(環境ビジュアルウェブマガジン「ジアス・ニュース」での連載より)
失ってみて、初めて気づくことがある。「勉強したい」—-。
東日本大震災で大津波に遭い町全体が壊滅的な被害を受けた宮城県女川町。家も、学校も、塾も壊れて流されて、避難所や仮設住宅では勉強する場所も環境もない。そんな女川町の小中学生の約半数が通う場がある。NPOカタリバが運営するコラボ・スクール「女川向学館」だ。塾を流された塾講師が教壇に立ち、小中学生に勉強を教える。12月13日にはコラボ・スクールが岩手県大槌町でも始まる。
女川町の子どもたちは、震災前と後でどう変わったのか? 失ったものだけではない。そこには学ぶことにどん欲な子どもたちの真剣な生き様がある。
■学校も、塾も、家も流された。
震災前、女川町には11の塾があったが、そのうち10校が津波に流された。塾講師たちは一瞬にして教える場を失い、失業者になった。たった一つ残った塾。自宅が全壊した先生は、親戚の家に住みながら無料で子どもたちに勉強を教えていた。
子どもたちも学ぶ場を失った。家は流されあるいは壊れ、町の10人に1人が亡くなり生活もままならない状況だった。避難所では生きるだけで精一杯で、学ぶ場などない。仮設住宅は壁も薄いから勉強にも集中しにくい。学習環境そのものが壊れ、勉強するスペースすらない……。女川町では震災後、長くそんな状況が続いていた。
特定非営利活動法人NPOカタリバは、高校でのキャリア学習の授業「カタリ場」の活動で知られる。先生と生徒というタテの関係でもない、友達同士というヨコの関係でもない、高校生にとって少し年上の大学生や社会人などと語り合う対話型のキャリア教育プログラムを進めてきた。代表理事の今村久美氏は若手の社会起業家としても知られる。
今村氏は震災後すぐに宮城県の石巻市と南三陸町に出向いた。大学進学やキャリア形成へのニーズ調査を行う一方で、被災地では学習環境そのものが壊滅したことを知った。放課後子どもたちが勉強する場所も環境もない、学習塾も被災している。学校の外から教育を支えてきたカタリバだからこそできることとは……。
被災し失業した塾講師が放課後の学校を使って、子どもたちに学ぶ場を提供する「コラボ・スクール」の構想に女川町の教育長が理解を示した。被災地の行政、学校、学習塾、保護者と、それを支援するNPOカタリバ、そして寄付を行う様々な企業・個人とのコラボレーションで誕生したコラボ・スクールが2011年夏、宮城県女川町に誕生した。それが「女川向学館」だ。現在女川町の小中学生の約半数・220名が通う。
■学習時間が162%にアップ
女川向学館は旧女川第一小学校の1階にある。毎日16時から21時まで自習室が開かれ、女川町の小中学生と高校生は誰でも利用することができる。小学生の授業は16時40分から17時40分まで。小学校1・2年生は週1回、3〜6年生は週2回ずつ授業がある。中学生は18時から20時まで毎日授業が行われる。子どもたちは徒歩か保護者の送迎か無料の巡回バスで女川向学館に通う。受講料は無料。講師は塾が被災し失業した女川町の塾講師たちで、人件費は様々な企業・個人から集まった寄付で賄われる。
NPOカタリバの広報・ファンドレイジング部の伴地駿介氏は「女川向学館を始めて4カ月、女川町の子どもたちに笑顔が戻った気がする」と話す。3月11日に、それまで当たり前にあった日常がなくなった。非日常に急に放り込まれ、放課後自体がなくなった子どもたち。友達と笑いながら過ごせる場がある、ともに学ぶ場がある。コラボ・スクールは子どもたちの場づくりでもあるのだ。
コラボ・スクールは学習面でも如実に成果を上げている。子どもたちの学習時間に大幅な伸びが見られるようになったのだ。女川向学館に通う中学生96名へのアンケート調査によると、震災前の平均学習時間は1時間36分。震災直後の4月は57分だった。ところが女川向学館ができた8月には2時間35分に増えた。震災前と比べて1時間、率にして162%に伸びている。「学ぶ場もない、身内が見つからない、時間がない……一時は高校進学も危ぶまれていた中学生たちが、目の色を変えた勉強を始めています。周りに支えられている感覚を持ちながら学んでいるため、集中力がものすごい」と伴地さんは語る。本格的な冬を迎え、高校受験という一つのハードルが迫ってくる。学ぶことに真剣な女川町の中学生たちは、どんな春を迎えるのだろうか。
■12月13日(火)、大槌コラボ・スクールが仮開校
12月13日には、コラボ・スクールの2校目が岩手県の大槌町に開校する。大槌町は町長が津波で亡くなり行政機関が麻痺し、厳しい復興の道のりを歩んでいる。被災地での子どもの学習支援、そして失業した教育者たちの就業支援を両立できるコラボ・スクールは、まさに待ち望まれていた事業と言える。
女川町も、大槌町も、町はまだ至る所が危険区域で、商業用の建物や塾などが再建されるにはほど遠い。町が復旧し地域の経済、塾産業が自立するようになるまではまだ時間がかかる。
コラボ・スクールの運営には寄付金が必要だ。1カ月1万円の寄付で、被災地の子どもが一人、コラボ・スクールで学ぶことができる。震災直後は多く集まった寄付だが、「冬になるに連れその数が減っている」と伴地さん。東北のコラボ・スクールから、未来の東北や日本を担う人材が生まれる日までの道のりは長い。継続的な支援がなおも求められる。
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