キーンコーンカーンコーン……
12時のチャイムが鳴り、ひと呼吸おいたところで、ぞろぞろと本日の「お客様」たちがやってきました。
青葉台とこどもの国の中間くらいの住宅地にある、神奈川県立田奈高等学校。週に1回、学校の図書館内で開催される「ぴっかりカフェ」は、昼休みと放課後に、ジュースやコーヒーを飲んで、お菓子を食べながらのんびり本を読んだり、おしゃべりをしてくつろぐ、高校生のためのカフェ。卒業生や教員を目指す大学生、地域のボランティアが店員になり、生徒たちとの会話を楽しみながら、ゆっくりと時間を過ごします。
1年生の女子生徒は「入学してから毎回、ぴっかりカフェに来ています。カフェで先輩や卒業生に会えて、いろんな話ができるから、とても楽しい」と満面の笑顔で語り、3年生の女子生徒は「今日のお菓子はなんだろうな、と、いつも楽しみで。家庭科の先生が手作りのケーキを持ってきてくれたり、この間はぜんざいを食べられて、美味しかった」といいます。「常連さん」たちが仲間を呼び、多い時はのべ200人もの生徒が集まるとのことです。
田奈高校は神奈川県内で3校の「クリエイティブスクール」、いわゆる学力検査による入試と中学校の成績による評価を経ずに入学できる全日制の高校です。言い換えると、家庭の厳しい経済事情や学力面での課題、不登校経験などで人間関係をつくる力が弱いなど、さまざまな困難を抱える生徒が集まってきています。
昼休み時間中に訪れている生徒たちにとって、このお菓子やジュースは、お昼ごはん代わりであることに気づき、ドキッとしたわたし。田奈高校では、在学生の2割以上が、生活保護や非課税の困窮家庭なのだそうです。「家庭の支援の脆弱さは学力の低下と強い連関があり、メンタルの不調や栄養失調や虫歯など、疾患の多さも特徴」と中野和巳校長。こうした子どもたちを在学中の3年間で社会に送り出して自立させるには、教職員だけの力では難しく、さまざまな支援の仕組みを構築してきました。その一つが、以前森ノオトでも紹介した藤が丘の地産地消惣菜店「Revive Recipe TENZO」で受け入れた、有給の職業体験プログラム「バイターン」です。
ほかにも、保育や介護の現場で夏休み中にインターンとして働き、適性があれば卒業後に非常勤の職員として働きながら資格取得を目指す取り組みなど、田奈高校では高校卒業後の「出口」づくりに力を注いできました。なぜなら、高校の3年間で卒業後の自立の道を得られない困窮家庭の子どもは、その後、貧困のループから抜け出すことがさらに難しくなり、支援の手を差し伸べる機会もぐっと減ってしまうからです。
「この20年間で世帯の経済状況が著しく悪化したことを踏まえると、これから社会の底辺層を支えていくために、理解者を確実に増やしていくことが重要」と、前校長で現在は明星大学特任准教授の中田正敏さん。ぴっかりカフェはバイターンなどのキャリア支援の前段階、生徒たちの居場所づくりを通じて個々の生徒の課題を早期発見していくために、2014年の夏にクラウドファンディングの「LOCAL GOOD YOKOHAMA」で100万円の支援を集め、12月にスタートしました。中野校長は「ぴっかりカフェは生徒との信頼貯金をためる場なんです。カフェとはかりそめの姿で、生徒の抱える困難を早めにキャッチして、相談や支援に結びつけていく」といいます。
ぴっかりカフェを運営しているNPO法人パノラマ理事長・石井正宏さんは、若者のキャリア支援をおこなってきた専門家で、これまでも田奈高校でバイターンの仕組みづくりに奔走し、生徒たちの相談にのってきました。カフェの時間はウクレレやギターを片手に生徒たちに寄り添う、まるで兄貴のような存在です。「ぴっかりカフェの運営資金は、クラウドファンディングでの寄付と、小さな助成金を集めて回しています。本来は行政が事業の必要性を認めて、行政支援がおこなわれていくのが理想ですが、予算が打ち切られたらポッと終わってしまうような形ではなく、まずは民間からの資金で自由に運営できるうちに、長く続けられる仕組みにしたいと思っています」と石井さん。
田奈高校は、バイターンを始めとする前例のない取り組みを打ち出し、着実に成果をあげてきています。教職員だけでも、行政だけでもできないことを、NPOや専門家、地域と一緒になって、先駆的に取り組んできました。「田奈高校では、日本最先端の支援をおこなっている。それが社会関係資本(ソーシャルキャピタル)になり、生徒たちが就職して働いて社会に貢献し……ここでの成功事例を、日本全国で困っている若者たちに展開したい」と、遠くを見つめます。
困窮する若者支援には、地域の協力なしでは成り立ちません。バイターンは青葉区・緑区・都筑区に拠点をおく緑法人会やロータリークラブに属する地域企業が積極的に生徒を受け入れ、クラウドファンディングも横浜市民が支援を重ねてきました。
ぴっかりカフェに訪れると、一見強面ではあるけれども、実はとても無邪気でピュアな笑顔の生徒たちに惹かれてしまいます。裏を返せば、ずるくなくて、きっと騙されやすい、だからこその困難さもあるのだろうと想像できます。森ノオトでも取材したスペースナナは月に1回ぴっかりカフェでボランティアをし、この日もあおばみんの千葉恭弘さんにバッタリ。「社会課題を市民の力で解決したい」と考える青葉区民、横浜市民は、田奈高校に惹きつけられていくのだろうと思います。
「学校、楽しいよ! だって、自由なんだもん。ここ(ぴっかりカフェ)もあるし」。そんな風に屈託無く語ってくれた 1年生。「将来は美容師になりたい。美容の専門学校に通いたい」とはにかんだ3年生。ぴっかりカフェが、彼ら、彼女たちにとって、自分の未来を切り拓く力を得られる場になればと、願わずにはいられません。
経済的に豊かで、長寿のまちというイメージが根強い青葉区では、「貧困」「生きることの困難さ」という現実を抱える若者の存在を、気づくことなく素通りすることもできるのが現状。生活困窮や学力下位を個人の資質や怠慢と「自己責任論」で切り捨ててきた結果、増長したのが今の格差社会だとしたら、生まれ育った家の厳しい経済状況のループから抜け出すことが難しい子どもたちの声をすくいとることはますます難しくなってしまいます。
青葉区に田奈高校があることで、横浜市全域から集まる課題や困難を抱えた子どもたちが、全身全霊で向き合ってくれる教職員や支援者、地域の人たちと出会い、自らの力で自立、暮らしを再生することができる。そして、私たちが普段見ずに過ごしている社会課題を身近に知らせ、解決の可能性を示してくれる場があることで、社会全体の幸せをつくる基盤につながるはずです。
田奈高校の存在は、実は青葉区の光であると感じた今回の取材。「ぴっかりカフェ」の名の通り、場がそれを体現し、その場に魅せられた人々が集い、宝の原石を生み出す場になっていくのだろうなと感じました。
ぴっかりカフェへの支援は、さまざまな方法で可能です。
インターネットでのクリック募金gooddoでは、クリックするだけで月間数千円ほどの支援につながります。
http://gooddo.jp/gd/group/panorama/
ぴっかりカフェへのお菓子やジュースの寄付は常時受け付けており、近日ですと、7/23(木)におこなわれるカレーパーティーへの野菜の寄付ができます。
NPO法人パノラマのFacebookページでは、その時々に必要な支援について詳細が記されているので、ぜひ「いいね!」をして、気軽に、問い合わせをしてみてください。
神奈川県立田奈高等学校
住所: 〒227-0034 神奈川県横浜市青葉区桂台2丁目39−2
支援の送付は、同住所で図書館司書「松田ユリ子さん」宛てに。
TEL 045-962-3135
URL http://www.tana-h.pen-kanagawa.ed.jp
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