「大ど根性ホルモン」オーナーシェフ椿直樹さんの車で向かったのは横浜の最南端・金沢区。これからお会いする永島農縁(のうえん)の永島太一郎さん(35)について椿さんは「(横浜の農業の)次世代のエース」と語ります。
以前、外資系の銀行員やベンチャー企業も経験されていたと聞き、少し身構えるも、実際には物腰のやわらかで、はにかむ笑顔がすてきな方でした。
永島さんが農家に転身したきっかけは、なんと結婚!
結婚前、奥様のご両親から「ゆくゆくは農家を継いでほしい」との願いを告げられました。
永島さんはそれを受け入れ、行動に移します。
「最初は働きながら、夜間、農業が学べる社会人向けの学校に通いました。そこで、すんなりいかない問題もあるけど、農業はおもしろそうだなあ、やるなら早いほうがいいなと思いまして。ベンチャーの方は後任を見つけて、オレは農業をやるからって辞めました。そして、その学校の講師で千葉の生産者団体の社長さんに、(農業を始める)事情をお話して修業したいとお願いして……結婚式を挙げた翌々月から千葉にプチ単身。(新婚の奥さんから)文句を言われつつ、でもしょうがないじゃんって感じでした(笑)。そこで丸3年ちかく勤めました」
2011年10月に金沢区へもどった永島さんは、これから栽培する作物について悩みながらもシイタケを選択します。理由は二つありました。
「一つは大規模な畑ではないので、仕事しての農業が成り立つ作物であることと、もう一つは、採ったシイタケをその場で焼いて食べた時に感動した、その味わいでした」
花卉(き)栽培を営むお父様やお祖父様に相談すると、「時代に合わせた農業をやっていく方がいい」とシイタケ栽培を賛成してくれたそうです。
「おひさま」と名付けたブランドのシイタケ栽培の準備には1年かかりました。まず品種は、大きさや形をそろえることよりも、多少ふぞろいでも味重視で選びました。さらに栽培法も工夫します。
「通常は工場のようなところで真っ暗にして空調をかけちゃうところがほとんどです。遮光70%くらいで作ったシイタケと真っ暗なところで作ったものを食べ比べてみたら、日を当てた方(遮光70%のもの)が、味が濃くておいしかったんです。これって原木栽培に近い環境なんですよ」と永島さん。自分の手で試し、おいしさにこだわって現在の栽培法にたどり着きました。
永島さんは、おがくずとキノコの菌を混ぜた「菌床」と呼ばれるものでシイタケやキクラゲを栽培しています。この菌床はシイタケで3-6ヶ月、キクラゲなら4ヶ月ほどでキノコが発生しなくなるため、そのたびに菌床を廃棄し、新しいものと交換しています。
昨年廃棄したものだけで14,000個にものぼります。この廃菌床を近くの畑で堆肥として使ってもらったところ、野菜の出来がよかったとか。
今年は家族が営む花卉栽培の培養土にも混ぜて使うことにしました。
きのこ栽培、無駄がありません。
さらに、廃菌床を土にもどすため畑に放置していたところ、カブトムシが卵を生みつけ、幼虫が発生。今年の春、八景島にある企業と提携したイベントでは、子どもたちに見つけたカブトムシの幼虫をプレゼントしました。
農業の道まっしぐらに進む永島さんですが……。
「農業とは真逆の世界から就農したのでカルチャーショックで(笑)。もっとこういう風にすればいいのにって最初の頃は強くあったんですけど、でも農業には農業なりの都合もあるんだなって事情も分かってきて……。うちのことで言うと、手書きだった伝票をパソコンでできるようにしたり、従業員全員のLINEグループを作って、農園の情報を共有したりしました。一番年配の方だと70代の方にもLINEを覚えていただきました(笑)」
飛び込んだ新たな世界に悩みつつも、これまでの企業で働いた経験も活かし、挑戦を続けています。
次々とこぼれる話はどれも聞き逃せません。廃菌床から堆肥、カブトムシの幼虫、重油タンクからピザ窯……なんて無駄がないと思うけれど、こうしたチャレンジも、きっと常にアンテナを張りめぐらしている永島さんだからこそ。
ある日、永島さんは、椿さんが営む大ど根性ホルモンでは大きな出会いがありました。
「大ど根性ホルモンさんの飲み会で、先輩農家で、神奈川区の平本貴広さんと、保土ヶ谷区の苅部博之さんとお会いしたんです。すごい(尊敬する)先輩だったので、もう一度お話したいですって飲み会の場を設けて。さらに次の飲み会では一緒にやりたい仲間を一人ずつ連れてきて6人になって、その後もう一人増えて、神奈川県の農家仲間7人で神七(かなセブン)と名乗って、イベントをやったりしています。今までの農家のつながりといえば、農協の支部単位くらいしかなかったけれど、神奈川で横と横のつながりをちゃんとひろげていきたいです。椿さんの存在は大きいですよ。陰になり日向になり応援していただいています」。
奥様との出会いによって農家に、修業時代のシイタケ農家さんとの出会いによりシイタケを、椿さんのお店でのきっかけにより生産者ユニット「神七」結成……それぞれの出会いを大切に育み、大きく変化し続ける永島さん。
「おいしいものが好きだし、自分で考えてできるから農業は楽しい」と満面の笑みで語ります。
「息子に手伝ってもらうとうれしいっすね」と3人の男の子の父でもある永島さんはさらに顔をほころばせるのでした。
何より、誰よりも農業を楽しんでしまう永島さんだからこそ、人が集い、一緒に楽しみたくなるのかもしれません。
次に私がこの農園に訪れる時は何ができるでしょうか? シイタケ・キクラゲの収穫、バーベキューにピザ……宝さがしのような高揚感とともに、永島農縁を後にしたのでした。
生活マガジン
「森ノオト」
月額500円の寄付で、
あなたのローカルライフが豊かになる
森のなかま募集中!