地域の農業とつながる、確かな未来づくり|いずみ野小学校の「食育」
週2回の畑での「朝活」で野菜を育て、苗から稲、米をつくり、1トンのサツマイモを収穫する。食育で有名な横浜市泉区の横浜市立いずみ野小学校の取り組みは、今や世界から注目を集めるまでになっています。2018年11月、国際校庭園庭連合のバスツアーに同行し、いずみ野小学校が目指す「地域社会の担い手づくり」を取材してきました。

横浜市泉区にあるいずみ野小学校は創立41年、全校生徒331人、職員40名の公立小学校です(2018年度)。相鉄いずみ野線「いずみ野」駅から徒歩8分、農地と住宅地が隣接し、農的な風景が日常の中に今なお残る地域と言えます。

 

そんないずみ野小学校は、独自の「食育」で世界的な注目を集めています。2018年11月16日、子どもたちの屋外での多様で豊かな学びと遊び、生活について実践や研究をおこなう国際的な専門家の集まり「国際校庭園庭連合(International School Grounds Alliance, ISGA)」のバスツアーで、日本全国、そして世界各国から集まった24人がいずみ野小学校を訪れました。

いずみ野小学校に世界各国からゲストが集まった

私はツアーの一行とは別行動で、少し早めに学校に到着しました。ちょうど学校の玄関で靴を脱ごうとした時に校内放送が流れ「今日の給食は、“学び隊”の皆さんが収穫した大根が使われています!」と、元気な声が迎え入れてくれました。松藤朋治校長が「今日の給食には9kgの大根が使われているんです。朝、子どもたちが収穫した大根です」と教えてくれました。校長はさらりとおっしゃいましたが、300人以上が食べる給食を「その日採れたもの」でつくるのは、簡単なことではないはず……。

いずみ野小学校の松藤朋治校長と、国際校庭園庭連合日本大会の副実行委員長を務めた横浜市立大学大学院の三輪律江准教授(右)

やがてツアーの一行が到着し、松藤校長、柴田耕治副校長、戸丸春菜教諭と、“学び隊”の生徒たちの案内で、学校の裏手にある畑に案内されました。“学び隊”はいずみ野小学校独自の取り組みで、4年生から6年生までの希望者が毎週火曜日と水曜日の朝7時30分から8時30分まで、畑での「朝活」をします。4〜6年生160人のうち53人の希望者が“学び隊”に参加しているそうです。活動期間は5月から12月までで、この間、なす、ピーマン、トマト、きゅうり、じゃがいも、すいか、とうもろこし、大根、白菜、小松菜、かぶ、ほうれん草など、栽培する野菜は多岐に渡ります。収穫した野菜は、子どもたちが各自で家に持ち帰ったり、時には給食に使うこともあります。

農薬を使わずに栽培。白菜の中の虫は子どもたちが自分の手でとって退治する

4年生の女子生徒は「前から“学び隊”に入りたかったんです。収穫した野菜を持ち帰ると、お母さんがとても喜ぶの」と言い、5年生の女の子は「今年はきゅうりが高かったら助かるわ、ってお母さんが言ってた」と、にっこり。どうやら家族も“学び隊”の活動には大賛成のようです。

5年生の男の子たちは「野菜が病気にかかってしまった時は悲しい」「カラスに野菜を食べられないように、DVDを吊るして太陽の光を反射させているんだ」と、病気や鳥害などに負けない野菜づくりのテクニックを教えてくれました。

 

松藤校長は、「自分の担当する野菜を決めて育てたり、夏休み中も当番制にして水やりをするなど、子どもたち自身で工夫しています。夏場に水やりを忘れると野菜が枯れてしまうこともあり、野菜を育てる楽しさと難しさの双方を子どもたちは感じています」と話します。

“学び隊”の畑は200坪、地元の農家・横山正美さんが農地を提供している

続いて一行が向かったのは、“学び隊”の畑から10分ほど歩いたところにあるサツマイモ畑です。1年生から3年生がサツマイモの栽培に取り組んでいます。

 

「今年は15畝で“べにはるか”という品種のサツマイモを育てました。でんぷんが甘くて皮がやわらかい、美味しい品種です。これまでに連作障害がある年もありましたが、だいたい700kg以上は収穫できていました。今年は1トン以上採れたんですよ」と、戸丸先生。群馬県出身で幼い頃から農業が身近にあった戸丸先生は、いずみ野小学校の「食育」担当として、子どもたちの農作業を指導しています。

スーツ姿の松藤校長、柴田副校長も、「マイ長靴」に履き替え、颯爽と先導する。左が戸丸先生

柴田副校長は「土の状態や天候の違いで、同じサツマイモでも毎年出来がまったく異なります。今年のサツマイモはホクホクしていて蜜がたっぷりでした」と喜色満面。「たまたまいずみ野小学校に配属されたんですが、私自身、農業の魅力にどっぷり浸かっています」と明かしてくれました。

サツマイモを栽培するとトラック数台分のツルが出る。これはごみにせず堆肥化しているという

サツマイモの畑を後にして向かった先は、田んぼの先生・横山義一さんのお宅です。横山さんはいずみ野小学校で40年以上、稲作の指導をしています。

 

「私は40年間、稲作指導士として、毎年欠かさずいずみ野小学校の朝礼台に立つことができました。小学校で食育に取り組むならば、本物の田んぼで、本物の稲作をやってほしいと思って、私の田んぼを提供しています。米づくりは常に真剣勝負だからね」と、横山さんは力を込めます。

横山義一さん。視察中、何度も「朝礼台」という言葉が出てきた。朝礼台に立つとは、稲作指導で全校生徒を前に話をする、ということ。いずみ野小学校の話になると止まらないほど、学校や生徒への愛情が深い

いずみ野地域の歴史は縄文時代から続くと言われ、弥生時代にはすでに稲作が始まっていたことが土器などの遺跡からもわかっています。鎌倉道が今なお残り、400年以上前から今まで代々続く農家がある、昔ながらの農業地域です。いずみ野小学校が創立したのは41年前で、地域待望の小学校でした。

「農家さんがこんなにもいずみ野小学校の食育に協力的なのは、念願だった地域の小学校、子どもたちの小学校を大切にしていきたいという愛情を強くお持ちだからではないでしょうか」と松藤校長。地域に学び舎ができ、そのありがたさを実感している地元の農家さんが、「地域の未来」の象徴としての小学校に積極的に関わり、学校側もその想いに呼応するように、横浜でも類を見ないほどの協力関係で子どもの食育に取り組んでいることがうかがえます。

籾から育てたお米たち。いずみ野小学校の田んぼは横浜市の「栽培収穫体験ファーム」として、農家が開設・経営している

横山さんの家から和泉川沿いを歩いて少し行ったところにある田んぼでは、横山さんの指導のもと、4〜6年生たちが稲作に取り組みます。田んぼの横には苗床があり、モミから苗を育て、それを自分たちで植えていきます。田おこし、代掻きなどの田んぼづくりは一年の計。田植えの練習では泥かき大会で泥んこになるそうです。2018年は316kgのお米を収穫し、脱穀、もみすり、精米も自分たちで手がけ、最終的には校庭での餅つき大会までをやり遂げます。東京から視察に参加した男性は「モミから芽が出るところから稲作に関わることができるという、本物志向に驚いた」と言います。

 

「米づくりは、いい苗をつくることが基本。苗は分けつしてどんどん増えてくるから、2本ずつ植えるといい。穂が出て50日が刈りごろです。稲が花を咲かせるときに台風がくると受粉しないので、今年は天候との戦いだったなあ……」。稲作の話になると止まらない横山さん。81歳という年齢に驚くほど、ツヤツヤしたお肌にハリのある声、子どもたちとの関わりが横山さんに活力をもたらしているのでしょうか。

地域住民としていずみ野小学校の食育活動に長年関わっている大木節裕さん(右)。「小学校、農家、地域の“三方よし”の関係がいずみ野小学校では実現できている」と話す。ちなみに大木さんの背後にあるパネルは、英語でいずみ野小学校の活動を紹介している。この日の視察のために柴田副校長が用意した

約2時間の視察を終えて、海外から来た女性は「食べ物がどこからやってくるのかを体験的に理解している子どもたちは、全身から自信がみなぎっていた。彼らが農業を心から楽しんでいることがわかった」と興奮気味に話し、山梨県から来た女性は「何より食育について語る先生方のうれしそうな表情、誇らしげな語り口が素敵だと思った!」……口々にいずみ野小学校の食育活動を絶賛しました。

 

国際校庭園庭連合日本大会の副実行委員長を務めた横浜市立大学の三輪律江准教授は、「横浜という大都市でも郊外部はこんな豊かな自然の営みがあります。いずみ野小学校の取り組みは、その特性を最大限に活かし、学校教育としての校庭を地域に点在させて実現しています。学校外の場だからこそ、地域と一体となった“人”と“土地”のつながりが拡がり、子どもの育ちへの連鎖となっているのでは」と話しました。

 

実は、私たちが見たいずみ野小学校の食育は「生産」に関する側面に過ぎず、「食べる」分野でも多岐にわたる活動が展開されています。秋には、横浜の地産地消を代表する料理人たちによる食育推進活動「スーパー給食」が一週間にわたり行われます。日本料理の板前さんに出汁の秘密について教えてもらい、フランス料理のシェフにマナーを学び、食品の選び方について学習したりと、実に多様な取り組みをしています。

この籾が種となり、翌年の苗になる。食育はまさに「未来を育てる」取り組みと言える

そんないずみ野小学校にも、少子高齢化の波が押し寄せています。ピーク時には1000人いた生徒も、現在331人。横浜市内でも小学校の統廃合が始まっている今、いずみ野小学校では新たな価値創造に向けて、グローバルな人材の育成に取り組み始めています。

 

「いずみ野小学校の食育は、農家さんあってのことです。学校の職員には異動がありますが、農家さんはずっといずみ野に根ざしていますから。でも、農家さんも高齢になり、いつまでも同じような形で農業体験を続けられるかはわかりません。今後いずみ野小学校の食育が続いていくには、子どもたち自身が地域社会の担い手になることを見越した、持続可能な社会の担い手づくりという視点が大切だと思います」(松藤校長)

 

いずみ野小学校は今年度、ESD(持続可能な社会づくりの担い手を育成するための教育)に力を入れています。今年度、いずみ野小学校は横浜市のESD推進校になりました。「いずみ野というローカルから、グローバルな視野をもって地球全体の平和や持続可能性を見据えて、食育活動を発信していきたい。それが一人ひとりの幸福につながっていくはずです」と、松藤校長は語ります。

 

今、世界全体で「持続可能な地域社会」に向けての取り組みが始まっています。SDGs(Sustainable Development Goals=国連「持続可能な開発目標」)という言葉と、円盤状の17色のロゴマークを見たことのある方も多いかもしれません。誰一人取り残さずに世界全体で幸せになるために、まずは地域のことを知り、関わり、ともに時間を重ね、地域やそこで暮らす人への愛情と敬愛を、親から子へ、子から孫へとつなげていこうとうするのが、SDGsへの一歩なのだと思います。

 

私たちが見たいずみ野小学校の子どもたちの表情は、自信に満ちあふれていました。彼らは自分の言葉で自分の育てた野菜や、自分が関わっている農業について語っていました。主体的に地域と関わる教育が、「地域の未来の担い手」づくりに確かにつながっていることを、いずみ野で感じました。

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この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
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