(環境ビジュアルウェブマガジン「ジアス・ニュース」での連載より)
渋谷から急行で15分、東急田園都市線鷺沼駅から歩いて5分ほどのところに、小さな水力発電所がある。川崎市上下水道局の鷺沼配水池を間借りしてつくった出力90kWのマイクロ水力発電所で、年間発電量は55万kWh。一般家庭約160軒分の電力を発電する。発電所の隣には小学校。フットサル広場、子どもの水遊び場、保育園や高齢者施設なども隣接している。
■”いまある水道”に、発電機をくっつける
「みなさん、”水力発電”と問われて思い浮かべるものは、水車小屋の水車でしょうか? ダムのそばにつくられた大きな水力発電所でしょうか?」
市民向けの自然エネルギーの勉強会に招かれた東京発電マイクロ水力ブループの富澤晃さんは、最初にこんな問いかけをした。水を活用する点は同じ。しかし、大規模ダムでは水を利用するために環境破壊を伴う大規模開発を行うのに対して、水車に象徴される小規模な発電では、水道や農業用水など、ほかの目的のためにつくられた既存の水の流れに、あとから発電機を付け足していく、という点に根本的な違いがある、と富澤さんは続ける。
東京発電は東京電力グループで、水力発電事業を中心とした発電所の開発・ 運用・保守・点検を行う。特に近年力を入れているのが、上下水道施設や農業用水など、身近なところに眠っている未利用エネルギーを活用するマイクロ水力発電事業。「Aquaμ(アクアミュー)」というビジネスモデルで、水道局や農業用水路を間借りして東京発電が発電主体となり売電収入を得るビジネスモデルと、水資源の所有者が自ら発電主体となり東京発電が技術面をサポートするテクニカルアドバイザリーの両側面から展開している。
■どこにでも水車をつけられるわけではない
一般に、発電出力が1000kW以下の水力発電は「小水力発電」と定義され、なかでも100kW以下の場合は「マイクロ水力発電」と呼ばれる。上下水道や農業・工業用水、河川や湧水など、すでに他の目的で整備されている水を活用して発電することに特徴があり、ローコストで開発できることから、今後の伸びが期待されている新エネルギーと言える。
水力発電の仕組みは、規模の大小に関わらず同じだ。水の落差と流量、水車や発電機の変換効率のかけ算で発電出力が計算できる。要は、高いところから大量の水が流れてくれば出力は高いし、緩やかな斜面で少量の水しか流れなければ発電能力は劣る。そのため、水が流れているところならどこでもマイクロ水力発電所を開発できるわけではなく、例えば自然勾配を利用した配水池や農業用水、下水処理場の放流水などで、ある程度の落差があり、常に一定量の水が流れており流量変化が少ないなど条件に恵まれているところが適している。仮に高低差がなくても、浄水場から送水する流量調整弁の余剰圧力を利用するなど、既存設備を利用できることが開発のポイントとなる。
マイクロ水力発電は、一定の落差と流量が確保できる地点が見つかれば、エネルギー変換効率は平均70-80%程度と高く、太陽光発電の利用率の約12%と比べても抜群に安定していると言える。ただ、富澤さんに言わせると「条件に合致する開発ポイントを見つけるのは決してラクではない。水がなければ発電できないから」。
■夕食や入浴タイムに発電効率が上がる
富澤さんのレクチャーの後、市民グループが向かった鷺沼発電所は、東急田園都市線鷺沼駅から徒歩5分ほどのところにある小さな発電所だ。出力90kWのマイクロ水力発電所ながら、年間発電電力量は55万kWhで、一般家庭およそ160軒分の電力量に相当する。CO2の年間削減量は約180トンで、発電した電力は東京電力に全量売電している。東京発電が売電収入を得て設備投資分を回収していく形になり、川崎市上下水道局は家賃収入を得るというビジネススキームだ。
発電所が立地しているのは、鷺沼配水池の上の敷地を利用してつくられた複合施設で、フットサル場や夏に子どもが水遊びをするカッパーク鷺沼、鷺沼ふれあい広場がある。近くには高齢者向けの福祉施設と保育園、そして発電所の敷地の隣には公立小学校がある。休み時間になると子どもの遊び声で常に賑わっている。
ここ数年、マイクロ水力発電への関心の高まりから、見学の問い合わせが多く、今夏には見学用のハッチを設けた。見学者からは、「近所に住んでいますが、ここに発電所があるなんて知らなかった」「時間帯によって発電電力量に差はあるんですか?」「水車や発電機のコストはいくらくらいで、投資回収には何年かかるのですか?」などの質問が次々に飛んだ。
発電した電力は、送電線にのせるためいったん6600Vに上げて、家庭に配電する時に柱状変圧器(トランス)で100V、あるいは200Vに変圧する。「マイクロ水力発電で個別に発電した電気が、送電線にのって混ざるのが目に見えてわかった」など、間近で発電機と変圧器や送電線を観察したことは、市民にとっては大きな発見だったようだ。
鷺沼発電所は、標高83.4mの潮見台浄水場と標高78.0mの長沢浄水場から標高60.0mの鷺沼配水池まで、地形の高低差を利用して自然流下で配水している。鷺沼のように勾配があり下流に人口が多い地域は一定の流量を最初から見込むことができ、特に夕食時など家庭で水を多く使う時間帯の流量が多くなる特性がある。発電所を案内した東京発電マイクロ水力グループの濱田督子さんが「サッカーのW杯観戦の時に、ハーフタイムでテレビのCMが入ると、一気に流量が上がるので、発電効率も高くなるんですよ」などと分かりやすく例えたため、参加した市民にとっても、自分の生活に密着した”ご近所発電所”の動きに親近感を抱いていたようだ。
■マイクロからピコへ。小規模分散型の主力選手
今後開発拠点として期待できるのは、鷺沼配水池のように、下流側に人口が多く一定の流量が見込める上水道や、下水処理量が多く放流落差が高い下水処理場など。また、埼玉県営大久保浄水場からさいたま市大宮配水場までの送水ポンプの水圧の流量調整弁の余剰分を利用して発電するなど、人口が多い南関東で24時間365日ある程度の流量が見込める場所の開発ポテンシャルが高い。また、群馬県高崎市の若田浄水場のように、川から浄水場への取水地点にクロスフロー水車を設置して発電するなどの事例もある。
上水道に水車を設置する場合は、既存の水運用に影響を与えない範囲での利用が条件となる。マイクロ水力発電に使用する設備は水道ポンプと同等の耐久性があり環境負荷がないもので、配水管などはバイパスにして既存の水道設備に影響を与えないほか、災害時など万が一の時は自動で既存設備から切り離しができるようにしている。水道局としても、水運用に何の支障もなく家賃収入が入る、新エネルギーのポイント増加に寄与するなど双方にとってメリットが大きい。
マイクロ水力発電所で採算ベースにのせるには、50kW以上の出力が求められるが、東京発電ではさらに小さな規模での発電にも力を入れているという。例えば山間部の無電化地域で、イノシシや猿などによる畑の被害を防ぐための農業用電気柵を設けるために、低落差低流量に対応した「滝用水車」を開発して設置している。電気柵のために電線などの送電インフラを引いてくるよりも、小さな水車を設置して電気柵の電源のみに利用するほうが、安くあがるという。20kW未満の出力であれば、新型水車の採用で初期投資を軽減し、運用保守面でも経費も削減できる見込みから、現在実証実験を進めているという。
来春には再生可能エネルギー固定価格買取り制度(FIT)が施行される。FITの施行後、ますますマイクロ水力発電へのラブコールは増えるだろう。富澤さんは「マイクロ水力発電を一緒に普及する人が増えてほしいと思っています。そのためにも我々がもつ経験とノウハウを公開し、マイクロ水力発電が分散型の電源の普及に寄与するよう励んでいく」と語る。
人口密集地にも、再生可能エネルギーの開発ポテンシャルはある。我が家の「ご近所発電所」があちこちの町にできる日も、そう遠くないはずだ。
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