苅部ブランドをつくっていく 保土ヶ谷区西谷町・苅部(かるべ)博之さん
「濱の料理人」代表の椿直樹さんと巡るシリーズ、第11弾は、横浜市保土ヶ谷区・西谷町の苅部博之さんです。これまで訪れた若手農家の皆さんから、次々にお名前があがる苅部さん。農家の方があこがれる農家さんってどんな方なんでしょう?

 

これまで取材してきた幾人もの若手農家さんから、「苅部さんはすごい」と度々伺ってきました。自ら種とりをして9年かけて栽培した「苅部大根」という品種までつくってしまったという苅部さん。農家さんが憧れる農家さんってどんな方なんでしょう? お会いする前からワクワクです。

 

横浜市西区にある居酒屋「大ど根性ホルモン」オーナーシェフの椿直樹さんに連れて行っていただいたのは、保土ヶ谷区西谷町の苅部博之さんの畑。敷地内にはログハウスのような素敵な直売所や駐車場が見えます。

 

さらに、すぐそばには相鉄線「西谷」駅、目の前は新幹線や国道が通り、ここに畑があるの? と驚くほど、交通機関が発達した場所。さすが大都市・横浜だと妙に感心してしまう光景です。

 

そこに颯爽と現れた苅部さんはすらりとした長身で、朗らかな笑顔が素敵な方。

 

苅部博之さん。小さな頃から農家になりたかった。就農20年。苅部さんで13代目

 

新幹線が度々通るこの場所は「うるさいから」と、苅部さんの案内で路地を進み、住宅街の一角にあるナス畑に到着しました。

 

畑は15カ所、2.5ha。苅部さんとお母様、そして社員1名、農業塾生約15名の計18名で作業している。農作業は、大きな機械を使わず、手作業も多い

 

「農業に関して父はものすごく厳しかったので、農機具とかほとんど使わせてもらえなかった。(父は)若いうちから機械に頼るなって(笑)。その頃は一日中、鍬をやっていました。今でも“鍬検定”をやろうか、ってくらい、鍬が得意ですよ」(苅部さん)

 

5分程度歩いただけで、さっきとはうってかわり、静かでのどかな光景が広がります。苅部さんがすすめてくれたブロック塀に腰をかけ、ご本人は私たちの前に立ち、さながら青空教室のはじまりです。

 

「20年前に僕が就農した時、うちではキャベツを出荷していました。親父は野菜作りが上手くて、市場の横浜の中では値頭(ねがしら(一番価格がいい人))だったんですよ。だけど、キャベツの産地と呼ばれる地域の値には、とてもかなわなかったんです。その産地が端境期にさしかかって、うちより明らかに品が落ちる時でもそうでした。

どんなに美味しいキャベツをつくっても、“産地“というブランドには勝てないんです。かといって、都市農業の横浜が一大産地になれるかって言うと、農業人口も少ないし、一つの品目に農家がまとまっていくのも難しい。

だったら、横浜には370万人もの人がいるのに、わざわざ市場を通す必要がないんじゃないかって。ダイレクトに消費者に(作物を)届けるほうが確実に鮮度もいいし、自分で値も付けられるし、消費者にもこれまでかかっていた手数料の分だけ安く販売できる。

そうしてたどり着いた答えが直売所でした」

 

尊敬するお父様でも、市場で、自分たちの望む価格を得ることは難しい。悔しい経験を経て、苅部さんは自ら直売所をつくって、そこで野菜を売るという、当時はまだ珍しい地産地消のスタイルにたどり着きます。

 

苅部さんが運営する直売所FRESCO。ほぼ彼の作った新鮮野菜が並ぶ。「親父は野菜作り、母は加工品作り、そして、嫁は直売所の外観やディスプレイなどを担当。それぞれ家族の長所を活かせる直売所ができた」(苅部さん)

 

当初、20から30品目だった野菜も、「お客さんに野菜を選んで買ってほしい」との苅部さんの想いから次第に増え、今では100品目までになりました。

 

季節ごとに移り変わる新鮮な野菜を目当てに、開店前から直売所には行列ができ、いつもほぼ完売という人気ぶりです。

 

左から椿さんと苅部さん。異業種の人々を自身の活動を通してつなげていく料理人、若手農家があこがれる農家。お話を聞けば聞くほどに、お二人ともかっこいい!

 

料理人の椿さんは、苅部さんをこう評します。

 

「出会った頃と全然変わらない。ずっとおいしい野菜を作っている。一番印象的だったのは、彼が値付けをしている時。僕の目から見ると普通のキャベツなんだけど、彼は “ダメよ”って除外していました。自分の商品に対してそこまで厳しく取り組むのはすごい」

 

苅部さんの野菜作りの情熱と品質への厳しさこそ、“苅部ブランド”であり、料理人や一般のお客様の信頼にこたえる証です。

 

苅部さんが運営する百姓塾・農業塾では、農業に興味のある人、農業をやってみたい人を一般から募集し、年会費を納めてもらい、農作業を体験できる。苅部さんにとって人手が確保でき、塾生にとっては農業に触れられ、新鮮な野菜を手にできる人気の塾。10年前にお父様が亡くなり、人手が足りず、農作業に追われる日々の中で、苅部さんはこの塾を思いつく

 

椿さんと苅部さんの出会いは十年以上前、横浜市の食と農業の会合でした。

 

「椿さんの地産地消の活動を新聞で知って、お会いしてみたかったんです。実際にお会いしたら、料理人のイメージとは違って“伝える”ことができる人だなって。自分も農業をいかに発信できるか考えていたので、同じ目線だなって思いました」と苅部さん。

 

苅部さんは、さらに続けます。

 

「小学校で農業教育をやっていた時、椿さんに料理を作ってもらったことがありました。そんな時でも喜んで飛んできてくれる人。同じ方向を向いていろいろできるなって」

 

お二人の間に、料理人と農業者という枠を超えて、「横浜の食と農を」伝える同志としての絆が確かに見えるようでした。

 

夏に人気のトウモロコシ。直売所はもちろん、イベント出店の際の苅部さんのディスプレイは美しいと評判。苅部さん自身も野菜を栽培する際は、彩りに気を配っている

 

椿さんのお店の名前にちなみ、「ど根性ファーム」という畑を作ろうとの企画が持ち上がり、椿さんは苅部さんに相談します。

 

「我われ素人に畑を貸してくださる農家さんなんて、普通いないですよ。植えつけた唐辛子の面倒まで見てくれて、その懐の広さがすごい」と椿さん。

苅部さんは「狭い畑なんでね」と言い添えます。

けれど椿さんは

「それでも(唐辛子の)お世話は絶対してくださっているはずなので」と感謝しきりなのでした。

この唐辛子の畑の企画は、さらに発展し、加工品作りもすることに。

「生産者、行政、料理人とかいろんな業種の方が興味を持ってくれて、この企画に入ってくれるので物事がすすみやすい。プロが集まっているので、フットワークが軽いんです。

椿さんは横浜のいろんな方をつなげてくれた第一人者ですよ」と苅部さん。

 

では、椿さんにとって苅部さんはどんな存在なのでしょう?

 

「苅部さんと定期的にお酒を飲む機会があるんですけど、自分がちょっと心折れそうなとき、話をさせてもらうと自分の立ち位置が確認できるんです。あー、そうでしたって原点を思い出します」と椿さん。

 

二人はさらなる夢に向かって、計画中です。

「農家レストランはたくさんあるけれど、プロのシェフがやっている所はなかなかない。いつか椿さんにお願いしたくて」と苅部さん。

 

これは書いてもいいですか? と確認すると、

 

「やりますから、大丈夫です」と椿さん。決意表明ともとれる確かな響きを感じました。

 

「横浜の“食”を伝える」という同じ目標に向かって、駆け抜けるお二人は、料理人、生産者という枠を超えて、さらなる飛躍の真っ最中。今後のお二人の活動に目が離せません。

Information

野菜直売所フレスコ

住所:横浜市保土ヶ谷区西谷町962

URL:http://fresco.opal.ne.jp/

 

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https://faavo.jp/yokohama/project/1355
本連載で登場する農家、加工品生産者、スタッフの動画などをご覧いただけます。

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この記事を書いた人
明石智代ライター
広島県出身。5年暮らした山形県鶴岡市で農家さん漁師さんの取材を通して、すっかり「食と農」のとりこに。森ノオトでも地産地消、農家インタビューを積極的にこなす。作り手の想いや食材の背景を知ることで、より食材の味わいが増すことに気づく。平日勤務、土日は森ノオトの経理助っ人に。
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