子どもは自然の中で成長するもの
──高橋さんは五感教育プログラムの指導者で、「高ちゃん先生」の愛称で親しまれています。この五感教育プログラムとはどのようなものですか?
高橋良寿さん(以下敬称略): 私の行っている「五感教育プログラム」は、自然の中にある教育資源、つまり木の実や竹、種、草花などを教材化します。子どもたちは自然の中で遊びの道具を探し、見つけ、手を動かして工作し、それで遊びながら五感を磨いていきます。自然の中にある季節感、環境、複雑系である動植物の多様性などを直接体験することで、子どもの心に感動が芽生えていくのです。
私がまず始めにお伝えしているのは、「あらゆる生物は、自然の中で成長するようにプログラミングされている」ということです。人間は自然の多様性と複雑系の中で様々な体験をし、その中を通過することでコンピューターである脳が初期化し、フォーマットします。そうして一人前に生きることができるようにプログラミングされているのです。
具体的な例を挙げましょう。赤ちゃんはすべての感覚にひずみを持って生まれてきます。赤ちゃんの目は最初はぼんやりと見えるだけですが、動くものを眼球が追うことにより、そのひずみがとれてだんだん見えるようになってきます。眼球は「見える」ということを最初から理解していません。
子どもは自然の中で遊び、体験を重ねることで、脳の神経回路にニューロンが伸びていきます。体験することは「判断力」をつけることになります。失敗を繰り返しながら体験を重ね、例えば知らない土地での川幅を見た時に、「あ、この川なら飛び越えられるかな」などと、以前の体験に基づいて判断していることがわかります。
──自然の中で遊び、体験することに様々な意味があるわけですね。
高橋: 大きくまとめると、(1) 創造性がつく、(2)脳がフォーマットされる、(3)感性がゆたかになる、というのが自然体験の大きな意味だと考えています。
人間は何もないところから新しいものを創造することはできません。これまでに人類は、その生物の組織や構造と特性、自然界の事象、現象などを変換して新しいものをつくっています。例えば、ハチの巣のハニカム構造は、軽くて堅固なため航空機やスペースシャトル等の羽根、胴体に利用されています。また、オナモミのとげはマジックテープなどに応用されています。
自然界は圧倒的に情報量が多い。それだけ、創造性の原石が存在しているというわけです。
今の子どもは自然体験量が足りない
──しかし、今の子どもたちは室内でテレビを観たりゲームをしたりと、自然の中で遊ぶ機会がとても少ないところに問題があります。
高橋: 今の子どもはコンクリートやガラスに囲まれた室内で過ごすことが多いため、脳のフォーマットが弱くなっているのと同時に、自然物を使って工作をしないので、「複雑」の手の動きになっていない。運動野における手や指の範囲は実はとても大きいのですが、使わないとその範囲が組織として残り、機能として動かないため、ストレスが大きい。
また、木登りや沢登りをすることによって自律神経の神経系統が成立しますが、運動をしないことで自律神経が未発達のまま大人になり、それが障害となって病気の症状が出てきます。
──親が子どもにテレビを見せて子守りをするテレビシッター、ビデオシッターも問題です。
高橋: 目から入る情報は前頭野を通らずまっすぐ視覚野に入ります。テレビやゲームで遊んでいる時間が長くなればなるほど、成長期の子どもの前頭野にニューロンが伸びず発達を阻害してしまいます。前頭葉は人間の人格、尊厳、ルールを守る、倫理的な判断をするといった大切な脳です。成長期にゲームやテレビを観ている時間が長くなれば、当然前頭野の発達を抑え、成長を阻害してしまいます。
人間のおでこが出ているのは、前頭葉が発達しているからです。イノシシやワニのように前頭葉が発達していない動物は、人格や尊厳などを持っていないため、敵と見るといきなり攻撃をしてくるわけです。今、キレやすい子どもが多いというのは、それと同じことです。
テレビ、ビデオ、ゲーム、携帯電話など、長時間の画像の使用により、子どもたちに危機が及んでいます。このような生活をしていると顔に表情がなくなり、他人とのコミュニケーション能力の低下につながります。
一方、自然体験は前頭葉にニューロンを伸ばします。水遊び、泥遊び、昆虫を観察したり、自然の中で駆け回る。手指を動かす工作も有効です。竹を切ってひもを通してブンブン回すとものすごいスピードで回転する「ブンブンごま」や、シュロの木で箒をつくったり、ツバキの種から油をかき出してピリピリと鳴る笛をつくって鳴らすなど、自然の中でできる遊びは数限りない。
今の子どもたちには絶対的に自然体験の量が足りないのです。それがキレる子どもなど多くの社会問題を生んでいる。だから私は、「子どもは自然の中で育つべきもの」と、あらゆる機会を使って訴えているのです。
まずは大人が身近な自然にふれる
──しかし、子どもに自然体験を教えるはずの大人が、自然に親しんでいないという現状があります。
高橋: だからこそ私は子どもに直接指導をするよりも、学校の教職員向けの初任者研修や、環境NPOのスタッフ研修などに力を入れ、大人に自然と遊ぶ技能、技術を伝えています。よく「公園に行ってはみたものの、どうやって遊ばせたらいいのかわからない」という質問をされることがありますが、技能、技術を持っていなければ、どうしようもない。
驚かれるかもしれませんが、近隣のとある小学校では生徒にナイフを使用させています。昔の子どもたちは、虫かご、お手玉、ざる、わらじなど、自分たちの遊び道具はすべて自分でつくりました。ナイフなどの道具を使うことで、外部の刺激から運動野にニューロンが伸び、感覚のひずみを直していくのです。子どもたちは手がきちっと使えていれば、ひずみがとれ、身体構造上からくるストレスがとても少なくなります。ひずみを持ったままでいると、弱い友達を「いじめる」という形でストレスが出たり、思春期にいろいろな形でストレスを発散しえ社会的な問題を起こします。
自然の中で過ごし、体験することによって、自分の能力の可能性、限界、自分の性質、体質、適性などがわかり、本当の自分に出会えます。冷静に自分自身と向き合うことができ、楽になります。「あれ、私はものをつくるのが好きみたい」「ボクは体を動かすことが得意!」など、まさに「本当の自分に出会える体験」です。
──しかし、田園都市は都市化していてなかなか身近に自然がない、と思われているようですが。
高橋: とんでもない! 青葉台の周辺だけでも、寺家ふるさと村、北八朔公園、新治市民の森、四季の森公園など、素晴らしい自然がたくさんあります。
自然の中には緻密な摂理、神秘、真理が存在しています。植物、昆虫たちの生命の流れを示し、その流れの中に児童生徒を入れてあげることで、子どもたちがこれまで抱えていた「誤解、錯覚、こだわり、わだかまり」などが剥離していき、素直に生きてゆく力がついてくるのです。
大人には、子どもを森の中に連れていくという大切な役割があります。自然体験は子どもの成長に必要不可欠なだけではなく、大人にとっても本当の自分に出会える、かけがえのない体験になるはずなのです。
□取材を終えて
「自然の中での体験によって脳をフォーマットし、感覚のひずみを正していく」というお話には、衝撃を受けました。確かに子どもと一緒に森に行くと飽きることがなく、五感への情報量も圧倒的です。自然体験の意味を、心身や脳への機能という面から論理的かつわかりやすく教えてくださる高ちゃん先生のお話を、もっとおおぜいの親や教育現場の方々に聞いていただきたい、と感じました。
高橋良寿(たかはし・よしひさ)
1948年東京生まれ。五感教育研究所室長。森林インストラクター、自然観察指導員、レクリエーションインストラクター、キャンプディレクター2級などを有し、自然体験の様々な分野で活躍。五感教育プログラムの普及、指導者育成のため、教育現場でのフィールドワークや研修会、講習会などで多忙を極める。緑区中山在住。
http://gokanlabo.com/index.html
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