「本の読み方間違っていますよ!」
たまたま見た絵本・児童書専門店のホームページに書いてあった言葉にはっとしました。
それは、ちょうど我が家の2歳児が、「読んで!」と絵本を持ってきては、読んでいる間にすたこらと私から離れて別の遊びを始めてしまう、ということが続いていた時のこと。「私一応朗読の仕事もしているんだよね〜。一応プロなんだよね〜」と遊ぶ娘の背中にぶつぶつと恩着せがましくつぶやきつつ、自信をすっかり失いそうになっていました。
お店のお勧めとして「子どもと本のあるくらし」という、正しい読み聞かせを教示する本が紹介されていて、とても興味をもちました。ふと、お店の住所をみると自宅から意外と近い。これは行かねば! と、娘と二人で行ってきました。
相模原市の住宅街に建つかわいらしいクリーム色の建物、それが絵本と児童書の専門店「よちよち屋」です。
中に入ると、絵本や児童書、木のおもちゃが所狭しと並んでいます。私の後ろでもじもじしていた娘がそれを見たとたん、私を追い越してさっさと絵本にとびつきました。本屋さんの絵本コーナーはだいたいどこも見慣れたものが並んでいるのですが、ここには全く見たこともない本がたくさん。娘に負けず劣らず、私もぐぐっとテンションが上がりました。
このお店の店主、中本茂美さん。大学で幼児教育について学んだ後、幼稚園の先生として勤め、結婚後は退職。3人のお子さんはすでに成人していらっしゃるそう。
中本さんが児童書・絵本の店を始めるきっかけは 『季刊 子どもと本』との出会いでした。
『季刊 子どもと本』とは、山本まつよさんらを中心とする絵本・児童書研究家、子ども文庫の会が、流行にとらわれず、子どもにとって本当にためになる質のよい本を紹介し、それらの本について丁寧に解説をしている冊子です。1980年に第一号が出版され、100号以上続いています。中本さんは一番下の娘さんが3歳の時にこの本と出会ったので、今から出会える人はうらやましい、と言います。
これまで中本さんは、自宅の一部を「文庫」として開放し、親子が自由に本を読んだり、読み聞かせなどをしていましたが、中本さんがおすすめする良質な絵本は、普通の本屋さんに行ってもなかなか出会うことができません。そこで、平成4年に、自分が読んで本当によいと思った児童書、絵本のみを扱うお店を始めることにしました。
「よちよち屋」には、中本さんが絶対の自信を持ってお勧めする絵本のみが並んでいます。それは、いわゆる「かわいい」とか「ぱっと目をひく」本ではありません。もしこの本が普通の本屋さんにあったら、中本さんがお勧めしていなかったら……私も手にとらないかも? と思うほど、地味な本がほとんどです。
中本さんは、「大人は本を知識だと思っているけど、子どもは違う。体験をするものなのです。絵本は文学体験、芸術体験、考え方の基礎を作る。だからこそ、小さいうちから子どもだましではない、本物にふれてほしい」といいます。
「今の子どもは、本当に想像力が欠如してきていて、言葉の力、聴く力も落ちている。会話に近い形の言葉ばかりで、きちんと主語述語、起承転結があって流れがある、イメージが見える文章というものに出会っていない」とも。
聞いていて、耳が痛いことばかり。でも、中本さんの話す言葉一つひとつがすとんと心に落ちてきます。
中本さんが本を選ぶ基準は、
「絵が一流であること」
「文章(訳文)が日本語として美しいこと」
「文章と絵がくっついていて、ちゃんと絵が動いて見えること」
子どもが相手だからといってただ「かわいい」とか「ファンタジック」、「わかりやすい」だけのものを選ぶのではなく、人間の営みや生きることの大切さ、楽しさ、そして物語に嘘のない真実を伝えるものを選んでいるのだそう。
でも、3つ目の「……絵が動いて見えること」は、私にとっては、何の話なのかさっぱり。
中本さんによると、小さいうちから質の高い絵本を正しい読み方で読んでもらっている子は、絵本の絵が動いて見えるのだとか。
でも、この能力を身につけられるのは小さな子の特権で、小さい時に本物の絵本に出会わせてあげないと体験できないものだそう。だから、なるべく赤ちゃんのうちから正しい読み方で読み聞かせをしてあげることがとても大切なのだといいます。
その正しい読み方とは……
まず、姿勢は絶対に「膝の上」。これは、親の愛情に包まれながら聞く心地よさを体感し、それが心を育てる体験にもなるのだそうです。
そして、「子どもの正面に絵がくるようにし、なるべくその場所を動かさないこと」。これは、家のテレビが一番見やすい位置にあるのと同じように、絵が動くのを見ている子どもが、絵本の世界に入り込んでいるのを邪魔しないため。
そして、
「大げさに読まないこと」。
「指差しや問いかけをしないこと」。
「感想を訊かないこと」。
「絵をじっくり見る時間をきちんととること」。
よくあるのは、読んでいる親が絵を見ず、読み終わる前からほとんどめくっていたりすると、子どもは絵を読めるようにはならず、絵の存在が挿絵程度になってしまうそう。
言葉とは、聞いてから考えるものだから、絵本も、文章を聞いて、それから絵を見て……その時間とプロセスが必要なのだと。
これまでたくさんの子どもたちが絵本と関わる様子を近くで見てきた中本さん。
「読み物は読めるけど、絵本が見られない子がいる。それは小さい時に親が絵をゆっくり見せていない、何度も何度も繰り返し読んであげていない。文章は確かに聞けるし、自分で絵本を読むこともできる、でも本当の意味で絵の中に入り込めるという状況にはなれない」と言います。
我が家の娘は、最近でこそやっと最後まで聞いてくれるようになりましたが、よちよち屋に初めて行った頃は、膝の上に乗せて読み聞かせをしていても、しばらくするといなくなり、さっさと別のことに夢中になっているので、私も読むのが嫌になりそこで中断、ということが多々ありました。
中本さんは、そういう場合でも、中断せず、お母さんが楽しそうに読み続けていたら、子どもはお母さんと遊びたいんだから必ず戻ってくるといいます。
「部屋を静かにして、テレビやビデオをつけないで読み続けていると、子どもはカラダの後ろも感覚器と言えるから、必ずそれを聞いている。そしてまた、言葉がぱっと耳にひっかかって戻ってくる、だから、お母さんさえぶれなければ大丈夫!」と。
その時に気をつけるのは、子どもには絶対にページをめくらせないこと。めくると本がおもちゃになってしまうとのことでした。
よちよち屋にくる子どもたちに絶大な人気を誇る『かいじゅうたちのいるところ』(モーリス・センダック作、じんぐうてるお訳、冨山房出版)をさっそく購入し娘に読み聞かせを実践してみたところ、最初は、「かいじゅう怖い!」「あっちの本がいい!」と抵抗され散々だったのですが、しつこく読み続けていたところ、娘に変化がありました。いつ頃からか「これ読んで!」と持ってくる本が毎回「かいじゅう…」になり、私がページをうまくめくれずおたおたしていると、文章を覚えてしまっていて先にそらんじたり、かいじゅうたちが踊っている場面になると、じぶんも一緒にそこで踊っている設定になっていたり……。まだ絵が動くように感じるところまではいっていないようですが、確実に変化を感じます。
子どもは絵本の文章もどんどん覚えていきます。
「だからこそいい文章のものを選んでほしい」と中本さん。
何度も何度も絵本を読んでいるとそれを理解する頭が出来る。漫画的なものを読んだりゲームをするのは、ゲームや漫画の文章をずっと練習しているのと同じこと。きちんとした美しい日本語を、わかってもわからなくてもずっと読み聞かせていると、理解できるようになっていくのだ、と中本さんは言います。
そして、たくさんの本を読むことより、1冊を何度も読むことの方が大切だといいます。
0歳なら1冊で十分、1歳なら1-2冊、2歳なら3-4冊と、小さければ小さいほど毎回同じ本でいいし、むしろ数が少ない方がいいのだそう。
「読む時間は、朝昼晩いつでも、なるべくたくさん読んであげて」というのが中本さん流。「夜しか読まなかったら、子どもは夜しか読んでと言わなくなる。子どもは習慣の動物で、お母さんは夜しか読んでくれないということを覚えてしまうから」。
おすすめの時間帯は、朝一番、幼稚園に行く前、食後、土日の朝、なのだそうですが、これが結構難しい。我が家も、最近は夜が定番で、ベッド周りが絵本の定位置になりつつあり、読んでいる間にうとうとして娘に「今寝てたでしょ」と指摘される毎日です。
中本さん曰く、
「いいもの、いい絵、美しい文章を見せてあげたら必ず大きなものが育ちます。ただ、その効果が出てくるまでが、長い。すぐに結果を期待せず、まずは親が絵本を好きになること。絵本が好きになって、読んであげることが“好き”につながって、そして初めて子どもが変わっていくんですよね」
最近、よちよち屋で出会った絵本や読み物を読みながら、読んであげる楽しみ、子どもが変わってくる楽しみ、そして、子どものものと決めつけここ何年も手に取ることがなかった種類の物語の世界に触れる楽しみ……と、私自身たくさんの小さな楽しみに出会えるようになりました。
これで娘も絵が動いて見えるようになるかしら? と淡い期待を持ちながら。
絵本・児童書・シュタイナーおもちゃ専門店
よちよち屋
〒252-0313
神奈川県相模原市南区松が枝町9-21
TEL/FAX 042-746-6117
読み聞かせや大人のための絵本の講座など様々な講座やイベントがあります。
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