自分が変わる、未来が変わる!  Field Trip in PDXレポート最終回
2016年6月に森ノオトライター3人で参加した「Field Trip in PDX」。ポートランドで暮らすように滞在しながらまちの魅力について気づいてほしいと、「ライフサンプリング」をコーディネートしてくれたユリ・バクスターニールさんの思いを感じながら見えてきたものとは。

<ポートランドを暮らし目線でサンプリングするツアー>

 

「Field Trip in PDX」での旅は、現地集合の5日間のプログラムが用意されていました。観光目的の旅ではなく、住民たちと出会い、語らい、豊かな自然と共存し分かち合う暮らしを体験してほしい、ポートランドが育んできた市民のスピリットを肌で感じてほしいと、ポートランド在住のユリ・バクスターニールさんが今回のために考えてくれたものです。

(旅の概要については、北原まどかさんのレポート「子連れで、憧れのポートランドへ! Field Trip in PDXレポート(1)」をご覧ください)

 

1日目の会場となった、ユリさんの知人であり、パーマカルチャーデザインの会社を経営しながら、子どもたちにガーデニング教育を教えるジュリアンさんのシェアハウス

 

家だけでなく畑やヤギもルームメートと一緒にシェアして世話をしている

 

初日は夕方から、オリエンテーションとバーベキュー。参加者同士で交流を深め、ローカルの人ともふれあえるようにと、住宅街の一軒家が会場でした。

個人のお宅におじゃまします、と上がり込み、円になって座って自己紹介をしあったときの気分の高揚といったら! これから特別な体験が始まるのだという気持ちでいっぱいになりました。

日本から参加した子どもたちも初対面ながら一緒に庭をかけまわり、ヤギに餌やりをさせてもらって大興奮。バーベキューでは、日本からの参加者とシェアハウスの住民、地域の方などが混ざりあいながら、食材を串に刺したり野菜を洗ったりと準備をし、まさに「同じ釜の飯を食う」体験。いきなりどっぷりとポートランド暮らしを体感する夜となり、プログラムがスタートしました。

 

バスにゆられたどり着いた森の中をしばらく歩くと、木陰の奥にひらけた場所が。ここがマット・ビボウさんが管理するJEAN’S FARM(ジーンズファーム)だ

 

2日目と3日目は、JEAN’S FARM(ジーンズファーム)で過ごしました。ジーンズファームは自然なエコシステムを学ぶことができる農園でもあり、子どもたちが通うアウトドアスクールでもあります。ポートランドのパーマカルチャーの実践的リーダーで、ファーマーでもあるマット・ビボウさんが、エンドウ豆やサクランボ、ブルーベリーなどを目の前でもぎ取って食べて見せ、「あなたもどうぞ」と言ってくれました。

 

生みたての卵を持たせてもらって「温かい」とその体験をシェアした子どもたち。1歳児ももたせてもらったが、「握りつぶさないか、落とさないか」母はヒヤヒヤ。子はニコニコ

 

2日目はここでパーマカルチャー教育・アウトドア教育について学びました。大人たちがゲルの中でレクチャーを受けている間、3歳以上の子どもたちはチャイルドケアを利用しました。アウトドアスクールの先生たちが森で遊び方を教えてくれるものです。言語は英語ですが、自然を前にした子どもたちには言葉の壁はなんのその。木やつるで弓矢を作って飛ばしてみたり、蜜蝋キャンドルを作ったりして、ポートランドの自然を遊び尽くしました。

 

ゲルの中でのマットさんの講義。ガイド・通訳・プログラム進行を一手にになうのがユリさん(写真中央右)

 

この日のランチはファームでピザを焼いて食べました。思えば、8日間滞在したこの旅でレストランを利用したのは、観光でまちを歩いたときなどの朝1回ランチ2回だけ。そのほかはすべて、こうして収穫したものをみんなで調理して食べたり、持ち寄ったり、ファーマーズマーケットやオーガニックスーパーで買ったものを自炊したりして過ごしました。美食のまちと言われるポートランドを、レストランではなく暮らし目線で体験できるという貴重な日々だったと思います。

 

砂やわらなど自然素材を固めて作った手作りのコブオーブンを使って、ピザを焼く。収穫したばかりの野菜を使ってのコミュニティランチは、産みたて卵のスクランブルエッグも出されて、採れたての恵みを味わった。

 

大人も子どもも一緒に参加したファーム内の散策ツアー。野鳥や動物の痕跡を探したり、痕跡からその後の行動を推測したり。自然界にはたくさんの生き物がいて、人間もその一員であること、自然に負担をかけない暮らしとは何なのかを学んだ

 

3日目は、持続可能なコミュニティを作ることを目的とした市民の手で、単なる“空間”をその人にとっての特別な“場所”に変えるシティリペアのプログラムの一つとして、ジーンズファームも会場になっていたVBC(Village Building Convergence=村づくり集会)に参加しました。ジーンズファームの構造物はコブオーブンも集会スペースもトイレもすべて手づくりです。今回は、アウトドアキッチンづくり、畑の潅水システムの構築、それに、鳥居づくりという3つのワークショップが計画されていました。

ボランティアの皆さんと一緒に、穴を掘ったり、潅水用のパイプを敷いたり、鳥居にするための木の皮を剥いだり、一日中いろんな作業に取り組みました。

 

アウトドアキッチンの骨組みを作るために木の根を掘っている山川紋さん。キッチンは1日にしてならず! 結局この日は完成しなかったが、今後訪れる人々が何人も関わっていくことで出来上がっていくのだろう

 

この日のコミュニティランチは、ユリさんの提案でおにぎりとお味噌汁でした。味噌はユリさんが仕込んだもの。ユリさんはポートランドのことを日本に伝える活動をしているのと同時に、日本のこともポートランドの人たちに伝えたいと、味噌を仕込むワークショップなどをポートランダー向けに開催しているそうです。

日本からの参加者たちはこの日のためにおにぎりや味噌汁の具、ごはんに合うおかずを持ち寄ることになっていた

 

4日目の交差点ペインティング(レポート第6弾「交差点を塗ってまちづくり!?」)、5日目の「ポートランドのふつう・まちづくり体感ツアー」(レポート第3弾「リユース・リメイク・メイク!ポートランドのものづくり文化を訪ねて」第5弾「橋、路面電車、公園…子どもを連れて多様性のまちポートランドを歩いてみました」参照)ともに、この旅ではきわめてローカル感あふれる特別なひとときを過ごすことが出来ました。すべてのプログラムは、現地集合。ダウンタウンのツアー以外は、集合場所が住宅街やバス停近くで、主だった目印もなく、ガイドブックの地図の範囲外である場所がほとんど。バスを乗り継ぎ、目的地に辿り着くプロセスそのものも良い体験でした。

 

 

<ポートランドブームを一過性にしたくない>

ポートランドは、「暮らしやすいまち」として世界中から注目されており、日本からの取材はもちろん、行政職員や議員などの視察や現地調査が相次いでいます。「サードウェーブコーヒーが盛ん」「おいしいレストランが集まる街」「DIYカルチャーの発信地」「おしゃれなリノベーションホテル」などキャッチーな言葉で紹介する日本のウェブページや雑誌の特集も多数見かけられます。

そんな中で、ユリさんが「ライフサンプリング」という取り組みを始めたのは、「日本で伝えられているポートランド像」に違和感を覚えたからでした。

「日本で起こっているポートランドブームを見ながら、物質的で偏ったポートランドの断片が日本に輸出される姿を目の当たりにし、ポートランドはそれだけじゃないよ、一過性の流行りとして扱われるのよりもっと深い価値がある街なんだよと思ったのです」と話してくれました。

そして、編集者としてポートランドを日本に紹介する仕事をしながら、ユリさんと同じ思いを抱いていた瀬高早紀子さんと一緒に、「ライフサンプリング」という活動を始めることになったのです。

「ライフサンプリング」は、旅人をポートランドのローカルにつなげて、お互いの時間、スキル、知識を共有し、現地での生活を「ちょっとだけ味見(サンプリング)」するように、「暮らすように旅をする」機会を提供する活動です。ポートランドに興味を持って訪れる人が、ポートランドの地元っ子になれるような体験をしてほしいというのが狙いです。

 

ライフサンプリングを一緒に始めた早紀子さん(左)と。去年出産した早紀子さんは、当時2カ月の子どもをおんぶしながら、プログラムを支えてくれた

 

ユリさんの話を聞いていて、またもや私はもやもやし始めました。これって日本でも、横浜でも一緒なのではないのか、と。私は、横浜市の中でも、中心地とされる横浜市東部に住んでいます。観光ガイドに載っている横浜と普段暮らしている横浜の魅力に乖離を感じていました。

洋館風の建物の前で写真を撮り、横浜公園でベイスターズの練習風景を見て、横浜中華街で中国料理を食べ、赤レンガ倉庫や元町で買い物をするという、観光の定番コースも良いのですが、もっと横浜のことが深くわかり、より好きになるような、「なぜこのまちが、こうなっているのか」という歴史や都市デザイン、人の営みにも触れる街案内ができないものか、と常々考えていました。

横浜も、自然に出来た街ではない。40年以上に及ぶ都市デザイン行政の中で、街の姿が更新されていくのを気長に待つ中で、古き良きものを保存ではなく活用するという選択をして、「横浜らしさ」を継承してきた街です。また、中華街の春節や、インターナショナルスクールのクリスマスバザー、寿町の炊き出しなど、実にさまざまな背景を持つ人たちが暮らす日常を感じることの出来る機会があります。「地域のふつう」には驚きが秘められている。生活者の目線で、そんな「ふつう」を伝える価値に改めて気づかされました。

 

帰国後、森ノオトエリアの青葉区と船本が活動するまま力の会の中区で、北原・山川・船本が旅の報告会を行った。関内のさくらWORKS<関内>で行った報告会では、畳を敷きキッズスペースを設け、親子連れ含む40人が参加した。横浜の野菜を使った地産地消カレーでコミュニティランチも

 

 

<「私も以前はあなたのようだった」自分が変わる一歩とは>

 

ユリさんは埼玉県出身。ポートランドに移住したのは2010年で、長男を妊娠していました。現在はプロスケーターの夫と6歳の男の子、3歳の女の子と4人で暮らしています。基本的にはユリさんの活動は子ども連れ。今回のプログラムでも、時に授乳しながら打ち合わせや説明などをすることもありました。

私、船本も子育て当事者として、未就学の小さな子どもがいるうちは、自分の活動をするのは本当に大変だと実感しています。さまざまな壁が波のように押し寄せてきて、「もうダメだ」「できない」とくじけそうになるものです。海を越えた場所で出会ったユリさんは、「ママにはまだ無理の壁」「子どもがいたら出来ないの壁」を乗り越えた姿そのもの。なんてパワフルな女性なのだろう、と尊敬してしまいます。
しかし、ユリさんも子育てを始めたころは、悩みの渦中にいました。生活のすべてが子ども一辺倒で、自分のアイデンティティが「ママ」で埋め尽くされたことがつらく、自分の価値を失ったように感じ、苦しい時期があったのだそうです。

「わたしも先輩ママに“あなた、すごいわね。どうして子どもを連れてそんな風に活動できるの?”と尋ねる側だったんです」とユリさん。彼女を変えたのは先輩ママのある言葉だったそう。

「アートによって地域の再生を図っているレズリーというママに、“すごいよね。子育てしながら。私はやりたいことがまだまだあるのに、子どもがいると思い通りにいかなくてね~”って言った時、彼女から”I was there 6 months ago.” (私も半年前まではあなたのようだったのよ)と言われたのです。それは、“子どもがあと半年したらもう少し時間もできて落ち着くよ”という意味ではなく、”what are you doing?”(あなたは何をしているの? 私は前に出たわよ)って言われたような気がして、強く背中を押されました。その言葉を聞いた時のはっとした感覚は今でも覚えています」

「いいママ」「いい奥さん」になることをやめて、素直に「自分らしく」やっていこうと決めた時、すごく肩の荷が下りたとユリさんは話してくれました。

「ライフサンプリングを始めたことで、私自身のバランスが取れ、子どもとの時間がさらに大切に感じられるようになりました。私は子どもに自分の信じる道を進む姿や、自分の人生を楽しむ姿を見せることをできるようになり、ポジティブな影響が出てきているのを感じます」

 

市民目線の子ども連れの旅のポートランド報告を聞きたいといってくれる方が多く、船本は、横浜のみならず、富山や大阪など地方で話す機会をいただいた。横浜市立大学の公開授業や女性起業家の勉強会を含む全部で7会場で今回の旅の体験談を発表した。写真は富山で開催した報告イベント。主催者も乳児連れのママ。「子連れOK」の会場が多く、多様な会のあり方を感じた。また、「自分のまちのいいところに気づけた」と感想を述べる方も多かった

 

「日本で子育てしている母親の皆さんにも、今何か心に思うことがあったり、やりたいことがあるのなら、まずは一歩足を出してみてほしいです」と語るユリさんの背中はとても輝いて見えました。

 

 

<「暮らすように旅する」ことで、みんなが大きな家族になれる>

 

ユリさんが見せてくれた、ポートランドでの生活のリアル、まちの本当のあたたかさ。日本でも役立つたくさんのヒントがありました。

「きっとみんな世の中に不便を感じ、不満や不安もある。様々な問題に直面した時、問題をよりよい未来へ変えるチャンスと見ること。排他よりも共存、閉鎖よりも開放に重きをおいて。与えられた環境の中で、不満を口にするのではなく、自分は何ができるかなと考えるのです」

そして、ユリさんは自分の活動の決意としてこう話します。

「このような“ライフサンプリング”の機会が世界中に広がったら、いずれみんなが一つの大きな家族のようになり、それぞれの生活と、みんなの世界がさらにキラキラするのではないかという思いも込めて、まずはポートランドからこの活動を発信しています」

ポートランドをうらやましがってばかりではいられません。ポートランドにあって私たちのまちにないものは、実はないかもしれません。

ポートランドを旅したおかげで、自分のまちを再確認し、横浜もいろんな可能性を秘めていることに気づけました。

「生のポートランドを感じる旅」をユリさんが企画してくれたように、「生のヨコハマを感じる旅」の案内役がつとめられる自分でいたい。この町の良さや価値を咀嚼し、生活者目線で語ることができるのではないかと思うのです。

ポートランド旅で出会えたすべての人のおかげで、「自分の思い次第で未来が変わるのだ」と思うことができました。

「私も以前はそうだった」と過去を語れるかどうかは、自分の一歩次第です。

その一歩がこれからの自分をつくっていくのです。

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この記事を書いた人
船本由佳ライター
大阪出身の元TVアナウンサー。横浜市中区のコミュニティスペース「ライフデザインラボ」所長。2011年、同い年の夫と「私」をひらくをテーマに公開結婚式「OPEN WEDDING!!」で結婚後、自宅併設の空き地をひらく「みんなの空き地プロジェクト」開始。司会者・ワークショップデザイナー。
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