ママと子どもに「寄り添って、一緒に」歩む小児科医 小澤礼美さん 
小児科医でありたまプラーザ地域のリビングラボプロジェクトでも活動している小澤礼美さん。プロジェクトのメンバーとして出会った私は、彼女の「ママに寄り添って、一緒に」歩もうとするひたむきな想いに、グッと心をつかまれて、気が付くとプロジェクトにどっぷりとはまっていたのです。(森ノオトライター講座修了レポート)

2人兄妹の子育て現在進行中の私。日々、悩みは尽きることなく、毎日繰り返すイライラに眉間のシワが消えなくなっていました。初めての出産から7年、その時々で悩みは違いますが、知らなくて戸惑うことや、孤独感でいっぱいになることはほとんどなくなりました。それは同じように子育てをしているママや声をかけてくれる地域の人との出会い、経験が増えたから。こんな私の体験を、地域のママたちに少しでも還元できたら。そう思って参加したのが「ママたちのココちいいをカタチにしてみたらプロジェクト」でした。

 

同プロジェクトは、たまプラーザのWISE Living Lab で2017年にスタートした株式会社KDDI総合研究所と次世代郊外まちづくりの協働事業。子育てや家事など家族のための時間を優先して、自分のための時間を確保できないママたちが、「わたし」に戻ることのできる「サードプレイス」をデザインするプロジェクトです。リビングラボを取り入れたこのプロジェクトは、株式会社KDDI総合研究所、次世代郊外まちづくり(横浜市、東急電鉄)、ファシリテーションとデザインを担うACTANTと、異業種、異分野の方たちがメンバーとなっており、礼美さんと私は地域のママ(生活をする市民/ユーザー)として参加しました。私たちは、実際にサービスを利用する地域のママ代表として、どのようなニーズがあるのかをワークショップやリサーチを通してメンバーとともに考え、アイディアを出し合いました。プロジェクトが進む中で、礼美さんはいつも自分を含めた幅広いママたちのニーズを客観的に伝えるだけでなく、プロジェクトの趣旨を把握するためにメンバー間の対話をとても大切にし、疑問に思ったことは丁寧にとことん聞いていました。

 

 

株式会社KDDI総合研究所は、あらたなサービス体験・空間を探究するため、子育て中の女性たちが自分らしさを発揮できる場所をテーマに「ママたちのココちいいをカタチにしてみたらプロジェクト」を発足。地域で生活する市民と共に考え、価値をつくりだしていく「リビングラボ」の形でサービスの開発を試みています(写真提供:株式会社KDDI総合研究所)

また礼美さんはプロジェクトの実験イベント「シェア冷蔵庫」で、ワークショップの講師を大胆に一人で交渉する一面も!その行動力に驚きました。「初めて会う人に、講師をお願いする不安はなかったの?」そう聞くと「イベントを成り立たせるためには、きっかけが必要だと思ったの。それと、知らない人と話すことが好きなんだよね」と飾らない笑顔で話す礼美さん。丁寧な対話力と大胆な行動力、双方を持ち合わせる礼美さんの『原動力』が知りたい!そう思って私は礼美さんにインタビューを申し込みました。

 

「ママここプロジェクト」の活動拠点となるのは、横浜市と東急電鉄が進める「次世代郊外まちづくり」の場、WISE Living Lab(ワイズ リビング ラボ)。ACTANTという企業のデザインとファシリテーションによる一連のワークショップを通じて、プロジェクトを展開しています。写真は2019年9月に行われた「シェア冷蔵庫」というイベント実施の様子(写真提供:株式会社KDDI総合研究所)

 

小児科医という道へ

 

礼美さんは東京都世田谷区出身、幼稚園の時はお相撲で男の子を負かしてしまうほど活発な女の子でした。小学校の先生との出会いでは「積極的であることが大切だと教えられて、いろいろな人と関わることが楽しいって知った」と話します。カトリック系列の高校に進学後は、「人の役にたつこと」を学び、感銘を受けたと言います。

そして高校1年生の時、NHKのドキュメンタリー番組で医師の特集を見て「無条件で人の役にたてる、そう思った」と医師の道を目指すことに。こうして19歳の春、横浜市立大学医学部に入学します。

 


小児科医を選んだのは「臨床実習で子どもたちを助けたいという先生方の想い、子どもを治したいという親たちの前向きな雰囲気に惹かれたから。何より自分が楽しいのが一番という先輩医師のアドバイスを受けて決めたの」

礼美さんが実は小児科医であると私が知ったのは、ごく最近のこと。相手と一緒に丁寧な対話を心掛ける礼美さんは私が思っているお医者さんのイメージと少し違っていたので驚きました。私はお医者さんと言えば話をする側で、それを聞くことが患者の役割であると思っていたからです。

 

礼美さんが小児科医としての話をするとき「一緒に」という言葉がよく出てきます。「診察をしていると、熱が出たというような医学的判断ではない寄り添い方が必要になることがあって。例えば便秘になってしまったお子さんには便秘薬を処方して終わる場合もある。医学面だけの関わりではなく、便秘の原因を時間をかけて解決してあげたいので、そんなときも、トイレに座るだけでOK!って伝えるようにしている。子どもと一緒に一つずつシールを貼っていくことにして。そしたら少しずつ改善されていったの」

 

人生の書との出会い

 

そんなふうに親子と「一緒」に多方面からのアプローチで礼美さんが診察に取り組むようになったきっかけは、2008年、日本小児科学会学術集会で『Triple P グループトリプルP前向き子育てプログラム ファシリテーターマニュアル』という一冊に巡り合ったこと。「当時はまだ子どももいなかったし、最初は、子育てってスキルを身につけるものなの?勉強しなくちゃいけないの?ということに衝撃をうけてビックリしたの。でも科学的に研究されたプログラムだし、エビデンスに基づいて実証されていて。数字で示されているという点で医者として受け入れやすかったんだよね。多様な年齢層の誰かが子どもを見ていた時代とは違って、核家族化が進んでママの負担が増えている今は、誰もが子育てを学ぶワンアクションが1つあっても良いのかなぁとも考えて」。こうして大阪で2日間の研修を経て、Triple P認定ファシリテーターになりました。

 

Triple P(トリプルP)「Positive(前向き) Parenting(子育て) Program(プログラム)」はオーストラリア・クィーンズランド大学臨床心理学教授で家族支援センター所長のMatthew R. Sanders(サンダース教授)によって、開発され、世界25カ国以上で実施されている親向けの子育て支援プログラム

当時礼美さんの勤務先だった病院には、児童精神科医も心理士もいなくて患者さんへのサポートが手薄ななかで、Triple Pを学んだことは小児科医としてとても役に立ったと言います。「お母さんの困りごとに答えてあげられる。何より、お母さんに寄り添えて、困りごとを解決することが一緒に出来たの。子育てはいろいろな方法論があって、語るのが難しいけれど、Triple Pはエビデンスベースなのでお母さんたちにも伝えやすい」。情熱をもって話す姿に私も一心に聞き入りました。

 

プログラムは、幼児からティーンエージャーまでの子どもの発達を促しつつ、親子のコミュニケーション、子どもの問題行動への対処法など、それぞれの親子に合わせた考え方や具体的な手法を学びます。 子どもの自尊心を育み、育児を楽しく前向きにしていくようにTriple Pはデザインされています

 

子育てと仕事のバランスを探っています

 

この一冊は、小児科医としてはもちろん、子どもは好きなんだけと、仕事をしながらの子育ては大変そうだし、のびのび育てられる環境ではないと感じていた現代社会で、子育てをしたいと思えなかった礼美さん自身の考え方も変えることになりました。「親の信念を子どもに伝えて、それぞれの信念を軸に育てていいんだと、のびのびと楽しいと思うことに働きかけができるんだと知ったの。自分も子育てがしてみたいって」

2人兄弟のママとなった礼美さんは、4年前青葉区への転居に合わせて、お仕事から子育てにシフトします。「小児科の現場で働くのは大好きだったけれど、仕事と家事の両立を器用にできないので、仕方なく仕事をセーブして。でもそのおかげで、幼児期に、子どもが満足するまで、ゆっくりじっくり、子どもの遊びに付き合えたなと思う」。

プロジェクトで出会った礼美さんは「子どもが帰ってくるから」と急いで帰っていく姿が印象的。食材はほぼ毎日スーパーまで買いに行き、子どもの体調に合わせた食事を作る子どもへの愛情深いママなのです。

プロジェクトのミーティングに息子さんたちと一緒に参加されたことも(写真提供:株式会社KDDI総合研究所)

インタビューの日も朝の子どもたちの様子から「まずイライラしながら子どもに接してしまったんだよね。もう一度子どもと一緒に振り返って、話をして、繰り返されるイライラを見直さないといけないなぁ」と話します。こんなふうに、困りごとを子どもと一緒に見直したり、作戦を練ることも、礼美さんはとても大切にしています。下のお子さんが3歳の時、食事の際にいつも好きな行動をしていたことに気が付きました。そこで「すわってたべる」ことを目標にしたポイントカードを作成。楽しみながら、目標に近づきました。「丁寧な子育てって手間がかかるけれど、自分がイライラして困った時の振り返りになるし、きっかけになる。子育ての軸になるんだよね」

 

私も食べ歩きが続く4歳の娘と一緒に「ポイントカード」を作成。ポイントがたまったら、好きなおやつを1つ買おうね、とお約束

礼美さんは、青葉区を少しずつ知ってきた今、子育てと仕事のバランスを探っているところ。都筑区にある横浜市夜間急病センターでの診察や青葉区乳児健診医のお仕事も、両立を考えた上での選択です。「夜8時から12時までの夜間救急だったら旦那さんが帰ってきて子どもたちを見ていられるし、健診は午後だけで決まった時間でできるから」。子育てのことを地域で話せる場を作りたいと「前向き子育て~小児科医が伝えたい10のスキル」というテーマで、Triple Pを取り入れたワークショップ(Mama cafe)もPEOPLEWISE CAFÉ(美しが丘)やイルマカフェ(市が尾)で行っています。

 

礼美さんが地域で話せる場を作りたいと思った時に、出会ったMama café。認定ファシリテーターとして行うワークショップには幼稚園から中学生のお子さんを持つお母さんまで様々な方が参加されています

 

自然体で寄り添うこと

 

ママになり悩み苦しんだ体験を通して初めて「地域のママのために」何かをしたいと考えた私。きっと礼美さんにも「ママのために寄り添いたい、一緒に歩みたい」と考えたきっかけがあるはず、と思い最後に聞いてみました。「……うーん、自然にそうなったかな」と少し不思議そうな表情。そうか!世の中には「自然」に誰かのために寄り添いたいと思える人がいるんだ!それこそが礼美さんの『原動力』だったのか!と私は雷に打たれたような思いがしました。

 

「ママたちのココちいいをカタチにしてみたらプロジェクト」にどう関わるか手探りだった私の想いを丁寧に聞き、受け入れ、尻込みしている背中を押してくれた礼美さん。私は彼女とプロジェクトに一緒に取り組んだことで、新しい価値観を得て人生をより豊かなものにすることができました。はじめは「地域のママのため」と考えて参加しましたが、このプロジェクトが、私自身が「わたし」に戻ることのできる「サードプレイス」となっていたのです。

 

プロジェクトでは子育ての話題で礼美さんといつも盛り上がりました(写真提供:株式会社KDDI総合研究所)

誰かのために寄り添いたいという『原動力』から生まれる礼美さんの軸である「丁寧な対話力と大胆な行動力」。自分の軸を持ち子育てにも仕事にも真摯に向き合う礼美さんはとても魅力的です。私も出産前まで自分の思う通り働き、毎日を過ごしていました。子育てにシフトした今、違う人生を想像しては迷うこともあります。それでも、今の私が自分らしい生き方だと実感できたのは、同じように迷いながらも、軸を持ち生きている礼美さんの姿を見たから。私も自分の軸をその時々で振り返り自分らしい子育てをしていきたいと感じました。

 

小児科医として「自分が辛い時に、診察する子どもたちから癒されることも多々ある」という礼美さん。これからも一緒に笑顔を育んでいくたくさんのママや子どもたちが、待っています。

Information

小澤礼美さんプロフィール

横浜市立大学医学部卒業後、国立小児病院で初期研修。

横浜市立大学医学部小児科、三浦市民病院小児科、個人クリニック勤務を経て、現在、青葉区乳児健診医、横浜市北部夜間急病センター医、八王子保育専門学院非常勤講師。Triple P認定ファシリテーター。ママcafé認定ファシリテーター。「ママたちのココちいいをカタチにしてみたらプロジェクト」メンバー。



<ママたちのココちいいをカタチにしてみたらプロジェクト>

実験イベント(シェア冷蔵庫)はたまプラーザ周辺で今後も開催予定!ご興味を持たれた方はぜひチェックしてください。 

https://actant.jp/mamacoco/

https://www.facebook.com/mamacocolivinglab/

<株式会社KDDI総合研究所>

https://www.kddi-research.jp/

WISELivingLabワイズリビングラボ>

http://sankaku-base.style/

<Triple P>

https://www.triplep-parenting.jp.net/jp-ja/triple-p/

<カフェスタイル勉強会~Mama cafe >

http://www.ishida.online/mamacafe.html

<カフェスタイル勉強会~Mama cafe「前向き子育て~小児科医が伝えたい10のスキル」>
小児科医・Mama cafe認定ファシリテーター 小澤礼美
開催リクエスト・お問い合わせ:remiremi1112@gmail.com
(お名前、連絡先電話番号、お子さまの年齢をお知らせください)
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この記事を書いた人
松井ともこライター
神奈川県出身 ワークショップデザイナー。劇団の養成所を経て俳優のマネージメント、文化施設で事業企画運営などを行う。青葉区の子育て仲間と地域でアート活動(トトリネコ)を始めたところ、子育てとアートの関係に興味がわき、立教大学大学院にて研究中。二児の母。
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