象も内容も異なることもあり、現地ではほとんどバッティングしませんでした。鎌仲監督はこの世界の大先輩ですし、ご自分の手法も確立されています。私は鎌仲監督の存在によって、自分自身が何を撮りたいのか、何に惹かれるのかという原点に、常に立ち返ることができたと思っています。私一人でつくっていたら、これほど明確に私が撮りたい方向性や言葉がつかめていなかったかもしれないですね。

私は、祝島自体に惹かれたことが出発点にあり、より土着的で濃密な祝島人たちの関係性や暮らしにどんどん引き寄せられていき、それがこの映画に結集したと思います。

 

──「祝の島」は、ともかく映像が美しい。朝日が昇るその先に原発が建つというシーンは、何とも象徴的ですね。

纐纈: 島の人にとって、朝日は拝む対象。手を合わせるその先に原発が建つというのは耐え難いことです。平さんが「都会の人たちは身の丈以上の生活をしている」と言っていますが、映画を観てくださったある物理学の先生が、原発は今ある太陽では飽き足らずに、地上に太陽をつくるような、人間の分をわきまえない行為だと思う、とおっしゃっていました。地球は自分たちのもの、資源もエネルギーも永遠に続くという感覚で手を広げ続けている。

自動販売機もコンビニもとても便利ですっかり当たり前になっているけれど、でも、あれこんなに必要だったっけ?と。お金とエネルギーは密接に結びつき、ものの価値基準が肥大化しているのが今の社会。島の人の暮らしを見ていると、一つの答えがあるような気がします。

祝島には、過去、現在、未来のつながりが、そのまま生きています。祝島の人たちがいのちをかけて守りたいもの、未来に伝えたいこと。それを、映画から感じ取っていただければ幸せです。

 

Information

 

 

祝の島公式ホームページ

http://www.hourinoshima.com/

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この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
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