三寒四温の毎日、少しずつ春めいてきた3月中旬もすぎた頃、梶が谷にあるHARAPEKOPANを訪ねました。2013年6月のオープン以来オーナーの西片佐和子さんが一人で切り盛りしているため、営業は週に一度の土曜日だけ。でも、その土曜日を楽しみに訪れる人が後を絶ちません。
以前に一度だけ、友人宅で西片さんの焼いたパンを食べたことがありました。その頃ちょうど、西片さんはお店の開店準備ために大忙し、雑談交じりに不安と期待を口にしていました。夢を実現させるために一歩踏み出し進み始めた西片さんの姿は、同世代の女性として凛々しく、何かを達成しようと邁進するときの独特の輝きを放っていました。その後、お店をオープンしたことを聞いて、ぜひ一度行ってみたいなと思っていました。
前職はアパレル関係で企画をしていた西片さん、「もともとお菓子屋さんになりたかった」と照れた笑顔で話してくれました。昼間働きながら、週末にパティシエの製造アシスタントを経験するなど、少しずつお菓子屋さんへの夢を紡ぎ始めていました。そんなある日、パティシエから「あなたは、手が温かいから本当はパンの方が向いているのでは」と言われ、ショックをうけたそう。
気持ちが変わったのは、出張で神戸を訪れた際滞在していたホテルで朝食に出されたパンを食べた時。それはホテル近くの小さなパン屋さんのものでした。西片さんの心を癒してくれた温かな美味しさに、思わずパン屋さんに立ち寄ると、ショーウィンドウには、今まで見たどのパンよりもキラキラした、ケーキのように美しいパンが並んでいました。まるで、一つひとつがその存在をうったえかけてくるかのように、個性があったのです。12年ほど前のことでしたが、東京にはまだそのようなパン屋さんはなく、「パンの世界もいいかも!」と、西片さんは本格的にパンの道に入ります。
その後、仕事を辞めて専門的にパンを学び、ご主人と新居を構える際に店舗も併設し、パン屋さんを始めることにしました。
西片さんにとって、「パンは自己表現」だそうです。こんなこと言ったら他のパン屋さんに怒られちゃうかな……と謙虚に言いながらも、おいしくて安全で食べられることを基本前提として、プラスアルファでパンを作ることを通してご自身のスタイルを表現したいと思っているそうです。
「もちろん食べた時、生地が美味しいというのが大前提ですが、その上で、自分が美味しいと思うもの、旬の素材を取り入れるようにしています。旅行や、趣味の食べ歩きのなかで出会った美味しい食べ物に刺激を受けて、レシピに取り入れたり、季節のイメージをパンにしてみたり…」。パンの話をするときの西片さんのは、とてもうれしそう。西片さんの日々の生活そのものが、HARAPEKOPANとして出来上がってきているのだと感じました。
そんな西片さんのつくるパンをちょっとだけご紹介。
モロッコチャバタは、今が旬の無農薬国産のレモンの皮をオリーブオイルでソテーしたもの、グリーンオリーブ、クミンシード、コリアンダー、カレー粉などモロッコの家庭料理で使われるスパイスをブレンドして生地にいれていて、まさにモロッコ料理に影響を受けて作った一品です。
冬からうつりゆく春の訪れをパンで表現してみたくて作ったのが、「だいだい色の果実とカルダモンのパン」。春は、柑橘系の果物がたくさん出る時期なので、橙色、オレンジ色の果実で統一し、あえて冬の果実の金柑をセミドライにして加え、カルダモンをアクセントに春の訪れを表現したそうです。
取材に伺った日は、旬の苺やレモンを使ったパンが多くありました。
また、「食事は日々を彩るちょっとした楽しみ」と語る西片さんは、HARAPEKOPANを通して、「こんなパン、こんな食べ方どうですか?」と提案したり、「今日はHARAPEKOPANに、どんなパンがあるかな?」と、サプライズを楽しんでもらいたいと思っているそう。
平日は、酵母のお手入れや、自家製ジャムの製作、新しいレシピの試作など土曜日のオープンに向けて準備で大忙し。HARAPEKOPANでは、パンに合わせて粉や酵母を数種類使い分けているそう。酵母の中には、自家培養酵母もあり日頃から大切にお世話しています。レシピもオリジナル、定番のパンでも何かしら自分のエッセンスを入れるように心がけ、食べる人の、いろんなシーンをサポートしたいと言います。
忙しくパンを焼きながらも、お客さんとのコミュニケーションを大切にしている姿も印象的でした。お客さんとの対話から新しいパンが生まれることもあり、人気の「はらぺこスコーン」はスコーンが好きだというお客さんのためにメニューに加えたそうです。
パンを作るときは「今日はどうかな?」なんて、生地と対話しながら作業するそうで、お話を伺っている間も、西片さんの手は止まることなくパンをこね、ちぎり、成形しています。まるで魔法のように、つぎつぎと、その手の温もりさえも感じるようなホカホカのパンが焼きあがっていきます。
取材はお店がオープンしている土曜日でしたが、客足は途絶えることなく、飛ぶようにパンが売れていきます。大人向けに作っているというのですが、お客様にはお子さん連れの方も多く、老若男女を問わずみんなに愛されていることがわかります。
夢のために一歩踏み出し、HARAPEKOPANを始めたことで、ご近所の方や、さらには地域の農家さんとのつながりも広がってきているそう。今では自家製のジャムのために無農薬の果実を分けてもらうなど、交流を深めているそうです。
レジとパンのカットはご主人の丈晴(たけはる)さんが担当。普段は会社員とは思えないほど、手際よくパンをカットしていきます。取材日にちょうどお手伝いにきていたのは、西片さんの大学時代からのご友人の平野真砂子さん。厨房は忙しいけれども、和気あいあいとしていて、取材に行ったはずの私も気が付けば一緒に「いらっしゃいませー、ありがとうございましたー」と、いつのまにやら、スタッフのように声が出て……なんともアットホームで、優しく大らかな雰囲気です。
この温かい感じ……そして、西片さんのはにかんだ笑顔。これらみーんなが、HARAPEKOPANの味なんだと思いました。
西片さんは、これかも、パンを焼き表現を続けたいといいます。例えば、スタッフのエプロンやなべつかみをオリジナルでつくったり、いつか、「ああ、これってHARAPEKOPANぽいね」とお客様に言ってもらえるように、スタイルを確立したいと思っているそうです。
ほっこりとおいしいパンと、そのパンを作り出す西片さんを通して、こんな風に自分を表現ながら夢を実現することもできるのだと、女性らしい大らかでやわらかな感性の温かさと可能性に、私も勇気づけられました。
立ち上げから2年、“つづける”というステージにあがった「HARAPEKOPAN」。これからも、お客さんとのコミュニケーションと、西片さんの人柄そのもののように、嬉しい驚きと優しさがつまった美味しいパンで、みんなの好奇心と「はらぺこ」を満たし続けて欲しいと思います。
HARAPEKOPAN
〒213-0015 神奈川県川崎市高津区梶ヶ谷3-11-48
TEL/FAX 050-3421-8378
MAIL: info@harapekopan.com
URL:http://www.harapekopan.com/
営業日/営業時間: 毎週土曜日11:00-18:00(売り切れ次第終了)
*8月中は夏期長期休業、年末年始もお休み
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