●瀬尾哲裕(せお・てつひろ)
学校法人四恩学園ナザレ幼稚園園長。横浜市青葉区鴨志田町でナザレ幼稚園を、寺家ふるさと村で自然体験施設「からんこ山」を運営している。また、横浜市市立幼稚園預かり保育事業、横浜市放課後児童健全育成事業(学童保育事業)にも参加し、地域の子育て支援を行っている。山梨県山梨市で宿泊研修施設「白雲荘」、同牧丘町で「ぶどう園」を運営。ぶどう園で採れたワインを醸造する四恩醸造(シオンワイナリー)代表取締役でもある。
都会の中にある「森の幼稚園」
──ナザレ幼稚園では寺家ふるさと村にある「からんこ山」という里山で、子どもたちが自然とふれあえる保育を実践しています。からんこ山はどういうところなのでしょうか?
瀬尾園長(以下敬称略): からんこ山ができたのは、今から10年前です。寺家ふるさと村の地主さんから1500坪の里山を提供していただきました。小さな園舎と里山があるだけですが、子どもたちが遊ぶには十分な環境です。子どもたちは日々、バスに乗って鴨志田町の園舎から寺家町のからんこ山に向かいます。風が歌い、波がさざめくのにあわせて、遊び、踊る。里山でカブトムシやヘビに出会う。子どもたちはワクワク、ドキドキ、冒険の連続です。
宮沢賢治の言葉に「美しい自然と対話した子どもたちは、(その自然にかなう)美しい未来の模型をつくる。やがて子どもたちは自己の未来をその模型にかなえしめる」というものがあります。日本の童話は里山を舞台に生まれています。子どもたちにとってからんこ山に行くことは、童話の世界に遊びに行くことでもあるのです。
──からんこ山では、ナザレ幼稚園の園児だけでなく、保護者や学童保育の子どもたち、そして休日は地域の人たちに一般開放していると聞きました。
瀬尾: ナザレ幼稚園では幼稚園運営のほかに、横浜市の預かり保育委託幼稚園として、幼稚園の保育時間内は幼稚園教育を、その後の時間帯は幼稚園で保育所と同じ保育サービスを提供しています。また、小学校3年生までの学童クラブや、横浜市はまっこ広場の運営も行っています。
週末は広く地域の方々にからんこ山を開放し、野遊びのプロの指導のもと、多くの人たちに自然体験をしていただいています。地域に根ざした幼稚園として、地域社会の変化と要求に対応していきたい、と感じています。
デンマークの首都コペンハーゲンでは、街中に幼稚園のステーションを置き、バスに乗って郊外にある「森の幼稚園」で実際の保育を行います。ナザレ幼稚園も同じように、青葉台の駅前に送迎ステーションを設け、そこからバスに乗って鴨志田、あるいは寺家に行き、子どもたちは恵まれた自然環境の中でのびのびと過ごす。さしずめ、ナザレ幼稚園は日本の都会の中にある「森の幼稚園」と言えるのではないでしょうか。
大人が野遊びを楽しめば、子どもも喜ぶ
──からんこ山での野遊び体験について、もう少し詳しくお聞かせください。
中山康夫(以下敬称略): だいたい月に4~5回、土日に一般向けのプログラムを行っています。たとえば冬の間は、焚き火をします。子どもたちには山で焚き木を拾ってもらうのですが、地面に近づくことで落ち葉の色や、地面に下りてきた鳥たちに気づきます。木々に息づく冬芽を虫眼鏡で観察したり、落ち葉を一カ所にため込んで、落ち葉のプールやお布団で遊んだりしています。
焚き火で食べ物を焼いたり、煮炊きをして食べるのも楽しみの一つ。生卵を葉っぱでくるんでホイルで巻いてゆで卵にしたり、サツマイモやウィンナーを焼いたり。意外と人気なのが、篠竹の先にマシュマロを刺して火にかけるマシュマロ焼きです。
これから春先にかけては、クヌギやコナラが芽吹き、一気に新緑の色に山の風景が様変わりします。
このように、季節折々の自然遊びを行い、自然素材からオリジナルグッズを開発して、野遊びを展開していきます。
──聞いているだけで楽しそう! 普段から自然に親しんでいないといざ里山に行っても何をしたらいいかわからないことも多々ありますが、プロがついていてくれれば心強いですね。
中山: 地域貢献は幼稚園の使命と考える園長の方針で、私たちのような「野遊びのプロ集団」がプログラムを開発・提供していますが、あくまでも教えてくれる先生は、自然そのものです。私たちはきっかけや気づきを与える「ファシリテーター(参加者の心の動きや状況に応じて実際にプログラムを進行、促進する役割)」にすぎません。
プログラムは日本の四季を体感することに重きを置いています。冬の焚き火であれば、木が燃える匂いやパチパチという音、じんわりとした温かさ。これらを実際に五感で味わうことで、本物の文化を伝承していきます。
からんこ山での野遊び体験は、ぜひご家族で楽しんでほしい。大人が楽しく遊んでいる、その笑顔をみて子どもが楽しい気持ちになるのです。大人が楽しく遊ぼうと思える気持ちや環境をつくることが、私たちの仕事です。
幼児期に「基本的信頼」の獲得を
──ナザレ幼稚園の保育方針についてお聞かせください。
瀬尾: 善は悪に勝る。正義は最後に勝つ。それが世界の常識なのに、残念ながら今の日本社会はそうはいかないことが多い。このままでは社会全体が幸せになれないのではなか、と危惧しています。
国連の「子どもの権利委員会」は、2005年に「乳幼児期は8歳までである」と定義しました。日本では1989年に「子どもの権利条約」を批准したので、乳幼児期の子どもの権利を脅かす者は日本の法律によって罰せられることになります。
乳幼児期は発達の段階に応じて3つに大別されます。
0~2歳の第1期では、母子はまだ一体であり、自己と他者の区別がない時期です。この時によく面倒をみてもらい、愛されることで、「自分は一番大切な存在」「価値ある存在」というメッセージを受け取ります。これがおろそかになると、その後の一生は、愛を求めて放浪することになってしまいます。
3歳になると子どもは自我が芽生え、母親と別個の存在であることに気がつきます。「両親や先生に愛されるには自分がどんな存在になればよいか」と努力を始めます。この時期に、両親や先生に「お前は素晴らしい子だよ」「かわいいよ」と肯定され、それを感動とともに受け止めることができれば、子どもは「基本的信頼」を獲得することができます。これが「社会への信頼」につながります。
小学校低学年にあたる6~8歳が、乳幼児期の第3期にあたります。原因と結果が結びつくようになり、「善が悪に勝る」という世界の真理を確信し、そこに希望を見いだすようになります。正義を信じることができれば、努力をすることを厭いません。
この乳幼児期の3つの時代を終えて人間の原型ができあがり、小学校高学年以降の少年期で心身ともに素晴らしい発達を迎えることができます。こうして子どもたちは「人生を美しい、素晴らしい冒険に変える力」を獲得していく。
私は、「人生の出発点」である乳幼児期に質のよい保育を行うことが「子どもたちの人生を変える」と信じています。乳幼児期の第2期である3~5歳に、幼稚園が果たすべき役割は大きい。自然との出会い、愛情との出会い、文化との出会いを大切にし、「未来への希望」を持って生きる力と権利を子どもたちに獲得してほしいと願っています。
##取材を終えて……(一言)
寺家ふるさと村を探索している時に見つけた「からんこ山」。子どもたちの秘密基地のような雰囲気に心惹かれ、自然の中で保育を実践しているナザレ幼稚園の活動に興味を持ちました。乳幼児期に基本的信頼を獲得することで社会への信頼、希望を得ることができるという瀬尾園長の信念に基づいた幼稚園運営に、溜飲を下げました。からんこ山、ぜひ遊びに行ってみたいと思います。余談ですが、ワインは驚くほどおいしかったです! 知らなきゃ損ですよ。
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